カウンセラー's コラム

2008年7月6日(日曜日)

欠点のない人

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時37分36秒

 欠点のない人

 

人間である以上、欠点のない人などあり得ない。

問題は、自分の欠点を・・・・・
(1)どの程度自覚しているか、
(2)発見し、矯正しようとする意欲があるか、
(3)周囲の人々にすまなく思っているか・・・・・・
である。

 

  千代崎秀雄著「生活の処方箋 第2集」よりクラブ


2008年6月15日(日曜日)

秋葉原無差別殺傷事件

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時36分38秒

  先日の秋葉原無差別殺傷事件の加藤容疑者が携帯サイトの掲示板に3000回以上にわたる書き込みをしていたことがわかりましたが、この書き込みの中に気になった言葉がありました。

 

  「いい人を演じるのには慣れてる みんな簡単に騙される」
  「大人には評判の良い子だった 大人には」
  「友達は、できないよね」
  「ほんの数人、こんな俺に長いことつきあってくれた奴らがいる」
  「全員一斉送信でメールをくれる そのメンバーの中にまだ入っていることが、少し嬉しかった」

 

 家庭では、厳しい教育を受け、自分の弱さや辛さを表に出すことができなかった加藤容疑者。親やまわりの大人に認めてもらうため、「いい人」を演じ、大人からの評判はよかったようです。親の要求に応えられず、自分はだめな人間だというようにセルフイメージが低くなっているため、そんな自分とつきあってくれる人はいないと思い、孤独感に支配されていたのでしょう。「自分は生きていてもしょうがない」というような言葉もありました。どんな人間であっても、かけがえのない大切な存在であることを彼は知らなかったのでしょう。
 自分を大切にできない人が他の人を大切にできるわけはありません。彼は、屈折した心理状態で、社会を恨み、人を憎み、この凶悪な犯罪に及んだのでしょう。

 

 この事件の動機や背景は現在、捜査中です。同じような境遇に育ってもこのような犯罪を犯さない人はたくさんいますので、一概に家庭や親の育て方に原因があるとは言い切れませんが、一つの要因であることは確かでしょう。
 良い人を演じなくても、ありのままの姿であっても自分が愛され、大切にされている存在であることを心の底から感じている人は、セルフイメージを高く持ち、人を愛することができるようになるのです。
 幼少期からの親の接し方、育て方が子どものその後の人生にどれだけ大きな影響を与えるかを考えさせられるニュースでした。


2008年5月31日(土曜日)

定義「身勝手とは」

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分25秒

 定義「身勝手とは」怒ってる

 

行楽地に行って混雑を見て、
”なんで、こんなに人が来るんだ”
と腹を立てること。

 

カサを持ってきた日に、
雨が降らないと
腹を立てること。

 

自分をタナにあげて、
ひとの身勝手さに
腹を立てること。

 

 

 千代崎秀雄著「生活の処方箋」第2集より


2008年5月19日(月曜日)

だからあなたも生きぬいて

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時54分12秒

 光代さんは、転校先の学校で度重なるいじめを受けたことと、親友に裏切られたことが原因で、14才の時、河川敷で割腹自殺を図った。
 その後、彼女は非行に走り、16歳で暴力団組長の妻となった。背中には観音様に蛇の図柄の刺青が彫ってある。
 22歳の時、後に養父となる太平さんに出会う。
 「確かに、あんたが道を踏み外したのは、あんただけのせいやないと思う。親も周囲も悪かったやろう。でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのは、あんたのせいやで、甘えるな!」この言葉に衝撃を受け、「やっと、私と真剣に向き合ってくれる人と出会えた。・・・・おっちゃんは、本気で心配してくれてるんや・・・。私を人間として扱ってくれているんや・・・・。」と感じた。彼女は、その後司法試験に合格し、弁護士となった。

 

 これは、大平光代著「だから、あなたも生き抜いて」(講談社)に書いてある実話です。
 人を信じることができなくなり、自分の人生を捨てようとする青少年を立ち直らせることができるのは、真剣に相手の事を思う愛情と厳しさなのではないでしょうか。黄ハート


2008年5月6日(火曜日)

子どもの宇宙

カテゴリー: - matsuzaka @ 10時19分58秒

昨日は、「こどもの日」でした。晴れ
東京新聞に考えさせられる記事がありましたので、ご紹介します。

 

〈ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もが知っているだろうか。〉
臨床心理学者の故河合隼雄さんが著書『子どもの宇宙』で問いかけている。20年以上前になる。
ある小学1年生のなかの宇宙には神様が存在している。世の中にはなぜ、うれしいことと悲しいことがあるのかを考えているうちに見いだしたようだ。『かみさま』という詩につづっている。〈みんないいひとばっかりやったら / かみさまもあきてくるんとちがうかな〉と
河合さん曰く〈見事な自然体で、世のなかいろいろあっていいのじゃないの、とゆったりと構えている〉。住み心地のよい宇宙に見える。
子どもは大人が思っているよりもたくさんのことを、深く考えている。でも大人は小さな姿に惑わされて教育や指導、善意のつもりで宇宙を破壊してしまう。河合さんの警鐘である。
子どもは察しており、大人がどれだけ本気で知ろうとしているのかを観察しているという。小学2年生の『おとな』という詩には、大人から「大きくなったな」と声をかけられるが〈おとなは / みんなおなじことをいう〉とある。
見に覚えがある。これだけでは対話にならず、心を開かせることはできない。
今日はこどもの日。子どもの言葉に耳を傾けたい。どんな宇宙が見えてくるのか。自分が忘れた心の内を見ることになるのかもしれない。

 

                                   2008年5月5日付 東京新聞 筆洗より


2008年4月20日(日曜日)

最高の生き方

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時04分48秒

  「最高の生き方」さくら

 

”あす死ぬかも知れぬ”という真剣な態度と、

せめて百年先までも考える遠大な計画性をもち、

いつも正月のようなゆとりある心構えと、

いつも歳末のような”助け合い”の心がけをもって、

 

               ―  人生を送れ。

 

 

      千代崎秀雄「生活の処方箋第2集」より


2008年4月2日(水曜日)

ダメなヤツ

カテゴリー: - matsuzaka @ 10時14分52秒

 「ダメなヤツ」失敗

 
 

 次のような人のことです。

 

 やってもみぬうちから、 
 ダメだとあきらめる人。

 

 二番目には
 ”自分はダメだ”と言う人。

 

 人のことをすぐに
 ”ダメなヤツだ”と決めつける人。

 

   千代崎秀雄「生活の処方箋第3集」より


2008年3月24日(月曜日)

人間関係の秘訣

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時18分08秒

道を歩いていると、石ころにつまづいて転んでしまいました。そんな時、あなたはどのように思うでしょう?

 「みんなが見ているのに・・・恥ずかしい。」
 「こんなところに石ころを置いているのは誰だ!今度見つけたらただじゃおかないぞ!」
 「危ないわ。道端によけておかなきゃ・・・。」
 

 等など・・・。怒ってるびっくりほえー

 

 同じ出来事に直面しても、ものの捉え方や感じ方は人によって違います。
 人間関係を良好に保つためには、自分の感じ方や考え方がすべて正しいと考えたり、その逆で自分の考えはいつもダメだ、と考えるのをやめることが大事です。
 また、相手が自分と同じ感じ方や考え方をするとは限らないということを覚えておくことやいろいろな感じ方や考え方をする人がいても良いんだと言える心の広さがあると、穏やかな心でまわりの人に接することができるようになるのです。


2008年3月20日(木曜日)

笑顔

カテゴリー: - matsuzaka @ 13時39分21秒

  先日、ファミレスで食事をしていると、隣の席に若い家族がやってきました。
 父親は外国人、母親は日本人、子供はやっとつかまり立ちができるようになったばかりらしい1歳前位の男の子。目がパッチリした可愛らしい赤ちゃんでした。
 食事を待つ間、おとなしく座っているその赤ちゃんがあまりにも可愛いので、私は思わず笑顔を向けました。すると、その赤ちゃんもこちらを見てニッコリと微笑むのです。何度やっても同じ、こちらの笑顔に対して静かにニッコリと微笑み返すのです。
 この様子を見て、私は、何て幸せな赤ちゃんなんだろう。きっと、お母さんからの笑顔をたっぷり受けて育っているに違いないと思いました。
 相手の笑顔に対して、同じように笑顔で返すことができるということは、心が十分に満たされている証拠です。母親の笑顔から、自分は愛されている存在であることをしっかりと心に刻み込むことができた子供は、まわりに対しても愛情を持って接し、笑顔を向けることができるようになるのです。


2008年3月9日(日曜日)

柔らかな心に深い線を引く

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時04分06秒

 「子供が見たり聞いたりすることは、柔らかな心に深い線を引いていきます。その後のどんな環境も、それをすっかり消してしまうことはできません。知性はだんだんと形成され、感情は方向付けられ、強められていきます。ある決まった行為を繰り返す時に、それは習慣となっていきます。こうした習慣は、後年、厳しい訓練によって部分的に改めることはできるかもしれませんが、完全に変えてしまうことはめったにできません。
 一度習慣がついてしまうと、それは人格にどんどん強く刻み付けられていきます。知性は絶えずいろんな機会や便宜から影響を受けて、良くもなれば悪くもなります。私たちは日ごとに子供たちの人格を形づくっているのです。」
                 

 

                                                                  クラブE・G・ホワイト「心を育てる家庭の教育」より


2008年3月2日(日曜日)

シとサセ

カテゴリー: - matsuzaka @ 09時48分41秒

 この発音の違いが、天国と地獄のわかれ道。

 

「シてもらいたい」が多いほど、

不平・不満・恨み・憎しみがふえる。

 

「サセて頂きたい」が多いほど、

感謝・喜び・愛・平和が増し加わる

 

    千代崎秀雄「生活の処方箋第3集」より


2008年2月24日(日曜日)

ほほえみ

カテゴリー: - matsuzaka @ 09時42分12秒

 「あなたは今、ほほえみを忘れていませんか。」

                  北原怜子

 

 北原は、1950年代に蟻の町と呼ばれた貧民窟(現在の墨田公園界隈)で、キリスト教の精神に基づいた献身的な奉仕活動を行いました。無理がたたり29歳の若さで世を去った彼女の働きは、アリの町のマリアとして語り継がれています。さくら


2008年2月17日(日曜日)

メダルよりも大切なこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時27分01秒

 先日、パラリンピックメダリストの高田晃一さんの講演を聞く機会がありました。
 高田さんは、高校時代の空手の練習中に受けた正拳突きが右目に入り、治療をしましたが、治療薬の副作用で左目の視力も低下し、現在はほぼ全盲状態です。
 しかし、その障害を乗り越えパラリンピックで活躍するまでになりました。バルセロナパラリンピックでは走り幅跳び銅メダル、マドリッド世界選手権では100m・走り幅跳び7位入賞、シドニーパラリンピックでは400メートルリレー日本代表として銀メダルを獲得、現在北京パラリンピックへの出場をかけてトレーニング中です。また、陸上競技の他、極真空手黒帯の有段者でもあります。
 テレビで放映された映像を紹介してくださり、これが本当に全盲の人の姿かと驚かされると共に、100mを11秒台で走り、空手では巧みに相手の側頭部に回し蹴りを決める姿に強い精神力と努力の尊さを教えられました。
 武士道アスリートの高田さんが教えてくださった3つのキーワードがあります。

 

  一、感謝の心
  一、チャレンジの精神
  一、強くなればなるほど優しくなれる

 

 自分の置かれた今の立場を嘆くのではなく、感謝の心を持って受け入れ、常にチャレンジしていくことの大切さを高田さんは教えてくださいました。
 大きな感動を受けた講演会でした。マラソン

 

 高田晃一さんの公式ウエブサイトはこちらです。 http://www.k1-taka.jp/


2008年2月9日(土曜日)

人の価値

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時02分16秒

「人の価値は
  寿命の長短でも
 貧富の比較でも
  決まらない
 その日その日の
  考えと行いで決まる」

 
        観峯

 

 東京で大雪が降ったこの間の日曜日、高校時代の恩師の告別式に出席しました。
 2年余りの間、癌と闘いながら最期まで教育の働きに全力を尽くした先生でした。12月に先生にお会いした時、「もうお腹の中は癌が広がっている。寝ていて治るものなら寝ているけど、寝ていても治らないんだから、命が与えられている間、自分のできることを精一杯しようと思っている。」と、言っておられました。
 医師には、「自分の病状については、自分に言ってくれ。妻に直接話すと、ショックを受けてしまうから、重要なことは自分から話す。」とも言っておられたそうです。
 死の間際まで、自分のことよりもまわりの人のことを考え、全力で働き続けた立派な先生でした。
 53歳という若さで亡くなった先生の死を偲び、先生から勇気と希望を与えられた900名もの人が告別式に出席していました。
 先生ご自身の死によって、「人の価値」をみんなに教えてくれたような、そんな気がします。


2008年2月6日(水曜日)

マスとマシタ

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時11分13秒

お待たせしました。久しぶりの更新です。

 
  「マスとマシタ」スマイル

 

「分かりました」と答える人には、
人々は常に教えてくれる。

「分かってます」という人には、
誰も再び教えようと思わない。

 

   千代崎秀雄「生活の処方箋第3集」より


2008年1月22日(火曜日)

部下を育てる秘訣2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時27分17秒

 叱咤激励するだけでは、部下は育ちません。
 感情的になって、自分の不満やストレスをぶつけるのではなく、本当に部下の成長を願うなら、部下の成長の助けをさせてもらうという謙虚な気持ちを持つことが大事です。
 部下が何か失敗をした時、どうしたらよいでしょう?
 そんな時は、「頑張ったのに、残念だったね・・・」とか、「もう少しだったのに、惜しかったね・・・」のように、まず、相手の精一杯の気持ちを受けとめてあげることが大切です。頑張ったのに、失敗してしまった本人が一番落ち込んでいるのですから。
 その上で、「どうしてうまくいかなかったんだろうね」とか、「原因は何だろう?」というように本人に考えさせると良いでしょう。上からの押し付けでは身に着かないことも、自分で考えて行動することで身に着くのです。このような声のかけ方をすると、部下は上司に相談しやすくなります。今まで避けていた上司とのコミュニケーションを部下の方からとってくるようになるでしょう。
 信頼できる上司がいる職場には、しっかりした部下が育ちます。

 

※ 「部下を育てる秘訣」は職場に限らず、学校や家庭での大人と子供の関係にも生かすことができるできます。ぜひ、おためしを。四つ葉


2008年1月14日(月曜日)

部下を育てる秘訣1

カテゴリー: - matsuzaka @ 10時49分38秒

 最近、管理職の精神疾患や自殺が増えています。
 部下を思い通りに動かすことができず、自分に与えられている責任を十分に果たすことのできない中間管理職は、上司と部下との板挟みとなって苦しんでいるようです。
 従来の日本は、「仕事は見て覚えるもの」「厳しく教育されればされるほど、根性が育つ」との考えから、封建的な指導や教育が行われてきました。しかし、これを現代の社会で行おうとしても、なかなか通用しません。厳しく指導すれば、部下が反発したり、逃げて行ったりしてしまうのです。
 上司であるあなたから見れば、部下には、足りない点がたくさんあることでしょう。では、どうすればあなたの力になってくれるよう、部下を成長させることができるのでしょうか?
 失敗や欠点を見つけたとき、「どうして、こんなことをしたんだ!」とか「何年働いても、まだわからないのか!」とか「あなたのそこがいけない。それを直しなさい!」等と言ってはいないでしょうか?
 これらの言葉で部下が成長するならそれで良いのです。しかし、これらの言葉を聞いて成長しようという意欲が高まることはありません。
 私は、自動車教習所で教官に「へっ!今まで何を習ってきたんだ!」「そんなこともできないのか!フッフッ・・・」等と嘲笑され、やる気を失ったのを今でも嫌な思い出として覚えています。(今の教習所の先生は、優しいらしいですね。)スマイル ・・・・・・つづく 


2008年1月3日(木曜日)

心のゆとり

カテゴリー: - matsuzaka @ 11時07分43秒

 あけまして、おめでとうございます。
 新しい年を迎えましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 今日は、一つの詩をご紹介します。

 

     「お金」 さいふ 

 食物はお金で買えるが、食欲は買えない。
 薬はお金で買えるが、健康は買えない。
 寝台はお金で買えるが、睡眠は買えない。
 化粧品はお金で買えるが、美しさは買えない。
 別荘はお金で買えるが、心地よさは買えない。
 快楽はお金で買えるが、喜びは買えない。
 友達はお金で得られても、友情は得られない。
 使用人はお金で得られても、忠実さは得られない。
 静かな日々はお金で得られても、平安は得られない。

    アルネガール・ボルグ(ノルウェーの詩人)

 

 この詩は、人生にとって何が大切かを教えてくれます。私たちが生きていくためにはお金で買えるものも必要ですが、本当に大切なものはそれだけではありません。お金で買えない大切なものがあるのです。
 今年一年、目に見えるものばかりでなく、目に見えないものに目を注ぐ心のゆとりを持ちたいものです。
 新年が皆様にとって、良い年になりますように!


2007年12月10日(月曜日)

その日暮らし

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時51分00秒

明日の生活費にも事欠く
      (経済的その日暮らし)

 

いつも目先のことしか考えぬ
      (思想的その日暮らし)

 

その日になすべきことに全力を尽くし、
取り越し苦労をしない
      (健全なその日暮らし)

 

 

        スマイル千代崎秀雄「生活の処方箋第3集」より


2007年12月2日(日曜日)

相手の立場を理解する

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時10分39秒

「英語のunderstandという言葉を分解してみると、「理解する」とは、相手の下(under)に立つ(stand)ことです。相手を上から見るのではなく、相手の下、即ち相手の痛み、あるいは、苦しみや困難などを理解できるところに立つ、つまりよく相手に聞くことです。
 聞くということには、いくつかの段階があります。あなたの口を閉じること、そして耳を開くこと。神様が口を一つ耳を二つ造られたのは、少なくとも話すよりも聞くことを倍にするようにと願っていらっしゃるからではないでしょうか。」
                           耳田中信生「魅力ある人間関係」いのちのことば社より

 

 

※ understandにこのような意味があったとは気付きませんでした。相手の下に立ってはじめて相手のことを理解できるのですね。


2007年11月25日(日曜日)

長所を見る

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時47分23秒

 「人の欠点を難じても得るところはない。

 

  私はつねに人の長所に注意して利益を得た。」

 

                         さくらゲーテ


2007年11月18日(日曜日)

今日が最後

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時27分01秒

   「今日が最後」葉

 

毎日毎日、今日が自分の人生の最後の日のつもりで・・・・・・

 

― できる限り楽しもう

 

― できるかぎり美しく生きよう

 

― できる限り人々を愛そう

 

あなたはどのタイプですか?

 

            千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年11月11日(日曜日)

消えない幼年期の印象

カテゴリー: - matsuzaka @ 12時58分53秒

消えない幼年期の印象 ― 父親も母親も、あるいは家族のだれであろうと、幼児や児童、青少年達に対して、決して短気な言葉を出してはなりません。なぜなら子供たちは、ほんとうに早い時期に影響を受けるのであって、親が今日子供をどう育てているかが、子供たちの明日を、そして将来を決定するからです。子供に印象付けられた最初の教えは、めったに忘れられるものではありません。幼いとき心に刻まれた印象は後年になっても見られます。隠れているかもしれませんが、消え去ることはめったにありません。

 

基礎をすえる最初の3年間 ― お母さん方、子供たちを最初の3年間に正しくしつけるようになさい。子供たちが誤った願いや欲求を持つことを許してはなりません。母親が子供の思いを導いてやらねばならないのです。最初の3年間は小さな細枝を曲げる時期です。母親はこの時期のもつ大切な意味を理解しなければなりません。基礎がすえられるのはこの時なのです。

 

                                           葉E・G・ホワイト「心を育てる家庭教育」福音社 より 


2007年11月7日(水曜日)

最も大切な時期

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時44分17秒

 最も大切な時期 ― 幼年期の子供の教育が大切であることは、いくら強調しすぎてもしすぎることはありません。子供が人生の最初の7年間に学ぶことは、後年学ぶすべてのことよりも、人格の形成に関係があります。

 

 方向を決める ― 善であれ悪であれ、子供の心が最も印象を受けやすいのはその幼年期です。この年代の間に、正しい方向か誤った方向かのどちらかに、決定的な発達がなされます。つまらないことばかりたくさん覚える子供もいれば、多くの堅実で有益な知識を得る子供もいます。知力や堅実な知識は、オフルの金をもってしても買うことのできない財産です。その価は金銀以上です。

 

               
                               四つ葉E・G・ホワイト「心を育てる家庭教育」福音社 より


2007年10月31日(水曜日)

人を惹きつけるには

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時10分18秒

人を惹きつけるにはどうしたらよいかと考えることがあります。どんな話し方をしたら良いかとか、どんな態度をとったら良いかとか、どんな身だしなみをしたら良いかとか・・・・。 私たちは、自分の価値を相手に認めさせるために、一生懸命自分を表現しようとします。しかし、肝心の相手のことを忘れていることが多いのではないでしょうか。
 私が相手に認められたいのと同じように、相手も自分の価値を認めてもらいたいものです。ですから、「私は、あなたにこんなに関心を持っている。」「私は、あなたを大切な存在として認めている。」というような態度を示すことが大切です。相手を自分にとって特別な価値のある人として受け入れるとき、相手も私を受け入れてくれるのです。
 次のような言葉があります。

 

 スマイル「人は特別に選ばれることを好み、大勢の中の一人と見られることを喜ばない。」(ギブソン)

 

 会社であれば、大勢いる部下の中の一人ではなく大切な一人として、顧客であれば、大勢いる顧客の一人ではなく大切な一人として、学校であれば、40人いるクラスの生徒の一人ではなく、大切な一人の生徒として認めることが大事です。自分だけに特別な関心を持ってくれる人を誰でも好きになるものだからです。
 ちょっとしたひと言やちょっとした気配りが相手の心を動かし、良い関係を築く助けになることでしょう。


2007年10月27日(土曜日)

人生は楽器

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時26分50秒

 「人生は楽器のようなものだ。

 

  心地よく過ごすには、

 

  張ったり緩めたりする必要がある。」

 

 

   音符デモフィロス(古代ギリシアの詩人)


2007年10月21日(日曜日)

自殺

カテゴリー: - matsuzaka @ 12時30分25秒

 「この間、自殺をする準備をしました。」

 よくお会いする方から、こんな話を聞き、大変驚くと共に、思いとどまることができて本当に良かったなと思いました。
 「生きていても何も良い事はない。楽になりたい。」そんな思いから多くの人は、自分で命を絶っています。
 自分には、生きている価値がない。生きていても周りの人に迷惑をかけるだけだ。このように考え、自分一人がいなくなっても何も問題はないだろうと思ってしまいます。
 しかし、本当にそうなのでしょうか?
 私たちは、自分の力だけで生きているわけではありません。命が与えられ、多くの人に支えられて生きているのです。
 私は、自殺した方の遺族が大きな悲しみと苦悩を背負って生きている様子を見てきました。残される人は、辛いのです。
 どんなに無価値に見える人にも価値があります。一人ひとり、生きている価値があるのです。だから、命を無駄にしてはいけません。
 今は、光が見えないかもしれませんが、長いトンネルの先には出口がある事を信じましょう。いつか必ず幸せが訪れることを信じましょう。四つ葉


2007年10月20日(土曜日)

KY

カテゴリー: - matsuzaka @ 08時35分27秒

  KYという言葉をご存知ですか?大笑い
 若者が使うギャル語のひとつで、「空気を読めよ」とか、「空気が読めない奴だな」の頭文字です。
 場の空気を読むことができない人は、その時と場所に応じた発言や行動をすることができません。そのため、周りの人や相手に対して怒りや悲しみ等様々な不快感を与えてしまうことになります。
 ひとつの社会や集団内で生きていくためには、場の空気を読んで、適切な言動をしていくことが大事なのです。

 

 先日、ラジオで「場の空気を壊す人も必要だ」と言っていました。特に日本の社会は、「みんな一緒」を好み、そこから抜け出すことがなかなかできないから、それを打破するような人も必要だというのです。いろいろ言っていましたが、「場の空気が読めなくて壊す人」ではなく、「場の空気を読んだ上で、それを壊す人」が今の社会には必要だ、との結論になっていました。
 場の空気を読んだ上で、それを壊し、新しい何かを創造することができる人が求められているようですね。


2007年10月14日(日曜日)

人間力学

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時26分17秒

     「人間力学」ダブルハート

 

  私が走ればお前も走る。
  私が転べばお前も転ぶ。

 

 人を感動させるには、まず自分が感動せねばならぬ。

 

 人を行動させるには、まず自分が行動せねばならぬ。

 

 人から愛されたければ、まず人を愛せよ。

 

 人から敬われたければ、まず人をうやまえ。

 

 

          千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年10月12日(金曜日)

「普通」が嫌いな彼女

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時01分44秒

音符 先日、10年近く前に小学校で受け持っていた女の子からCDと手紙が届きました。

 

 ギターを弾きながら、ライブハウスで彼女が歌っているライブのCDです。「一般的」や「普通」や「平均」が嫌いな彼女が自分探しをしてたどり着いた歌・・・。

 

 彼女は、多くの同じような気持ちを持った人たちに、この歌を聴いてもらいたくて、歌い続けているのです。ライブは、いつも東京で行われるので、なかなか見に行けませんが、素敵な仲間に出会い、元気に生きる場を見つけた彼女を心から応援しています!

 

 

 彼女の名前は、 KOHSA   よかったら、サイトを見てくださいね。

   http://music.geocities.jp/mackymouse0306/

 

 




2007年10月10日(水曜日)

あてにされていない先生

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時23分24秒

 最近、「担任の先生は、あてにならないから・・・」とか、「先生に言っても、何も変わらないから言っても無駄・・・」とか言う声をよく聞きます。ファミレスでお母さん達が集まって会話しているようすを聞いていると、「今年の担任は当たり」とか「はずれ」とかいう言葉も聞こえてきます。
 昨日話した5年生の男の子は、「クラスで仲間はずれにされている。そんな教室に行くのが怖いから時々授業には行かない。」と言います。「そんな時、先生はどうするの?」と尋ねると、「ぼくの事をほっといて、授業を進める。ぼくのことを怒鳴ったり、机を蹴飛ばしたりする。先生もみんなもぼくのこと、嫌いなんだ。」との事でした。

 

 今、先生方は信頼を失い、期待されていないのでしょうか。

 

 先生は、先生で一生懸命やっていることでしょう。熱心に研究会に出席して、スキルを高めようとしている先生方は大勢います。よほど鈍感な先生でない限り、問題が起きたら、「何とかしなければ・・・」と思っているのではないでしょうか。でも、どうして良いかわからないというのが現実だと思います。
 どうしてよいかわからない、数十人の児童・生徒を抱えて忙しい、面倒なことは避けたほうが賢明だ、との思いから問題を放っておくということがおきてくるのでしょう。また、経験のみに頼り、うまくいかないと感情的になってしまったり、あきらめてしまったりする先生もいらっしゃることと思います。
 しかし、子どもの心をつかむ方法、子どもの心を受けとめる方法、子ども達にソーシャルスキルを身につけさせる方法等があるのです。悩んでいる先生方にも、このような方法を学ぶ機会があると良いのではないかと思いますが・・・・。(教員になる前にこのようなことを学ぶ機会があると一番良いのですけどね。)スマイル


2007年10月8日(月曜日)

子育てと果樹の栽培

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時24分41秒

 「子育てのことは果樹の栽培とまことに似ていると思ったことがある。
 山の畑で黄色に実る夏蜜柑も、まだ実が小さくて青い頃の冬の夜、温度が下がって冷え込むと、少しの風でも葉が落ちる。しかし、十月ごろに、夏蜜柑の好む肥料を多めに施すと、冬になって風が吹いても落ちないということである。
 子どもも、子どもの求めている愛が必要な時に与えられないと、少しのことで挫折し、親の心配な子になる。落ちこぼれた果実は再び樹木に帰ることはできないが、子どもは親や親に代わる人々から愛されるようになるとまた立ち直る。」
                    

                                     赤ハート 伊藤重平「愛は裁かず」より


2007年10月5日(金曜日)

あなたの影

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時09分12秒

 「あなたの顔を日光に向けよ。

  そうすればあなたは影を見ることができなくなる。」

                晴れ ヘレン・ケラー

 

 この言葉を私が言っても説得力はありませんが、三重苦でありながらそれを克服し、社会福祉に貢献したヘレン・ケラーが言うのですから、間違いはありませんね。


2007年10月4日(木曜日)

セルフイメージ

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時50分25秒

人間関係がうまくいかない、みんなは自分のことを嫌っている等と考え、悩んでいる人がいます。
 このような人の多くに共通して言える事は、「セルフイメージが低い」ということです。セルフイメージが低いと、自己肯定感をもつことができません。簡単に言えば「自分のことが好きではない」ということです。
 他の人と比べて「自分は・・・ができない」「私は、暗くて嫌な性格」「私は、人に嫌われて当然」というように、人間関係がうまくいかないのは自分が悪いからだと考えてしまうのです。そして、そんな自分は生きている価値などない、と考えるようになってしまうのです。
 人に好かれたいと思う人は、まず、自分で自分を好きになるようにしなければなりません。四つ葉


2007年10月2日(火曜日)

困難について

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時00分23秒

 われわれの出会う困難は・・・・

 その3分の1は自分がまいたものであり

 他の3分の1は自分の想像が生み出すものであり

 残りはわれわれをきたえ、益するものである。

 

          さくら千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年9月30日(日曜日)

多重債務による自殺

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時09分25秒

近年、日本では自殺者が急増しています。その中でも、多重債務や借金を苦にしての自殺者が年間7000〜8000人はいます。
 心理的なケアだけでは、助けることのできないこのような問題に対して、真正面から取り組んでいる方々がいます。
 弘中照美さんが設立した「多重債務による自死をなくす会」では、電話による相談を受け付けており、多重債務者の救済活動に力を入れています。弘中さんは、「解決の道は絶対にある。解決しない借金はない。お金のために死ぬことはない」と、言っています。
 多重債務でお悩みの方は、自殺を考える前に、一度相談してみてはいかがでしょうか。

 

 星「多重債務による自死をなくす会」
  電話番号 080−6159−4730、4733、4741


2007年9月28日(金曜日)

頭としっぽ

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時39分41秒

 「ある時、蛇の頭としっぽとどちらが先に立って歩くかということで、喧嘩を始めました。頭が言います。『お前が先に立って歩くことはできないじゃないか。第一、お前には目もなければ耳も無いじゃないか。』
 そうすると、しっぽはしっぽで言います。『いや、その代わりにおれには力がある。貴様はいったい誰のおかげで動いていると思うのか。もしも、俺が木に巻きつこうものなら、貴様は一センチも先に出ることはできないじゃないか。』
 両方で勝手なことを言って、なかなか勝負がつきませんので、『それでは分かれよう!』と頭が言いました。そこで、しっぽは頭から離れて這い出しました。けれども、頭から離れると、まもなく、そこにあった穴に落ち込んでしまいました。」(「ぱんだね」より)

 

 クラブ頭としっぽ、それぞれ働きは違うけど、どちらも大切なものです。私たち人間も、一人ひとり違います。能力、性格、力、・・・それぞれみんな違うけど、みんな大事な一人の人間なのです。


2007年9月27日(木曜日)

人の良い所だけを見る

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時26分45秒

 人には、良い面と悪い面があります。
 自分に対する態度が悪かったりすると、「あの人は悪い人だ」と思いがちですが、本当にそうでしょうか。
 ある哲学者は「友人の目が片目しかなかったら、私は友人の顔を横から眺める」と言いました。正面から見ると美しい顔ではないかもしれませんが、横から見ると普通に見えると言うのです。
 私たちには、誰にでも欠点があります。でもその欠点ばかりを見ていたのでは、良い人間関係を築くことはできません。相手の悪い面よりも、良い面だけを見るように努め、ほめるようにすると、相手は好意を見せてくれるようになるでしょう。誰でも自分の良い所を認めてくれる人の事を好きになるものなのです。スマイル


2007年9月23日(日曜日)

強さ

カテゴリー: - matsuzaka @ 11時45分51秒

 「打ち倒す者は強いが、

  起き上がる者はもっと強い。」

 

   四つ葉13世紀フランスの写本から


2007年9月22日(土曜日)

0.5秒で判断

カテゴリー: - matsuzaka @ 08時46分42秒

 先日、おもしろいニュースが配信されていました。

 

 他人を魅力的に感じたり、仲良くなる可能性があると判断するにはわずか0.5秒しかかからないという新たな研究結果が発表された。
 米フロリダ州立大学の心理学者ジョン・マナー氏の研究チームは、専門誌「Journal of Personality and Social Psychology」で、人々は興味をそそられる顔を見ると0.5秒以内に注意を集中し、仲間かライバルかを判断する傾向があると指摘した。
 研究では、大学生を対象に、非常に魅力的な人と平均的な人の写真を1秒間見た後、視線をほかの物に移すよう求めた。被験者の反応のタイミングを計ったところ、人々がある人物を魅力的かどうか判断するのには0.5秒しかかからないことが分かったという。
 魅力的な顔は、規定の1秒が過ぎた後でも0.5秒長く凝視されることも明らかになった。
 また、独身の人は異性に関心を持つ一方、決まった相手のいる人は、自分のパートナーの不貞を警戒し同姓に注意を向けたという。[ニューヨーク 18日 ロイター]

 

 たったの0.5秒でその人が魅力的かどうかを判断してしまうのですね。第一印象がどれだけ大切かということなのでしょう。・・・・わたしは、どうかな?スマイル


2007年9月19日(水曜日)

あなたはどちら?

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時42分16秒

 このページを見て、「生活の処方箋2〜4は持っているんだけど、1はないので・・・」という方から、突然お電話をいただきました。この本を知っている方がいらっしゃることを大変うれしく思いました。
 今日も、この本の中からひとつご紹介させていただきます。

 
  「あなたはどちら?」スマイルしょんぼり

 

 

 よく似ているが違う人種です。

 
  忙しい人に2種類あり

 仕事に追われている人と

 仕事を追っている人と

 
  苦労する人に2種類あり

 苦労の下敷きになっている人と

 苦労を踏み台にしている人と

    千代崎秀雄「生活の処方箋1」より


2007年9月17日(月曜日)

ライフ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分31秒

 土曜夜、放送されていた連続ドラマ「ライフ」が最終回を迎えました。
 「ライフ」は、漫画が原作の「いじめ」をテーマにしたドラマでした。

 
 「ちょっとした誤解が原因でいじめの標的になってしまった1人の女子高校生・椎葉歩が、安西愛海を中心としたクラスメートたちから日々エスカレートする過酷ないじめにあい追い詰められながらも、本当の友達と出会い果敢に立ち向かっていく姿を描いて」いくものでした。(フジテレビのホームページより)

 
 このドラマの中で印象に残った場面が二つありました。
 ひとつは、友達との旅行先で、一面に広がるひまわり畑を前に、友達が「学校だけが世界のすべてじゃない」と歩に伝えるシーン。
 もうひとつは、いじめの首謀者であった愛海が逆にみんなにいじめられるようになった最終回、歩は復讐のために愛海をいじめ返すのではなく、「愛海のことを許せたわけじゃない。でも、いじめはもっと許せないから」と言い、教室から落とされた愛海の机や散らばった教科書、ノートを拾い集めるシーン。
 いじめに対してどのように立ち向かえば良いか、作者が一番言いたかったメッセージなのではないかと思いました。星


2007年9月14日(金曜日)

友達の種類

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時14分10秒

 私たち日本人には、誰からも愛されようとして、疲れてしまう人が多くいます。
 人は、それぞれ考え方や感じ方が違うのですから、合う人と合わない人がいて当たり前なのです。友達を次のように分けて考えてみると、楽になるでしょう。

 

  友達の種類緑ハート

 

 1.あいさつだけの友達 
 2.職場や学校で仲良くできる友達

 3.職場や学校外でも仲良くできる友達

 

 
 すべての人と3のような友達でいる必要はないのです。ちょっと力を抜いて、まわりの人を見てください。きっと、何かが見えてきますよ・・・。


2007年9月12日(水曜日)

不登校で迷えるキミへ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時28分01秒

 

 今日は、本の紹介です。

 

 個性に合わせた学校選びのガイドブック 「スクールナビ」 2008年版

                     
                                     創芸社  定価1300円

 

 迷えるキミへ

 思いっきり迷っていい。そういう時期なんだから。学校のこと、勉強のこと、友達のこと、親のこと。みんな悩みの種になるよね。
 そんな迷いや悩みが多いほど、味のある人生なんじゃないかな。そうやって見つけた自分の姿こそ”本当の自分”なんじゃないかな。
 この『スクール・ナビ』は、迷えるキミたちが”本当の自分”を見つけるために、いくつかのコースをめぐるナビゲーターになるはず。全国には、キミたちをあたたかく受け入れ、はげまし、いたわり、学ぶ喜びを教えてくれるさまざまな学校、団体、法人、相談室、塾、フリースクールなどがキラ星のようにたくさんある。
 そこには”話のわかる”先生やカウンセラーがいて、迷いや悩みにやさしく耳を傾けてくれる。
 そんなすばらしい大人たちと、ちょっと運命的な出会いをするきっかけにしてほしいから。


2007年9月11日(火曜日)

人生という競技

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時32分16秒

先日、「東京新聞」の「筆洗」という欄に、次のような文章がありましたので、ご紹介します。クラブ

 

 「中学時代はサッカーの選手だったが、走ることが好きだったので駅伝の名門高校、富山商業(富山市)に進学し陸上部に所属した。ところがレベルが高くて練習についていけず、3週間で足に怪我をしてしまう。監督から競歩に転向することを勧められ、素直に従ったという。
 陸上の世界選手権大阪大会の男子50キロ競歩で、北京五輪代表の選考基準となる8位入賞を争いながら誘導ミスで途中棄権となった山崎勇喜選手(長谷川体育施設)が、競歩人生を歩みだしたときの逸話である。
 監督の記憶に残る山崎さんは何があっても「前向きで、頭をすぐに切り替える」生徒だった。競歩には両足が同時に地面を離れてはいけないなど、厳しいルールがある。フォームが安定せずに試合で失格になることもあったが、3年のときに頭角を現した。アテネ五輪に出場するなど今や日本のエースで、前向きさにも磨きがかかっている。
 誘導ミスを知った直後、悔しさを口にしながらも「トップ争いという、いい経験ができた」と話している。大失態を演じた大会の関係者には救いのひと言だったろう。
 日本陸連内にあった、山崎さんを北京五輪の代表にする「救済措置」が見送られることになっても、本人は気にしていない。すでに会社への大会報告で「自分が納得できるレースをして北京行きを決めたい」と決意表明し、練習を再開している。
 酷暑の中で意識がもうろうとしていた自分自身を責めているのだろうか。23歳の若者に、人生という競技に必要な姿勢を教わっている気がする。」


2007年9月8日(土曜日)

物の見方

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時39分06秒

 

 

 ふたりの人間が同じ格子の中から外を見ている。

 

 ひとりは泥を、

 

 ひとりは星を。

 

    星フレデリック・ラングブリッジ(アメリカの作家)


2007年9月6日(木曜日)

気配り

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時58分44秒

 人間関係は、気配りが大事です。ピンクハート
 まわりの状況や相手の気持ちをうまくつかみ、今、どんなことをしたら良いのか、どんなことをしたら相手が喜ぶのかを考えることが必要です。
 気配りのできない鈍感な人は、相手の気持ちがわかりません。
 自分中心で自分のペースで物事を運んでしまうと、相手には大きなストレスがかかります。また、相手の話を十分に聞かず、話の主導権をすぐに自分の方へもってきてしまう人も相手にとっては不快です。
 相手に気に入られることばかりを考えて、自分を失ってしまうのも良くありませんが、気配りのポイントを押さえることで、スムーズな人間関係を作ることができるのです。


2007年9月5日(水曜日)

市原ぞうの国

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時30分24秒

 昨日、市原ぞうの国に行ってきました。馬
 テレビドラマや映画、CMに出演する動物達をたくさん見ることができるプロダクションです。
 5月、日本で2例目となるアジアぞうの赤ちゃんが誕生し、話題となっています。ぞうの国では、公開時間が決められていますが、ぞうの赤ちゃんを見ることができます。
 「ゆめ花(ゆめか)」と名づけられたぞうの赤ちゃんは、小象と呼ぶのにふさわしいほど小さく可愛かったです。
 大きな大きなお母さんぞうのまわりをうろちょろと動き回り、時々下にもぐりこむ姿はとても愛らしく感じました。
 この姿を見て、ぞうは言葉を使って話すことはできないけど、親子の信頼関係はしっかり築かれているんだなあと思いました。大きなお母さんぞうのおなかの下にもぐりこむと安心なのでしょうね。


2007年9月4日(火曜日)

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時43分51秒

 先日、突然アクセス数が増えたので、どうしてだろうと思っていたら、山本良樹さんの詩を紹介させていただいていたのがその理由のようでした。
 甲子園決勝のベンチに張ってあった「ピンチの裏側」という詩を検索してくださった方が多かったようです。
 山本良樹さんは、多くの素敵な詩をお書きになり、日めくり詩集等を出していらっしゃいます。 (山本さんのホームページを見つけました。http://yakiyamadaifuku.web.fc2.com/

 

 今日は、またひとつの詩をご紹介します。

 

    「鮎」

 

   流れの中に

 

    生きている

 

   流されないで

  
    生きている


2007年9月2日(日曜日)

遺産

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時08分04秒

 

 父の善行は子への最上の遺産。          西洋のことわざ

 

 子どもは両親が家で話すことを街でしゃべる。   ユダヤのことわざ

 

 

 子ども達は、家庭で両親の姿を見て、生き方を学んでいます。
 わたしは子どもに、どんな遺産を残すのでしょうね・・・?


2007年9月1日(土曜日)

気が小さいということ 3

カテゴリー: - matsuzaka @ 08時31分17秒

 ・・・昨日の続き

 

 「自分の長所はもちろんのこと、自分の弱点をきちんと把握しているからこそ、無責任な言動をとれない人たちのことなのです。知ったかぶりやうそ八百をならべることなどには、無縁の人たちだといっても良いでしょう。自分自身の能力のありかたをきちんと心得ているので、ついつい気後れしてしまう場面が多いというだけのことかと思われます。
 いまの世の中で、おのれに正直であることはなかなか難しいことですが、しかし、それをあえて身に引き受けるという勇気。そんな勇気の持ち主だと言い換えても、差し支えないと思います。説教めいたことを言うようですが、黙っていたって、見ている人はちゃんと見ているのですから、気の小さいことを気にやむ必要はありません。それよりも、せっかくのするどい自己洞察力をプラスの方向に生かす努力の方が大切なのです。」

 

                                             清水哲男「五つの美点」より


2007年8月31日(金曜日)

気が小さいということ 2

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時23分30秒

 ・・・昨日の続き

 

 「そして、これまた長年の観察でわかったことは、『あいつは気が小さいからなあ・・・』といわれている人たちはみな、かなり周囲の仕事仲間から信頼されているということでした。
 なぜなら、気が小さい人は冒険にこそ適していませんが、仕事の緻密さや正確さについては群をぬいているからなのです。仕事の組み立てから現場での実行にいたるまで、決して手を抜かないという実直な面が、こうした信頼感につながるのは当然といえるでしょう。
 では、いったい気の小さい人とは、どんな人を指すのでしょうか。それこそ冒険心が足りないとか、あるいは自発性に欠けるとか、弱点ばかりあげつらってみても話ははじまりません。私の考えによれば、気の小さい人はすべて、自己洞察力に優れた人たちだという結論になります。」・・・続く
                                     

                                           清水哲男「五つの美点」より


2007年8月30日(木曜日)

気が小さいということ

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時27分46秒

 気が小さいと言われる人について・・・・

 

 「いちばん驚くのは、彼らの「尊敬」の対象が幅広いことで、たとえずっと年下の人に対してでも、その人の能力や人柄のよさをストレートに認めるところなどは、気の強い人たちにしてみれば、逆立ちしたってかないっこない美点だと思います。無論、人間は誰しも他人に対するねたみや負けたくないという敵がい心があります。いかに気が小さい人にだって、そうした心の持ち合わせはあります。
 しかし、そうした心を自制する能力というものは、あるいは自制した心を「尊敬」の方向に伸ばしていく能力というものは、「謙虚」さをわきまえている人たちのほうに、より優れた形で表れてくるのではないでしょうか。
 心の問題にこだわってきましたが、実務上の問題に関していっても、気の小さい人たちの美点はいくつもあげられます。これまでに私は、いくつかの業界で仕事をしてきましたが、どの職場にも気の小さい人はいるもので、一見派手な人ばかりの集合体に思えるテレビ局などでも、そういう人たちはいくらでも働いています。」・・・つづく

 

                                                    清水哲男「五つの美点」より


2007年8月27日(月曜日)

警戒心は警戒心を呼ぶ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時24分59秒

 私のところには、人間関係に関する相談が多く寄せられます。
 私たちが社会生活を送るということは、職場や学校、家庭等の人間関係の中で生きることです。そのため、人に嫌われることを嫌います。人に嫌われるということは、人間関係から排除されることだからです。
 社会の中で生きていくためには、できるだけ人に好かれ、その中で自分の存在する位置を確保したい、それが多くの人の願いです。
 ところが、なかなか人間関係を上手に築くことができない人がいます。好かれたいと望んでいるのに、固い表情で相手を寄せ付けないようにしていると、良い人間関係を築くことができません。相手にバカにされないかとか、また嫌われてしまうんじゃないかとの警戒心からニコリともしない固い表情をつくってしまうのです。
 警戒心は、相手にも同じような警戒心を与えてしまいます。こちらが相手を警戒していると、相手もこちらを警戒して見てしまうのです。
 人に好かれ、良い人間関係を築くためには、まず、警戒心を解き、親しみやすい表情を作ることが大切です。
 鏡をのぞいてみてください。今のあなたの顔は、親しみやすい表情をしていますか?
 口元をそっと上げてみてください。それだけで、少し表情がやわらかくなりますよ・・・。


2007年8月26日(日曜日)

自分を信じる

カテゴリー: - matsuzaka @ 13時45分09秒

 本当に自分を信じている人物とはどんな他人を見張るよりもきびしく自分を監視し、疑い、本当にこれが正しいと言えるものだけを信じる人である。これはいつでも正しく自分の心の動きを感じているということだ。本当に自分に幸福を与えてくれるもの、自分が本当に好きなもの、愛しているものを正確に知り、それだけを信じるということだ。ここに他人の目や評価は入らない。そこにあるのは自分の裸の心だけであり、世間の判断は無視される。従って、本物の自信を持つ人とは、逆説的に言えば、自分と最も馴れ合っていない人、自分のにせの感動や、偽善や、虚栄にたえずきびしい監視の目を光らせているので、一見自信なぞまったくなさそうにさえ見える人のことだ。彼は自分の本当の心の動きだけを信じ、そのことによって人間全体を信じるにいたる。

                    
                                           中野孝次「人生論 自分の顔を持つ人になる」より


2007年8月23日(木曜日)

治療法二題

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時50分19秒

 
 次のことばをおくります。

 

 (1)不幸病患者に

 

 自分ほど不幸な人間はいない、
 と思っている人間ほど、
 自らを不幸にしている人間はいない。

 

 

 (2)すぐ腹を立てる人に

 

 本気になって子どもとケンカする大人は
 精神年齢が低い。
 あなたが誰かに対して腹を立てるなら、
 あなたは彼と同等か、それ以下の人間であることを
 自らあらわしている。

 

 

        千代崎秀雄「生活の処方箋」より

 


2007年8月19日(日曜日)

幸福

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分10秒

 

「自分の幸福を望んでも、

 

 他人の幸福を望む心と一つにならないかぎり、

 

 それは何の役にも立たない。」

 

       バートランド・ラッセル
        (イギリスの哲学者)


2007年8月17日(金曜日)

弱音をはこう

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時58分51秒

 苦しいとき、つい自分ひとりでがんばろうとしてしまいます。
 弱音をはくのは恥ずかしいこと、誰かに助けを求めるのはいけないこと等と考えてはいけません。
 いやなことがあれば、悲しくなったり、辛くなったりするのは当たり前のことです。自分が今、苦しんでいるということを信頼できる人に伝えるのは、決して恥ずかしいことでも迷惑なことでもありません。
 苦しみは、ひとりで抱え込んでいると、余計に増幅してしまいます。ですから、たまには自分の気持ちに正直になり、感情を表現してみましょう。「わたしは、苦しい・・・」「今、辛いの・・・」と。
 今まで見えなかった灯が少しずつ見えてきますよ。


2007年8月15日(水曜日)

あなたは、悪くない

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時36分21秒

 いじめにあうと、「自分に悪いところがあるんじゃないか」と、考えてしまいがちです。今、学校でいじめにあっている子供、職場でいじめにあっている人、過去にいじめられた経験がある人は、いじめられているうちに、自分に原因があり、自分は誰からも好かれない存在だ、と考えてしまいがちです。
 しかし、いじめの原因は、相手にあるのです。
 あなたのことを気に入らないのは、相手の問題であって、あなたに問題があるわけではありません。
 ですから、「自分は誰からも愛されない人間だ」とか、「自分は生きている価値がない」等とは考えないようにしましょう。
 下を向きかけた顔を少し上に上げてみてください。「あなたは、かけがえのないあなた」なのですから。


2007年8月13日(月曜日)

不登校の増加

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時25分54秒

 先週、不登校に関する次のようなニュースがありました。
 
 

  「不登校5年ぶり増 「いじめ原因」4700人」

 

 小中学校で年間30日以上欠席した「不登校」の児童生徒は、平成18年度は12万6764人(前年度比3.7%増)に上ったことが9日、文部科学省の学校基本調査(速報)で分かった。平成13年度に過去最多の13万8722人をピークに減少していたが、5年ぶりに増加に転じた。

 

 昨年相次いだいじめ問題を受け、不登校のきっかけについて今回から「いじめ」を選択肢に加えた結果、4688人(3.2%)が該当した。

 

 調査は今年5月1日現在で全国の国公私立学校を対象に実施。不登校は小学校で2万3824人(4.9%増)、中学校で10万2940人(3.4%増)。中学では35人に1人と過去最悪の割合で、1クラスに1人不登校生徒がいることになる。

 

 不登校のきっかけは、学習や進路の問題を中心とした「本人にかかわる問題」(31.2%)が最も多く、「いじめを除く友人関係」(15.6%)が続いた。小学校では「親子関係」(14.3%)も多かった。

 

 今回から「いじめ」の項目を加え複数回答で実施した結果、「学業の不振」(7.9%)▽「家庭内の不和」(4.1%)▽「いじめ」(3.2%)▽「教師との関係」(1.6%)−などの理由も浮かんだ。   (8月10日産経新聞)

 

 不登校を「弱い子どものすること」と捉えるのではなく、より広い視野で解決に取り組んでいかなくてはならないのではないでしょうか。また、今回の調査では、原因の選択肢に「いじめ」が加えられ、3.2%が「いじめ」を理由に不登校になっていることが浮き彫りになりました。「いじめ」は、被害を受けた子どもの心に深い傷となり、後々の人生にまで大きな影響を与えるものです。「いじめ」問題に対して、日頃からより積極的に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。


2007年8月11日(土曜日)

いい顔作り

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時26分55秒

 元気な心に 元気な顔

 

 明るい心に 明るい顔

 
 優しい心に 優しい顔

 

 美しい心に 美しい顔

 

 いい顔作りに いい心

 

「なによエラそうに

 そんなこと当たり前じゃないの」

 

「じゃあ やってみせてよ」

 

   (山本良樹さんの詩より)


2007年8月10日(金曜日)

看護師のお仕事

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時33分31秒

 

 身内が手術を受け、入院中です。
 担当の看護師さんが交替で術後のお世話をしてくださっています。
 一生懸命看護をしてくださっている看護師さんを見て、この病院の看護師さんは良い方たちばかりだなあと思いました。
 そこで一言・・・どんな看護師さんを「良い看護師さん」だと感じるのかを考えてみました。

 

 1.患者の痛みや苦しみをわかってくれる。
   「手術をしたんだから、痛いのは当たり前でしょ。これぐらい我慢してください!」と言うのではなく、患者の痛みや苦しみを真剣に受け止め、対処しようとしてくれる看護師さん。

 

 2.笑顔で接してくれる。
   患者の苦しみを理解してくれた上で、笑顔で声をかけてくれる看護師さん。
   親身になってくれるのは良いけど、患者と同じような暗い表情になってしまっては、患者の気持ちも沈んでしまいますね。

 
 3.頼りになる。
   優しいだけで、頼りない顔をしている看護師さんでは、患者もちょっと心配になってしまいます。自信過剰も困りますが、ある程度自分の仕事に自信を持ち、堂々としている看護師さんに当たると安心です。(不安そうな表情で注射をされると、こちらもドキドキしてしまいますね。)

 

 看護師さんを見ていて、このように思いましたが、この3つのことは、看護師に限らず、どんな仕事にも、あるいは、どんな人間関係にも当てはまるような気がします。


2007年8月8日(水曜日)

子どもの運命

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時32分51秒

 

 

 「子どもの運命は、つねにその母がつくる。」

 

                     ナポレオン


2007年8月5日(日曜日)

大空を飛ぶワシ

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時13分44秒

 

「ワシが大空を自由に飛びまわるまでには、

 いくどもいくども強風のために、

 その弱い翼を地上に叩きつけられます。

 

 それに耐えなかったならば

 ワシといえども地上をはうだけです。」

 

 

             フランチェスコの母


2007年8月2日(木曜日)

人間関係のむずかしさ

カテゴリー: - matsuzaka @ 12時33分10秒

 

 あるところで、子ども達が互いに言い争っていました。よく聞いてみると、話題は父親についてでした。一人の子どもが「ぼくの父親は市長だ」というと、他の子どもが「俺のおやじは伍長だぞ」と言う。そうすると「ぼくのお父さんは区長だ」「ぼくのお父さんは船長だ」という子どもが次々と出てきました。子ども達は数が多いほど偉い人だと思っていたのでしょうか。すると最後に一番小さい女の子が「みんな何言ってんの、私のお父さんは町長よ」と言ったので、子ども達はみな、その数の桁はずれの大きさに驚いて黙ってしまいました。
 これは、どんな小さな子どもの心にも「威張りたい心」があるということです。人間なら誰もが生まれつき、多かれ少なかれもっているこの「威張りたい心」この心から、人を蹴落としてでも、金持ちや権力者になろうとする人や、少しくらいの富や地位ができると、それを鼻にかけて人を見下す人が生まれてくると思うのですが、人と人との関係を難しくして、人の世を暗い住みにくいものにしてしまう原因は、ここにあると言えるでしょう。

                                       正木茂「この日この朝」より


2007年7月30日(月曜日)

人生の価値テスト

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時51分21秒

 

    「人生の価値テスト」

 

 

 もしあなたがたが「明日死ぬ」と決まったら―

 1.あわてふためく

 2.絶望の涙を流す

 3.呆然として何も手につかぬ

 4.大急ぎで快楽をむさぼる

 5.芝居じみて虚勢を張る

 6.ふだんと変わらない

 7.そんな質問には答えたくない

 

 あなたはどれになりますか。

 

       千代崎秀雄著「生活の処方箋」より


2007年7月28日(土曜日)

他人を受け入れる

カテゴリー: - matsuzaka @ 14時57分43秒

 

 他の人に好かれたい、受け入れられたいと思っていながら、自分が相手を受け入れないのでは、受け入れられるわけがありません。
 自分の考えがすべて正しい、相手の考えは間違っているというのでは、相手との間に大きな壁ができてしまいます。
 人にはそれぞれ考え方があります。また、物事の捉え方にも様々あります。
 他の人は、自分とは違う考え方であるのが当たり前と思い、それを理解しようと努めましょう。心を広く開いて他の人の考えを認め、受け入れるようにするのです。そのような態度で人と接するとき、相手との間にあった壁は取り除かれ、相手の心の中に入っていくことができるようになるのです。
 相手に受け入れられたいと思ったら、まず自分から相手を受け入れましょう。


2007年7月27日(金曜日)

否定より肯定を

カテゴリー: - matsuzaka @ 13時48分39秒

 

 10数年前、朝日新聞の「天声人語」に次のような話が載っていました。

 

 雨の降る日は、「じめじめしていやですねえ」と言う。晴天が続けば続いたで「こう晴れてばかりではねえ」とぼやく。そういう人がいる。反対に雨だと「よいおしめりで」と喜び、晴天続きを「すばらしい」と味わう人もいる。
 82歳で亡くなった歌手の藤山一郎さんは典型的な後者で、否定的なことを言うのを嫌った。あるとき、いく夫人が、中華料理店での食事中に「まずくて食べられない」とこぼした。油が悪い。すると、藤山さんはすぐにたしなめたそうだ。
 「その言葉を聞いて、おいしいと思って食べている人はどう思う。否定の言葉を使ってはいけない」。藤山さんは「疲れた」「暑くていやになる」「ばかばかしい」などの言葉を使ったことがない、と夫人は言う。
 ご本人の哲学も「いや・きらい・だめ・あした、はできるだけ避けるのがモットーです」「ネガではなくポジを、否定より肯定を、ノーよりイエスを、である」「なるべく物事を良い方に解釈するのが、私の習性であり、また流儀でもある」

 

 

 梅雨明けが間近に迫った関東ですが、藤山さんのように、否定より肯定的に物事を考えることができるようになりたいですね。


2007年7月25日(水曜日)

中傷されたら

カテゴリー: - matsuzaka @ 12時13分46秒

 

 「人から中傷されたときの最良の答えは、

 

  自分の職分を守り、

 

  黙々としてこれをつとめることである。」

 

                      ワシントン


2007年7月20日(金曜日)

子どもの自立3

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時41分19秒

 

 「けんかもそうですが、自立ということを考えた場合、親に秘密ができるということも、大きな意味があります。
 私自身のことを考えてみても、自分の自立は、親にいえないことができたときに始まったのではないかと思っています。私が大人になっていく過程は、もう、秘密だらけでした。「これは親にばれたらまずいなあ」というようなことをずいぶんやったものです。
 私の親は、一般的にはあまりうるさくないほうで、いちいち干渉したりはしなかったのですが、それでも親に言わない方がいいことがたくさんあったのです。親が聞いたらきっといい顔はしないだろうな、とわかっていてそれでも自分はやりたいし、悪いことだとも思わないのだから、いちいち親にいって心配かけながらやるよりは、黙ってやってしまったわけです。
 その結果、自分の行動に自分で責任を持つということを、体験的に覚えていったといえるでしょう。」・・・つづく

                                     秋山さと子「親子げんかのすすめ」より


2007年7月19日(木曜日)

子どもの自立2

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時01分40秒

 

 「今の日本では、自分のやっていることが、本当に自分のやりたいことなのか、それとも、親の望んでいることなのか、区別がつかないという子どもが、とても多いような気がします。逆に言うと、今、自分のやりたいことを親に反対されているという人は、それなりにしんどい思いをしているでしょうが、それは、親と違う自分がある程度見えている証拠だともいえます。
 親と対立してみてはじめて、親とは違う『自分』がはっきり見えてくるのです。そういう意味では、親とのけんかが、自立の第一歩といえるかもしれません。」 ・・・つづく

 

                                                 秋山さと子「親子げんかのすすめ」より


2007年7月17日(火曜日)

子どもの自立1

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時18分31秒

 

 「本当の意味での自立とは、子どもが親や周りの大人たちの関係なく、自分というもののあり方をしっかりつかんでいくということです。それは、『自分とは何か』という問題と切り離しては考えられないし、自分の中に、どのくらい親の影響があって、どれが本来の自分かを見極めていくことでもあります。
 同じ親のもとに育った兄弟でも、一人一人個性が違うように、人はそれぞれ『自分』というものを持って生まれてくるのです。親からの自立とは、その『自分』と出会うことだともいえるでしょう。」 ・・・つづく

 

                                       秋山さと子「親子げんかのすすめ」より


2007年7月16日(月曜日)

逆境

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時08分00秒

 

 逆境におちいったからとて、取り乱さぬこと、

 
 成功したからと言って、過度の喜びに身をまかせぬこと。

 

 この二つのことを、ひとしく心に銘記しておきなさい。

 

               ホラティウス(古代ローマの詩人)


2007年7月15日(日曜日)

身勝手な母親

カテゴリー: - matsuzaka @ 10時49分05秒

 先日、こんな話を聞きました。

 

 「飲食店に、母親と子どもが入ってきた。子どもは、外で拾ってきたザリガニを食卓のテーブルの上に置いて遊び始めた。それを見た店員は、衛生上の理由から食卓に生き物を乗せないよう注意した。すると、母親は、客に向かってなんて失礼なことを言うのだと言って怒り出した。」

 

 「洋菓子店に母親と幼児が入ってきた。子どもがショーウインドウをよじ登ろうとしたり、置いてある商品をいじり始めたので、店員が注意すると、客に向かって注意するとはどういう店だと言って怒った。」

 

 最近は、子どもが良くないことをしていても注意する親は少なくなってきたようです。子どもに善悪を教えるしつけが疎かにされているのではないでしょうか。
 また、それ以上に問題なのが、親の「自己中心性」のような気がします。自分は客なんだから何をしても良い、代金を払っているのだから何をしても許される、と。他人に注意されると、逆切れして怒りだす人が多く、お店の店員さんも苦労しているようです。
 まわりのことや相手の事を考えずに、自分さえ良ければそれでよいという身勝手な考えの親が多くなってきているような気がします。このような親に育てられた子どもは、やはり同じような考えの大人に成長していくでしょう。日本の将来がちょっと心配です。


2007年7月12日(木曜日)

自分をコントロールする

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時23分14秒

 

「あなたがコントロールすべき人間で、

 この世で最も手ごわく、始末におえないのは、

 あなた自身である。

 もし、あなた自身をうまくコントロールできるなら、

 他の人間を扱うなど実に容易なことである。」

 

                    ベックレー


2007年7月10日(火曜日)

自分を愛する

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時47分06秒

「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ。」

 

 これは、聖書の言葉の一節です。「あなたの隣人を愛せよ。」というのは、キリスト教的な隣人愛や博愛の精神の元となる言葉ですが、この言葉の前には、「自分を愛するように」という言葉がついています。
 人を愛する前に、まずは、自分を愛することができなければなりません。自分を愛することのできない人が他人を愛するということはできないのです。自己嫌悪や自己卑下の気持ちが自分の心を支配し、自分を好きになることができない人は、他人の才能や容姿等、人のもっているものが羨ましく感じ、それが他人への反感や敵意につながってくるのです。
 自分を愛することができないために、他人を愛することができなくなる。その結果、自分も他人に愛されない、という悪循環に陥ってしまうのです。

 

 あなたは、自分を愛していますか?


2007年7月7日(土曜日)

自信と不安

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時23分54秒

 

 それはちょうど、料理における火と水のようなものだ。

 

 人間にも、自信と不安の両方が適度に必要である。

 

 

 自信が全くなければ人間は萎縮してしまう。

 

 自分に不安が全くなければ、

 

 むしろ異常であり危険である。

 

 
          千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年7月5日(木曜日)

わたしたちの教科書

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時58分15秒

 木曜夜、フジテレビのドラマ「わたしたちの教科書」が、先週終わりました。
 中学生の明日香が校舎2階の窓から転落して死亡したのは、いじめを苦にした自殺だったのではないかとして、学校でのいじめの存在や中学生死亡の原因が事故か自殺かを裁判によって明らかにするというドラマでした。
 回が進むにつれて、いじめの存在が明らかになると共に、いじめが単にいじめっ子一人の問題ではないことがわかってきました。いじめは些細なことから始まること、他のクラスメートも直接いじめにかかわるほか、傍観者として知らず知らずのうちにいじめに加担していること、昨日のいじめっ子が今日はいじめられる側にまわる可能性もあること、いじめっ子を排除することだけがいじめをなくす方法ではないこと等をこのドラマは訴えていたように思います。
 最終回で、明日香の死は自殺ではなく、事故だったことが明らかになります。いじめを苦に自殺する子どもが増えている中、明日香は強く生きようとしていたにもかかわらず、事故で死亡したのでした。明日香は、事故で亡くなる数日前、自殺を考えました。しかし、自殺を思いとどまり、次のような言葉を残すのです。

 

    明日香より。明日香へ。

 

   わたし、今日死のうと思ってた。ごめんね。明日香。
   わたし、今まで明日香のことがあまり好きじゃなかった。
   ひとりぼっちの明日香が好きじゃなかった。
   だけど、ここに来て気付いた。
   わたしはひとりぼっちじゃないんだってことに。
   ここには8才の時のわたしがいる。
   わたしには8才のわたしがいて、13才のわたしがいて、
   いつか20才になって、30才になって、
   80才になるわたしがいる。
   わたしがここで止まったら、
   明日のわたしが悲しむ。昨日のわたしが悲しむ。
   わたしが生きているのは、今日だけじゃないんだ。
   昨日と今日と明日を生きているんだ。
   だから明日香、死んじゃだめだ。生きなきゃだめだ。
   明日香。たくさん作ろう。思い出を作ろう。
   たくさん見よう。夢を見よう。明日香。
   わたしたちは、思い出と夢の中に生き続ける。
   長い長い時の流れの中を生き続ける。
   時にすれ違いながら、時に手を取り合いながら、
   長い長い時の流れの中を、わたしたちは、歩き続ける。
   いつまでも。いつまでも!

 

 このドラマが一番言いたかったことがこの言葉の中にあるように思いました。
 自分は一人ぼっちではない事を、今、自殺してしまったら、昨日の自分、明日の自分、そして未来に出会うべき自分が悲しむことを、だから、生きなきゃだめだということを・・・。


2007年7月4日(水曜日)

与えることのできるもの

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時32分13秒

 

・・・つづき

 

 「報いを期待しないで、愛を与え尽くす。このような犠牲的な愛の奥に、大きな満足感が隠されています。
 一人の認知症のおばあさんがいました。家族は初め何もできないからと、おばあさんに何もさせてはいませんでした。すると、症状はますます悪化していくばかりでした。ところが、たった一つ、家族のための仕事、つまり皿を洗うという仕事を任せたことによって、驚くほど頭もしっかりして、元気になっていったというのです。これは、自分が役に立っていると思えることが、どれほど大きな生きる力になっているかという一つの実例だと思うのです。「受けるよりは与えるほうが幸いである」。不思議ですね。でも、受けるばかりの幸せを求めて生きるより、ずっと輝いた人生が送れそうな気がしませんか?」

 

                                    村沢秀和「木は幸せだった」より


2007年7月2日(月曜日)

木はうれしかった

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時45分07秒

 ・・・昨日のつづき

 

 「しかし、ここでこの絵本が読者に問いかけます。『でも、それは本当かな?』と。この問いに対し、日本と欧米の子ども達にアンケートをしました。すると、興味深いことに、日本と欧米では、見事にその答えが分かれたのです。日本の子どもの多くが、『本当はいやだったけど、しかたなくやった』と答えたのに対して、欧米の子どもの多くは『そう思う』と答えました。面白いですね。この違いは、犠牲的愛の尊さを教えるキリスト教的背景の有無からきているのかもしれませんね。
 さて、このように木はすべてを捧げ尽くしてしまうのですが、やがて少年も老人となって、腰を下ろして休める静かな場所を求めて戻ってきます。木はやはり自分の精一杯でもてなそうと、自分の上に腰掛けて休むように促します。老人は自分がかつで切り倒した切り株の上に腰掛けます。木はそれでうれしかったのです。」 ・・・つづく

 

                             村沢秀和「木は幸せだった」より


2007年7月1日(日曜日)

木は幸せだった

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時45分27秒

 ・・・昨日のつづき

 

 「シェル・シルヴァスタインの『大きな木』という絵本があります。1本のりんごの木が、一人のやんちゃな少年に緑あふれる遊び場を与える場面から物語りは始まります。少年が喜んでくれるので、木はとても幸せでした。しかし、この少年を喜ばせるために、この木が払う代償がだんだん大きくなっていきます。少年が「お金が欲しい」と言えば、木は「自分のりんごを売って、お金に換えたらいいよ」と言い、「家が欲しい」と言えば、「材木として自分の枝を切ったらいいよ」と言います。やがて成長した少年は、ボートが欲しいとねだると、なんと木は「自分を根元から切り倒せばその幹でボートを作ることができるよ」と言います。少年は無分別にもこの木を切り倒してしまい、痛ましい、孤独な姿の切り株だけがぽつんと残ります。それでも、木は幸せでした。」  ・・・つづく

 

                                        村沢秀和「木は幸せだった」より


2007年6月30日(土曜日)

幸せの法則

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時05分56秒

 ・・・前回の続き

 

 「ところで、余命1年と言われたのに、その後、何年彼は生きたと思いますか?なんと45年です。結局彼が亡くなったのは98歳でした。不思議ですね。どうして、彼はこんなにも長生きをすることができたのでしょうか。私はこう思うのです。それは与えることを通して、今まで味わったことのなかった幸せを知り、それが彼にとって生きる新たな力となっていったのではないかと。
 誰かの役に立てたと思うとうれしいものです。少し大げさな表現かもしれませんが、人を幸せにすると、自分も幸せになる。そんな法則がこの宇宙にはあるのかもしれません。しかし、これには一つ条件があるのです。それは人からの報いを期待してはならないということです。」・・・・つづく
                   

                                      村沢秀和「木は幸せだった」より 


2007年6月28日(木曜日)

第一線から退くと発表したビル・ゲイツ

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時08分05秒

 今日、こんなお話を読みました。

 

 「先ごろ、世界一の大富豪マイクロソフト社のビル・ゲイツが、まだ50歳を越えたばかりだというのに、第一線から退くと発表し、世界中を驚かせました。今後は奥様が力を入れてこられた慈善事業を手伝い、それに集中するそうです。私はこのニュースを聞いて、『すごい人だな〜、きっと彼の人生は、ますます祝福されるに違いない』と、その感じました。というのも、彼と似たような人生を送った人物がいるからです。
 その人物とはジョン・D・ロックフェラー。やはり、ビル・ゲイツと同じように大金持ちでした。ところが、50歳を過ぎた頃、突如病気になり、余命1年と宣告されるのです。それで彼は考えました。自分はこれまで多くのお金を稼ぎ、蓄える喜びを経験してきた。しかし、それを与える喜びは経験してこなかったと。そこで、彼は残りの人生を慈善事業に没頭するのです。当時のお金で500億円以上を寄付し、1937年にフロリダ州のオーモンド海岸で死去したとき、巨額の財産のごくわずかしか持っていなかったそうです。」・・・続く

 

                                                                             村沢秀和「木は幸せだった」より


2007年6月26日(火曜日)

子どもを無条件に愛する

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時30分03秒

 

 親は、誰でも子どもが「良い子」に育ってくれるよう願っています。
 子どもの欠点を直すため、子どもが何か悪い事をしていれば、しかります。しかし、子どもの欠点ばかりに目を向けていたのでは、子どもの良い面は成長しません。
 親が、「あなたは、だめな子ね」と言えば、子どもは「自分はだめな子だ」と思ってしまいます。
 また、親が、「もっと、・・・だったら、ごほうびを買ってあげるよ」等と言うのは、条件付の愛し方です。
 このような親の言葉を聞いて育った子どもは、「自分は、このままではだめなんだ。もっと、お母さんの望むとおりの子どもにならなければ、お母さんに可愛がってもらえないんだ」と考えるようになってしまいます。
 もちろん、親にとっては、大切な子どもですから、どんな子であっても可愛いはずです。しかし、親の言動によって、子どもは、今のままでは愛されていないんだ、と感じるようになってしまいます。親の望んでいる子ども像に近づこうとばかりしていると、本来のその子自身がもっている良さが消え、どこかに歪が生じてくるのです。

 

 子どものありのままの姿を受け入れること・・・すなわち、無条件の愛が子どもにとって最も必要なのです。


2007年6月25日(月曜日)

生きようとする意欲

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時49分47秒

 

 アドラ国際援助機構(ADRA)の日本支部長のお話で、もう一つ心に残ったことがありました。

 
 3年間も雨が降らないアフリカの国は、飢餓と貧困に喘いでいます。そこには、わずかに配給される食糧を、今日は誰が食べようかと真剣に悩む母親がいます。親子で分けて食べられるだけの食糧がないのです。可愛い子供のためと思って子どもにばかり与えていると、親は死んでしまうのです。そんな時は、やむなく子供に我慢してもらって親が食べるのです。
 そこへ食料等の援助物資を届けに行った支部長は、その国の人に、日本では1年間に3万人以上の人が自殺をしていることを話しました。すると、相手は大変驚き、「どうして自分で死のうとするんだ?この国では、生きようと思っても生きられない人がたくさんいる。生きるためには、道端の草さえ食べようとしているのに・・・。」と言ったそうです。
 生きようとする意欲の違い・・・これはどこから来るのでしょうか。
 物が溢れ、何でも手に入る日本に住んでいる私たちは幸せに生きているはずなのですが、どうやらそうではないようです。
 「命」の尊さと「生」への執着・・・・私たち日本人が取り戻さなければならない大切なものなのではないでしょうか。


2007年6月24日(日曜日)

貧困

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時47分40秒

 

 昨日、アドラ国際援助機構(ADRA)の日本支部長をしている方のお話をお聞きすることができました。
 スーダンなどの国で貧困と戦う難民達に国連からの援助物資を届ける人道支援をしている様子のお話でした。

 
 一人の貧しい少年が近づいてきたので、ポケットに入っていた飴をあげたそうです。すると、その少年は包みのまま飴を口に放り込みました。驚いた支部長さんは、口からその飴を出させ、包みをとって少年の口に入れてあげました。少年は、目を白黒させながらその飴をまた取り出し、泥だらけの手に握り締め、家へと向かったのです。なぜでしょう・・・?
 彼は、家に着くと、溶けてべとべとになっている飴を兄弟や親に一口ずつなめさせ、それが何周も続いたのです。
 少年は、初めて口にするおいしい飴を独り占めするのではなく、それを家族に味合わせたかったのです。
 日本人の私だったら、どうするでしょう・・・?

 明日の命さえわからないこの国の少年は、私たちが失いかけている大事なものを持っているようです。
 本当に貧困なのはどちらの国なのか、考えさせられるお話でした。


2007年6月23日(土曜日)

幸運

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時58分27秒

 

 

  欲しいものが何でも手に入るときは幸運であろうか?

 

 

  肥えてゆく飼い豚を想像せよ。

 

       
             ジョウル・C・ハリス
             (アメリカの作家1848−1908)


2007年6月21日(木曜日)

教育改革関連3法が成立

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時18分12秒

 昨日、教育再生のための教育改革関連3法が成立しました。以下に読売新聞からの記事をご紹介します。

 

  教員免許更新、09年度に導入…教育改革関連3法が成立

 「安倍首相が掲げる「教育再生」の具体策の第1弾となる教育改革関連3法が20日の参院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決、成立した。民主、共産、社民の各党は反対した。
 3法の成立で、2009年4月から、教員免許に10年の有効期間を設ける更新制が導入されるほか、08年4月から小中高校で副校長や主幹教諭など新たな職種の設置が制度化される。
 成立した3法は、学校教育法、地方教育行政法、教員免許法及び教育公務員特例法の各改正法。昨年成立した改正教育基本法や教育再生会議の第1次報告を受け、首相が今年1月、今国会提出を指示した。
 改正学校教育法は、幼稚園から大学までの各学校の目的を改正教育基本法に沿って見直した。義務教育の目標に「公共の精神」や「我が国と郷土を愛する態度」などを盛り込んだほか、学校の組織運営体制の強化のため、副校長、主幹教諭など、新たな職種の設置を可能にした。」  6月20日 読売新聞

 

 

 

※ 教員免許に有効期限が設けられ、更新するためには30時間以上の研修が義務付けられるそうです。教師の資質向上やいじめ、不登校等の新たな問題への対処法を学ぶために、研修は有効なことかもしれません。また、明らかに教師不適格者と思われる教師のの免許を更新しないということも教育の質を高めるためには、有効なことかもしれません。
 しかし、これにはいくつかの問題点があるように思います。
1.更新のための研修方法。
 現場で教育活動をしながら30時間の研修をするということは並大抵のことではありません。その間、現場での働きが疎かになる危険性があります。通信教育による研修方法も考えられているようですが、それが資質向上の役に立つのでしょうか。単に頭の良い(成績優秀)先生だけが無事に単位を取得することができるということで、本当に現場で役に立つ教育者を育てることができるのでしょうか。
2.どのような人を「不適格者」とするのか?
 うまくクラスをまとめることができない、子どもの声を聞こうとしない、いじめを放置する、保護者との間にトラブルばかり起こす、暴力、セクハラ・・・など、様々な教師が不適格者に該当することになるのだと思いますが、「日の丸・君が代」の強制に反対する教師を「愛国心がない」とし、不適格者扱いにする危険性もあります。どのような基準で、また、どのような方法で不適格者を決めるのでしょうか。
3.免許の更新ができなかったら、クビ?
 不適格とされ、免許の更新ができなかった場合、教師を続けることができなくなってしまうのでしょうか。中途で職を失ってしまったら、生活していけなくなってしまいます。教師という職業がそんなに不安定なもので良いのでしょうか。採用の時点で、十分吟味して採用しているはずなので、改善するとしたら、大学での単位取得方法と、採用方法の見直しが先ではないでしょうか。
4.ペーパー免許を持っている人の扱いは?
 免許は持っているが現場から離れているという人も、同じ条件で測られてしまうのでしょうか?1度も教師として働いたことが無いという人は、現場の様子がわからず、困るのではないでしょうか?

 

 書いていくと、きりがないほど不透明な部分の多い法律ですね。教育を再生し、改革していかなくてはならないことは良くわかりますが、もう少し、時間をかけてじっくり考えた方が良かったのではないかと思います。今後、どのように具体策が打ち出されていくのかを見守っていきましょう。


2007年6月19日(火曜日)

感情の行き違い

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時24分06秒

 「相手に直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である。」(リンカーン)

 

 アメリカ合衆国の第16代大統領であるリンカーンは、奴隷制を廃止したことで有名ですが、南北戦争の際、奴隷制維持を唱える者への非難に対して、「彼らを非難してはならなない。彼らの立場に立ったら、われわれも同じ事をしただろう。」と言って、相手の立場を理解しようとしました。自分と異なる主張をする者を理解しようとする姿勢から私たちは、多くのことを学ぶことができます。

 

 私たちが誰かに対して、悪感情を持つと、できるだけその相手を避けようとしてしまいます。しかし、避けることによって、感情の行き違いはますます大きくなってしまい、相手との溝は深まるばかりです。
 相手への悪感情は、たいていの場合、相手の立場を理解していないことから生じています。リンカーンの言うように、直接会って、話し合うことによって少しずつお互いを理解し合うことができるようになるのです。


2007年6月17日(日曜日)

小栗旬がいじめられっ子だった!?

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時00分48秒

 

 先日、テレビのトーク番組に、人気上昇中の小栗旬が出演していました。ドラマ「花より男子」に花沢類の役で出演し、クールでかっこいいイメージで人気が出た小栗旬ですが、その彼が、中学校時代、いじめられていたということをその番組の中で自ら語っていました。なんの苦労もせず、華やかな舞台に登場したのだとばかり思っていましたが、彼にも悩み、苦しむ時期があったのだと知り、驚きました。
 彼が学校に行くと、机の中に前日の給食の残りが入れてある等、陰湿ないじめがあったそうです。悩んだ彼は、そのことを父親に相談しました。すると、父親は、「そんな学校には行かなくていい!」と言ってくれ、その後、卒業まで学校には行かなかったそうです。「そんなこと、気にしないで学校に行け」と言われるとばかり思っていた彼にとって、この時の父親は、すごく頼もしく見えたそうです。

 
 今日は、父の日ですが、私は父親らしい頼もしい父親でしょうか?
 父親というのは、母親と違って、子どもと直接接する時間は少ないかもしれません。また、反抗期の時期にある子供と向き合う難しさがあるかもしれません。
 しかし、いざというときに必要なのが父親の頼もしさなのではないでしょうか。子どもにとって、どんなときにもお父さんは味方でいてくれるという、頼りになるお父さんが必要なのです。不器用でもいいのです。そんなお父さんの姿を見て、子どもは生き方を学んでいくのです。


2007年6月15日(金曜日)

自尊心

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時12分44秒

 

 昨日、日本人の自尊心に関する面白いニュースがありましたので、ご紹介します。

 

 

 卑屈じゃない!高かった「日本人の自尊心」

 

 謙遜(けんそん)はしていても、日本人の自尊心は米国人と同じくらい高い−。東京大学など日米の共同研究チームが最新の心理テストで日本人、米国人、中国人の潜在意識を測定したところ、日本人と米国人の自尊心の高さにほとんど差がないことが分かった。日本人に対する「自尊心がない」「卑屈」といった偏見解消につながりそうだ。米心理学協会の専門誌「サイコロジカル・サイエンス」(6月号)に論文が掲載される。

 

 謙遜を美徳とする文化に育った日本人は、自尊心を表明するのを避ける傾向がある。このため、「あなたは他人より優れていると思いますか」といった設問に答える従来の自己報告式の心理テストでは、日本人の自尊心は米国人より低いという結果が得られていた。

 

 東大大学院人文社会系研究科の山口勧教授は、大阪大、ハーバード大、ワシントン大などと共同で、本人が自覚していない潜在意識を測定できる最新の心理テストを、日本、米国、中国の大学生(合計約500人)に行った。このテストは、自分を表す言葉(私など)と、望ましい言葉(美しい、賢いなど)をどのくらい簡単に結びつけるかを、コンピューター上の反応速度で測定する。

 

 その結果、自己報告式のテストでは日中の大学生の自尊心は米国より低い数値を示すが、同じ大学生の潜在意識を測定すると、日本人も中国人も米国人と同じくらいに高い自尊心を持っていることが、初めて科学的に示された。

 

 山口教授は「自己報告式の調査結果から、欧米では日本人は自尊心の低い卑屈な国民性だとみなされがちだった。今回の成果が、日本人、東洋人に対する偏見の解消に役立つことを期待している」と話している。6月14日 産経新聞

 

 

 潜在意識の中にある自尊心を測定するという方法で調べた結果、日本人にも欧米人並みの「自尊心」があるということがわかったということですが、自己報告式のテストの結果との違いは、いったいどういうことなのでしょう。
 「自尊心」はあるが、それを表面に出さないということなのでしょうか。潜在意識の中には「自尊心」があるのに、表面上は「謙遜」を装う日本人といったところなのでしょう。この2面性が現代日本人の精神的な疲れを引き起こしているような気がするのですが、どうでしょうか・・・・。


2007年6月14日(木曜日)

動物以上のもの

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時49分58秒

 

 人間は、目的を失った単なる生存には耐えられない。

 

 人間は、他者との関係を粗末にしながら
 幸福であることはできぬ。

 
 人間だけは、生の意味と死後の事を考える能力をもつ。

 

              千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年6月13日(水曜日)

「いい人」をやめられない2

カテゴリー: - matsuzaka @ 14時45分52秒

 

 ・・・昨日のつづき

 

 個人の立場や態度を明確にしておかなければ、人間関係がむしろ破綻してしまう外国ではほとんど考えられない、極めて日本的な特質といっていいでしょう。
 日本の若者はお互いにぶつかりそうな問題はあらかじめ話題から外す、というNHKの調査結果が出ています。若者に限らず政治もそうですし、人生観や世界観の違いにしても、意見が対立しそうなことはできるだけ回避しようとするのです。
 言い合いになって、相手を傷つけるのも、自分が傷つくのも嫌だし、怖い。自分の領域に踏み込まれたくないから、相手の領域も侵さないというわけです。

 

                       富田隆「何故『いい人』をやめられないの!?」より

 

 

※ 「いい人」を演じ、自分の考えや意見を表現することを避けていると、いつまでも本当のコミュニケーションをとることができず、深い付き合いができなくなってしまいます。もっと自分を知ってもらいたい相手に対しては、本音でぶつかり合うことも必要なのではないでしょうか。


2007年6月12日(火曜日)

「いい人」をやめられない

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時41分40秒

 

 人と衝突したくない、相手の気分を害したくない、その場を和やかなままにしておきたいといった気持ちから、つい「いい人」を演じてしまうことは誰しもあります。
 友達や集団でなにかを話題にしているとき、自分は違う意見や考え方、感情を持っていても、そんな配慮から口に出さず引っ込めてしまいます。
 これは、本来のコミュニケーションが、実は成り立っていない状態です。・・・つづく

 

                       富田隆「何故『いい人』をやめられないの!?」


2007年6月11日(月曜日)

退屈な赤ちゃん

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時08分55秒

 

 今日、病院の待合室で、1歳位の赤ちゃんを抱いたお母さんを見ました。屈託のない笑顔でお母さんに一生懸命何かを訴えている姿が大変、ほほえましく感じました。
 待っている時間が長くなると、赤ちゃんは退屈になり、近くにあるものをいじったり、しゃぶろうとしたりし始めました。これに対して、お母さんは、「これで遊んじゃだめ」「なめたら汚いでしょ」と言って、それらを取り上げてしまいました。しばらくすると、赤ちゃんは何やら赤ちゃん語で叫び始めました。すると、お母さんは、まわりの迷惑を考えたのでしょう。「シー、静かに」と言って、一生懸命静かにさせようとしていました。「静かにしなさい」と言って静かになるなら、そんなに楽なことはありませんが、赤ちゃんにそれがわかるはずはないのです。静かに、何もしないで黙って座っている赤ちゃんを想像してみてください。気味が悪いですよね。
 長い間、じっと待たされている赤ちゃんの立場に立って考えてみると、もっと他の方法で接することができるのではないでしょうか。絵本を読んであげるとか、手遊びをしてあげるとか、絵を描いてあげるとか・・・・。
 時間を持て余している子どもに対して、怒って静かにさせるより、お互いが幸せになるような方法で時間を使うことができたら良いですよね。


2007年6月10日(日曜日)

人生は楽器

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時17分07秒

 

 人生は楽器のようなものだ。

 
 心地よく過ごすには、

 
 張ったり緩めたりする必要がある。

 

       デモフィロス(古代ギリシアの詩人)

 

 

 ※ 心の弦も張り詰めたままにしておくと、いつか切れてしまいます。
   たまには思いっきり緩めることも大事ですね・・・。


2007年6月9日(土曜日)

親子のふれあい時間

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時02分55秒

 

 共働き親子の「ふれあい時間」について、こんな記事がありました。

 

 「共働き親子の触れ合いは平日約3時間20分、休日は勉強よりもテレビや遊びを一緒に−。10日の時の記念日を前に「シチズンホールディングス」が行った「親子のふれあい時間」に関するアンケートで、こんな共働き世帯の実態が浮かび上がった。
 アンケートは4月16日までの5日間、小学生の子どもを持つ全国の共働き夫婦300組に対し、インターネットを通じて実施。その結果、親子が一緒に過ごす平均時間は平日で3時間19分、休日は5時間31分だった。
 父子間の平均会話時間は平日48分、休日1時間55分と、母子間の平日1時間48分、休日2時間22分に比べ大幅に少なかったが、13年前の類似調査の平日32分、休日1時間39分より、それぞれ16分延びた。」時事通信

 

 この時間を多いと見るか、少ないと見るか・・・・。できるだけ、親子で楽しい時間を共有することができたら良いのですけどね。


2007年6月8日(金曜日)

ワイン

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時35分39秒

 

  ワイン

 

 努力という
 葡萄を
 心にいっぱい詰めて下さい

 

 自慢の口を
 しっかり
 閉じて下さい

 

 芳醇な香りの
 「魅力」という
 ワインができます

 

    山本良樹さんの詩より


2007年6月7日(木曜日)

善き人の香

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時21分40秒

 

 花のかほりは 風にさからひて匂はず。

 

 されど、善きひとの香りは 風にさからひても匂ふ。

 

          「法句経」(初期仏教典の一つ)

 

 ※ わたしは、どんな香を放っているでしょうか。
   風に流され、かき消されてしまうような香かもしれませんね・・・。


2007年6月6日(水曜日)

涙でできた宝石

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時54分54秒

 

「涙でできた宝石」とは、何でしょう?

 

 昨日、ある方から聞いたお話からご紹介します。

 
 涙でできた宝石−それは、真珠です。真珠は、アワビやアコヤガイ等の貝の中にできるものです。これらの貝の中に異物が入ると、それを包み込むようにカルシウムや有機質が分泌され、層になります。これが不思議な輝きを持つ真珠になるのです。
 貝にとって異物の存在は、邪魔なはずです。その異物のため、貝の涙といえるような物質を出し続け、やがて美しい珠が出来上がるのです。

 私たちの人生にも、異物といえるようなつらい事、悲しい事、苦しい事などあってほしくはない出来事が起こります。その度に涙を流すこともあるでしょう。しかし、この涙は、私たちを強く、美しいものへと成長させてくれるのです。
 今、苦しみの中にある方もいることでしょう。辛いときは、我慢しないで涙を流してください。その涙が、やがてもっと素敵なあなたを作ってくれるのですから・・・。


2007年6月5日(火曜日)

母と子の絆3

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時12分21秒

 

 ・・・昨日のつづき

 

 そこからすべてがスタートするのです。
 人間の学習というとき、それは知的な面のみが強調されるように思いますが、やはり生物学的には、それ以前に、動物に見る基礎的なものが必要なのだ、と思わざるを得ません。(中略)
 早期教育といって、早くから知的学習をすることが一つの流行になっているようですが、生物学的な見地から見ますと、その前にいかに母と子の絆が強く結ばれているか、いかに絶対信頼が醸成されているか、が問題のように思います。そして、そこから出発する学習(しつけ)があり、その後に教育なのではないでしょうか。

 

                         中川志郎「動物は子どもをこんなに可愛がる」より


2007年6月4日(月曜日)

母と子の絆2

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時35分12秒

 

 ・・・昨日のつづき

 

 事実、多摩動物公園での調査によりますと、この子守行動を経験したチンパンジーは、自分の子どもを育てるのもたいへん上手だ、という結果が出ています。
 こうして見てきますと、動物たちの学習は、生まれた直後から始まり、短期間のうちに、その種類として生きる一生の大半のものを学んでいくことになります。
 この機会をのがしますと、動物は、その種類としての生活を全うすることができなくなってしまうのです。そして、その起源は、母と子の絆の形成にあり、信頼感の醸成にあるように思われます。  ・・・つづく

 

                       中川志郎「動物は子どもをこんなに可愛がる」より


2007年6月3日(日曜日)

母と子の絆1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時27分14秒

 
 チンパンジーの子どもが、3歳ぐらいになりますと、母親に次の子どもが生まれますが、この子どもを母親から借り、いわゆる”子守行動”をするようになります。
 これはオスの子どももメスの子どもも同様に行います。この子守行動は、決して親を助けるために必要なのではなく、その子どもが大きくなったとき、自分が育児するときに大変重要な意味を持っているのです。・・・つづく

 

                         中川志郎「動物は子どもをこんなに可愛がる」より


2007年6月2日(土曜日)

生きる意味

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時33分26秒

 

 ”私は、何のために生まれてきたのか・・・。”

 ”自分には、生きている意味があるのか・・・。”

 

 これらは、人生について考えるとき、多くの人がぶち当たる問いです。
 
 哲学者の天野貞祐が次のような言葉を残しています。

 

 「もし私の生存が、人生の途上幾人かの人をなぐさめ、
  勇気づける機縁となり得るならば、
  それで生まれて来た甲斐があると思っている。」

 

 定年を迎えた人の中に、一日中家にいてもつまらない、自分の人生も後半に入るが生きている意味がわからない、と感じている人がいます。それは、会社で働いているときは、自分が人の役に立っているという自負や自分の業績に対する誇りがあったのに、定年と共に自分の存在価値がわからなくなってしまうからではないでしょうか。

 

 自分のためだけに生きようと思っても、その中から喜びを得ることはできません。人は、一人では生きられないのです。定年を迎えた人ばかりではありません。学生、社会人、主婦・・・、その他誰でも同じです。 
 「自分は、誰かの役に立っている」という喜び、「誰かに必要とされている」という自分の存在価値を感じて初めて生きがいを感じるものなのです。


2007年6月1日(金曜日)

文句を言わせるべし

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時23分11秒

 

  ”文句を言うな”という人は
 自分の味方をへらす。

 

 文句にも二種類あり。
 自己本位な人の文句と、
 相手のためを思っての文句と。

 

 文句を言わないのは、
 不満がないのでなければ、
 関心を失ったのである。

 

    千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年5月31日(木曜日)

日本人が失っているもの

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時02分45秒

 インドのカルカッタで貧民救済のためにその生涯を捧げたマザー・テレサは、1981年に日本を訪問した際、次のような言葉を残しました。

 
 日本人は「忙しすぎて夫や妻、子どもがお互いに言葉を掛け合うこともできず、(物質的に豊かでも)家庭の大きな貧困を招いている。」

 
 「日本は豊かな国である。しかしパンに飢える人がいなくても、・・・・愛に飢えている国といわなければならない。」

 

 毎日、様々なニュースが私たちの耳に飛び込んできますが、その中で最も悲しいのは、家族内での事件です。昨日も、母親が娘の首を絞めて殺すという事件がありました。
 夫婦や親子、そして家族というのは、安心できる心のよりどころであるべきなのに、その反対なのです。
 忙しい毎日の中で、私たち日本人は心を忘れ、愛を忘れてしまったのではないでしょうか。
 身近な人との温かい心の交流が、今、最も必要なのではないかと思います。


2007年5月30日(水曜日)

子どもがテストで悪い点をとってきたら・・・

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時58分45秒

  お子さんが、テストで悪い点数を取ってきたとき、あなたはお子さんにどんな言葉をかけますか?
 「どうして、そんな点しかとれないの!」
 「こんなこともできないで、・・・頭が悪いんじゃない!」
 「だから、勉強しなさいって言っているでしょ!」
 「他の子はどうだったの?」
 「弟に比べてあなたは・・・」
 「こんな点数ばかりとっていたら、お父さんみたいになるわよ!」
 
 こんな言葉をかけていませんか?
 子どもの持っている力を十分に伸ばすためには、子どもの現状や能力を正しく見極めることが大事です。今、子どもはどんなことでつまづいているのか、何を理解していて何を理解していないのか、学習に取り組む姿勢に問題はないか等を十分に把握する必要があります。これらを把握せずに、尻を叩いても点数は上がらないでしょう。
 また、子どもにはそれぞれ得意なものと不得意なものがあります。これは大人でも同じでしょう。ある科目について、100の能力がないのに100を求めても難しいでしょう。
 他の子どもと比べて一喜一憂するのではなく、その子の持っているであろう力を十分に出すことができているかどうか、また、以前に比べて成長しているかどうかを見てあげることが大切なのです。
 子どもの現状を正しく認識し、何が不足しているのか、どんな点が不十分なのかがわかれば、子どもの持っている力を伸ばす方法も見えてくるでしょう。


2007年5月29日(火曜日)

不幸な境遇

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時45分14秒

 19世紀のイギリスの政治家ベンジャミン・ディズレリーは、33歳で議員となって政界入りし、48歳で大臣、64歳で首相となりました。彼の言葉に次のようなものがあります。

 

 
 「境遇が人間をつくるのではない、人間が境遇をつくるのだ」

 

 物事が上手く運ばないとき、自分はなんと不幸な境遇に生まれたものかと嘆くことがあります。自分の失敗をまわりのせいにしてしまうことで、自分をとがめないですむからです。
 しかし、うまくいかないことを境遇のせいにして逃げてばかりいては、新しい道はいっこうに開けてきません。ディズレリーは、自分の置かれた不幸と思えるような境遇をもうまく利用し、新しい境遇を自分で作り上げることで前進することができると言っているのです。


2007年5月28日(月曜日)

相手の立場になって考える2

カテゴリー: - matsuzaka @ 11時58分12秒

 

・・・昨日のつづき

 

 だが、このように親子関係だったら、大した問題にならない場合でも、一般社会の人間関係では、自分の希望、願望、主張が原因となって、相手との間にトラブルが生じることが少なくない。
 私は、このような時こそ、相手の立場に立って物を考えること、つまりは相手と一体となって考える謙虚さが、人間に大切になってくるのではないかと考える。相手と一体となって考えれば、自分が想像もしなかったトラブルの原因が自分もしくは相手の中に見出されることがあるからだ。原因が発見されれば、あとは時間と労力を費やせば、たいていの問題は解決に達するはずである。

                                            

                                         広中平祐「学問の発見」より

 


2007年5月27日(日曜日)

相手の立場になって考える

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時16分30秒

 私たち人間は、日常生活の中で、とかく自分の立場に立ってものを考えがちである。家庭生活を例にとっても、例えば、親は親という自分の立場に立って子供に、「こうなってほしい」と常に思っているのが大半であろう。
 よく母親が子供を叱る時に、「あなたのためを思っていっているのですからね」という言葉を使う。だが、果たして本当に子供のためを思っていっている言葉なのだろうか、と疑問に思う時がある。自分の立場とか見栄や体裁でいう場合が少なくないだろう。  ・・・・つづく

                   

                                            広中平祐「学問の発見」より


2007年5月26日(土曜日)

知恵ある人の舌

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時47分53秒

 

イスラエルで栄華を極め、その知恵が伝説となっているソロモン王の格言の中に、私たちが発する言葉についての教訓がいくつかありますので、ご紹介します。

 

 
 「軽率なひと言が剣のように刺すこともある。
  知恵ある人の舌は癒す。」

 

 「真実を語る唇はいつまでも確かなもの。
  うそをつく舌は一瞬。」

 

 「自分の口を警戒するものは命を守る。
  いたずらに唇を開くものは滅びる。」

 

 「愚か者の口は破滅を
  唇は罠を自分の魂にもたらす。」

 
 「自分の口と舌を守る人は
  苦難から自分の魂を守る。」

 

                          「聖書」より

 

 

 一度、口から出した言葉は二度と戻すことはできません。
 良い人間関係を保ち、成功するために、知恵ある言葉を語りたいものですね。


2007年5月25日(金曜日)

容姿に自信を持つ

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時41分51秒

 自分の容姿に自信がありますか?
 ここでいう容姿というのは、顔のつくりが美人であるということとは違います。つくりそのものはとびっきりの美人ではないけれど、雰囲気や洋服の着こなしが美しいという人がいるでしょう。男性の中にもハンサムではないけど、かっこいいという人がいます。
 それは、内面の美しさや充実度が外見にも表れるからです。
 また、内面が充実し外に向かう意欲の高い人は、自分に似合う洋服や化粧の仕方を積極的に取り入れたりして、自分をどう表現すればよいかを知っています。
 他人の評価を気にしすぎるのはよくありませんが、他人の目にはどう映るかを研究し、上手に自己アピールできるような力をつけることができれば、社会で上手に生きていく力にもなるでしょう。
 


2007年5月24日(木曜日)

友達をつくるには

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時17分48秒

 「友達が欲しいけど、誰も友達になってくれない」、という人はいないでしょうか。
 うれしいときには共に喜び、悲しいときには共に悲しんでくれる友達を欲しいと思うのは、多くの人の願っていることです。しかし、なかなか本当の友達と呼べる友達ができないこともあります。
 そんな時は、自分から相手の友達になろうと努力することが大切です。目立つことをして注目を引いたりするのではなく、相手がして欲しいと思うことをし、親身になって相手のことを考えるのです。
 自分が相手に対して求めていることを、自分から相手にするのです。自分が励まして欲しければ相手を励まし、助けが欲しければ相手を助けるのです。
 相手に求めているだけでは、友達はできません。自分から、相手の必要を考えて友達になろうとするとき、相手も友達としてこちらを向いてくれるのです。そこに真の友情が生まれるのです。


2007年5月23日(水曜日)

夫婦−相手の事をどのくらい知っていますか

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時45分59秒

あなたは、夫のこと、妻の事をどのくらい知っていますか?

 

1.何を集める趣味を持っていますか。
2.前回の国政選挙で、どの政党に投票しましたか。
3.新聞の好きな記事は何ですか。
4.どんな種類の音楽が好きですか。
5.どんな種類のスポーツが好きですか。
6.何をするのを最も嫌がりますか。
7.中学生のときは誰のファンでしたか。
8.学校時代の好きな科目は何でしたか。
9.どの季節が好きですか。
10.どの色が好きですか。
11.生年月日はいつですか。
12.将来の目標は何ですか。
13.贈り物をもらって一番喜ぶ品物は何ですか。
14.最もくつろげるのは何をしているときですか。
15.好きなアイスクリームは何ですか。
16.親族の中で一番好きな人は誰ですか。
17.好きな旅行先はどこですか。
18.靴のサイズはいくつですか。
19.好きな食べ物は何ですか。
20.お小遣いを何に一番多く使いますか。
21.体重はいくらですか。
22.理美容室にはどれくらいの期間に一回行きますか。
23.虫歯はいくつありますか。
24.最も長くお付き合いしている友人は誰ですか。
25.血圧の高いほうの数値はいくらですか。

 

※調査の結果、良く知っていたのは、3.4.8.9.11.18.19.21.22
 よく知らなかったのは、1.6.7.12.16.23.24

 

夫や妻に関心を示すとは、相手について知ることを意味します。お互いの情報が豊かになればなるほど、会話の機会も増えてくることでしょう。


2007年5月22日(火曜日)

劣等感2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時37分58秒

・・・昨日のつづき

 

 また、自分の苦手なことを上手くできる人を見ると劣等感が刺激される。すると、その人の欠点を見つけて批判したくなる。自分が相手より劣っていると思うと不安なので、相手のほうをおとしめようとするのだ。
 しかし、精神医学の立場から言えば、劣等感のない人間などこの世にいない。むしろ、それを克服しようとプラスの方向に向かうことによって、人はすばらしい仕事を成し遂げたりするのである。
 だから、自分の劣等感をどう捉えるかが分かれ目になる。

 

                                         斉藤茂太「安らぎの処方箋」より

 


2007年5月21日(月曜日)

劣等感1

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時19分55秒

 人間関係をややこしいくし、ストレスの原因のひとつとなっているもの、それは劣等感であろう。劣等感を定義しておくと、「他人に比べて自分が劣っていると感じる不安感」である。なぜ、劣等感は人間関係を悪くするのか。
 たとえば、何か失敗を他人に指摘されたとする。自信のある人は「あっ、しまった」と素直に受け止め、対処するだろう。
 しかし、劣等感の強い人は、たったそれだけのことでも、自分の人格まで否定されたような気がしてしまう。そのため、陰でその人の悪口を言って、自分の劣等感を晴らそうとする。 ・・・つづく

 

                                  斉藤茂太「安らぎの処方箋」より


2007年5月20日(日曜日)

子どもの成長

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時51分14秒

 今日は、非常勤で勤めている小学校の運動会に行ってきました。
 小学校というのは、中学校や高校と違って、子どもの成長が目に見えて感じられるところです。大きな6年生もいれば、入学したばかりの小さな1年生もいる、とてもユニークな社会です。

 

 今日の運動会に、以前教員として勤めていたころ受け持っていた卒業生が遊びに来てくれました。この4月に大学に入学した女子大生ですが、小学校時代の可愛らしい面影と変わらない純粋さを持ち続けていてくれたことをうれしく思うと共に、大学で教員になるための勉強をしているということを聞き、大変うれしく思いました。
 私は、まだ若いつもりですが、以前の教え子が数名、教員として活躍し、数名が教員になる勉強をしています。時の経つのは早いもので、あんなに小さかった子供達が、あっという間に大人になり、次の世代の子供たちを教えようとしているのです。
 今、目の前にいる子どもも、あっという間に大きくなってしまいます。後で後悔することのないよう、できる限りの愛情を注いで可愛い子どもたちを育てたいものですね。

 

 ※子どもがどんどん成長しているのに比べて、自分は何も変わっていない・・・いや、それどころか退化しているかも・・・・。気持ちだけは、誰にも負けないよう、いつまでも若いままでいたいものです!


2007年5月19日(土曜日)

家庭の教育力

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時25分23秒

 政府の教育再生会議(野依良治座長)は11日、子育てに関する保護者向けの緊急提言[親学」の取りまとめを見送りました。教育再生には家庭の教育力向上が不可欠だという観点から提言を目指しましたが、家庭生活に踏み込むような印象を与え、感情的な反発をまねく危険性が高いとの批判が集まり、再検討することになったのです。
 次にあげるのがその主な内容です。

 

 ・若い時から子育てを自分のこととして考える
 ・早寝・早起き・朝ごはんを習慣化する
 ・保護者は子守歌を歌い、赤ちゃんの瞳を見ながら、おっぱいをあげる
 ・母乳が出なくても抱きしめる
 ・授乳、食事時はテレビをつけない
 ・乳幼児期には本の読み聞かせを行う
 ・小学生時代は今日の出来事を一緒に話す
 ・PTAに父親も参加する
 ・あいさつの励行
 ・「ありがとう」「もったいない」などの言葉を大切にする

 

 家庭教育力の向上は、今、最も必要とされていることです。どのように育てればよいかということに無関心であったり、どのようにしてよいかわからないという親もたくさんいることでしょう。家庭教育において何が重要なのかを知らず、自分が育てられてきたようにしか育てられない親もいることでしょう。そのような現状に対して、家庭教育の指針を示そうとしている点で「親学」の提言をしようとしたことは、理解できます。
 しかし、国から発信するとどうしても支配的な印象になってしまいますし、内容そのものも家庭への配慮を欠く、ちぐはぐな印象であることは拭えません。
 単なる「べからず集」ではなく、現状を踏まえた上で、きちんとした理論の後ろ盾のある家庭教育の方向性を示すべきであろうと思います。
 また、このような提言をどのような形で国民に浸透させるかというのが難しい問題なのではないでしょうか。パンフレットや文書という形で家庭に届けられても、捨てられてしまうだけでしょう。
 以前は当たり前だったモラルが低下している現状を見ると、家庭教育の重要性は、確かです。今後、どのような形で家庭の教育力を向上させていけるかに、日本の将来がかかっているような気がします。


2007年5月18日(金曜日)

人生の失敗

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時29分25秒

 
 

 人生の失敗の半分は、考えて行動すべきときに感情で動き、

 
 感情で動くべきときに考えてしまうことからくる。

 

   ジョン・C・コリンズ(イギリスの文学者1848−1908)

 

 
 ☆ 置かれた状況に応じた適切な判断ができるようになりたいものですね。


2007年5月17日(木曜日)

中学生の4人に1人が個食

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時17分11秒

 

 <国民健康・栄養調査> 

 

 中学生の4人に1人が朝食を一人で取るなど、4割以上の子供の朝食に大人が一緒にいないことが、厚生労働省が16日公表した国民健康・栄養調査で明らかになった。肥満でもやせ過ぎでもない「普通」の体形の小中学生が減っていることも分かり、同省は「食事など生活習慣の乱れが一因にある」とみている。
 調査は05年11月に3588世帯に実施。朝食は9割以上の小中学生が毎日取っていたが、子供だけで食べている割合は、小学校低学年41%▽同高学年40%▽中学生43%で前回調査(93年)より1〜14ポイント上昇した。初めて調査した「一人で食べる」割合は、低学年14%▽高学年12%▽中学生25%だった。夕食を午後7時以降に取る子供は46%で、前回調査より10ポイント高かった。
【清水健二】毎日新聞より

 

 朝の忙しい時間に家族でゆっくり食事をしている余裕はなかなかありません。家族それぞれが登校、出勤の準備に追われ、支度ができた順に朝食を取って家を出る・・・、これが現代日本の朝の姿なのでしょう。
 今回のニュースでは、紹介されていませんでしたが、夕食を1人でする(個食)子どもの割合も多いはずです。
 平成8年のある機関による調査では、平日、両親と夕食をとっている小学生は36%、父親抜きは38%、塾通いの多い中学3年生では、個食が2割を占めていました。

 

 食事の時間を親子の大事なコミュニケーションの時間にしたいものですね。 ・・・そういえば、私も個食が多いなあ・・・・。

 


2007年5月16日(水曜日)

母の日の作文3

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時37分58秒

 ・・・昨日のつづき

 

 「でも・・・でもぼくが・・・でもぼくが・・・」
 しかし、胸の奥の方から、急に悲しみが突き上げてくるのです。一生懸命こらえようとすればするほど、涙がこみ上げてきます。そして、声がつっかえてでてこないのです。
 今まで笑っていたお母さんたちは、清ちゃんの顔を見ると、みんなびっくりしたようにシーンとなりました。そのうちに、清ちゃんはとうとうがまんできなくなって、しゃくりあげて泣き出してしまいました。
 それを見た先生は、急いで出てきて、代わりにその続きを読んでくださいました。
 やがて、清ちゃんの作文は、終わりのほうに近づいてきました。
「・・・また、ぼくが、悪いことをすると、お母さんは、お前の教育が悪いと言って、お父さんに叱られます。その時のお母さんの困ったような顔を見ると、ぼくは、お母さんがかわいそうになります。ぼくがお父さんに叱られると、お母さんは一緒に謝ってくれます。ぼくは、これから、お母さんを困らせるような悪い事をするのは、よそうと思います。」
 先生が、最後の清ちゃんの決心を読み終わると、みんなが一斉に拍手をしました。清ちゃんが、ありのままに書いたお母さんの姿は、その日読まれた、たくさんの作文の中で一番光っていました。どんなにきれいな言葉でお母さんをほめても、お母さん達は少しもうれしくないのです。お母さんが大好きでたまらないことが、文の中にあふれている清ちゃんの正直な作文が、みんなの心を打ったのです。
 清ちゃんは、涙でくしゃくしゃになった顔のまま、伸び上がるようにしてお母さんの方を見ました。
 ”お母さん、ぼく、そんなつもりじゃなかったんだけど、変なこと書いちゃってごめんね”
 清ちゃんがお母さんの方を見ると、お母さんは、それを待っていたように、にっこりしました。
 ”清ちゃん、あなたの作文ほんとによかったわ”
 お母さんの目が、そう言っているのが、清ちゃんには、よくわかりました。

 

                                           「おかあさんのたからもの」より


2007年5月15日(火曜日)

母の日の作文2

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時22分52秒

 

・・・昨日のつづき

 

 清ちゃんは、ドキドキしながら前に出て行くと、この間書いた原稿用紙を先生から受け取りました。両手でしっかり持って読もうとすると、さっきよりもっとすごい速さで、胸がドッキンドッキンと音を立ててきました。でも、思い切って読み始めることにしました。
 「ぼくのお母さんの癖は、写真を写すとき、首が曲がってしまうことです。それから、お母さんが、台所でお尻をふっているので、ぼくが『お手洗いでしょう、早く行ってきなよ』と言うと、お母さんは、『そうでありました』と言って、お手洗いにとんでいきます。」
 とたんに、まわりにいた人たちが、わあっと笑いました。笑い声は、清ちゃんの耳に、ものすごく大きく聞こえました。まるでそれは、清ちゃんのお母さんをバカにして、笑っているように、清ちゃんには聞こえてきました。
”ぼくは、そんなつもりで書いたんじゃないのに・・・、ああ困ったなあ”
 清ちゃんは、すっかり困ってしまいました。でも、ここでやめるわけにはいきません。一生懸命、続きを読み始めました。 
「ぼくのお母さんは、怒るとライオンみたいに怖いです。せめて、サルぐらいだったらいいのにと、ぼくは思います。」
 また、さっきよりも大きい、わあっという笑い声がしました。
 清ちゃんは、お母さんの顔をそっと見ました。清ちゃんのお母さんは、後ろの方の席で、なんだか顔を赤くしてうつむいているようです。
 他のお母さんがみんな笑っている中で、ぼくのお母さんだけが下を向いている。清ちゃんは、大好きなお母さんのことをありのまま書いたのにと思うと、急に悲しくなってきました。でも、ここでやめるわけにはいきません。必死になって、そのまま続きを読み始めました。 ・・・・つづく

 

                                           「おかあさんのたからもの」より


2007年5月13日(日曜日)

母の日の作文

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時26分27秒

 

 気持ちのよい五月のある日、3年生の清ちゃんの教室では、3時間目の国語のクラスが始まりました。
「今日は、『お母さん』という題で作文を書いてもらいます。」
 先生の言葉に、生徒達は顔を見合わせました。
「いやだなあ、ぼく作文苦手なんだ。」
「『お母さん』か―。ぼく、なんて書こうかな。」
 生徒達のヒソヒソ話が耳に入った先生は、
「何でも、感じたことを、ありのまま書けばよろしい。こんどの母の日に、みんなのお母さんがたを招待して、母の日の集まりをしますから、そのときに、よくできたものを読んでもらいます。」
「うわあ・・・。いやだなあ。」
「困っちゃった―。」
 生徒達は、鉛筆を握って、原稿用紙をにらみながら、どんなふうに書こうかと、一生懸命に考えています。
「ぼくのお母さん、面白い癖があるんだよ。それを書こうかな。」
 となりの席の次郎ちゃんが、得意そうに言いました。
「ぼくのお母さんの癖は何だろう・・・。あっ、そうだ、あれを書こう。」
 清ちゃんは、いろいろと、お母さんの事を考えながら、一生懸命に作文を書き上げました。

 やがて、母の日がやってきました。たくさんのお母さんにまじって、清ちゃんのお母さんもきていました。まず、授業参観がありました。それから、お母さん達と一緒に歌を歌ったり、一人ひとりの生徒が書いた、お母さんの似顔絵を、お母さんに贈ったりして、楽しいひと時が過ぎていきました。
 最後に先生に名前を呼ばれた生徒が「お母さん」という作文を読むことになりました。
 優しいお母さんに感謝した作文や、「お母さんの手」という詩など、どれもこれもよく書けていて、涙ぐんで聞いているお母さんもありました。
「みんな、うまいなあ。」
 清ちゃんは、すっかり感心してしまいました。ところが、そのあと、清ちゃんにとって大変なことが起こってしまいました。
 ”先生に呼ばれたら困るなあ”と、小さくなっていたその清ちゃんの名前が呼ばれてしまったのです。  ・・・・・つづく

                                  

 

                                      「おかあさんのたからもの」より


2007年5月11日(金曜日)

ある寒い夜に

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時37分50秒

 

 

 ある寒い夜、貧しい家の中には隙間から雪が吹き込んで大変でした。
 お母さんは子どもに着せるものも、布団もありません。
 それで、そこらにあった板で子供をかこってやりました。
 すると子どもはお母さんに、
 「お母さん、こんな寒い夜に板もない家の子どもはどうなるでしょう。」
 と、言ったというのです。
                      

 

                              「ぱんだね」より

 
 

 

 身のまわりにある小さな幸せから、喜びを感じることができたらなんと素敵なことでしょう。


2007年5月10日(木曜日)

うつ状態の中学生4人に1人

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時32分41秒

今日のニュースに次のような記事がありました。

 

<うつ状態>中学生の4人に1人 厚労省調査

 
 中学生の4人に1人が「うつ状態」を示す調査結果を厚生労働省の研究班(主任研究者、保坂隆・東海大医学部教授)がまとめた。調査対象者が約600人と少なく、治療が必要な患者がどの程度いるかは不明だが、子どもの自殺防止策の参考データになりそうだ。
 調査は06年8月、静岡県内の公立中学校1校の1〜3年生計566人を対象に、国際的に使われている手法で実施。「生きていても仕方ないと思う」「独りぼっちの気がする」など18項目を質問し、「いつもそうだ」「ときどきそうだ」「そんなことはない」の三択から選ばせた。結果は、うつ状態、うつ状態でないのどちらかに分類される。
 すべての項目に回答した557人(男子285人、女子272人)について分析した結果、男子が20.7%の59人、女子が28.7%の78人、全体では、24.6%の137人がうつ状態を示した。
 自殺者の多くがうつ病など精神疾患にかかっており、うつ対策は自殺予防の柱。保坂教授は「いじめだけでなくさまざまな理由から子どもがうつ状態になっている可能性がある。子どもの自殺を減らすためには、担任教諭が1対1で子どもと話をするなどしてうつ状態に早く気づき、適切な対応をすることが重要だ」と話す。
 政府は自殺総合対策大綱案(素案)の中で、人材養成を重点施策の一つとしており、学校現場の担任や養護教諭らの役割も期待されている。
 国内の自殺者は警察庁の調べで、98年以降8年連続で3万人を超えている。小、中、高校でみると、05年は小学生7人、中学生66人、高校生215人に上っている。【玉木達也】 毎日新聞

              

 

 調査対象者数が少ないということや1校のみで行った調査ということなので、この調査結果が日本の中学生の現状を正確に表しているとはいえず、4人に1人が「うつ状態」というのは、少々大げさな気もしますが、無視することのできない大きな問題を投げかけているのは確かではないでしょうか。
 「うつ状態」かどうかは別として、「生きていても仕方ないと思う」「独りぼっちの気がする」という項目に対して「そう思う」と答えている中学生が4人に1人いるというのです。
 これから夢に向かって羽ばたいていかなくてはならない中学生が、「生きていても仕方ないと思う」なんて、なんと寂しいことでしょう。
 親子の温かいかかわりが不足している今日、「独りぼっちの気がする」と思っている子どもが増えているのでしょうね。「自分は愛されているので、生きている価値がある」と思えるよう、子どもに愛情を伝えることが求められているのではないでしょうか。


2007年5月9日(水曜日)

Cry Baby

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時13分53秒

 映画「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!」の主題歌「Cry Baby」(SEAMO)をご存知ですか? 

 

 あちらこちらで流れている曲なので、聞いたことがある方も多いことでしょう。歌詞がとても素敵です。

 

 一生懸命やってもやってもうまくいかないとき、高い壁にぶち当たってしまったとき、強がっていても心の中では落ち込んでいるとき・・・、この歌を聞くと励まされます。自分の心に素直になれたらいいですね。

 

             Cry Baby 歌詞 / SEAMO


2007年5月7日(月曜日)

チャンス

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時00分42秒

 

 チャンスが二度 君の扉をたたくなどとは考えるな。
          
              シャンフォール(フランスの評論家)

 

 

 もし好機が到来しなかったならば、
 みずから好機を創り出せ。

              サミュエル・スマイルズ(イギリスの著述家)


2007年5月5日(土曜日)

事実だけに目を向けよう

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分14秒

 学校や幼稚園から子どもが泣いて帰ってきた時、あなたならどうしますか?

 

 誰かに泣かされたんじゃないかと思い、
「誰にやられたの!!ママが言ってあげるから!!」
などと言い、根掘り葉掘り問いただしていませんか?
 聞かれた子どもは、一般的に自分に都合の悪い事は言わず、誰かにされたことだけを言う傾向があります。
「○○ちゃんにね・・・・」という言葉を聞いた親は、頭に血が上り、すぐに学校や幼稚園、あるいは相手の親に苦情の電話を入れるということになってしまいがちです。
 しかし、原因はわが子にあるのかもしれません。

 

 親の目から見て感じたことが、必ずしも事実とは限りません。
 子どもが泣いてきたという事実にだけ目を向け、それ以上は想像を膨らませないようにしましょう。想像を膨らませているうちに、まわりの人たちを色眼鏡で見るようになってしまい、子どもが自分の力で生き抜いていく力を奪ってしまうことになってしまうからです。
 常に事実だけに目を向け、冷静な対応をしていくことが子どもの成長に必要なのです。

 


2007年5月4日(金曜日)

真似

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時55分54秒

 

 すべて学問も技術も、その他人生万事真似から出発する。

 

 初歩の時には、よく真似することが上達の秘訣である。
 しかし、いつまでたっても真似だけでは進歩がない。

 

 人真似から抜け出して自分のものをつくり、
 やがては人から真似られるものとなれ。

 

          千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年5月3日(木曜日)

相手の世界を想像する

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時42分18秒

 

 私たちには、友人、夫婦、職場の同僚などとの様々な人間関係が存在しますが、人間関係上のトラブルは、相手と同じ土俵で戦うことから始まります。
 相手に嫌なことを言われたら、それを倍にして言い返す、無視されたら無視し返すというように、同じ次元で相手とかかわろうとするから、余計大きな問題へと発展してしまうのです。
 

 そんな時は、言いたい事を少し我慢し、相手とは別の次元から相手の世界を想像すると良いでしょう。
 なぜ、相手がそんな態度をとるのか、なぜ、そんな言い方をするのかを考えてみるのです。別の次元から見ることによって、今まで見えなかった何かが見えてきます。仕事で失敗し、怒られてきたのかもしれないし、疲れているのかもしれません。悩み事があるのかもしれないし、体調がすぐれないのかもしれません。表面だけではなく、その背後にある相手の世界を想像してみるのです。おおらかな気持ちで相手を理解しようと努めるとき、争いのない良い人間関係を築くことができるようになるのです。


2007年5月1日(火曜日)

子どもとは何だろう4

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時11分46秒

 子どもは、ときに、こうした疑問のいくつかを、大人に向けて発するだろう。だが、たいていの場合、大人は答えてはくれない。答えてくれないのは、問いの意味そのものが、大人には理解できないからである。かりに答えてくれたとしても、世の中で通用しているたてまえを教えてくれるか、なんだか知らないがそうなっているのだよ、と率直に無知を告白してくれるか、そんなことだろう。子どもは、問うてみても無駄な問いがあることを悟ることになる。

 
 つまり、大人になるとは、ある種の問いが問いでなくなることなのである。だから、それを問い続ける人は、大人になってもまだ<子ども>だ。そして、その意味で<子ども>であるということは、そのまま、哲学をしている、ということなのである。  

 

                                     永井均「<子ども>のための哲学」より


2007年4月30日(月曜日)

子どもとは何だろう3

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時24分41秒

 大人だって、対人関係とか、世の中の不公平さとか、さまざまな問題を感じてはいる。しかし、大人は、世の中で生きていくということの前提となっているようなことについて、疑問をもたない。子どもの問いは、その前提そのものに向けられているのだ。世界の存在や自分の存在、世の中そのものの成り立ちやしくみ、過去や未来の存在、宇宙の果てや時間の始まり、善悪の真の意味、などなど。こうしたすべてのことが、子どもにとっては問題である。

 

                                   永井均「<子ども>のための哲学」より


2007年4月29日(日曜日)

子どもとは何だろう2

カテゴリー: - matsuzaka @ 19時57分04秒

 

 「知らないということを知っている」ことを「無知の知」という。知っていると思い込んでいる人は、もう知ろうとしないだろうが、知らないとわかっているなら、なお知ろうとし続けるだろう。知ることを求め続けるこのありかたを「フィロソフィア」という。「フィロ」とは愛し求めることであり、「ソフィア」とは知ることである。つまり、「フィロソフィア」とは、知ることを愛し求めることを意味する。これが、哲学という言葉の語源だ。

 だとすれば、子どもはだれでも哲学をしているはずである。子どもは、たしかに、自分が知らないということを知っている。ただ、子どもはソクラテスとちがって、たいていの場合、大人たちもほんとうはわかっていないのに、わかっていないということがわからなくなってしまっているだけだ、ということを知らない。そして、「大人になれば自然にわかる」とかなんとか言われ、わかっていないということがわからない大人になっていくのだ。

                                   永井均「<子ども>のための哲学」より


2007年4月28日(土曜日)

子どもとは何だろう

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時04分19秒

 子どもとは何だろう。そして、子どもが大人になるとは、どういうことだろう。思うに、それはこうだ。子どもは、まだこの世の中のことをよく知らない。それがどんな原理で成り立っているのか、まだよくわかっていない。では、大人はわかっているのだろうか。ある程度はそうだ。大人はわかっている。しかし、全面的にわかっているわけではない。むしろ、大人とは、世の中になれてしまって、わかっていないということを忘れてしまっている人たちのことだ、とも言えるだろう。

 ソクラテスはかつて、こんなことを言った。世の識者たちは、自分が大事なことを知らないということに気づいていない。つまり、わかっていないということを忘れてしまっている。それに対して、自分は、知らないということを知っている。つまり、わかっていないということを忘れていない。この点で、世の識者たちよりも自分のほうがものごとがよくわかっている、といえるだろう、と。

 

                    永井均「<子ども>のための哲学」より


2007年4月27日(金曜日)

自分の癖を知ろう

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時32分15秒

 テレビのあるトーク番組で、スタッフとの打ち合わせ場面での出演者の面白いしぐさや言葉を隠しカメラで捉えた様子を放送しています。
 手で眼鏡や髪を何度もさわる人、身振り手振りが大きい人、落ち着かない人、同じ口癖を連発する人、すぐに話を下ネタにもっていってしまう人、等など・・・・・。
 見ていると、おかしいくらい同じ言動を繰り返しているのですが、本人はその映像を見るまで全く気付いていないのです。

 

 さて、みなさんはどうでしょうか?自分の様子を客観的に見たことはありますか?

 

 私は、最近、話すときによく遣う口癖があることを発見しました。あまり聞きやすいものではないので、話すときには、できるだけ遣わないように気をつけているのですが、なかなか直らないものです。 
 私は、自分の話している様子を録音したテープを聞いたり、ビデオを見たりするのはあまり好きではありませんが、たまには自分が他の人の目にはどのように映っているのかを冷静に見つめ直してみる必要があるように思います。
 人の欠点を見つけ、批判するのは簡単ですが、それ以上の欠点が自分にはあるかもしれません。

 

 あなたの癖は、何ですか・・・・・? そして、それは好ましいものですか?


2007年4月25日(水曜日)

高校生の出世意欲、最下位

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時19分47秒

 

昨日、興味深いニュースがありましたので、ご紹介します。

 

<高校生意欲調査>「出世意欲」、日本は断トツ最下位

 
 日本の高校生は米中韓の高校生よりも「出世意欲」が低いことが、財団法人「日本青少年研究所」(千石保理事長)の「高校生の意欲に関する調査―日米中韓の比較」で分かった。「将来就きたい職業」では、公務員を選んだ高校生が日本では99年調査より約22ポイントも減少するなど、米中韓に比べ、明確な目標を持てない日本の高校生の実情が浮かんだ。
 調査は06年10月〜12月、日米中韓の高校生計5676人を対象に実施。進路や人生目標、職業意識などを聞いた。所属する高校を通じて実施したため、回収率は100%になるという。
 「偉くなりたいか」という問いに、「強くそう思う」と答えた高校生は中国34.4%▽韓国22.9%▽米国22.3%に対して、日本はわずか8.0%。卒業後の進路への考えを一つ選ぶ質問では、「国内の一流大学に進学したい」を選択した生徒は、他の3国が37.8〜24.7%だったのに対し、日本は20.4%にとどまった。
 また、将来就きたい職業(複数回答)では、日本は99年調査よりも弁護士や裁判官、大学教授、研究者の割合が低下。特に、公務員は前回の31・7%から大幅減となる9.2%だった。逆に「分からない」を選んだ生徒が6.2ポイント増の9.9%になった。
 千石理事長は「食べることに困らなくなり、今の高校生は『偉くなりたい』という意欲がなくなってきている。また、(従来『出世』と考えられてきた)職業に魅力や権威がなくなっている」と分析している。【高山純二】 毎日新聞 より

 

 うーん、このままでは日本の将来はどうなってしまうのでしょう・・・・。われわれ大人が魅力のある社会を作っていかなくてはいけないのでしょうね。


2007年4月24日(火曜日)

べろべろばあー

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時44分38秒

  「べろべろばあー」

 

 あかんぼうの笑顔は
 シンメトリー(左右対称)
 釣り合いがとれて
 美しい

 

 大人の笑顔は
 どうだろう

 

 もう一度
 無垢な心に

 

 べろべろばあー

 

     山本良樹


2007年4月22日(日曜日)

失敗を恐れないこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時02分22秒

 果実がほしければ、木にのぼらねばならない。

            トーマス・フラー(イギリスの歴史家)

 

 さあ、ここにまた一日、青空の朝は明けた。
 考えよ、あなたは、それを無用にしてよいか。

            トーマス・カーライル(イギリスの思想家)

 

 このことは、とうていできないと自分から信じてかかるのは、
 それを自分からできないようにする手段である。

            ジョン・ワナメーカー(アメリカの実業家)

 


2007年4月20日(金曜日)

会話が苦手な人

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時35分30秒

 人との会話が苦手、話がうまく続かないという人がいます。上手く話そうとすればするほど、気持ちばかりが焦り、言葉が出てこないのです。自分はつまらない話しかできないから、相手に嫌われてしまうのではないかという不安や強迫観念におそわれ、緊張してしまうため、余計言葉が出てこなくなってしまうのです。

 

 人前に出てきちんとした話をしなければいけない時は別ですが、普段の会話では「あそび」が必要です。知的な話や難しい話を上手くする必要はないのです。意味のない事を話したり、無駄と思えるような話をしたりするというような自由な表現が互いのコミュニケーションを豊かにするのです。

 

 肩の力を抜き、心を開いて自分のありのままの姿を表現してみましょう。


2007年4月19日(木曜日)

自分をさらけ出す

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時28分58秒

 会話を弾ませるためには、相手が安心して話せなければなりません。
 自分の考えや気持ちを話さなかったり、話したとしても綺麗に飾った言葉を話しただけでは、相手との間に壁ができたままになってしまいます。これでは、相手はあなたとの間に距離を感じてしまい、本音での会話を楽しむことができません。
 この壁を取り去るためには、自分をさらけ出すことが必要です。過去の失敗談や弱点を進んで話してみましょう。そうすることで、相手の気持ちが楽になり、安心して話すことができるようになるのです。必要以上に自分を大きく見せ、バリアを張って人とかかわるよりも、自分の弱いところを見せることで、かえって良い人間関係を築くことができるようになるのです。

 

 (もちろん、時と場所・相手にもよりますので、その場の空気を読むことが大事です。相手の話を聞かずに自分の事を語り続けたり、あまりにも自分を卑下するような態度は逆効果です。)


2007年4月18日(水曜日)

会話を長続きさせるこつ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時45分19秒

 相手が気を遣って、話題を振ってきたときに、そっけなく「はい」とか、「いいえ」と答えたのでは、会話が続きません。
 例えば、相手が「今日は、寒いですね。」と言ってきたとしましょう。これに対して、「はい」と、答えただけでは話が終わってしまいます。たしかに今日は寒い日なので、「はい」か「いいえ」であれば、「はい」でしょう。しかし、相手は、単に自分の考えに対して同意を求めたり、相手の意思を確認しようとしているわけではないのです。
 「はい」か「いいえ」と答えただけでは、相手を拒絶し、それ以上話したくないとの意思を表示しているようなものなのです。
 相手が振ってきた話題に対して、自分なりの思いや考えを述べたり、相手に聞き返してみたりして、話を膨らませる努力をすると、会話も弾み、良い関係を築くことができるようになるのです。
 「今日は、寒いですね。」と言われたら、「昨日は暖かかったのに、今日はどうしたんでしょう。気温の変化が激しいですが、風邪をひいたりしていませんか?」等と返してあげると、話が盛り上がってくるでしょう。
 相手が投げたボールを受け取るだけではなく、上手に投げ返してあげることが大切なのですね。


2007年4月17日(火曜日)

一口おとぎばなし

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時53分31秒

    一口おとぎばなし

 

「どんなにゴウマンな人でも、他人のゴウマンな姿には
不愉快さを感じるものだ」と、あるゴウマンな人が語ったら、
それを聞いて、「ほんとうにそうだ」と、
もう一人のゴウマンな人がうなずきました。

  〔解説〕とかく、自分のことはわからないものだ。

 

          千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年4月15日(日曜日)

成功の秘訣

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時03分37秒

    「成功の秘訣」

 
 成功に秘訣というものがあるとすれば、

 

 それは他人の立場を理解できる能力ということになろう。

 

 すなわち、自分の立場からものを見るように、

 

 他人の立場に立ってものを考えることができる能力である。

 

                (ヘンリー・フォード)


2007年4月14日(土曜日)

虹の足

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時43分48秒

  「虹の足」    吉野 弘

 

 雨があがって
 雲間から
 乾麺みたいに真直な
 陽射しがたくさん地上に刺さり
 行手に榛名山が見えたころ
 山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
 眼下にひろがる田圃の上に
 虹がそっと足を下ろしたのを!
 野面にすらりと足を置いて
 虹のアーチが軽やかに
 すっくと空に立ったのを!
 その虹の足の底に
 小さな村といくつかの家が
 すっぽり抱かれて染められていたのだ。
 それなのに
 家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
 ― おーい、君の家が虹の中にあるぞオ
 乗客たちは頬を火照らせ
 野面に立った虹の足に見とれた。
 多分、あれはバスの中の僕らには見えて
 村の人々には見えないのだ。
 そんなこともあるのだろう
 他人には見えて
 自分には見えない幸福の中で
 格別驚きもせず
 幸福に生きていることが ― 。


2007年4月12日(木曜日)

子どもをやる気にさせるために

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時33分36秒

 新学年を迎えた子供達は、新しい教科書をもらって少しやる気が起きている時期です。難しそうな内容の教科書を見て、ちょっとお兄さん、お姉さんになった気分の子供達もいることでしょう。
 親は誰でも、子どもがやる気を出して勉強を頑張ってほしいと願っています。子どものやる気を出させるためには、まず、環境を整えなければなりません。これは、人的環境のことです。放っておいて、子どもがやる気を出すことはありませんから、子供がやる気を起こすような人的環境を作ってあげる必要があるのです。

 

 家庭において、親は子どものモデルです。子どもは、常に親の後姿を見て育ちます。親が、ぼんやりテレビを見ていながら、子どもに「早く勉強しなさい!」などと言っても全く説得力はありません。
 また、「お母さんだって、若い頃は一生懸命勉強したんだから、あなたも頑張りなさい!」と言いながら、テレビゲームに夢中になっていたのでは、何の効果もないのです。
 親自身が、特に子どもと触れ合う時間の多いお母さんが、知的好奇心を持つこと、そして、それを満たすために、本を読んだり、学習したりする姿を見せること、これが大事なことなのです。
 「算数をやりなさい」「漢字をやりなさい」と言うよりも、知的好奇心を持つことができるよう親の後姿を見せることが、一番大事なことでしょう。これが、後々、意欲的に学ぶことのできる力になっていくのです。


2007年4月11日(水曜日)

誤解恐るべし

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時15分13秒

   「誤解恐るべし」

 

 人生の争いやもめごとの半分以上は、
 誤解から生じる。

 

 しかし、誤解の中で最も深刻なのは、
 自分への誤解(自己理解の誤り)である。

 

 即ち、自分の判断は必ず正しく、
 自分の動機は常に善良で、
 自分の行動は決して間違いない

 

 ― という誤解である。

 

   千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年4月9日(月曜日)

抑えきれない気持ちと不安

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時31分21秒

 できれば、心穏やかに毎日の生活を送りたいと思いながらも、ついつい自分の気持ちを抑えきれなくなり、爆発してしまうことがあります。子供の問題行動の一つとして「キレル」という言葉で表現されている言動です。普段は、一生懸命我慢して自分の感情を抑えていても、それが限界に達すると攻撃的な言動に出てしまうのです。
 人には、それぞれ評価基準が存在します。自分自身の評価基準をしっかり持ち、等身大の自分をあるがままに受け入れている人は、満足感を持つことができます。
 それに対して、まわりの目や、まわりからの評価ばかりを気にして行動している人は、常に不安を抱いています。まわりから受け入れられないと一人ぼっちになってしまうという不安感があるので、まわりから認められるよう人一倍努力をしてしまうのです。そして、それは学校や勤め先、家庭等いろいろな場所での人間関係から生じます。
 一生懸命、良い子、良い人を演じて他人から認められることばかりを考えていますが、認められているという安心感を得ることができないと、自分に低い評価を下すことになってしまい、自信を失ってしまうのです。他人の評価に合わせようと努めても、それが本心ではないのでストレスが溜まってしまい、我慢が限界に来たときに爆発してしまうのです。 
 自分をあるがまま受け入れ、自分自信のの評価基準をもとに、もっと自由に生きてみませんか。
 


2007年4月8日(日曜日)

人の話を聞こうとしていますか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時43分53秒

 周囲の人と上手にコミュニケーションをとりながら、良好な人間関係を築くことは、簡単そうに見えて、なかなか難しいことです。
 相手が、不快な気持ちになってしまっては、上手なコミュニケーションとは言えないからです。

 コミュニケーションの基本は、会話です。相手が満足するような会話とは、まず、聞くことから始まります。コミュニケーションの下手な人は、相手の話をよく聞かず、自分の関心のあることへと話題を持っていってしまいます。相手の話していることに興味を持てると良いのですが、そうでない場合は、相手の話を最後までよく聞かず、自分が会話の主導権を握ってしまうのです。
 そのような会話では、自分は満足するかもしれませんが、相手には不満が残ってしまいます。

 双方が満足できる会話とは、お互いが上手に相手の話を聞く事なのです。言葉のキャッチボールとも言われますが、相手が投げたボールをきちんと受け止め、投げ返してあげることで上手なコミュニケーションが成り立つのです。


2007年4月7日(土曜日)

甘えをゆるす

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分33秒

 子どもを十分甘えさせてあげましょう。特に母子が密接にかかわることで、母親に対する信頼感が生まれます。そして、その信頼感は、他の人への信頼感へとつながっていくのです。

 

 甘やかしてはいけないと思い、早く自立を求める親がいます。子どもの甘えたい気持ちを無視し、やみくもに突き放す育て方は、後に歪を生じさせてしまいます。母子の密接なかかわりから、心の安定や信頼感が生まれ、それが子どもの生き方に大きく関係してくるのです。
 もちろん、甘えをゆるすことと甘やかしは違います。子どものために必要かどうかを考えず、子どもの要求を何でも受け入れることは、甘やかしです。甘やかしたからといって、親の愛情が伝わるとは限りません。これに対して、甘えをゆるすことは、親の愛情が伝わることでもあります。子供時代に十分甘えることができ、親子間のコミュニケーションが十分にとれていれば、思春期の難しい年齢になっても、それをうまく乗り越え、良い方向へと成長していくことができるのです。


2007年4月6日(金曜日)

50億分の1の奇跡

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時58分31秒

 

  
   「50億分の1の奇跡」

 

 
    地球の人口 50億
    あなたは ひとり

 

    あなたに会える確率
    50億分の1

 

    あなたに会えたのは
    奇跡です きっと

 

    奇跡の出会い
    大切にします
    どうぞ よろしく

 

    
      山本良樹さんの詩より


2007年4月5日(木曜日)

心を耕す

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時30分10秒

 今日は、春らしい良い天気ですね。
 全国でも有数の米の産地、千葉県の田園地帯では、着々と田植えの準備が進んでいます。あちらこちらの田んぼでは、大型の耕運機で田を起こし、水を張り始めているところです。まるで、稲刈りの後、しばらく眠っていた田んぼが目を覚まし、稲の苗を受け入れる準備をしているようです。

 
 4月に入り、まもなく学校でも新年度が始まります。
 子どもを持っている親は、「今年こそは、頑張るのよ・・・。」とか、「今まで算数が3だったけど、今度は何としても4をとりなさい!」などと、子どもに大きな期待をかけている頃ではないでしょうか。
 親として、子どもの成長を願うのは当たり前のことですが、時々、子どもの現実を十分に把握せずに、大きな期待ばかりをかけてしまうことがあります。

 子どもは、田んぼと同じで、いろいろな知識を受け入れる準備が必要です。準備ができて初めて、学んだことが自分のものとなるのです。ですから、小さいうちからあれこれと教え、詰め込んでもあまり意味がありません。もちろん、小さい頃に学んだ方が身に着くというものもあるでしょう。しかし、多くの場合、子どもの側に受け入れる準備(レディネス)が整わないうちに教えても、十分理解できず、知識や力が身に着かないのです。そして、その準備ができる時期には個人差があることを忘れてはいけません。
 小さいうちから、焦っていろいろな知識を教え込もうとするより、時期が来たら喜んで学習できるようになるための準備をすることの方が大事です。

 十分に耕された心や頭脳は、苗が植えられたとき、それを大きく育てる力を持っているのです。


2007年4月4日(水曜日)

教育とは

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時20分56秒

すでに入学式の済んだ大学生、もうすぐ入学式という小・中・高校生も多いことでしょう。今日は、「教育」とは何かをいくつかの名言の中から見てみましょう。

 

 
  小、中学校や大学で教えられることは教育ではない、
  教育の手段である。
        エマーソン(アメリカの思想家1803〜1882)

 

  本は知識を与え、人生は知恵を与える。
        ユダヤのことわざ

 

  教育とは、勉強したり覚えたりしたものが消えた後、
  何が残るかの問題です。
        マーガレット・サッチャー(元英国首相)

 

  良い授業が道徳的背景なくして可能なるがごとく考える人があるならば、
  教育という人間的事業に対して盲目だといわねばならない。
        天野貞祐(哲学者・教育者1884〜1980)                   


2007年4月3日(火曜日)

第1印象で決める

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時42分41秒

 新年度を迎え、初対面の人と会う機会が増えることでしょう。

 
 第1印象は、3秒で決まると言われています。3秒とは、ほんの一瞬で、十分に会話する暇さえありません。では、第1印象はどのようにして決まるのでしょう。
 私たちは、毎日いろいろな人に出会いますが、「あまり話したくない人」とか、「二度と会いたくない雰囲気を出している人」に会うことがあります。そして、それは深く話し合った後ではなく、一瞬にして感じてしまうものなのです。また、それとは逆に、あった瞬間にこの人とだったら、馬が合いそうだとか、ゆっくり話してみたいと思えるような人に出会うこともあります。
 以前、ドラマの撮影現場などで芸能人を見たことがあります。テレビで見るより細身で小柄に見えましたが、何よりも、まわりに訴えかける輝きを放っていることに驚きました。特別に顔立ちが整っているとかスタイルが良いというわけではないのですが、一般人にはない魅力を発しているのです。
 テレビで、人に見られる仕事をしている人と、普通の人とはどこが違うのだろうと考えてみて、発見したことがあります。
 まずは、姿勢です。今のあなたの姿勢はどうですか?私たちは、気をつけていないと、いつの間にか猫背になりがちです。背筋をピンと伸ばすことで、緩んだ気持ちもピンと張ることができます。
 次に歩き方です。ただなんとなく歩くとか、小股でチョコチョコ歩くのではなく、背筋を伸ばし、歩幅を大きめにとって歩いてみましょう。姿勢と歩き方を気をつけるだけで、頼りがいのある、信頼できる人に見えてくるものです。
 3つめは、表情です。今までにも、表情について書いたことはありますが、重要なのは、目と口元です。目の輝きは、自信を表現すると共に、相手に好感を与えます。口元のスマイルは、親しみやすさを与えるものです。

 
 もちろん、自分自身の内側が充実していることが一番大事なのですが、それが外に表れるよう、ちょっと気をつけるだけで、相手に好印象を与えることができるのです。


2007年4月2日(月曜日)

新しい生活の始まり

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時33分09秒

 桜の花が綺麗に咲く季節、今日は、4月2日です。
 今日から、新しい生活が始まったという人も多いことでしょう。

 新入社員として、初めて出社した人。
 転勤で新しい地に赴任して生活を始めた人。
 大学へ入学するため、一人暮らしを始めた人。

 
 フレッシュな気持ちで、新しい生活を始めたみなさん、これからの生活が素晴らしいものになるよう、頑張ってください!!

 

 人間にとって、やりなれたことを機械的に続けることは楽なことです。ところが、いつもの慣れた生活パターンと異なる動きをすると、ストレスがかかるものです。今まで、ひとりでに身体が動いていたのに、考えながら行動しなければならないからです。
 新しい生活を始めてしばらくの間は緊張感があるため、そのストレスを感じないかもしれませんが、少しずつストレスが溜まっていきます。
 新しい生活に早く慣れようと一生懸命になることも大切ですが、たまには、ホッとできるような息抜きを忘れないでくださいね。
 まずは、ゴールデンウィークを目指して、頑張りましょう。
 


2007年4月1日(日曜日)

老後の友人づくりのために5

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時28分02秒

 ・・・昨日のつづき

 

 自分が年をとってどれだけ不幸になったか、また周りの人々がどんなに冷たくなったかということに不満を感じたり、また批判的になっても、あなたのこれからの人生は決して幸せにはならないだろう。自分を慰めてくれる友人をつくるということよりも、まず、相手の話に耳を傾けてみよう。

 

 アクティブ・リスニングは単なる好奇心や他人の問題への興味本位のお節介ではない。それは相手の人が心を開いて話せる時間とかかわりを提供できるあなたの人間に対する優しさの積極的なかかわりである。また、相手の人があなたを信頼してくれるようになったとき、その人はあなたにとっても良い友になっていることだろう。

  

                            田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月31日(土曜日)

老後の友人づくりのために4

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時42分08秒

 ・・・昨日のつづき

 

 面倒と思いながら聴くのでもなく、またいい加減に相槌を打ちながら聴くのでもない。それは一生懸命に関心を示しながら、「いったい何がこの人の悩みなのでろうか」「どうして彼は私にそのようなことを話すのだろうか」などと自問しながら、また、ときには、「それであなたはどのようにされたいのですか」というような積極的な関心を示しながら聴くという姿勢である。自分について話そうなどとは考えないで、相手の人が話したいうれしい話や苦しい体験などを明るく気持ちよく聴くことである。

 

 そうすると、たいがいの人は、あなたはとても良い人で親切だという印象を持つであろう。あなたはそういう方々のいろいろな話を積極的に聴いているうちに、人間が抱えるいろいろな問題を知り、洞察力も深まり、自分の問題よりももっと大きな悩みを多くの人が持っているということが分かってくる。その方の悩みや苦しみの経験を聴くというかかわりの中で、その人が問題からの解決に向けて努力していることに感動させられる。  ・・・つづく

  

                          田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月30日(金曜日)

老後の友人づくりのために3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時23分57秒

・・・昨日のつづき

 そこで、年をとってからの友達づくりに役立つカウンセリング・マインドを考えてみよう。それは、アクティブ・リスニング(active listening)すなわち「積極的聴き方」という心の姿勢である。この言葉にはいろいろな定義はあるが、一言で言うと、自分の話を聞いてもらうのではなく、自分の近くにいる人で私に話しかけてくる人の話を積極的に聴く態度を身につけるということである。  ・・・つづく
                   
                            田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月28日(水曜日)

老後の友人づくりのために2

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時00分44秒

 昨日の続き・・・・

 
 一般に年をとってからの友人作りは難しいと考えられている。中学や高校時代の友人との間には数年にわたる共通の体験がある。また、死線を越えた戦友なども強烈な共通体験をもっている。その友情は同じ釜の飯を食べたという一体感に支えられている。

 

 だが、職場からも離れてしまったし、これからはあのような仲間や友人はもうできないと考えてしまいやすい。事実、年をとってからの友人作りは容易なことではないだろう。若い人と友達になることも考えられるが、自分にはもう無理だと思ってしまう。

 

 友達を作るには年齢や社会経験が自分に似ていればお互いの話が通じやすい。となると、選択の余地は極めて狭いものになる。自分にはわがままなところがあるし、習慣も固定しているので、友達はなかなか見つからないと諦めてしまいやすい。  ・・・続く

 

 

                             田淵昭三「もっと楽〜に生きるために12章」より


2007年3月27日(火曜日)

老後の友人づくりのために1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分35秒

 年をとり、親友や伴侶など安心して会話ができる人がだんだん少なくなっていくと、なにか寂しさや孤独感が強まってくる。

 だが、数は少なくても心を開き、安心して話せるという関係があれば、お互いに充実感を味わうことともできる。その相手が親友であれば、時間の経つのも忘れてしまうこともあるだろう。

 それだけに、自分の周りからそのような親しい人が去っていくとき、自分に閉じこもってしまう人もあるかもしれない。たとえ昔の親友のような関係にならなくとも、言葉を交わし、笑顔を見ることができるようなつきあいを求めるのは、人間として当然のことである。・・・つづく

 

                            田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月26日(月曜日)

なりたい姿を演じる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分52秒

 春は、別れの季節であると共に、新しい出会いの季節です。
 今までの人間関係に別れを告げ、新しい人間関係を築くチャンスでもあるのです。

 

 あなたは、どのような人になりたいですか?こんな人になりたいとか、あの人のようになりたいという理想像はないでしょうか。自分を変え、新しい自分に生まれ変われるチャンスが今です。
 自分の性格や内面は、なかなか変えることはできませんが、行動を変えることはできます。本当の自分の姿ではないかもしれませんが、理想とする姿を演じているうちに少しずつ、それが自分の中に定着してきます。(自分の正直な気持ちを隠して、仮面をかぶることではありませんよ。)
 今まで人間関係で悩んでいた人は、自分の行動を少し振り返ってみましょう。自分の行動を変えれば、相手の自分に対するイメージも変わり、良い関係を築くことができるようになるものです。

 

 さあ、新しい自分を創ってみましょう。


2007年3月25日(日曜日)

人間関係を築くための気配り

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時32分57秒

 私達は日常生活の中で様々な人とのお付き合いをします。
 職場、近所、子ども関係など、多くの人達とかかわり、人間関係を築いています。うまくいけば、楽しいのが人間関係ですが、それがなかなか難しいのではないでしょうか。

 相手とうまくコミュニケーションをとり、良い関係を築くためには、相手に対する「気配り」が必要です。
 相手の気持ちやまわりの状況を上手につかみ、自然な形で気配りができるようになると、人間関係はスムーズになります。
 時々、「場の空気を読めない人」がいます。これでは、良い人間関係を築けません。相手が不快に思うような言動を避け、相手を喜ばせるような気持ちで接することができるようになると、良いのではないでしょうか。

 相手が、「この人といると楽しい。この人ともっと話したい。」と思えるような人になりたいものです。


2007年3月23日(金曜日)

新しい生活

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時54分14秒

 3月も第4週に入ります。
 卒業や入学、就職や転勤で新しい生活を始められる方も多くいらっしゃることでしょう。
 新しい生活が夢と希望、平和で満たされますように・・・。

 

  どんな生活でも新しい生活には意味があり、
  希望がある。
            田山花袋(小説家)

 

  気持ちよい生活を作ろうと思ったら
  すんだことをくよくよせぬこと
  めったに腹をたてぬこと
  いつも現在を楽しむこと
  とりわけ人を憎まぬこと
  未来を神にまかせること
            ゲーテ(ドイツの作家)


2007年3月22日(木曜日)

自立心を育てるいたずら

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時48分59秒

 子どもにとって、「いたずら」は大事なことです。

 子どもは、ハイハイする頃になると、いろいろないたずらをし始めますが、この「いたずら」が、子どもが自立する上で大変重要なことなのです。
 はじめて見る物に興味を持ち、自分の手で何かをしてみたくなります。自分で実際に触れ、自分の意志で好奇心を満たすため、子どもは様々ないたずらをします。水たまりがあれば、水たまりにびちゃびちゃ入るでしょう。草原があれば転げまわるでしょう。泥があれば泥団子を作るでしょう。洋服が汚れるので「やめなさい!」と、言ってしまう親が今は多いようですが、このようないたずらが自発性や自立心を育てるのです。
 いたずらをしない、おりこうな子は、育てやすい良い子のような気がしますが、実は反対です。いたずら一つできない子は、親の言いなりになる指示待ち人間になりかねないからです。
 皆さんは、近所の柿の実をこっそり採って来たことや、人の家の呼び鈴を鳴らして走って逃げてきたこと等はありませんか。これらは、「悪」ではなく、ゆるせる「いたずら」です。今の社会では、様々なことが厳格になり、「・・しては、いけません!」というようなことがあまりにも多いような気がします。
 数十年前の社会では、いたずらの犯人をみつけた大人は、「こらー!」とは言うけれど、それで終わり。子どもがいたずらをするのをゆるす余裕を持っていました。
 何がいたずらで何が悪いことなのか、何をゆるし、何をゆるしてはいけないのか、今一度、考えてみる必要があるのではないでしょうか。


2007年3月21日(水曜日)

通知表の見方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分00秒

 各学校は、もうすぐ終業式です。子どもたちは、学校から「通知表」を持って帰ってくるでしょう。
 お子さんの「通知表」を見て、みなさんは、どのような点に注目し、どのような言葉を発するでしょうか?

 

 「どうして、○○の成績が下がったの!」
 「いつも勉強していないから、こんな成績をとるんでしょう!何度言ったら分かるの・・・!」
 「となりの△△ちゃんは、オール5だそうよ。いいわねえ・・・。」
 「今度、こんな成績をとったら家に入れませんからね!」
 「お兄ちゃんに比べてあなたは・・・」などと言っている人はいませんか?

 

 子どもは、なかなか親の期待通りにはいきません。そんな時、子どもがやる気を失うような言葉をかけていないでしょうか。
 上記のような言葉を言われて、子どものやる気は起きるでしょうか?皆さんが子どもだったらどうでしょう。やる気が起きますか?やる気が起きるのだったらどんどん言えばいいのですが、実際はそうではありません。
 多くの場合、子どもたちのやる気は失われ、「どうせわたしなんか・・・・」と、いじけてしまいます。「自分は何をやってもダメなんだ、こんな自分は親から愛されなくて当然だ・・・。」と思うようになってしまうのです。

 

 通知表を持って帰ってきたら、まずは、ほめてあげられるところを探してみましょう。勉強面で無理だったら、活動面でも何でもいいです。どんな小さなことでも良いのでほめてあげましょう。ほめられた子どもは、次は頑張ろうという気持ちになります。
 今すぐ、結果が出なくても、子どもの頑張りを認めてあげることで、子どもは必ず伸びるようになります。(もちろん、親の思い通りに、というわけにはいかないと思います。無理な要求をするのではなく、子どもの現実を把握し、客観的に捉えることが大事でしょう。)

 

 さあ、通知表を見る心の準備はできましたか・・・?


ほめる

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時15分18秒

   「惜しみなくほめよ」

 

 ホメ惜しみは、ホネ惜しみよりも悪い。

 
 人のうちにある良いものを引き出して
 それを伸ばす秘訣は、
 ほめることである。

 

 その気になって探せば、
 どんな人にもほめる材料はある。

 

 忠告のワサビを適当にまぜてほめよ。

 

       千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年3月19日(月曜日)

人間を知る2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時03分48秒

 ・・・昨日のつづき

 

 例えば、君たちが喜んで聴いている音楽を、もし大人がやかましいと文句を言ったとしたら、そういう大人の気持ちが君には分からないかもしれません。また、大人のほうも、今の若者や子どもはわからない、などと言ったりするでしょう。

 これでは、人間のことが分からなくなるだけではなく、いろいろと困ったことになります。自分のことや、自分に似た人や、自分の気に入った人のことだけはわかったようなつもりでいて、気に入らない人のことはわかろうとしない。― そういう人間だけがいたら、どういうことになるでしょうか。人間が自分勝手になるだけで、対立がひどくなるばかりです。

 たしかに、人間は複雑でわかりにくいものです。しかし、わかろうとしない、という態度を捨てるだけで、ずいぶんと分かりやすくなるはずです。

 

                         千葉康則「人間を知るために」より


2007年3月18日(日曜日)

人間を知る

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時53分19秒

 人間の中には自分も含まれていますから、人間を知るためには他人のことがわからなければなりません。

 そして、他人のことがわからなければ、自分のこともほんとうにはわからないのです。

 ところが、人間は、自分に似ている人間や気に入った人間のことはわかったような気がしますが、自分の気に入らない人間のことはわかりたがらないものです。

 わからないのではなく、わかろうとしないのです。・・・つづく

 

                                       千葉康則「人間を知るために」より


2007年3月17日(土曜日)

子どもの成長

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時46分07秒

 

  親は、我が子の成長を願っています。
 しかし、多くの場合、「子どもの成長」とは、知的な面での成長を指しているのではないでしょうか。「ひらがなが読めるようになった。」「足し算ができるようになった。」「算数で100点をとれるようになった。」「・・・ができるようになった。」というようにです。
 知的な側面での成長は大事ですが、別の側面での成長があることを忘れてはなりません。
 それは、心の成長です。豊かな感情、社会性、思いやりなど、人間として生きていく上で大切な心の成長をないがしろにしてはいないでしょうか。

 
 心の成長は、将来、子どもが一人前の社会人として立派に生きていくことができるようになるために、知的な側面以上に大事なことなのです。


2007年3月15日(木曜日)

心の冬は春へと変わる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時25分20秒

 以前、札幌に住んでいたことがあるということを何度か書いたことがありますが、北国の春は、大変感動的でした。
 植物の名前や季節にうとい私にでさえ、北国の植物が運んでくる春は分かりました。

 
 私にとって、北国の春を感じさせる植物の代表的なものは、「ふきのとう」でした。数十センチも積もった雪の下の凍った土の中でじっと春を待っていたふきのとうは、気温がプラスになり、雪が解けて土が見え始める頃に、顔を出します。今まで、暗く冷たい土の中でじっと我慢していたからでしょうか、明るく暖かい空気に触れたとたん、生き生きと輝き始めるのです。植物など、とても生きていられないと思えるような雪の下で雪解けをじっと待っている「ふきのとう」は、私たちに一つのことを教えてくれます。
 どんなに暗く、冷たく、苦しい中にあっても、必ず春が訪れるということ。そして、今、置かれている状況の中で、精一杯生き続けた結果、いつかは芽が出て立派に成長することができるということ。

 

 今、人生の冬の真っ只中にある人がいるかもしれませんが、まもなく雪が解けて春が来ることを信じて待ちましょうね!!


2007年3月14日(水曜日)

ホワイトデー

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時10分40秒

 今日は、ホワイトデーです。

 
 学校や職場はホワイトデーの贈り物で賑わったでしょうか。
 バレンタインデーやホワイトデーは、日本独特の習慣のようです。義理チョコの場合はともかく、恥ずかしがり屋の日本人の文化の中で、自分の気持ちを相手に面と向かって伝える良い機会なのでしょうね。

 

 人を愛すること。これは、簡単なようで難しいことです。
 「相手」を愛しているようで、実は「自分」を愛している場合が多いからです。言い方を変えれば、「相手」のための「自分」ではなく「自分」のために「相手」が必要ということです。
 「自分」中心ですから、「自分」を好きになってくれなければ、嫌いになるとか、「自分」に尽くしてくれなければ、大事にしない、ということが起きてくるのです。

 
 愛を返してくれるから愛するのではなく、相手の存在そのものを愛することができるようになれたら素晴らしいですね。

 
 今日、「愛」を返してもらえなかった方・・・、ここでくじけずに愛し続けましょう


2007年3月13日(火曜日)

卒業

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時54分35秒

 昨日、一人の女子学生が「無事に高校を卒業した」との報告をしに来てくれました。
 彼女は、私立の中学校でいじめや人間関係に悩み、そのまま一貫校である高校へ進学するのをやめて通信制の高校へ進学しました。
 通信制の高校は4年間かかるのが普通だそうですが、彼女は3年間で無事に卒業できたというのです。週1、2回のスクーリングの他は家庭で独学ですから、最後までやり通した努力は並大抵のことではないと思います。本当に良くがんばりました。
 彼女が通信制に進むと聞いたとき、ただでさえうまくいかない人間関係がさらに下手になってしまうのではないかとの心配がありましたが、昨日の表情や見せてくれた写真からそれが間違いだったことが分かりました。
 スクーリングで会う生徒たちと友達になることができたのです。
 彼女は、言っていました。「通信制の高校で色々な人にめぐり合えてよかった。様々な境遇の人や年上の人がいて、いろいろ教えられた。今、中学校に戻ることができたら、もう少し人と上手にできるかもしれない。大学に行って、また色々な人と出会うのが楽しみ。」と。

 
 道は、一つではありません。
  うまくいかないからといってそこで挫折してしまうのではなく、自分に最も合った道を見つけて、そこで新たな成長をすることができれば幸せですね。

 

 今春、卒業のみなさん、おめでとう!!


2007年3月11日(日曜日)

すべり台

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時53分39秒

 

 「すべり台」

 

 きもちが一直線に
 すべり台してしまったら
 両手をあげて
 心地よく すべりましょう
 泣き笑いしながら
 ワーッと すべることを
 楽しみましょう

 

 どんどん どんどん
 すべっていって
 ポン と 地上に足がついたら

 

 ゆっくり 立ち上がり

 
 手をさしのべる空にむかって
 また
 歩き出せばいいんだから

 

     服部ひでこ「リ・ラ・ク・ゼ・ム」より


2007年3月10日(土曜日)

叱られた君に

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時01分14秒

  「叱られた君に」

 

  磨き粉があるから
  物が光る

 

  磨いてくれる人がいるから
  人間が光る

  
  嫌な人は
  みーんな磨き粉

 

  だから磨き粉に
  ありがとう

 

      山本良樹さんの詩より


2007年3月9日(金曜日)

話すことが苦手な人へ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時19分19秒

 人とかかわるのが苦手な人の中には、何を話してよいか分からない人というがいるでしょう。
 話すのが得意な人は、考えるよりも先に言葉が口から出ているように見えます。お笑い芸能人などがそうですね。
 私自身は、ぺらぺらしゃべるのが得意な方ではありませんでした。数名と雑談をしている時など、何を話そうかと考えているうちに、周りのみんなは次の話題に移ってしまうということがよくありました。

 

 では、人とどんな話を話をしたら良いのでしょうか。
 自分の不幸なことを訴えたり、病気の話や生活の暗い話ばかりをしていたのでは、嫌がられてしまいます。悲観的なことを話しても、真の友人でない限り、なかなか本当の同情を得ることは難しいでしょう。
 反対に、自分だけがうれしい思いをしたことを大喜びで語っても、本気で喜んでもらうことはできません。特に、彼氏とのデートの話等のろけ話を長々と聞かされる事ほど、面白くないことはありませんね。
 そう考えると、ますます何を話してよいか分からなくなってきます。

 
 相手が楽しんでくれる話とは、自分の不幸や幸福を語ることではないのです。場の空気を読んで、相手や周りを和やかにする話題を取り上げることが大切です。
 一方的に自分だけがしゃべるのではなく、言葉のキャッチボールができると、相手も満足感が得られます。
 どんな話題が出ても、楽しく話せるように普段から様々なところにアンテナを張って、教養を深めておくことも大事なことかもしれませんね。


2007年3月8日(木曜日)

「学ぶ意欲」の低い日本の子どもたち

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時18分38秒

 <学習意識調査>日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い

 

 日本の小学生は中国や韓国の小学生よりも「学ぶ意欲」が低い――。財団法人「日本青少年研究所」(千石保理事長、東京都新宿区)の調査で、学習を巡る子供の意識に日中韓で大きな差があることが分かった。近年、日本の子供たちの学力低下が取りざたされているが、中韓両国に比べ「学力」以前の「意欲」の低さが浮き彫りになった形だ。
 調査は昨年10〜11月、3カ国の首都に住む小学4〜6年生計5249人を対象に通学先の学校を通じて実施、全員から回答を得た。対象は東京1576人▽北京1553人▽ソウル2120人。
 目指す人間像の一つとして「勉強のできる子になりたいか」と質問したところ、「そう思う」と答えたのは東京が43.1%だったのに対し、北京78.2%▽ソウル78.1%といずれも7割を超えた。「将来のためにも、今がんばりたい」と考える小学生も、東京48.0%▽北京74.8%▽ソウル72.1%で、日本は将来の夢に向けた学ぶ意欲が低くなっている。
 また、「先生に好かれる子になりたい」と答えたのは、北京60.0%▽ソウル47.8%に対し、日本はわずか10.4%。教師への関心や尊敬の念も薄れているようだ。
 生活習慣では「テレビを見ながら食事をする」のは東京46.0%▽北京11.8%▽ソウル11.7%。「言われなくても宿題をする」と答えたのは北京が82.7%と最も多く、東京42.1%▽ソウル37.1%と続いた。【高山純二】
 ▽佐藤学・東京大教授(教育学)の話 高度経済成長期にはリンクしていた「勉強をすれば、いい仕事に就ける」という関係が、低成長時代の今は崩れてしまった。(学ぶ意欲の低下について)約10年前から「学びからの逃走」と指摘してきたが、それが小学校段階でも表れた調査結果と言える。また、大人への信頼や権威が崩れ、大人たちが子供のモデルになっていないため、目標を見失い、さまよっているのではないか。    3月7日 毎日新聞より

 

 学力向上を目指して、ゆとり教育を見直す動きがありますが、授業時間を増やしたり、教科書を厚くしたりしても、一部の子どもを除いて、ほとんどの子どもたちの学力は、伸びないと思います。今の学習内容ですら、十分身に着いていないのですから、これ以上増えたら、ますます落ちこぼれる子が増えてくるでしょう。この調査の結果分かったように、「学習意欲」の欠如が一番大きな問題なのではないでしょうか。将来に対する夢や希望、学ぶ意義や意欲(学習に対するモティベーション)を持たずして、学力が伸びるわけはありません。
 子どもたちが「学習意欲」を持ったときにはじめて、真の学力向上が図れるのではないでしょうか。


2007年3月7日(水曜日)

自分に合う人を見つける

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時30分58秒

 人間関係がうまくいかない人は、なんとかみんなに好かれたい、みんなとうまくできるようになりたいと思うでしょう。
 しかし、すべての人に好かれるのは無理です。

 

 人には、それぞれ個性や考え方の違いがあって、合う人、合わない人がいて当然なのです。過去に大きな働きをした偉人といわれる人であっても、すべての人に認められ、好かれていたわけではありません。必ず、反対の立場をとる人がいたのです。
 
 みんなに好かれたいという理想を掲げることは大事ですが、到達できないとがっかりしてしまいます。ですから、高い理想を一つ掲げるのではなく、「まあ、このくらいでいいか・・・。」と言えるような心のゆとりをもつと、楽になります。

 

 自分と合う人、自分を好きになってくれる人が少しでもいることに喜びを感じることができるようになると良いですね。


2007年3月6日(火曜日)

人間関係のこつ

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時32分11秒

 

 すべての人間は、他人の中に鏡を持っている。

           ショーペンハウエル(ドイツの哲学者)

 

 

 人のことをよく言う習慣を養成しなさい。
 交わっている友人のよい特質に留意し、
 その過失や欠点はできるかぎり見ないようにし、
 ・・・その人の生活や品性のどこかをほめなさい。

           エレン・G・ホワイト(アメリカの宗教家)

 

 

 世の中はいわば一つの鏡のようなもので、
 笑顔をもって向かえば笑顔が返され、
 しかめ面をもって向かえばしかめ面が返される。
           石橋正二郎(元ブリジストンタイヤ会長)


2007年3月5日(月曜日)

親子関係の希薄化

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分44秒

昨日、気になったニュースがありましたので、ご紹介します。

 

 

 <少年意識調査>父親の4分の1、平日の接触ほとんどない

 

 内閣府は3日、小中学生とその親を対象にした「低年齢少年の生活と意識に関する調査」の結果を発表した。子どもとの平日の接触について、父親の約4分の1が「ほとんどない」と回答し、中学生の約7割が進学や友人関係などで悩んでいたのに、悩みを知っている父親は約3割にとどまった。平日に子どもの顔をほとんど見ない父親は00年の前回調査より10ポイント近く増えており、父子関係の希薄化が進んでいた。
 調査は昨年3月、全国の小学4年〜中学3年の男女3600人を対象に面接方式で実施し、2143人が回答(回収率59.5%)。答えた子どもの父母にも郵送回収方式で調査し、2734人から回答を得た。
 子どもに「悩みや心配」があるかを複数回答で聞いたところ、58%が九つの選択肢から当てはまる悩みを挙げ、中学生では同一の質問をした前回調査(95年)より15ポイント多い71%が悩みを挙げた。中学生で最も多かったのは「勉学や進学」の61%、次いで「友達や仲間」20%、「性格」19%などの順だった。
 一方、子どもの悩みについて親に尋ねると、母親は65%が「知っている」「まあ知っている」と答えたのに対し、父親は同様の回答が31%。子どもとの平日の接触時間では、父母とも「1時間くらい」がそれぞれ24%、29%と最多だったが、「ほとんどない」は父親23%(00年より9ポイント増)、母親4%(同2ポイント増)と大きな差があった。
 1時間以上の接触も母親75%に対し父親39%と差があった。ただ、2時間、3時間と長時間接する母親は減っており、父母ともに子どもとの関係が薄れる傾向にあった。
 親子の関係希薄化について、内閣府で青少年育成を担当する大塚幸寛参事官は、仕事優先の親の姿勢に加え、子どもへのパソコンや携帯電話の普及も影響しているのではないかと指摘している。調査では、小学生の15%、中学生の52%が携帯電話を保有し、毎月の利用料金が5000円以上の小学生は19%、中学生は46%だった。【渡辺創】 3月3日 毎日新聞より

 

 みなさんのご家庭はいかがでしょうか?
 様々な心の問題を訴えてこられる方々の中には、幼少時あるいは思春期の親子関係に原因がある方が多いように思われます。子どもの成長にとって、温かい親子関係は、何よりも大切なものなのではないでしょうか。
 私も、反省です!


2007年3月4日(日曜日)

積極的に行動する

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時57分41秒

 昨日、参加した集まりの中で、「何かが起きたとき、人はそこから逃げるか、黙って傍観しているか、積極的にチャレンジしていくか、その3つの内どれかである」というような話を聞きました。
 同じひとつの出来事に対する事であっても、それをどう受けとめ、どのように行動するかは、人によって違うのです。

 

 以前、札幌に住んでいたときのことですが、冬になり道路に雪が積もると、タイヤが埋まったり、滑って動けなくなったりしました。雪国の人たちは慣れているので、そんなときは車のトランクからスコップを出して、雪をかき、見ず知らずの人なのに協力して車を動かす手伝いをしてくれました。

 

 ある日、一人で雪道を歩いていると、動けなくなった車が1台いました。ドライバーは一人で雪をかき、車を出そうと試みていましたが、なかなか出そうにもありません。
 いつも、いろいろな人に助けられている私は、「こんな時こそ、手伝わなくては・・・」と思いながらも、行動を起こす勇気がありませんでした。「今、徒歩だから、道具を何も持っていない。手伝おうと思っても、何もできない。」と自分に言い聞かせるようにしながら、その場を通り過ぎてしまいました。ちょっと声をかけて、車を押してあげるだけで良いのに、なぜか、その時はその勇気が出なかったのです。
 もうだいぶ前の出来事なのですが、今でも覚えているところをみると、ずいぶん、心の中での葛藤があり、すっきりしない思いがあったのだろうと思います。

 

 必要なときに、積極的に行動することのできる勇気をもてるようになりたいものです。


2007年3月3日(土曜日)

生きている

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時37分29秒

     

       生きている

 

 「生きている」ということは、
 よく考えればそれだけですでに、
 不平を言う余地はないほど素晴らしいことである。

 

 けれども、ただ単に「生存している」
 というだけの生き方で、
 意義も目的も内容もなければ、
 みすぼらしいことである。

 

         千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年3月2日(金曜日)

「最後の晩餐」ユダのモデル

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時13分09秒

 

 ・・・・・昨日のつづき

 

 ある日、下町の酒場をのぞこうとしていると、一人の酔っ払いにぶつかりました。はっと顔を上げ、その酔っ払いの顔を見たとたん、ダビンチの足はすくみました。冷酷で地獄から抜け出してきたかと思われるような恐ろしい顔だったのです。
 彼は、その瞬間、これこそ捜し求めていたユダの顔だと気づきました。ダビンチは、多額の謝礼を約束して彼をモデルにユダの顔を描き始めました。
 顔の輪郭をスケッチし終わったとき、ダビンチは急に筆をおき、酔っ払いに向かって叫びました。
「君!君はいったい誰なんだ!君の名前は!」
酔っ払いは、にやりと笑って答えました。
「俺か?俺はピエトロ・パンジネルリというんだ!」
「ピエトロ・パンジネルリ!?」
ダビンチは、驚きの声をあげました。そうです。数年前にキリストのモデルとなったあの青年と、今、目の前にいる恐ろしい顔の男とは同じ人物だったのです。顔の輪郭や鼻筋、口元などは全然変わっていませんが、あのときの清らかな美しさは跡形もなく、恐ろしく醜い形相となっていたのです。

 

 私たちの顔形は、そうそう変わるものではありません。しかし、内面の様子や生き方が外に表れます。内面の状態によって、外見は美しくも醜くもなるのです。
 年を重ねた者は、自分の顔に責任を持たなくてはなりません。さて、私の顔はどんな顔でしょう?


2007年3月1日(木曜日)

ダビンチの「最後の晩餐」

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時30分19秒

 

昨年、話題になったレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」という名画について、つぎのようなエピソードがあります。

 
 ダビンチは、最初にキリストの絵を描こうと思い、そのモデルさがしを始めました。神々しいキリストの面影を彷彿とさせているような青年はなかなか見つかりません。そこで、ダビンチは、長い年月をかけて旅をし、あちらこちらの町を探し歩きました。
 ある日、イタリアの田舎町の教会でひざまずいて祈っている若者を見たダビンチは、その若者の顔を見たとき、彼こそキリストのイメージにピッタリだと思いました。
 こうして、ダビンチは、ピエトロ・パンジネルリという美しく清らかな顔立ちをした若者をモデルにして見事なキリストの姿を描くことができました。

 

 その後、11人の弟子たちの顔を次々に描き、最後にユダの顔だけが残りました。ユダとは、キリストを裏切って銀貨30枚でキリストを敵に売り渡した弟子です。
 ダビンチは、このユダの顔は、思い切り醜く描こうと思い、醜い顔のモデルを探し始めました。   ・・・つづく


2007年2月28日(水曜日)

笑顔をつくろう

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分43秒

 今、あなたはどんな表情をしていますか?眉間にしわが寄っていませんか?

 

 人は、顔の表情でずいぶん、印象が変わります。
 1人でいるときと、誰かに会うときでは、表情が変わるでしょう。相手に大きな印象を与えるのが表情なのです。
 普段、1人でいるときは、仕事の疲れなどもあって無表情になり、目も少し閉じ気味で顔の筋肉がダラーとしていることがあります。
 人に会うときにも、同じ表情をしていると、相手を拒否しているように見え、印象が悪くなってしまいます。
 相手に良い印象を与えるためには、相手を受け入れるような表情が大切です。あごを少し引き、口元を引き上げましょう。背筋を伸ばし、目を大きく開けると、生き生きとした表情になります。目力と言われるように、生き生きと輝いた目には相手を安心させる力があります。

 顔のつくりが少々不細工でも(!?)表情によって、素敵に見せることができるのです。
 さあ、鏡を見ながら練習してみましょう。


2007年2月27日(火曜日)

今の顔、人に見られても良いですか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時30分34秒

 先日、面接に来られた方に、私の所にお出でになられたきっかけをお聞きしたところ、「ホームページの先生の写真を見て、話をよく聞いてくれそうだったから。」という、お答えをいただきました。
 ホームページに自分の写真を載せるなんて、本当に恥ずかしかったのですが、その写真を通して、良い印象をもってもらえた事をうれしく思いました。

 

 人によって顔形は様々です。みんながみんな、スターやアイドルのように美形なわけではありません。では、私の顔、あなたの顔はダメなのでしょうか?
 いいえ、そんなことはありません。表情ひとつで好感度をアップさせることができるのです。
 さて、今、これを読んでいるとき、あなたはどんな表情をしていますか?今の顔、人に見られても良いですか?

 

 明日も、「顔」について考えてみましょう。


2007年2月26日(月曜日)

身近にうつ状態の人がいる場合の対応

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時49分28秒

 

 今日、偶然にも2人の知り合いから、「知人にうつ状態の人がいるんだけど、会ってもらえないか。」とのお話をいただきました。身近なところにうつで苦しんでいる人が多数いることに驚くと共に、うつ状態の人への対応方法が分からず戸惑っている方も多いのではないかと思いました。

 

 以下にうつ状態の方への対応の仕方を述べておきましょう。

 

 1、うつ病は、単なる気持ちの病気ではないので、抗うつ薬による治療が必要です。脳内の神経伝達物質セロトニンの分泌以上が原因ですから、必ず、医師による治療を受けさせましょう。発病のきっかけとなったストレスを取り除くためにはカウンセリングが有効です。

 

 2、休養を勧めることが大事です。怠け病ではないことを本人にも自覚させ、仕事を休んででもゆっくり心身の休養をとらせることが大切です。

 

 3、判断力が低下しているうつ状態のときに、重大な決定をさせないようにしましょう。

 

 4、励ましては、いけません。本人は一生懸命努力しようとしているのですが、できないのです。励まされることによって、できない自分に苛立ち、自責の念をつのらせ、最悪の場合は自殺を図ることにもなってしまいます。まわりの人は、そっと寄り添い、辛い気持ちを受けとめてあげましょう。

 

 5、うつ状態のときは、まわりに迷惑ばかりかけ、何もできない自分はこの世から消えてしまったほうが良いとの願望がわいてきます。治る病気であることを理解させ、絶対に自殺しないよう約束させましょう。


2007年2月25日(日曜日)

自分の力だけで生きている人はいない3

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時32分45秒

 

・・・・・昨日の続き

 

 人間の細胞は、体重60キロの人で約60兆個あるといわれている。地球の人口の1万倍にあたる数の小さな命が、1人の身体の中で生きていることになる。地球上では争いが絶えないが、私たちの身体の中では、その1万倍の数の小さな命が、けんかもせずに、見事に生きている。細胞は自分を生かしつつ臓器の働きに協力し、それぞれの臓器は固体を生かすため、見事に働いている。こんなことが、でたらめにできるわけがない。この、共に助け合って生きるプログラムが、遺伝子に書き込まれている。

 

 このような遺伝子のプログラムを書き、それを今、正確に動かしているものは、サムシング・グレートとしか言いようがない。まさに生命の神秘である。そう考えると、自分の力だけで生きている人など、誰一人いない。生きていることは、それだけで素晴らしいことで、ありがたいことである。日本には、「おかげさまで」という言葉がある。サムシング・グレートや自然など、さまざまなもののおかげで人は生かされている。

 

 
                                村上和雄「二十一世紀は日本の出番」より


2007年2月24日(土曜日)

自分の力だけで生きている人はいない2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分55秒

 

・・・・昨日の続き

 

 信じられないだろうが、一粒の米に、世界の人口約60億人の遺伝子の情報を、すべて書き込むことができる。しかも、遺伝子は、親や祖先から受け継いだだけではなく、私たちの身体の中で一刻の休みもなく、今、働いている。この人知を超えた遺伝子の働きは、どう考えてみても、人間業ではなく、神業としか言いようがない。

 

 生きていることは、科学的に見て、ただ事ではない。大腸菌の遺伝子はすべて解読されたが、世界中の学者が集まっても、大腸菌を元から生み出すことはできない。設計図は分かっていて、コピーは作れるが、元からは創れない。なぜなら、細胞がどうして生きているかという基本的な仕組みが、まだほとんど分かっていないからだ。  ・・・つづく

 

                               村上和雄「二十一世紀は日本の出番」より


2007年2月23日(金曜日)

自分の力だけで生きている人はいない

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時28分12秒

 2000年にヒトの全遺伝子暗号が解読された。これは、素晴らしい研究業績である。しかし、解読したヒトの遺伝子暗号を眺めながら、ある時、私は言いようもない感動を覚えた。人間を超えた何ものか(サムシング・グレート)がいなければ、でたらめに遺伝子暗号が書き込めるわけがないと感じたのである。

 

 人間の設計図は30億の化学の文字で書かれている。30億というと、百科事典の約3000冊に相当する。書かれている遺伝子の暗号は、万巻の書物に匹敵する情報量なのである。その遺伝子の暗号は、顕微鏡で一億倍に拡大しても読めないような微細な文字で書かれている。それは、誰が書いたのかは分からないが、確かに書かれている。太古から言い続けられてきた神様や仏様の存在が理解しにくいものだとすれば、あえて言うなら自然が書いたのであろう。・・・続く

           
                              村上和雄「二十一世紀は日本の出番」より


2007年2月22日(木曜日)

正直が一番大切

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時15分10秒

 先日、通信教育大手ベネッセコーポレーションの森本昌義社長が話したことについて書きましたが、今日は、その社長が辞任したというニュースを聞いてびっくりしました。
 つい最近、テレビ番組を見て、立派な考えの持ち主だなあと社長の話に共感したばかりだったのに、その社長が女性問題で社長の座を追われることになったのです。
 彼は、番組の中で「正直が一番大切」というようなことを言っていましたが、社長自らが社長室長の女性と不倫をしていたというのです。正直とは正反対の行動でしょう。
 たかが女性問題、と言ってしまえばそれまでですが、一人ひとりが「よく生きる」ための教育の一端を担う者としては、道徳的に軽率な行動だったのではないでしょうか。せっかく今まで輝かしい業績を残してきたのに、最後がこれでは、悲しいですよね。

 

 最近は、大企業の不祥事が続いています。一部の人の「正直」ではない行いにより、企業全体が大きなダメージを受けてしまうのです。

 

 人間は、「完全」であることはできませんが、「完全」を目指すことはできるはずです。今一度、自分を見つめ直してみたいものです。


2007年2月21日(水曜日)

血圧を上げぬ方法

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時30分08秒

   「血圧を上げぬ方法」

 

 クヨクヨとイライラをやめること

 

  自分の思うようにならないからと ― イライラ

 

  自分の思いがけぬ結果になったからと ― クヨクヨ

 

 
 自己意識過剰が原因なのです。

 

 
           千代崎秀雄著「生活の処方箋」より


2007年2月20日(火曜日)

親の期待

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時27分12秒

 受験シーズン、真っ盛りです。
 みなさんは、お子さんに対して、どのようなことを期待していますか?
 多くの親は、子どもにこうなってほしいと、様々な願いや希望を持っています。
 良い学校に入ること、成績優秀であること、勝ち組になること、健康であること、親孝行であること・・・・数え上げれば、子どもに期待することはきりがないほどあるでしょう。

 
 それらは、本当に子どものためになっていますか?
 親が子どものためだと思ってしていることが、子どもにとっては負担になっているということあります。
 「あなたのためなのよ・・・」という言葉は、本当に「あなたのため」なのでしょうか?もしかしたら、親の価値観で親のためにさせているということはないでしょうか?
 子どもに何かを期待するときは、本当に子どもへの愛情から出ているものなのかどうかをちょっと考えてみましょう。


2007年2月19日(月曜日)

成功か失敗か

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時55分31秒

 今夜、テレビ番組に通信教育大手ベネッセコーポレーションの社長兼CEO森本昌義さんが出演し、ベネッセ躍進の裏話をしたり、スタジオに集まったお母様たちからの質問に答えたりしておられました。
 森本さんは、SONY専務から転身された方ですが、教育に関しては非常に幅広い考えの持ち主で、今の学校教育では埋めきれない部分をカバーし、多くの子どもたちに学ぶ楽しさを知ってもらおうと考えていらっしゃるようでした。
 印象に残った言葉がいくつかあるのですが、その中のひとつをご紹介します。

 

 「成功か失敗かを決めるのは他人ではない。」

 

 日本人ほど、他人の目を気にする国民はありません。他人の目から見てどう見えるのかということや他人から見て成功なのか、失敗なのかということばかりを気にしているのが多くの日本人なのです。
 それに対して、森本さんは、成功か失敗かを決めるのは他人ではなく自分だ、とおっしゃるのです。勝ち組・負け組という言葉がありますが、誰から見ての言葉なのでしょう。自分で自分を勝ち組と思えればそれでよいのです。他人と比較する必要はないのです。
  


2007年2月18日(日曜日)

第1印象をよくするために

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時46分23秒

  初対面の人に会うとき、誰でも第1印象を良く見せたいと思うでしょう。
 自分を完璧に見せるために、実物以上に自分を大きく見せようと頑張りすぎてしまうことがありますが、逆効果です。
 そんなときの自分は、どんな顔をしているでしょう。表情が硬く、相手を警戒させてしまうような雰囲気を出してはいないでしょうか。

 
 第1印象を良くするためには、相手が心地よくいられるような態度で接することが大事です。相手に対して心を開いて接することで、相手もそれに応じた態度で反応してきます。必要以上に、自分を立派に見せようとするのではなく、ありのままの姿の自分を正直に表現することが大事なのです。
 こちらが心を開いて接するとき、相手も心を開いて接してくれるので、豊かな人間関係を作ることができるようになるのです。


2007年2月17日(土曜日)

子どもの人間関係を養う

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時56分32秒

 学力や音楽、運動などの能力を養うために、様々な習い事をさせている人がたくさんいます。
 子どもが将来、幸せに生きることができるように必要な準備をさせているのです。

 

 子どもの将来のために、親としてしなければならないことはたくさんありますが、それらの中でも最も大事なことのひとつは、人間関係の能力をつけさせることです。

 社会は人と人とのかかわりで成り立っています。ですから、他の人との間に良い人間関係を作る能力を持っていれば、充実した社会生活を送れるようになります。
 良い人間関係をつくる能力を育てるためには、まず、家族が温かい人間関係で結ばれている必要があります。さらに、近所など、他の人たちとの関係においても、親が人間関係の良いお手本でなければなりません。
 また、子供同士の付き合いも重要です。友達と一緒に遊ぶことによって、相手とのかかわり方を学んでいけるようにしてあげなければなりません。友達と喧嘩をすることもあるでしょう。子どもは、相手に傷つけられたり、相手を傷つけたりしながら、友達と仲良くする方法を自然に学んでいくのです。子供同士が本気でぶつかり合いながら、遊ぶことが子どもの将来の幸せにつながっていくのです。


2007年2月16日(金曜日)

捉え方を変えてみよう

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時18分28秒

 私たちの毎日の生活は、思うようになることばかりではありません。仕事、勉強、人間関係等様々なことがうまく行かないと思えるときがあります。

 

 思うように行かないとき、どのような気持ちになるでしょうか。
 怒り、悲しみ、恐れなどいろいろな気持ちが湧き上がってくるでしょう。

 

 うまくいかなかったという事実は事実として、消すことはできません。しかし、捉え方を変えることはできるのです。
 うまくいかなかったのは、相手のせいだと考えて腹を立てる。
 自分は何をやってもダメな人間だと考え、落ち込む。
 一生懸命努力したのだから、仕方がない。原因を考えて、次につなげよう。

 

 あなたは、どのタイプですか?

 

 何事も人のせいにばかりしていては、成長はありませんし、逆に自分のせいにばかりしていては、劣等感やコンプレックスに襲われてしまうことになります。
 うまくいかないことや失敗から学び、次の希望へとつなげることのできる捉え方ができるようになると良いですね。


2007年2月15日(木曜日)

孤独を感じる子ども

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時45分42秒

 国連児童基金(ユニセフ)は14日、先進国に住む子どもたちの「幸福度」に関する調査報告を発表した。

 それによると、子どもの意識をまとめた項目で、「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は、経済協力開発機構(OECD)加盟25か国の中で29・8%と、ずば抜けて高かった。日本に続くのはアイスランド(10・3%)とポーランド(8・4%)だった。

 また、「向上心」の指標として掲げた、「30歳になった時、どんな仕事についていると思いますか」との質問に対しては、「非熟練労働への従事」と答えた日本の15歳の割合は、25か国中最高の50・3%に達した。【ジュネーブ=渡辺覚】 (読売新聞)より

 

 

 日本の子どもは、他の国に比べ、経済的に不自由のない暮らしをし、家庭に恵まれて幸せなはずなのに、約3人に1人は孤独を感じているというのです。最近、青少年の犯罪や自殺など様々な問題が相次いでいますが、これらの問題の多くは、このような社会のひずみから来ているのではないでしょうか。

 

 

 


2007年2月14日(水曜日)

ねっ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分05秒

 

  「ねっ」

 

  根を上げると

 

  植物は枯れて
  

  しまいます

 

  もちろん花も

 

  咲きません

  

  ネをあげちゃ

 

  いけないんだ

 

  ねっ

 

    山本良樹

 


2007年2月13日(火曜日)

警察官の死

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分29秒

 東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で、自殺を図った女性を助けようとして電車にひかれ、重体となっていた警視庁板橋署常盤台交番の宮本邦彦警部(53)が亡くなりました。

 宮本警部の勇気ある行動に心を打たれ、多くの人が快復を願っていましたが、残念な結果となってしまいました。

 

 聖書の中に「人がその友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない。」という言葉がありますが、宮本警部は、この言葉以上のことをしたのではないでしょうか。

 彼が身代わりとなって助けたのは、友ではありません。生きようとして助けを求めて来た人でもありません。彼は自殺しようとしていた人を助けたのです。自らの命を犠牲にして、死のうとしている人に命を与えたのです。

 聖書の言葉以上の本当に「大きな愛」の行為ではないでしょうか。

 

 宮本警部の犠牲によって、一人の人の命が救われました。人の命がどんなに重いものかということを考えさせられた出来事でした。

 宮本警部のご冥福をお祈りいたします。

 

 

 


2007年2月12日(月曜日)

癒し4

カテゴリー: - matsuzaka @ 12時57分24秒

 

 ・・・・昨日の続き

 

 「苦悩」に直面し、その意味を深く研究することから自分の「生きる意味」を探し出すこと、それもなかなか一人ではできないことだ。苦悩するとき、私たちはとても孤独だ。だれも自分の苦悩を分かってくれない、自分は見捨てられている、そんな思いにとらわれることも多い。もちろんそういった孤独は大切ではある。ちょっと苦しいだけでだれかに依存していてはなかなか苦しみの深い意味とは直面できない。

 
 「苦悩」を探求すること、それにはかなりのエネルギーが必要だ。そして、それは一朝一夕には成し遂げられない。「苦悩」に向かい合い、それを「内的成長」へとつなげていくには、かなりの時間も必要なのだ。そして、そこを耐え抜き、「生きる意味」へと展開していくには、仲間が、そして仲間とのコミュニケーションが必要なのである。

                    
                                       上田紀行「生きる意味」より


2007年2月11日(日曜日)

癒し3

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時37分22秒

 

 ・・・昨日の続き

 

 しかし、その「きっかけ」が「内的成長」へとつながっていくかどうかには、もうひとつの重要な要素がある。それは「コミュニケーション」である。自分のワクワクする話を語っても「お前はしょせん苦労が足りないんだよ。」と言われ、夢を語っても、「そんなのどうせ無理だよ。」と言われ続けるのでは、人生の輝きからも夢からも見放されてしまう。

 
 もちろん、真の友人、先輩として、「ここがまだ足りない。」とか「もっとこうしたところを努力すればいい。」とか、心からのアドバイスを送ることがキツイ言葉になることはある。しかしそれは友人や後輩の「夢」や「輝き」を尊重すればこそのことであって、自分も不満だらけで生きているのだから、お前もそうでなければダメだというように、妬みからつぶしにかかるような人間たちに囲まれているのでは、かなりの生命力を持っていなければ、その場での「内的成長」はなかなか難しいだろう。   ・・・続く

 

                                 上田紀行「生きる意味」より


2007年2月10日(土曜日)

癒し2

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時02分42秒

 

  ・・・・・昨日の続き

 

 しかし、私は苦悩すべきときに苦悩することが真の癒しにつながると思っているのだ。自分の生きる現実と自分の中の「生命の輝き」の方向性が食い違ってしまったとき、そういった病に陥るべきときに「ちゃんと」病になること、それがむしろ癒しをもたらす。「悩み」や「病」は自分の人生に対する警告信号である。「悩み」や「病」を単なるネガティブなものとしてすぐに除去してしまおうとする姿勢からは、「内的成長」も生まれない。わたしたちは自分自身を「癒す」力を持っている。そしてその「癒す」力とは、病むべきときに「病む」ことができる能力、「病」に気づく能力を含んでいる。「病」への、現実への「違和感」への感受性を持っているからこそ、癒しや成長が可能になるのである。

 

 「内的成長」それは、私たちの「生きる意味の成長」である。そして「苦悩」、「違和感」への感受性が、そのきっかけとなる。「内的成長」は私たちの感性、感受性の成長でもあるのだ。   ・・・続く

 

                                   上田紀行「生きる意味」より


2007年2月9日(金曜日)

癒し1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時15分25秒

 

  私は「癒し」という言葉を早い時期から率先して使い続けてきたので、一部では「癒しの元祖」などと呼ばれることもある。だから、「癒し」という言葉をこれまで(文中で)使っていないことを不思議だと思う人もいるかもしれない。
 それは現在の「癒しブーム」が非常に底の浅いものとなってしまい、私がもともと主張したかった「癒し」とはかけ離れたものになってしまったためである。
 ブームの中での癒しは常に「癒されたい。」と受身であり、自分で自分の人生を切り開いていく、創造していくという意識は希薄だ。そして、「苦しいこと」はなるたけお手軽に除去してしまえばいい、「苦悩」などない人生が癒された人生だと、浅薄な人生観がまかり通っている。

              上田紀行「生きる意味」より


2007年2月8日(木曜日)

自己を分析する

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時29分56秒

 

 自分のことは自分が一番良く知っている、と思いがちですが、本当にそうでしょうか?

 

 10枚のカードを用意し、「わたしは・・・」というように自分について書いてみましょう。
 「わたしは、学生です。」「わたしは、ケーキが好きです。」「わたしは、人と話すのが苦手です。」というように、最初の5枚位はわりとスラスラ出てきます。
 ところが、6枚、7枚と書いているうちに、だんだん書けなくなってきます。
 今まで、自分のことをわかっていたつもりになっていただけに、だんだん書けなくなる自分に驚くのではないでしょうか。

 

 
 自分が、いったいどんな人間なのかを客観的に見つめて考えてみると、今まで見えなかった自分を知ることができるようになります。
 「人と話すのが苦手」という人は、「なぜ苦手なのか」「どんな人が苦手なのか」など、自分の行動や考え方の背景にあるものを探ってみてください。

 

 自分を客観的に分析して考えることによって、自分の意外な一面を発見することができるかもしれません。


2007年2月7日(水曜日)

計画の達成

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時51分15秒

 

  一度に海をつくろうと思ってはならない。

  まず小川からつくらねばならない。

                 ユダヤのことわざ

 

 

  勤勉な人の計画は、ついにその人を豊かにする。

  すべて怠る者は貧しくなる。

                  旧約聖書

 

 

  計画はじっくり落ち着いて。

  いったん始めたら熱心に。

                  ビアス(前6世紀のギリシアの哲学者)


2007年2月6日(火曜日)

吹雪の日に

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分23秒

 

 札幌で、雪祭りが始まったそうです。札幌に住んでいた頃のことを懐かしく思い出します。

 

 北海道のラジオ番組でパーソナリティをしていた中西章一さんという方が「北海道新聞」にお書きになった「吹雪の日に」という素敵な文章がありますので、その一部をご紹介しましょう。

 

 
  吹雪の日に

 

 吹きつける雪を窓から眺めると必ず思い出す。
 ある私立幼稚園に全盲の女子園児がいた。冬のある日、幼い子どもたちの何人かが「A子ちゃんはどうして目が見えないの?」とのぞきこむようにしてたずねた。「わたし生まれた時箱に入れられたんだけど、その箱がとっても熱かったんだって。だから見えなくなったの」。

 
 翌日は吹雪だった。A子ちゃんを含めて4人の子が登園して来ない。心配した先生が外に出て驚いた。横なぐりの雪の中にA子ちゃんを真ん中にして子どもたちはオーバーを脱ぎ、身体をかたくし、唇の色まで失っているではないか。手だけはしっかりつないでいたという。ストーブのそばでほっぺたをこすり続けながら「なぜこんな事をしたの?」と問う先生に一人の子が答えた。「A子ちゃんは熱すぎて目が見えなくなったのでしょ。だからうんと寒くしたら見えるようになるかもしれないと思ったの。」
 先生たちのほおに熱く流れ出る涙が光り子どもたちをひしと抱きしめたという。

           

 
 友達の苦しみを自分のことのように思い、行動する発想。自分も一緒に体験しようという温かい思いやり・・・・なんと素敵な子どもたちではありませんか。


2007年2月5日(月曜日)

警戒心を解く

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時34分18秒

 

 人に好かれたいと思っていながら、人を恐れ警戒することがあります。

 私たちは、しばしば自分を守るために硬い表情をつくり、他人を自分の領域に侵入させないよう排他的な態度をとってしまいます。

 これは、相手に伝わります。こちらが相手に対して警戒心をもって接すると、相手も同じように警戒して本心を出さずに接してきます。

 警戒心は、人を寄せ付けないような雰囲気を相手に感じさせてしまうのです。

 私は以前、ある人に、「怖そうで、近寄りがたかった。」と、言われたことがあります。自分では、そうしているつもりはなかったのですが、慣れない相手に対する警戒心のために表情が硬く、冷たそうに見えたのでしょう。

 今は、できるだけ口元を引き上げ、笑顔を作るようにしています。こちらが笑顔で接すると、相手の表情も自然に笑顔になってきます。

 相手と親しくなろうと思ったら、警戒心を解き、ぜひ笑顔をつくってみてください。


2007年2月4日(日曜日)

用心と臆病

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時24分12秒

 

 用心深い人は 決して臆病な人ではない。

 

 用心は 十分な知識から生まれ、

 
 臆病は 無知から生まれる。

 

 臆病は 人生の道を閉ざし、

 
 用心は 道を安全にする。

 

 

    千代崎秀雄著「生活の処方箋」より


2007年2月3日(土曜日)

問題解決の方法

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時57分19秒

 

  物事がうまくいかないと、何もかもが自分にとってよくない方向へと進んでいるような気になってしまいます。
 そして、思いつめて・・・・自殺・・・・。

 

 精神的に落ち込んでいるときには、一つの道しか見えず、その道が閉ざされたら死ぬしかないと思ってしまうのです。

 
 思いつめるような気持ちになってしまったときは、なぜ、このような考え方をしてしまうのかを自問自答してみましょう。同じ出来事に遭遇しても、人によって捉え方は様々です。自分の捉え方がすべてではないのです。

 

 誰かと待ち合わせをしているとしましょう。相手がなかなか来ないとき、あなたはどう思いますか?約束を守らない相手を非難する気持ちでイライラするでしょうか。それとも、何かあったかなあ、事故にでも遭っていなければいいけどと心配するでしょうか。あるいは、こんな私と会ってくれるはずなんてないのに、信じた私が馬鹿だったと自分を責めるような気持ちになるでしょうか。
 このように、待ち合わせの相手がなかなか来ないという一つの出来事に対して、いろいろな捉え方があるのです。
 困難に直面したときに、別の捉え方ができないかどうかを考えてみたり、困難を回避するため何か良い方法がないかどうかを考える訓練をしてみましょう。選択肢は、一つではありません。問題解決の方法が何かあるはずです。新しい方法を見つける練習をしてみましょう。

 今まで、見えなかった光がきっと見えてきますよ・・・。

 


2007年2月2日(金曜日)

他人の目を意識しすぎない

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時43分54秒

 

 様々な人間関係の中で、他の人からどう見られているかが気になってしょうがないという人がいます。

 自分は、みんなに好かれているだろうか、嫌われているんじゃないだろうか、あるいは、みんなは私の鼻が大きくてかっこ悪いと思っているんじゃないだろうか等と他人からの評価が気になって仕方がないのです。

 この例ほどではないとしても、私たちは、日常生活の中である程度、他人の目を意識して生きています。無人島で一人で暮らしているなら、そんな心配はないと思いますが、私たちは、多くの人とのかかわりの中で生活しているのですから、他人の目を全く意識しないで暮らすということはできないのです。

 しかし、必要以上に他人の目を意識しすぎると、大きなストレスを感じてしまったり、人前に出るのが億劫になってしまったりすることがあります。

 

 そうならないためには、「他人からどう見えるか」ということばかりを意識するのではなく、自分の内部にしっかりした価値観を持つ必要があるでしょう。たとえ、他の人からどう思われようと、「私の考えはこうである」と、言える考えを持っていることが重要なのです。

 他人によって、自分の人生が左右されるのではなく、自分の人生は自分でコントロールしようという、力強い生き方をすることが大事なのではないでしょうか。

 

 

 


2007年2月1日(木曜日)

ストレスをコントロールする

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時15分53秒

 日常生活を送っていると、さまざまなストレスを受けることがあります。会社や近所の人間関係、夫婦間の不和、育児、仕事や学業、その他数え切れないほど、ストレスの原因となるものがあります。

 ストレスを受けずに過ごすことができれば良いのかも知れませんが、生きている限りそれは不可能です。
 では、どうすればよいのでしょうか?

 同じストレスを受けても、ストレスに強いという人がまわりにいるでしょう。感受性が違うと言ってしまえばそれまでですが、おそらく受けとめ方に大きな違いがあるのではないでしょうか。
 ストレスをどのように受けとめ、どのように対処するかによって、ストレスに勝つか負けるかが決まってしまうのです。
 物事のとらえ方をマイナスからプラスへ変えることができると、今まで見えなかった何かが見えきます。
 苦しみの中にいる人は、その苦しみを自分を成長させるチャンスだと捉えることによって、成長します。
 多くのスポーツ選手は、大きなプレッシャーとストレスの中で自分を鍛え、磨いていきます。

 このように、ストレスを自分が成長するための力に変えることができる人は、ストレスにコントロールされているのではなく、ストレスをコントロールできる人なのです。
 


2007年1月31日(水曜日)

親の願い4

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時08分03秒

 

 ・・・・昨日の続き

 ところで、こういう躾は、子どもが2,3才という幼い頃からされるわけだ。小さい子どもは「なぜ」という理屈をまだよく理解できない。理屈はわからなくても躾はされるわけだから、どうしても「〜してはいけません」「〜しなさい」という禁止や命令の形になってしまう。

 
 つまり、小さい頃というのは、親が禁止や命令をしながら子どもを育てている部分があるということだね。
 こうして、ある程度、親が子を育てる段階で、親の願い通りになってきたんだね。
 もし、それが、少しずつ、あるいは急に言うとおりにならなくなったとしtらどうだろう。
 「あんなに可愛がって育てたのに」「今まであんなに素直に言うことをきいたのに」と、たぶん親はわが子に裏切られた気持ちになるんだろうね。親の願いが子どもに通じなくなった、とイライラするんだろうね。僕はこう思うんだ。親がいつまでもわが子を思い通りに育てよう、と思うのは「甘え」だとね。子どもに甘えているから、昔のままで子どもに命令したり、禁止したりするんだとね。

 

                八杉晴実・八杉悦子著 「自分らしく生きてみないか」 より

 

 子どもの成長段階に応じて、子どもへの接し方を工夫していく必要があるのでしょう。わが子であっても、親の所有物ではなく別人格の一人の人間なのですから、広い心で子どもの成長を見守っていけるようになりたいものですね。


2007年1月30日(火曜日)

親の願い3

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時59分48秒

 

 ・・・・昨日の続き

 

 ところで、この宝物は厄介なことに「自分の意志」を持っているんだね。
 親の願った方向にだけ成長してくれればいいのだけれど、子どもの意志は、その願いと反対の方向に向く場合もあるんだね。たとえば、2,3才の頃になると生命を落としそうな危険なことをしたり、悪い言葉を覚えたり、自分だけ得をしようとしてわがままを言ったりするようになる。

 

 そんなとき、母親はわが子がまちがった方向に進まないように叱ったり、叩いたりすることもあるんだ。これが躾というやつさ。

 

 「しつけ」とは「身を美しくする」と書くんだ。わが子にみにくいまちがった人間になってほしくないから「しつけ」をするんだね。
 お客様と会ったらきちんと挨拶をしなさい。他人のものをだまって持ってきてはいけません。自分のことはきちんとしなさい。嘘をついてはいけません。
 こういう躾は、いってみれば、一人前の人間として社会に参加していくのに必要と考えるから教えるんだね。   ・・・つづく  

 

                           八杉晴実・八杉悦子著「自分らしく生きてみないか」 より


2007年1月29日(月曜日)

親の願い2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分37秒

 ・・・・・昨日の続き

 こうして、宝物のように育てるわけだから、少しでもその宝が光を放ってくれるように願うのは当たり前の気持ちだろうね。知り合いの同じくらいの子がおしゃべりをし始めたと聞けば、自分の子は言葉が遅れているのでは、と心配する。ハイハイから立ち上がれるようになったといえば大喜び、歩き始めたといっては知人や親戚に知らせて回る。「私の子はこんなに成長したんですよ」と自慢したくてしかたがない。

 

 母親というものは、わが子を自分の宝物のように育てるものだ、ということがよくわかってくれたと思う。   ・・・・つづく

 

                          八杉晴実・八杉悦子著 「自分らしく生きてみないか」 より


2007年1月28日(日曜日)

親の願い1

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時46分24秒

 

 親は子どもにやる気を出してほしい、元気であってほしいと願っているんだね。ところが実際は、毎日毎日やる気を奪うような小言を言ったり、元気を失わせるような命令や禁止を繰り返している。特に母親がその代表者になっている場合が多いんだね。

 

 なぜだろう。

 

 ぼくは「親の甘え」だと思う。お母さんが、キミに甘えているからだと思う。

 

 母親というのは、自分のお腹を痛めて子供を産むね。生まれるとオッパイを飲ませる。両手で自分の胸に抱きかかえてね。おむつも取り替えるし、お風呂にも入れる。わーっと泣けば、よしよしと言ってあやし、少しでも熱が出れば、どうしようもないほど心配する。

 

 母親というのはどこの母親でも似たり寄ったりで、それこそ、わが子を自分の宝のように大切にし、可愛がって育てるものなんだね。

 

                           八杉晴実・八杉悦子著 「自分らしく生きてみないか」 より


2007年1月27日(土曜日)

苦しみから見えるもの

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時28分51秒

 浅野順一という牧師が、人生の苦しみを「穴」に例えて次のように言いました。

 「人間の一人一人の生活や心に大なり小なりの穴のようなものが開いており、その穴から隙間風が吹き込んでくる。その穴を埋め、隙間風が入らないようにすることは大事である。しかし、同時にその穴から何が見えるかということがもっと重要なことではないか。穴の開いていない時に見えないものが、その穴を通して見える。・・・・・どんなに苦しいこと、辛いこと、嫌いなことがあってもそれを通して健康な時、幸福な時、平安な時にはわからなかったことがわかり、知られなかったことを知るようになる。そこに新しい感謝と喜びを感ずるのではないか。・・・・・そのことによって不幸が幸福に変えられる・・・」

 

 苦しみの中において、通常の生活の中では見えなかったものが見えるようになるのです。今の苦しみがあなたに何を見えるようにしてくれるのでしょうか・・・。


2007年1月26日(金曜日)

イノシシも豚に

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時07分15秒

 
 短所も、飼いならせば長所になる。

 おく病は慎重さに

 強情は意志の強さに

 口やかましさはよく気がつく性格に

 紙一重の違いである。

 短所は、愛がプラスされ、
 
 愛に支配されれば長所に変わる。

 

    千代崎秀雄著 「生活の処方箋」より


2007年1月25日(木曜日)

ゆとり教育の見直しは必要?

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時45分31秒

 昨日、安部首相に教育再生会議の第1次報告が手渡されました。
 何とか今の教育を見直して、より良い教育をしたいという意気込みが感じられるものでしたが、教育の現場から見ると、不安の残る内容だったように思います。

 
 私が気になったのは、「ゆとり教育の見直し」についてです。確かに、日本の子どもたちの学力レベルは、ここ数年低下しています。教科書も薄くなり、簡単な内容しか教えなくなっているのも事実です。しかし、授業時間を10%増やし、指導要領を見直して教える内容を濃くしたからといって、本当に子どもたちの学力は向上するのでしょうか?一部の優秀な子どもたちや学習意欲のある子供たちにとっては、効果があるかもしれません。でも、多くの子どもたちにとってはあまり効果がないような気がします。
 今の子どもたちの中には、薄い教科書の内容すら十分に理解できていない子どもたちも多くいるのですから、内容を増やせば増やすほど、落ちこぼれが出ることでしょう。
 多くの子どもたちは、学習する目的意識や学習意欲がもてません。授業中も立ち歩いたり、騒いだりして学習どころではない学校もあります。これでは、学力が定着しないのも当たり前です。

 
 授業時間や内容を増やしたりする前に、何のために勉強しなければいけないかを子どもたちに教え、それを将来活かすことのできる社会を大人が作っていかなければいけないのではないでしょうか。そうでなければ、学力低下の問題は、解決することができません。
 子どもたちが夢を持ち、その夢を実現させるための手段として勉強があるということを子どもたちに知ってもらいたいものです。


2007年1月24日(水曜日)

いじめられている時の味方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分13秒

 

 いじめられているあなたにとって、何よりも必要なのは、あなたを守ってくれる「味方」です。

 

 いじめられている時、一番の「味方」になってくれるのは、あなた自身です。
 あなたが自分の敵になってはいけません。「自分は何も悪いことをしていない。」「いじめている相手の方が悪い。」というように、あなたの気持ちをわかってくれるのは、自分自身です。

 

 「私って、やっぱり人を不愉快にさせるのかなー。」とか、「私ってやぱりダメな人間なんだ。」等と自分を責めてはいけません。

 

 誰も味方になってくれなくても、あるいは、誰もあなたの言うことに耳を傾けてくれなかったとしても、あなた自身は、自分を信じてください。自分を嫌いになってはいけません。
 いじめられている時、自分を大切に思う気持ちが一番大切なのですから。


2007年1月23日(火曜日)

大人のいじめ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時44分09秒

 最近、子どものいじめが問題になっていますが、いじめは子供の世界だけの問題ではありません。
 大人の世界でもあります。
 大人のいじめには、上司からのパワハラ(パワー・ハラスメント)、ささいな言動で相手を精神的に追い詰めるモラルハラスメントなどがあります。
 職場でいじめにあい、ストレスから出勤することが困難になってしまう人やうつ状態になってしまう人が大勢いるようです。

 

 1月11日の朝日新聞の記事に、大人のいじめ特集があり、どのようにして克服したかという体験者からの手紙が載っていました。その中で、41歳の女性が心理士から受け取ったメールが紹介されていました。
 「あなたは、まじめすぎる。適度な楽観主義が必要です。」
 「とおりあえず、職場の同僚のいやな質問には、ニコニコしながら、とぼけてはぐらかしておけばいいんですよ。そして、相手が『いじめがいがない』と思わせるようにもっていきましょう。」
 「真の幸せは、他人に思いやりを与えることでしか得られないと思います。だから、あなたに対してそういうことをやっている彼女たちが、人間としての真の幸せをつかむことは絶対にありません。憐れんであげましょう。」

 

 彼女は、その後、「あの時期はつらかったけど、真面目一辺倒だった自分を見つめなおし、力の抜き方がわかった。この体験を生かしていきたい。」と述べています。

 

 この心理士の言葉には、2つの重要な点があります。
 1つめは、相手に『いじめがいがない』と思わせることです。相手と同じ土俵に立つのではなく、相手の攻撃をうまくかわす術を身につけると、いじめられなくなるのです。同じ職場にいても、いじめられやすい人とそうでない人がいるでしょう。上手にはぐらかし、いじめられにくい人になりましょう。
 2つめは、相手より上の立場になっていじめている相手を憐れんであげるということです。相手を真の幸せをつかむことのできない哀れな人だと考え、憐れんであげるのです。そうすれば、腹も立たなくなることでしょう。

 

 いずれにしても、すべてを真正面から受けとめるのではなく、上手に力を抜いて問題に対処できるようになると良いですね。


2007年1月21日(日曜日)

相手を受けとめる

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時34分25秒

 私たちは、どのような人を好きになるのでしょうか。

 人によって、合う人、合わない人がいるのは当然ですが、誰でも自分の気持ちを十分受けとめてくれる人のことを好きになるのではないでしょうか。

 西郷隆盛は、人間が大きかったと言われますが、どのように大きかったのでしょう。坂本龍馬は西郷に会って、人間の幅の大きさに驚いたということです。

 西郷は、どんな相手をも受けとめてそれに応えることができたという点で、大きな人間だったと言われるのです。相手の誠意には誠意で、愛情には愛情で、情熱には情熱で積極的に応えようとしたのです。

 「のれんに腕押し」のように手ごたえがなかったり、頑丈な壁のように何でも跳ね返してしまうような人であっては、好かれたり、信頼されたりするのは難しいでしょう。たとえ意見の異なる相手のことであっても受けとめることができるような心の広さを持ちたいものですね。


2007年1月20日(土曜日)

現実自己と理想自己2

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時57分51秒

・・・昨日のつづき

 

 それにしても、いつまでたっても現実自己と理想自己のギャップが大きく、いっこうに縮まる気配がないと悲観する者もあろうが、これも勘違いだ。というのは、理想というのは常に現実の数歩先に設定するものだ。現実自己が前進すれば、その分要求水準が高まり、理想自己も自動的に前進していく。けっして追いつくものではないのだ。

 現実自己と理想自己のギャップに自己嫌悪をする必要はなく、そのギャップをいかにして縮めたらよいかに頭をひねればよい。現実自己と理想自己のギャップにうまく対処した頃には、また別のギャップに悩まされることになる。また頭をひねればよい。こうしたいたちごっこが成長へと導いてくれる。目指すべき目標がはるか先にあるからこそ、生きる意味もあり、張り合いもあるというものだ。

 現状に甘んじることなくたえず成長するためには、甘言ばかりで調子の良い者より、ちょっと憎たらしくとも苦言を呈するものを身近にもつことが大切と言われる。甘いことばばかりかけられていると、いい気になって溺れてしまう。あえて苦言を呈し、憎まれ役をかって出てくれる者こそ、真の友と言える。

 内省癖ゆえに苦しむ内向的人間は、自分のなかにこの強い味方を備えているようなものだ。落ち込むより、喜んで悩まされるのが得策だ。         

                 榎本博明著「そのままの自分を活かす心理学」 より


2007年1月19日(金曜日)

現実自己と理想自己

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時51分43秒

 現実自己とは、自分自身がとらえている現にあるがままの自分のイメージのことで、理想自己とは、あるべき自分のイメージのことだ。

 自分は意志が弱い、勤勉さが足りない、ユーモアが足りないなどと悩み、自己嫌悪に陥るものは、いわば現実自己と理想自己のギャップに悩むわけだ。あるべき自分とはあまりにもかけ離れた現実の自分に嫌気がさすというのは誰にでもあることだ。

 きまじめな者は、このギャップがダメ人間の証明であると勘違いしてしまう。それが勘違いであることは、ちょっと冷静に考えてみればわかることだ。

 そもそも何のための理想自己か。現実自己を向上させるために、現実自己より価値の高いところに設定したのが理想の自己だろう。したがって、両者にズレがあって当然と言える。現実自己と理想自己が完全に一致し、現実の自分に何の不満もないという者こそ、かえって怠慢というものだ。  ・・・つづく

                     榎本博明著「そのままの自分を活かす心理学」より


2007年1月18日(木曜日)

パーソナル・スペース

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分59秒

人と話をする時、「ちょっと近づきすぎだよ・・・。」と思うくらい、近づいてくる人がいます。そんなときは、思わず、1歩下がってしまいます。
 パーソナル・スペースとは、他の人に入り込んで欲しくない範囲の空間のことです。私たちのまわりには空間がありますが、相手との関係によって、近づいても許せる範囲というものがあるのです。

 
 ホールという人が次の4つの距離を定義しました。
1、密接距離−恋人関係のように親密な間柄のみに許容される距離
2、個人距離−手を伸ばせば相手に届く距離
3、社交距離−社会上の集まりなどで使用される距離
4、公衆距離−講演などのように公的機会に使われる距離

 

 親密でもない相手の空間に入り込みすぎると、相手は防衛的になってしまいます。

 相手との親密さや性別、年齢などをよく考え、適度な距離をとることが人間関係を上手にやっていく秘訣です。


2007年1月16日(火曜日)

道は開ける

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時55分06秒

 

   退潮のどん底から満潮が始まる。 

                ヘンリー・W・ロングフェロー(アメリカの詩人)

 

 

   人生を幸福に、喜びと確信をもって生きている人は、必ずしも、幸運で安易な生活の人ではない。実は現実はその反対である。不幸、悲哀、挫折の烈風と闘った人は、品性と信仰が強化されるのである。日ごとに創造主の恵みと、彼が作られた世界とに心からの信頼をよせることにより、そうなれるのである。  

                     ウェルズ

 

 

   欲しいものが何でも手に入るときは幸運であろうか?

   肥えてゆく飼い豚を想像せよ。

                ジョウル・C・ハリス(アメリカの作家)

 

 

   雲やあらしがなければ虹はない。  

                 J・H・ヴィンセント(アメリカの牧師)

 

 

   境遇に人間をつくらせてはならない。

   境遇をとらえ、働くための道具とすべきである。

                  エレン・G・ホワイト(アメリカの宗教家)


2007年1月15日(月曜日)

自然の恵み

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分17秒

 今日、非常勤で勤務する小学校にラジオ放送局bayfmの番組「POWER BAY MORNING」のパーソナリティである 小島 嵩弘さんがいらっしゃいました。

 

 小島さんが千葉県多古町で作った多古米を持ってきてくださり、子どもたちと共に食育や自然について考えるときを持ちました。東京生まれの小島さんが、初めて苗作りから稲刈りまでを行い、お米を作った感動をお話してくださいました。プログラムの最後には、炊き立ての多古米で自分たちで握ったおにぎりを美味しくいただくことができました。

 私も、塩で握っただけの素朴なおにぎりでしたが、大変美味しく、いただきました。

 今まで、お米の味を味わうことなど忘れてしまっていたようです。今日は、自然の恵みの素晴らしさをお米を通して感じることができたような気がします。

 

 先ほど、NHKの番組でイギリスのコッツウォルズの田園生活を紹介していました。自然と一体となって生活している様子がなんだかうらやましく感じました。木からりんごを収穫している主人が「全部採らないで小鳥たちの分はそのまま残しておくんだ」と言っていました。人間も自然の一部です。毎日の忙しい生活から離れて、ちょっと自然に目を向けてみませんか?普段見えない何かが見えてくるかもしれません。

 

 


2007年1月14日(日曜日)

ゼロトレランス

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時34分31秒

 
 今日の朝日新聞に「ゼロトレランス」に関する記事が掲載されていました。

 
 「ゼロトレランス」とは、90年代後半にアメリカで広がった生徒指導の方法のことです。これが今、日本の各地の高校で導入され始めているということです。文部科学省でも昨年5月に調査報告書がまとめられ、全国的に広がり始めています。

 「ゼロトレランス」は直訳すると、「寛容度ゼロの指導」というもので、規則違反が一定の回数に達すると謹慎や出席停止などの罰が自動的に与えられることになるというものです。イメージとしては、交通違反の切符の学校版と考えてよいでしょう。
 新聞で紹介されていた静岡県の県立高校では、服装や外見がこの指導の対象となり、違反するごとにチェックカードが渡されます。たまった枚数に応じて担任との面談や反省文、早朝奉仕活動、3日間の謹慎などが科せられることになります。また、岡山県の私立高校では、違反を5段階に分け、レベル5の違反を一度でもすると即、無期謹慎か退学処分となります。

 
 アメリカの学校というと、自由な雰囲気で授業中でもガムを噛み、足を机の上に投げ出しているというような映画の一場面を想像してしまいますが、現在のアメリカの学校は、非常に厳しく指導されているのです。アメリカから帰国した方に聞いた話によると、アメリカには色々な人種や家庭環境の子どもがいるので、どんな子どもに対しても公平に指導する方法がこの「ゼロトレランス」だそうです。小学校の場合ですが、休み時間の終わりになると、校庭や廊下に描かれている足跡のマークの上に子どもたちはきちんと口を閉じて整列し、教室に入るそうです。教室は勉強をする場所という概念を小さいうちに植えつけているのでしょう。
 アメリカ人やアメリカから帰国した方は、日本の学校があまりにも乱れていることに驚くと共に、それを教師が見ているだけで指導しようとしないことが不思議でしょうがないようでした。
 アメリカは、契約社会です。契約したことは守らなければいけないということが、この指導方法で徹底されるようになりました。
 日本は、まだ、生徒を受容しながら生徒自身の成長を待つという考えが強いので、「ゼロトレランス」が受け入れられるかどうかわかりません。(以前、このことが話題となったとき、義家氏(元ヤンキー先生)は、強く反対していました。)
 ただ、最近の青少年のルール違反やマナーの悪さを見ていると、契約したことは守らなければならないことや守らないときはそれなりの責任を取る必要があるということをもう少し指導する必要があるように思います。

 

 寛容度ゼロというと、非常に冷たく、子どもの心を大事にしないような印象を受けますが、そうではありません。悪い子を排除して学校の立場を守るためのものでも教師が楽をするためのものでもなく、子どもを生かすための指導法ですから、罰などの方法で責任を取る必要性を教えると共に、担任やカウンセラーが子どもの心の成長を促すような働きかけを十分にしていくことにより効果が現れてくるというものなのです。

 

 今の日本の教育に必要なことかもしれませんね。


2007年1月12日(金曜日)

心の奥に引っかかっている思い

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時54分57秒

新年早々、疲れる夢を見てしまいました。
 詳しいことは、よく覚えていませんが、周りの人に迷惑を掛けるような大変なことをしてしまったのに、そのまま、その場を立ち去ってしまったのです。
 その後、それをしてしまったのは自分だと言いに行って謝ろうかどうしようか悩んでいました。なかなか決心がつかず、苦しんでいるときに目が覚め、今のは夢だったんだ、とホッとしました。

 

 子どもの頃、親や先生に隠れて悪いことをしていると、何かもやもやした気持ちが残り、何をしても楽しくないという経験をした方がいらっしゃるのではないでしょうか。やったのは誰かと問われても、言い出す勇気がなく、結局そのままになってしまったという経験をした方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 悪いことをした後、罪悪感や自責の念にかられ、苦しくなってしまうということがあります。時が経ち、忘れたつもりになっていても、実は心の奥底に残っているということがあります。

 

 心を軽くするためには、心の奥に引っかかっている思いを吐き出すことが大事です。自分の間違いを認め、謝る勇気を持つことができたら良いですよね。


2007年1月11日(木曜日)

我を忘れよ

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時25分21秒

    我を忘れよ

 

 人は、自分のことを考える度合いに比例して、
 みじめになる。

 

  もし考えるなるら

 

 第三者の立場から客観的に見て考えよ。
 そうすれば、反省するゆとりも生まれるし、
 自己燐憫から敗北主義に陥るおそれもない。

       

         千代崎秀雄著「生活の処方箋」より


2007年1月10日(水曜日)

いじめ問題 SMAP×SMAP特別編2

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時19分32秒

 先日の「SMAP×SMAP特別編」では、実際にいじめられている子が電話で登場しました。
 小学校6年生の女の子です。クラスのみんなから、言葉による暴力だけではなく、殴る、蹴るなどの暴力を受けたり、ボンドを頭からかけられたりしたそうです。それに対して、親が担任や教頭に訴えても全く取り合ってもらえないということでした。
 これだけ、いじめ問題が騒がれているのに、どうしてまともに取り上げてくれないのか、大変不思議に思いました。
 昨年末には、いじめに関する作文を書くように言われたので、正直にいじめを受けていることや先生に取り合ってもらえないことを書いたら、担任に呼び出されて怒られたそうです。
 う〜ん、学校って常識が通らない社会なのでしょうか?良い先生もたくさんいるはずなのに・・・・残念ですね。

 

 ある女の子は、義家氏のアドバイスで転校したそうです。しかし、しばらくすると転校先でもいじめられるようになったそうです。そんな時、母親が保護者会を開くことを要求し、同年代の子どもを持つ親たちにいじめ被害の現状を訴えたそうです。これに多くの親が共感し、家でそれぞれの子どもにいじめについて話し、その後、学校では学級委員の提案によりいじめに関する学級会が開かれ、それからいじめはなくなったということです。
 いじめ被害者の親の訴えに共感した保護者たちの協力により、問題は解決しました。また、子どもたちが各々自分の問題としていじめ問題をとらえ、真剣に取り組もうとしたことによって、問題が解決したのではないでしょうか。
 子どもたちがいじめの加害者にならないために、あらためて大人の教育力とかかわり方が大切であることを教えられたような気がします。


2007年1月9日(火曜日)

いじめ問題 SMAP×SMAP特別編

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時41分08秒

 昨日(1月8日)、放送されたSMAP×SMAP特別編『いま、いじめている君へ』を見ました。ゲストに義家弘介氏(教育再生会議担当室長・元ヤンキー先生)を迎え、実際に子どもたちの生の声を聞きながら考える内容でした。
 この中で、「いじめられる側にも問題がある」という質問に対して、70%近くの子どもたちが「問題がある」と回答していました。その理由として、「話すときにつばを飛ばすから汚い」「周りの空気が読めないから」「自己中心だから」などをあげていました。これに対して、義家氏は「それは、間違っているよ!!」と、声を荒げて反論していました。「それらの問題といじめは別」「だからっていじめていい理由にはならない!」と。
 その通りです。確かに、いじめられる側にいじめられる要因がある場合もあるのかもしれません。子供の世界はシビアですから、本能のままに感じることが何かあるのでしょう。しかし、だからといっていじめてよいわけはないのです。何か解決すべき問題があるのであれば、いじめという方法ではなく、やさしくかかわる方法があるはずです。自分と異なる何かをもっている者を異質な者として嫌うこと、排除しようとすることは、あってはいけないことです。
 多くの子どもがこのように考えている姿を見ると、非常に残念に思いますが、大人が十分に子どもの心を育てていないという現実が浮かび上がってくるのではないでしょうか。本能のままに行動しようとする子どもを、正しい方向へと導く教育をするのが我々大人の役目ではないかと思います。


2007年1月8日(月曜日)

成人式

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時22分22秒

 

 昨年、破綻し、財政再建団体移行が決まっている北海道夕張市で7日、成人祭が行われ、新成人91人が出席しました。
 今年は、市が毎年支出していた60万円の補助金が全額カットされ、与えられた予算は前年度繰越金の1万円のみでした。成人祭実行委員の土屋美樹さん(19)らが資金集めに奔走し、全国から約237万円の寄付、市内のホテルやスキー場から割引券等のプレゼントが寄せられました。
 市からは会場として市民会館を無償で借りることができ、例年の半分以下の20万〜30万円程度の額で成人祭を成功させることができたそうです。残った寄付金は来年度以降にそのまま繰り越すことになったということです。

 
 例年、各地の成人式で様々なトラブルが発生していますが、夕張市の温かい手作り成人式のニュースを聞いて、ほのぼのとうれしい気持ちになりました。
 大人たちから与えられた形ばかりの成人式ではなく、自分たちの手で苦労して作り上げた成人式は、多くの人たちに感動を与えただけでなく、当の本人たちにとっていつまでも忘れることのできない貴重な経験、そして財産になったことと思います。
 今の若者は、物質的には何不自由ない生活をしていますが、自分の手で何かを作り上げていく喜びを感じたり、感謝の気持ちを持つ機会が与えられていません。自ら主体的に行動し、目標に到達したときに感じる喜びが、次の行動を起こすためのエネルギーとなるのではないでしょうか。


2007年1月6日(土曜日)

幸福と不幸4

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時10分23秒

・・・昨日のつづき

 

 私たちをとりまく不幸は多い。それを数えだしたら限りがないだろう。

 だが、その前に立ち止まって、まるで自分だけが不幸でもあるかのように、自分が何か悲劇の主人公ででもあるかのように、自分の不幸を誇張して考えることはやめようではないか。

 自分の不幸を誇張することは不幸をいっそう大きくするのに役立つに過ぎない。

 不幸はいたずらに嘆くべきものではなく克服すべきものであり、私たちの理性と意志はそのためにこそあるのである。

                            矢内原伊作「人生の手帖」より

 

 

 

 


2007年1月5日(金曜日)

幸福と不幸3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時18分02秒

 ・・・・・・昨日のつづき

 

 幸福は物質的条件にあるのではなく心の持ち方にあると言っても、それは何も努力せず、何も考えず、豚のようになれという意味ではない。

 もちろん、いくら考え、いくら努力してもどうにもならないこともある。

 しかし、ほんのわずかな努力も入り込み得ないほど困難な事態というものはほとんどないと言ってよいのではあるまいか。

 どうにもならないと言いながら、それを怠惰の口実にしている場合が多いのではないだろうか。

 諦めは一見幸福に似ているが、実はこれほど幸福から遠いものはない。

 外的な条件を一歩一歩幸福に近づけてゆく努力、この努力の中に、内的な幸福がすでに生まれているのである。  ・・・つづく

                                 矢内原伊作「人生の手帖」より


2007年1月4日(木曜日)

幸福と不幸2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時04分55秒

 ・・・・・・・昨日の続き

 

 しかし人間は豚ではなく、豚以上のものだ。

 いたずらにおそれたり嘆いたりするのは愚かだが、船は必ず沈むとは限っていない。かといって沈まないとも限っていない。

 してみれば、豚のように何も知らないで落ち着いていることは本当の幸福ではない。豚とは異なる人間は、おそれるとともにまた理性と意志によって恐怖の対象を取り除く力を持っている。

 人は、努力をしないでいたずらに嘆くとき豚に劣り、自然や運命を自分の力で克服できる点で豚に勝っているのである。

 そして、あわてたりいたずらに心配したりするだけでは正しく判断することができないし、逆にまた、現実の事態と取り組んで一生懸命に努力していれば、いたずらに泣き叫ぶこともないだろう。  ・・・・つづく

                                        矢内原伊作「人生の手帖」より

 


2007年1月3日(水曜日)

幸福と不幸1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分23秒

 新しい年は、みなさんにとってどのような年になるでしょう。幸福な年になるでしょうか?それとも、不幸な年になるでしょうか?これから起こるかもしれない嵐をどのようにして乗り越えていけばよいのか、次の文章から考えてみましょう。

 

 「ピュロンの豚」という有名な話がある。

 昔ピュロンというギリシャの哲学者が航海をしていたところが大きな嵐が起こって、船は山のような大波に持ち上げられるかと思うとまた波間に沈み、乗っている人たちは生きた心地もなく、あわてふためき、帆柱にしがみついたり泣き叫んだりした。ところがその船には一匹の豚がいて、豚はいくら船が揺れていまにも沈みそうになっても少しもこわがらず、平気でいつものように鼻をならしていた。哲人ピュロンは、この豚を見るがよい、と言って周囲の人たちをたしなめ励ましたということである。どうにもならない事柄に対していたずらにこわがったり嘆いたりすることは不幸をいっそう大きくするばかりであり、豚にも劣るといわれても仕方がない。   ・・・つづく

                                            矢内原伊作「人生の手帖」より


2007年1月2日(火曜日)

新年の決心

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時13分48秒

 あけましておめでとうございます。

 本年も皆様のお役に立つ情報を書いていきたいと思います。昨年同様、よろしくお願いいたします。

 

 2007年を迎え、新たな決心をした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 「毎日、日記をつけよう」「ウォーキングを続けよう」「今年こそは、タバコをやめよう」・・・などなど・・・。

 

 現状に満足するのではなく、常に前向きに目標を持っていることは、良いことです。

 しかし、目標が高すぎると、なかなか目標に到達できず、現実とのギャップに苦しむことになります。到達が難しいような目標だと、途中であきらめてしまうことになったり、到達できない自分をダメだと思うようになってしまったりするのです。

 

 「志(こころざし)は高く、目標は手の届きそうなところへ」

 

 現実より、少し高いところに目標を置き、その目標に到達したら少し高い目標へ、というように到達可能な目標を設定していくと達成感と自信が深まり、効果的です。

 さあ、一年のスタートです。今年は、どんな目標を立てましょうか・・・・・。

 


2006年12月31日(日曜日)

リセット

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時03分42秒

 2006年も残すところ、あとわずかとなりました。

 最近、どうしても人の名前が思い出せないことがあります。そんなときは、「あ」から順に50音順で色々考えます。途中で思い出したときのすっきり感はなんともいえません。

 人間の記憶力には、限りがあるのでしょうか。

 記憶に関して、一つだけ言えることは、「一つ一つの出来事をいつまでも意識して覚えていない」ということです。新しい知識や思い出が頭に入ると、古いものは奥へと追いやられてしまうようです。

 これが私たちの精神衛生に大いに役立っています。嫌なことや辛いことがあっても、数日立てば、忘れてしまうのですから。いや、忘れるというよりは、意識下に隠されてしまうと言った方が良いかもしれません。

 嫌なことや辛いことをいつまでも意識していたのでは、毎日の生活が暗く、重苦しいものになってしまいます。そうならないように、記憶の機能は、うまい具合にできているのですね。

 

 今年一年を振り返ると、嫌なことや辛いことがあったかもしれません。今日ですべてリセットして、明日からまた新たな気持ちで始められたら素晴らしいですね!! 


2006年12月30日(土曜日)

私の幸せ10大ニュース

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時21分36秒

 今年もあと1日・・・・。皆さんにとって、どんな年だったでしょうか。

 

 一年を振り返ってみると、いろいろなことが思い出されます。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったことなど様々でしょう。

 

 その中から、楽しかったことや嬉しかったこと等、幸せな気持ちになれることを思い出してみましょう。すぐには思いつかないという人もいると思いますが、どんなに小さなことでもかまいません。嬉しかったこと等は、嫌なことにくらべるとなかなか思い出せないものですが、よーく考えてみると、たくさんあるはずです。

 

 「私の幸せ10大ニュース」を考えてみてください。

 気持ちよく一年を終わり、新たな新年を迎えられますように・・・・・。


2006年12月29日(金曜日)

愛は寛容である

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時34分23秒

 

 「愛」・・・それは、私たちにとって最も必要なものです。

 結婚式で、「愛」について語られるとき使われる有名な言葉が聖書の中にあります。

 

      愛は寛容であり、愛は情け深い。

 

      また、ねたむことをしない。

 

      愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、

 

      自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。

 

      不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 

 

      そして、すべてを忍び、すべてを信じ、

 

      すべてを望み、すべてを耐える。

 

      愛はいつまでも絶えることがない。

 

      このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。

 

      このうちで最も大いなるものは、愛である。

 

                      「新約聖書」 コリント人への第1の手紙 13章


2006年12月28日(木曜日)

女性のストレス解消法は・・・

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時27分10秒

 先日、面白いニュースを見ましたので、ご紹介します。

 

 米研究によれば、幸せな結婚をしている女性が、ストレスを感じた際に夫の手を握ると、ストレスが即座に解消されることが、脳のスキャンではっきりと示されるという。

 

 研究は、結婚生活が良好と見られる16組のカップルを対象に、神経科学を専門とするバージニア大のジェームズ・コーン博士らが行った。

 

 同博士は、ロイターに対して、夫の手を握るという行為が女性のストレスの程度に与える影響の大きさに驚いたと話す。同博士は「関係が良好であれば、傷が早く癒え、病気になる頻度も低く、長生きすることは、これまでにも分かっていた。しかし、親密な関係が精神面に及ぼす利点を量的に測ったのは、今回の研究が初めてのことだ」としている。 研究は、「サイコロジカル・サイエンス」誌12月号に掲載された。[ニューヨーク 19日 ロイター]

 

 夫の手を握ることで、妻のストレスが解消されるなんて、すごいですね。夫婦の愛は癒しの源なのでしょう。

 ただし、「幸せな結婚をしている女性」「関係が良好であれば」・・・です。

 皆さんのご家庭ではどうですか?


2006年12月27日(水曜日)

賢明なる怒り方4か条

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時40分02秒

       

   「賢明なる怒り方4か条」

 

 1.食事中はもちろん、食前食後も30分は、怒りを見合わせること。

   

   身体に毒だから ― 。

 

 1.怒った時に書いた手紙は、翌日読み直した後でポストに入れよ。

 

 1.このことははたしてムキになって怒るほど、我が人生の重大事かと考えよ。

 

 1.怒っている時の自分の顔を鏡で3分間見つめること。

 

                  千代崎秀雄著 「生活の処方箋」 より


2006年12月26日(火曜日)

友達関係の距離

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分16秒

 

 友達関係のトラブルや友達ができないという悩みを持っている人がいます。どうして、うまくいかないのでしょう。

 

 友達関係には、適度な距離が必要です。しかも、対等な関係であることが前提です。

 

 学生時代に、友達は多かったのに、主婦になってからは友達ができない、職場で友達がいないという人がいるでしょう。主婦の場合は、子供を通してのかかわりや夫の社会的な地位が主婦同士の関係に影響を与えることもあり、本当の友達と呼べるような友達を作ることが難しいのかもしれません。また、職場においても、上下関係がやライバル関係があるため、友達作りは難しいのでしょう。

 

 学生時代は、利害関係のない対等な立場を作りやすいので、友達が多くできますが、社会人になると様々な利害関係が生じることから、友達作りが難しくなるのです。

 

 どちらか一方だけが得をするような関係や損得がかかわってくるような関係が友達関係に持ち込まれてしまうと、関係がギクシャクしてしまい、うまくいかなくなってしまいます。長続きする友達関係を築くためには、相手に対する配慮を忘れず、対等な関係を持つことが必要となってきます。

 

 お互いに利害や上下関係のない、対等な関係で適度な距離を保つことが、良い友達関係を築く秘訣なのです。

 


2006年12月25日(月曜日)

メリークリスマス3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分17秒

 

・・・昨日のつづき

 

 その日の夜、教会に人が集まると、例のクロスの素晴らしさが明らかになりました。それはろうそくの光の中で最も美しく見えるよう、巧みにデザインされていたのです。

 礼拝後、牧師は戸口に立って人々を見送っていました。テーブルクロスは大好評でしたが、地元の時計修理工の男性だけが一人、当惑した顔をしていました。

 「不思議なものです」

 彼は軽いなまりで言いました。

 「何年も前に、家内と私も、あんなクロスを持っていたんです。ウィーンの我が家で、家内はこれをテーブルに掛けたものでした。主教様が食事に来られるときだけね。」

 牧師は興奮して、その日教会に来ていた女性のことを話しました。びっくりした彼は、牧師の腕をつかみました。

 「そんなことが・・・・。彼女は生きているんですか?」

 二人は牧師の車で彼女の住む街に向かいました。そして、悲しみのクリスマスを長く別々に過ごしてきたこの男性とその妻は、ついに再会したのです。

                             J・L・ウィラー編「わが心のクリスマス」3巻(レビュー&ヘラルド社)より

 

 

  本当にあったクリスマスの奇跡・・・・皆さんは、幸せなクリスマスをお過ごしになりましたか?

 


2006年12月24日(日曜日)

メリークリスマス2

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時22分29秒

 

・・・昨日のつづき

 

 「バスが来るまであと40分ありますよ!」
 彼はそう声をかけると、暖をとってもらうため、その女性を教会の中に招き入れました。彼女は、家庭教師の仕事を得るための面接を受けに、他の町から来ていたのでした。面接はうまくいかなかった、と彼女は言いました。戦争難民だという彼女の英語は不完全だったのです。
 その女性は教会の席に腰掛け、手をこすって暖めながら休んでいました。しばらくすると、頭をたれて祈りました。しかし、牧師が穴の上の金色と象牙色のクロスの位置を調節し始めると、目を上げ、急に立ち上がって牧師の方へやってきました。テーブルクロスを見つめる彼女に、牧師はにっこり笑って、嵐の被害について話し始めました。けれども彼女はうわのそらで、そのクロスを手に取りました。

 
 「これは私のです! 私のお客様用のクロスだわ」
 彼女はクロスの角を持って、驚いている牧師に自分のイニシャルがデザインされているのを見せました。
 「夫がブリュッセルで、私のために特別に作らせたものです。同じものがあるはずはありません。」
 それから何分か、その女性と牧師は興奮して話し合いました。彼女はウィーン生まれで、ナチスを逃れて国を出てきたのだと説明しました。彼女とその夫は別々に出国することにし、夫は彼女をスイス行きの汽車に乗せました。夫は家財道具を輸送する手はずを整え次第、彼女と合流することになっていました。
 しかし、彼女はそれ以来、夫と会うことはなかったのです。のちに、強制収容所で死んだといううわさを聞きました。
 「こんなことになったのは自分のせいだと、ずっと思ってきました。私一人で逃げ出すなんて。こうやって何年もさまよっているのは、それに対する罰かもしれません」
 牧師は彼女を慰めようと、そのクロスを持っていくよう熱心に勧めました。けれども、彼女はそれを断りました。そして、行ってしまいました。        ・・・・・つづく
                          


2006年12月23日(土曜日)

メリークリスマス1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分30秒

  明日は、クリスマスイブです。

 クリスマスにちなんだ心温まるお話を読みましたので、ご紹介しましょう。あまりにもできすぎていますが、本当にあった話なのです。

 

 第二次世界大戦が終わってからずいぶん年月が経ってのこと・・・・。

 ある町に若い牧師がいました。彼の教会はとても古く、かなりいたんでいました。かつては有名な説教者が教えを説き、金持ちも貧しい人も等しく礼拝した美しい教会でしたが、その栄光もすでに過去のもの。けれども、若い牧師と彼の妻は、この古い教会の価値を信じていました。

 ところが、12月下旬に嵐がやってきました。そして、最悪の暴風が、この小さな教会を襲ったのです。雨のしみこんだしっくいの巨大な塊が、聖餐台の真後ろの壁から剥がれ落ちました。散乱したものは掃き出されましたが、壁の穴は隠すことができません。あと二日でクリスマスなのに・・・・。

 その日の午後、意気消沈した牧師と妻は、青年会の資金集めのための競売に出かけました。競売人が箱を開け、取り出したのは、金色と象げ色をした立派なレースのテーブルクロスでした。それは極上のクロスで、4,5メートルもの長さがありました。

 周りの客はあまり気乗りしない様子でしたが、牧師はその時素晴らしいことを思いついたのです。彼はそのテーブルクロスを6ドル50セントで競い落としました。

 彼はそれを教会に持って帰り、聖餐台の後ろの壁に留めました。それは穴を完璧に隠しました。そしてそのかすかに光る手工芸品の非凡な美しさは、聖餐台の回りに申し分のないクリスマス気分を放ってくれたのです。牧師は満足して、クリスマス説教の準備にかかりました。

 クリスマスイブのお昼前、牧師が教会の扉を開けようとしていると、一人の女性が寒さの中、バス停に立っているのに気づきました。

                                                    ・・・・・つづく


2006年12月22日(金曜日)

「14才の母」を見て

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時32分25秒

 ドラマ「14才の母」が最終回を迎え、とうとう終わってしまいました。

 

 以前にも、書きましたが、色々と考えさせられるドラマだったと思います。

 

 まず、なんといっても、「命の重さ」「命の尊さ」について考えさせられました。命が簡単に捨てられたり、残酷に奪われたりする今日にあって、赤ちゃんの命という小さな小さな命を例に、一度「生」を受けた者の命がどんなに小さくても、いかに大切なものであるかを教えられました。もちろん、14才の少女が男子生徒と関係を持つことや出産をするということについては、賛否両論あるでしょうし、簡単に結論を出すことのできない大きな問題であると思います。ここでは、その是非や善悪を論じるつもりはありません。ただ、一度宿った命の重さがどんなに重いものであるかということを改めて考えさせられたのです。

 

 また、赤ちゃんには、望まれて生まれてくる赤ちゃんと、誰にも望まれていないのに生まれてくる赤ちゃんがいること、そして、望まれて生まれてくる赤ちゃんは幸せだということを教えられたような気がします。昨今、親から虐待を受けた子どものニュースをよく見ます。望まれずにできちゃって生まれてきた子どもの中には、親からの愛情を十分に受けることができない子どもがいます。親から、「いなくてもよかった」、あるいは、「いない方がよかった」と思われる子どもは、どんなに辛いことでしょう。

 子どもは、親の愛情をたっぷり受けてはじめて幸せに育つことができるのですから、子どもの誕生を心から願い、小さな命を大切に思う親のところに生まれてくる赤ちゃんは、それだけで幸せではないでしょうか。

 

 これから出産を控えているお母さん。今、子育てを一生懸命頑張っているお母さん。あとで後悔することのないように、お子さんの小さな命を大切に大切に育ててくださいね。


2006年12月21日(木曜日)

おのれを知る3

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時53分25秒

昨日の続き・・・・

 といえば、これは明らかに循環論証ではないか、と思えるからもしれない。人間はなぜ経験に学ぶことができないのか、と問うて、それは人間が正しい自己認識を持たないためだ、といい、では、なにゆえ、人間は性格に自分を知ることができないのか、という問いに、経験を充分に生かすことが不得手だから、と答えたのでは、たしかにどうどうめぐりとしか思えまい。しかし、じつをいうと、人間はつぎのように、このどうどうめぐりのなかに生きているのだ。

 

 すなわち、人間はまず経験 ― 赤ん坊が父を吸うのも経験である ― によって自分の意識を持ち始め、ついで、形づくられた自己意識をさらに経験によって修正し、あるいは確認し、あるいは変質させていく。そして、その自我認識がふたたび経験による学び方を向上させる、というふうに、自分を知ることと、経験を生かすこととは、不即不離の関係を保っているのだ。

 

 だから、「汝自身を知れ!」というデルポイの箴言と、「イソップ物語」とは、表裏一体をなしているといっていいであろう。イソップが説いたのは、まさしく、おのれの正体をはっきり見定めよ、という忠告であり、同時に、何より経験をしっかりと学べ、という戒めであった。

 

                                 森本哲郎著 「続 生き方の研究」より

 


2006年12月20日(水曜日)

おのれを知る2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時59分17秒

 

 昨日のつづき・・・・

 

 自分の力を過信していたオリーブの木が、嵐に立ち向かって折れてしまい、風になびいていたアシは生き残ったという話。ワシのまねをして羊に襲いかかったカラスが、逆に羊の巻き毛に爪をとられて、羊番の子どもにつかまってしまう話・・・・・。

 

 イソップが笑うのは、自分を正しく認識できない者、おのれについて錯覚しか持ち得ぬ者の愚かな行動なのである。

 

 では、人間はどうして自分について正しい認識が持てないのか。

 

 じつは、経験を十分に学ばないからなのだ。そもそも、自分を知るということは、経験を通じて知る以外にない。人生とは無数の経験の集積といってよいが、そうした日々の経験、そして他人の経験を見聞することから、人間はそれぞれに、自分についての意識を形成していくのである。だとすれば、その経験を、どのように「自分」のなかに取り入れるか、によって、とうぜん自己認識は変わってこよう。つまり、経験を充分に生かすことのできない人間は、けっして正確な自分の姿をつかめないことになる。

 

                                  森本哲郎著 「続 生き方の研究」より


2006年12月19日(火曜日)

おのれを知る1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時40分39秒

 「イソップ寓話集」とは、自分を知らざる者の悲喜劇、といってもよい。おのれを知らなければ、どうして経験を生かすことができようか。経験という学校で学ぶ者は、ほかならぬ自分なのであるから。

 

 じっさい、「イソップ物語」は、おのれを知らざる者の顛末集である。自分の”分”を心得ぬ者の破滅集である。どのページを開いても、その悲喜劇が語られている。たとえば、百獣の王ライオンの鼻を刺し、散々苦しめて降参させて得意になった蚊が、クモの巣にひっかかって、はじめて自分のほんとうの姿を思い知る話。キリギリスのようにきれいな声で歌いたいと思ったロバが ― ロバの鳴き声は聞くに耐えないのである。キリギリスと同じ食物をとれば、いい声になると思い、露ばかりすすったあげく、とうとう死んでしまったという話。      ・・・・・つづく

                                  森本哲郎著「続 生き方の研究」より


2006年12月18日(月曜日)

楽観主義

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分43秒

 

 悲観主義者は、オポチュニティー(機会)の中に、難しさを探す。
 楽観主義者は、難しさの中に、オポチュニティーを見出す。
              チャーチル(英国首相1874〜1965)

 

 

 いかに悲観的な状況にあろうとも、そこから脱却することは可能です。
 問題はそう思えるかどうか、この一点にかかっています。
              ジョセフ・マーフィー(アメリカの著作家)

 

 
 楽観は、自分だけではなく、他人をも明るくする。
              ユダヤの格言

 

 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと
 共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、わたしたちは
 知っている。
              新約聖書 ローマの信徒への手紙
 


2006年12月17日(日曜日)

公立教員の病気休職者増加

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時21分45秒

 昨年度中に、病気で休職処分を受けた公立学校の教員は7017人で、12年連続で過去最高を更新したことが15日、文部科学省のまとめでわかりました。
 このうち6割にあたる4178人は、うつ病やストレスによる神経症などの精神疾患と診断されています。この数値も過去最多になっています。

 文科省によると、病気休職者は93年度の3364人から年々増え続け、このうちの精神疾患も92年度の1111人から増え続けており、4倍近くとなりました。

 文科省は理由について、「上司、同僚との人間関係や、保護者らとの対応など職場を取り巻く環境が厳しくなっている」としています。

 また、このほか、児童・生徒を殴ったり蹴ったりして、鼓膜損傷や骨折などを負わせる等の体罰での処分は6%増の447人。児童買春やセクハラなどのわいせつ行為は15%減って142人。半数は勤務先の児童・生徒・卒業生に対するものだったそうです。(参考:朝日新聞)

 
 忙しい中、朝から晩まで一生懸命頑張っている先生方のご苦労は、私にもよくわかります・・・。先生を批判するのは簡単ですが、じゃあ、代わりにやってみろと言われてそう簡単にできるものではありません。教科を教えるだけではなく、様々な事を考え、様々な問題に対処する等多くのことをしていかなくてはならないのです。本当に大変な仕事だと思います。(多くの先生方は、大変だけど、子どもたちの笑顔や成長の姿を見るのがうれしくて教師を続けていられるのでしょう。)
 
 先生方が元気で生き生きとしていなければ、良い教育はできません。ですから、何とか先生方には元気で頑張ってもらいたいと思います。
 現場の先生方への負担を増やすような改革ではなく、日本の教育を根本から考え直していかなければならない時にきているのではないでしょうか。
 これからの日本の教育は、どうなっていくのかちょっと心配になってきますね。


2006年12月16日(土曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分15秒

 

 昔から、ビタミンはA,B,C・・・などのほかにビタミンアイ(愛)が必要だと言われてきました。

 そのことは、今も変わっていません。

 

 食事には、お母さんの愛情が必要です。昔は、愛情さえあればと言われましたが、現代は盲目的愛情でなく、少しの知識とルールを含めた愛情であるべきと言われます。

 

 普通の食事をベースに、不足している栄養素を牛乳や野菜で補う、そうした知識が大切です。

 

         「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より


2006年12月15日(金曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時49分05秒

 

  体内の鉄の50〜60%は血中ヘモグロビンをつくっていて、酸素を運搬する大切な役目を持っています。鉄不足では、酸素が十分に運搬できないため、すぐ息切れしたり、頭痛がして、十分に大脳が働きません。

 

 もちろんほかにも様々な微量栄養素の不足を生じ、思わぬところで、神経を苛立たせたり、興奮を抑えられなかったりします。

 

 第2次大戦中、ヨーロッパのお母さんたちが食料不足から、さまざまな栄養欠乏を起こし、子どもをいじめるという訴えが増加したという記録が残っています。軍隊ばかりでなく、家庭の人々の栄養の大切さが認識されました。

 

 日本人の食生活は平均的に見れば、世界で一級レベルにあります。それは、家庭の食事がよくできているからです。最近は、手抜きの食事やテイクアウトの食事、外食などが増加して、すべてが家庭での手作りの食事とはいえなくなりました。もちろん、手作りの食事が良いに決まっていますが、忙しい主婦にとっては無理なことですし、いったん便利なものに慣れてしまうと、すべて手作りというのも面倒になってきます。

 

 すべて手作りにする必要は必ずしもありませんが、やはり食べ方の知識やルールを心得ておきましょう。おやつも甘いお菓子より、まず牛乳やくだもの、その後で甘味を一つ。テイクアウトやインスタント食品には、不足する野菜を加えるといった心遣いが欲しくなります。 ・・・つづく

 

         「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より
     


2006年12月14日(木曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分24秒

 キレる子供たちの食事は、偏った食事のためといわれますが、それは過剰な甘味やインスタント食品を指しているようです。適度の甘味は子どもにとって必要ですし、インスタント食品もすべて悪いとは決められません。

 

 しかし、こうした食品が過剰になると、ビタミンやカルシウム、鉄などの不足を来たします。これらの栄養素は、子どもの健康に欠かせませんから、やはり偏った食事は、キレやすい子どもの原因ともなるでしょう。さらに栄養素は不足だけではなく、摂り過ぎ、特にリンの過剰摂取は次に述べるカルシウム不足を来します。

 

 カルシウムは骨や歯の主な成分ですが、それだけでなく、私たちに血液や体液の中に溶け込んでいて、生理作用と深いかかわりを持っています。その作用のひとつに筋肉の働きを正常に保つ働きがあり、カルシウム欠乏では、弛緩した状態を起こすのです。そのほか、体液を中性(厳密には微アルカリ性)に保つので、不足するとほかのミネラルの作用もあって酸性に傾きます。  ・・・・・つづく

 

                      「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より

                                     


2006年12月13日(水曜日)

正しいことの伝え方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時32分23秒

 正当論を主張しているのに、相手に快く受け取ってもらえないことがあります。

 

 「正しいこと」を相手に伝える場合、その伝え方に気をつけないと批判と受け取られかねません。

 特に、自分が間違っていることを自覚し、反省している時にもっともらしいことを言われると、批判されたと感じ、素直に受け止めることができないのです。

 人には理性だけではなく、感情があります。理性では十分理解できることも、感情的には受け入れることができないということが良くあります。正しい言葉だとわかっていても、その言葉を聞いて、怒ったり、傷ついたりしてしまうことがあります。頭では理解しようとしても、気持ちがついていかないのです。

 

 夫婦や親子、職場などでの人間関係において、どのように伝えれば相手にうまく伝わるかを考えて言葉を発しなければなりません。たとえ正しいことであっても、そのままストレートに投げつけるのではなく、相手の気持ちに配慮した投げかけ方をしなければならないのです。


2006年12月12日(火曜日)

自信を持って行動する

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時39分28秒

 自信満々で、知ったかぶりをするような人は、人に好かれません。

 しかし、ある程度自信を持った態度というのは必要なものです。

 自信のなさそうな弱々しい感じの話し方、相手の目をしっかり見ない落ち着きのない表情、確信のない返事では、相手に信頼されることはできません。

 ナポレオンは、「不可能という語は、ただ愚人の辞書の中にあるだけだ。」と言い、自分のやることに確信を持っていました。その態度に多くの人がひきつけられたのです。もちろん、ナポレオンにも不可能なことはありました。でも、彼の自信のある態度が人々に安心感を与え、ナポレオンなら本当に何でもやってくれるに違いないと思わせるようになったのです。彼は、多くの人の信頼を勝ち取りました。

 人に何かを聞かれたとき、「たぶん・・・だと思いますが・・・。」と言うのと、「それは・・・・です」と断言するのでは、どちらが信頼を得ることができるでしょう? きっと、自信をもって「それは・・・です」と言ってくれる人でしょう。

 それほど自信がなくても、自信のあるような言動、態度をすることによって、人に信頼されるようになり、本当の確信が生まれてきます。

 自信を持って行動している人は、たのもしく見えて人をひきつけるようになるものなのです。

 

 


2006年12月11日(月曜日)

休息

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時43分08秒

   「 休 息 」

 

 
 休息とは快復であり、何もしないことではない
       ダニエル・W・ジョセリン(作家)

 

 怠け者は休息を楽しむ術を知らない。
       ルボック(イギリスの銀行家、科学者)

 

 ほどよい怠けは、生活に風味を添える。
       梶井基次郎(小説家)

 

 寝床につくとき、翌朝起きることを
 楽しみにしている人は幸福である。
       カール・ヒルティ(スイスの法学者・哲学者)

 

 疑う余地のない純粋な喜悦のひとつは、
 勤労のあとの休息である。
       カント(ドイツの哲学者)

 

 
 


2006年12月10日(日曜日)

いじめは悪い事だと知りながら・・・

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時52分19秒

 かつて、いじめをしていたという20代の女性がテレビの番組に出ていました。彼女は、今、全国のフリースクールを回って、いじめに負けないよう話をしているということです。

 

 中学生の頃のことだったと思いますが、彼女は、一人の子をいじめていました。ロッカーにごみを入れておいたり、机に落書きをしたり、クラスのみんなに「帰れ!帰れ!」「死ね!死ね!」等と言わせたりしていたそうです。

 

 その頃の自分を振り返ってみると、自分に自信がなく、誰かをいじめることによって優越感を得ていたそうです。いじめるのは悪いことだと知りながらも、自分の存在を確かめるためにいじめを続けていたということでした。

 

 そんな彼女が変わるきっかけとなったのは、卒業してだいぶ経ってから、いじめていた相手から電話があったことです。相手は、笑いながら、「今でもあのときのことを思い出すと、結構辛いんだ・・・。」というようなことを話していたそうです。これを聞いて、彼女は、はじめて相手の辛い気持ちを実感することができました。その後、すぐにわかりあう事はできませんでしたが、何度か話し合いを続けるうちに、いじめ被害者の気持ちやいじめがどんなにいけないことかがわかってきたそうです。

 

 彼女は、各地のフリースクールで子達と対話していますが、1回や2回では、なかなか理解し合うことは難しいようです。いじめ被害者の心は冷え切ってしまっているのでしょう。元加害者の言葉を受け入れるには時間がかかるようです。彼女は、被害者の子供たちに「あなたたちは、何も悪くないからね・・・・。」と言い、自信をもって生きるよう伝えて歩いているのです。


2006年12月9日(土曜日)

なれあい学級

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分51秒

 先日の朝日新聞に次のような記事が載っていました。

 

「なれあい学級 いじめの一因」

 

 教師が子どもに合わせ過ぎ、集団のルールが守られていない「なれあい型」学級は、ルールを守り子供同士が主体的に活動している「満足型」学級に比べ、いじめの発生率が約2〜4倍高いという調査結果を、都留文科大の河村茂雄教授(心理学)がまとめた。

 河村教授は約10年前から、全国の児童生徒にクラスの満足度を聞くアンケートを実施。学級のタイプを「なれあい型」「満足型」のほか、教師の厳しい指導でルールを形成している「管理型」などに分類している。

 この分類手法を用いて、04年、05年両年の冬に小中学生各3200人から得た「いじめ」アンケートの回答を分析。その結果、いじめ発生率は「満足型」を1とすると、「なれあい型」は小学校で3.6、中学校で2.1。「管理型」はやや低く、小学校で2.5、中学校で1.7だった。

 

 

 最近の学級崩壊の原因も、児童生徒が教師の言う事を聞かない「反抗」から「なれあい」に変わってきているといいます。高いところから権力を振りかざして子供に指示をする教師では、子供は萎縮するばかりで自律することはできませんし、子供の目線まで下がり過ぎて子供と同レベルになってしまっても教師としての権威がなくなってしまいます。

 教師にとって、この辺のさじ加減が難しいんですよね。教師として、権力ではなく、権威を持って指導し、児童生徒との信頼関係を上手に築くことができれば、良いんですけど・・・・・。

 


2006年12月8日(金曜日)

喜ぶこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分51秒

  「生活の処方箋」千代崎秀雄著 より

 

 
   「喜ぶことは無税です」

 

 
 喜んでいる人は、水銀灯よりも明るく周囲を照らす

 
 喜んでいる人は、病気にかかっても早く治る

 

 喜んでいる人からは、不運逆境も張り合いがなくて逃げ出す

 

 「常に喜べ、絶えず祈れ、すべてのこと感謝せよ。」新約聖書

 

 


2006年12月7日(木曜日)

子は親の鏡

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時48分58秒

  

                「子は親の鏡」

 

 けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる
 とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる 
 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる 
 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる 
 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる
 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる 
 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
 励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
 広い心で接すれば、キレる子にはならない
 誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ
 愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ 
 認めてあげれば、子どもは自分が好きになる 
 見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる 
 分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ
 親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
 子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ
 やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ 
 守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
 和気あいあいとした家庭で育てば、
 子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

 

 「子どもが育つ魔法の言葉」より
(ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス共著、PHP研究所)

          

 

 親の良いところが似てくれると良いのですが、なかなかそう簡単にはいかないものです。
 子供に良い影響を与える親でありたいですね。


2006年12月6日(水曜日)

老人福祉の現場で

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時45分07秒

 今日は、小学校低学年の子供達と特別養護老人ホームを訪問してきました。ボランティア教育の一環として、お年寄りの前で劇を披露してくるのです。

 

 重度の痴呆老人が多く入所しているホームですが、子供たちの姿を見て、みんな喜んでくださいました。ご自分の孫を思い出すのか、はたまた、ご自分の少年少女時代を思い出すのか、わかりませんが、子供たちの一挙手一投足に注目し、手を叩いて喜んでくださいました。

 

 「かわいいねえ・・・」「じょうずだよ・・・」等と言いながら、喜んでくださっている姿を見て、子供たちにとっても、大きな励みになったようです。

 

 現代社会は、少子高齢化社会になってきているにもかかわらず、核家族化が進み、人生の大先輩であるお年寄りと触れ合う機会が少なくなってきています。

 

 このような機会を通して、お年寄りを敬う気持ち、お年寄りをいたわる気持ち、お年寄りを大切にする気持ちが、子供たちの心の中に芽生えてくれると、うれしいですね。


2006年12月5日(火曜日)

人の温かさに触れる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分48秒

 今日は、小学生の「歳末助け合い街頭募金活動」に引率してきました。(社会福祉協議会・共同募金会協賛)

 街頭で募金をお願いしていると、様々な人に出会い、様々な経験をすることができます。

 「寒いでしょう」と言って、ホッカイロを買いに行って下さる方。

 何のためらいもなくさっと募金をしてくださる、ちょっと怖そうなお兄さん。

 こんな時間にどうして街を歩いているのかわからないけど、優しい声をかけて募金してくれる高校生。

 「お前たちは、募金したのか!こっちが募金してもらいたいぐらいだ!」などと、絡んでくる酔っ払い。

 街頭で売っている売り物のみかんを一人に一個ずつ下さる果物屋のおじさん。

 「こんなことやっていないで、学校に帰って勉強しろ!」という、おじさん。

 お札を束にして入れてくださる足の不自由なおじいさん。

 

 街頭募金では、色々な方に出会う経験をし、多くの人の温かさに触れることができました。また、それと同時に、人は外見で判断してはいけないということをつくづく感じました。 


2006年12月4日(月曜日)

眉毛で表情を作る

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分01秒

  感じのよい人とは、どんな人でしょう?

 自分の話を真剣に聞いて、反応してくれる人ではないでしょうか。

 
 相手の話を真剣に聞いているということを表現する方法は、言葉による反応だけではありません。言葉と同じくらい大切なのは、顔の表情です。
 その中でも、目と眉毛は感情を表すのに重要な役目を果たしています。もし、あなたが誰かに喜びや悲しみを伝えたとしましょう。それを聞いた相手の目や眉毛の動きに変化がなく、ただ口元だけが動いたとしたらどうでしょう。まるで無表情のようで、感情を十分に受け止めてもらったとは思えないのではないでしょうか。

 
 眉毛を自由に動かせますか?鏡を見て、眉毛と目で表情を作ってみてください。意外と難しいものです。
 いつも眉間にしわを寄せている人がいますが、眉間にしわを寄せていると、怒りや悲しみの表情になってしまいます。相手に不愉快な印象を与えかねないので気をつけましょう。

 

 額に少ししわが寄るくらい眉毛を上げると、目が大きく開かれ、目に力が入ります。とろ〜んとした目で、ぼんやり見るのではなく、力のある生き生きとした目で相手を見ることは、目で豊かな感情表現を作り出すことになり効果的です。

 

 顔の筋肉は、日頃使っていないと、なかなか自由に動くものではありませんから、鏡の前でちょっと大げさに練習してみるとよいでしょう。


2006年12月3日(日曜日)

夢の中の私

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時54分58秒

 先日、夢の中に私が出てきたと、教えてくださった方がいました。
 人様の夢に登場させていただけるなんて、何て光栄なことかと思う反面、いったいどんな役割で登場していたのだろうと、ちょっと心配(!?)でした。

 

 伺ってみると、なんとロック歌手としてステージで歌っていたそうです。歌っているのは、ビートルズの曲だったそうです。曲名は、忘れてしまいました。・・・・本当に私が歌っていたわけではないので覚えているわけないか・・・・。
 あまり変な役で出演したわけではないのでホッとしましたが、私がロック歌手とは、思わず笑ってしまいました。

 

 真面目そうに見える(?)私が、どんな衣装を着て歌を歌っていたのかわかりませんが、現実とのギャップが相当あったでしょうね。

 

 「私」とは、こういうものだという自己像が人にはそれぞれあります。ロック歌手とは、私の自己像の中には全くない役割ですが、そんな自分がいても面白かったかもしれません。
 自己像では、知らず知らずのうちに「私はこうあるべきである」「これは私の本当の姿ではない」等と、自分で「自分」をひとつの枠に入れて考えてしまいます。この枠に捕らわれてしまうために苦しくなってしまうこともあります。

 

 この枠を柔軟に使うことができると、人生は楽でしょうね。「これも自分」「あれも自分」というように、自分の気持ちに正直に、ありのままの姿を受け入れ、広い心で自分を見ることができるようになると、新しい発見ができるかもしれません。


2006年12月2日(土曜日)

こんな心を持っていたい

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時08分30秒

 

  「おはようございます」という 明るい心

 

  「はい」という 素直な心

 

  「すみません」という 反省の心

 

  「おかげさまで」という 謙虚な心

 

  「私がします」という 奉仕の心

 

  「ありがとう」という 感謝の心

 

  
      こんな心をいつも持っていたいものです・・・。


2006年12月1日(金曜日)

「いじめ問題への緊急提言」に思う 2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時19分56秒

 昨日の文章では、ちょっと言葉が足りなかったようで、誤解を招いてしまったようです。読んでくださった方からご意見をいただきました。お返事を返したのですが、昨日の文章を読んで同じように思われた方もいらっしゃるかもしれませんので、お返事と同じ文章を掲載し、補足させていただきたいと思います。

 

 私は、いじめる側に責任がないといっているわけではありませんし、いじめられている側を全面的に救済する必要はあると思っています。
成人であれば犯罪となるような行為をしているわけですから、それなりの責任の取らせ方は必要であると思います。今の青少年の傾向として、一人では何もできず、やったことに対して責任をとろうとしない子が多いように思います。社会のルールをしっかり理解させることは大変重要なことだと思います。

 

 その上で、思うことなのですが、いかに法律があろうと、取締りが厳しかろうと、さらには死刑制度があろうと犯罪はなくなっていないのが現状です。テレビで「警察24時」のような番組がありますが、警察がいくら頑張っていても、いたちごっこを繰り返しているようなことも多いように思います。(法律による処罰や死刑を否定しているわけではありませんので誤解しないでください。)それどころか、凶悪犯罪はますます増えてきています。罰があるならやめておこうというような犯罪者は少ないです。社会的に地位のある裕福な老人による万引きや警察官による犯罪などは、この典型的な例でしょう。犯罪は、様々な社会のひずみや犯罪者を取り巻く環境が生み出していると考えられます。

 
 このように考えると、いじめ問題においても、罰を与えればいじめが起きないようになるかというと、そうではないように思うのです。体格の良い体育会系の教員ばかりを揃えた学校でもいじめ等の問題はあります。校則の厳しい私立の学校でもあります。

 

 悪いことをすれば、それに対する罰も必要でしょう。でも、本当の解決のためには、ひとつの方向からだけではなく、いじめる側の心理を含めた様々な方向からいじめ問題の本質に迫っていく必要があるのではないかと思います。
 子供たちの心がなぜそうなっているのかを探り、教育の構造を改革する必要に迫られているのではないかと思います。そうしないと、いじめはなくならないのではないかと思います。


2006年11月30日(木曜日)

「いじめ問題への緊急提言」に思う

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時28分14秒

 昨日、教育再生会議より「いじめ問題への緊急提言」が発表され、賛否両論を呼んでいます。(以下に毎日新聞の記事を載せていますので、ご存じない方は読んでみてください。)

 

 yahoo!のアンケートによると、この提言を評価できないという否定的な意見が多数を占めています。理由は、様々あるようです。
 昨今のいじめ自殺問題に対して、政府としては何もしないわけにはいかなかったのでしょう。黙って見過ごすのではなく、直接、いじめ問題を正面から取り上げようとしたことに対して、私はある程度評価できると思います。

 ただし、いくつか思うところはあります。
 まず、教育再生会議のメンバーの中にどうして現場の教員がいないかということです。これは、非常に不思議です。現場の生の声を聴かないで、どうやっていじめの本質を語ることができるのでしょうか。この提言を読むと、もっともらしい事は書かれているけど、何かが欠けているような気がするのは私だけでしょうか。有識者の皆さんばかりでは、いじめの実態やそれにかかわる教員の苦労などはわからないのではないかと思います。
 いじめの加害者に対する措置については、出席停止の是非や奉仕活動の効果、別教室での指導の効果などについて様々な意見があり、結局出席停止案は見送られたようです。Yahoo!のアンケートによると、傷害事件として警察が介入することを望む声もあるようですが、いずれにしても、なぜいじめが起きるのかという根本的な問題やいじめる側の心理に関して語られていないことに疑問を感じます。もちろん、いつの時代にもいじめはあり、いじめを根絶することは難しいでしょう。しかし、直接、子供にかかわる教員や大人がいじめの心理を理解したり、クラスのメンバーがより親しい友達関係を作るための心理的な技術について考えることは必要なのではないかと思います。
 いじめをなくすことも大切ですが、いじめを起こさないことはもっと大切なのではないでしょうか。
 いじめ加害者の保護者とのかかわりも重要でしょう。家庭での様子を聞いたり、厳しく監督してくださいとか、注意してくださいと言うだけでなく、もっと、根本的な面に迫るかかわりを保護者とする必要もあるのではないでしょうか。
 また、いじめられた側が転校するという案も悪くはないし、必要なときもあると思いますが、何度も何度も転校するわけにはいかないでしょう。いじめられている側の子供に非があるわけではないと思いますが、上手に人間関係を築く術を身につけさせることも必要なことだと思います。親子のかかわりや信頼できる先生とのかかわりを通して、いじめによって傷ついた心が癒され、自分の存在価値を確認し、強く生きていける日が来ることができるよう導いていくことが我々大人の役目ではないでしょうか。

 

 もっと、もっと書きたいことはありますが、長くなりすぎるので今日はこの辺にしておきます。いずれにしても、いじめによる自殺者がこれ以上増えず、子供たちが幸せな学校生活を送れることを願っています。

  
   教育再生会議 「いじめ問題への緊急提言」を決定  (毎日新聞)- 11月29日より
 
 政府の教育再生会議(野依良治座長)は29日午前、首相官邸で第3回全体会合を開き「いじめ問題への緊急提言」を決定、発表した。相次ぐいじめによる自殺を受け、いじめをした子どもに対する指導、懲戒の基準を明確にし、社会奉仕や別教室での教育など「毅然(きぜん)とした対応」を取るよう、学校に求めた。「いじめを見て見ぬふりをする者も加害者」との指導を学校が子どもに徹底することも促し、いじめに加担するだけでなく放置・助長した教員も懲戒処分の対象とすることを明記した。
 安倍晋三首相は会合であいさつし、提言について「即実行できるものは実行する」と述べ、対策を急ぐ考えを示した。再生会議は、緊急提言を文部科学省や都道府県教委を通じて学校、保護者に呼びかける。
 提言では「いじめは反社会的な行為として絶対許されない」との認識を強調。いじめた子どもへの懲戒、指導については「社会奉仕、個別指導、別教室での教育」を校内規律を維持する例として示した。懲戒では出席停止の明記も検討されたが、見送られた。池田守男座長代理(資生堂相談役)は終了後の記者会見で委員の意見が分かれたことを認めたうえで、「(出席停止も懲戒基準の)一つの選択肢としてあっていい」との見解を示した。
 教員への処分については、児童・生徒をいじめた場合の処分を規定した東京都教委などを例に、全国の教委に同様の規定の導入を呼びかけた。
 また、「いじめを解決するのがいい学校」との認識を示し、学校による隠ぺいの排除を図った。学校や教委、保護者が連携していじめ撲滅に全力を挙げることや、教委が学校支援のためのサポートチームを結成するよう要請。いじめを理由とする転校が認められていることを児童・生徒や保護者にしっかり伝えるよう注意喚起したうえで「いじめの解決を図るには、家庭の責任も重大」と指摘した。
 再生会議は10月25日に「いじめ防止の緊急アピール」を発表している。その後も同様の事件が続き、重視姿勢を示す必要があると判断し、「社会全体に対する再生会議の(いじめ撲滅の)決意表明」(池田氏)として、提言を取りまとめた。【平元英治】
 ◆政府の教育再生会議が29日まとめた緊急提言は次の通り。
 「いじめ問題への緊急提言」
 すべての子どもにとって学校は安心、安全で楽しい場所でなければなりません。保護者にとっても、大切な子どもを預ける学校で、子どもの心身が守られ、笑顔で子どもが学校から帰宅することが、何より重要なことです。学校でいじめが起こらないようにすること、いじめが起こった場合に速やかに解消することの第1次的責任は校長、教頭、教員にあります。さらに、各家庭や地域の一人一人が当事者意識を持ち、いじめを解決していく環境を整える責任を負っています。教育再生会議有識者委員一同は、いじめを生む素地をつくらず、いじめを受け、苦しんでいる子どもを救い、さらに、いじめによって子どもが命を絶つという痛ましい事件を何としても食い止めるため、学校のみに任せず、教育委員会の関係者、保護者、地域を含むすべての人々が「社会総がかり」で早急に取り組む必要があると考え、美しい国づくりのために、緊急に以下のことを提言します。
(1)学校は、子どもに対し、いじめは反社会的な行為として絶対許されないことであり、かつ、いじめを見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底して指導する。<学校に、いじめを訴えやすい場所や仕組みを設けるなどの工夫を><徹底的に調査を行い、いじめを絶対に許さない姿勢を学校全体に示す>
(2)学校は、問題を起こす子どもに対して、指導、懲戒の基準を明確にし、毅然とした対応をとる。<例えば、社会奉仕、個別指導、別教室での教育など、規律を確保するため校内で全教員が一致した対応をとる>
(3)教員は、いじめられている子どもには、守ってくれる人、その子を必要としている人が必ずいるとの指導を徹底する。日ごろから、家庭・地域と連携して、子どもを見守り、子どもと触れ合い、子どもに声をかけ、どんな小さなサインも見逃さないようコミュニケーションを図る。いじめ発生時には、子ども、保護者に、学校がとる解決策を伝える。いじめの問題解決に全力で取り組む中、子どもや保護者が希望する場合には、いじめを理由とする転校も制度として認められていることも周知する。
(4)教育委員会は、いじめにかかわったり、いじめを放置・助長した教員に、懲戒処分を適用する。<東京都、神奈川県にならい、全国の教育委員会で検討し、教員の責任を明確に>
(5)学校は、いじめがあった場合、事態に応じ、個々の教員のみに委ねるのではなく、校長、教頭、生徒指導担当教員、養護教諭などでチームを作り、学校として解決に当たる。生徒間での話し合いも実施する。教員もクラス・マネジメントを見直し、一人一人の子どもとの人間関係を築き直す。教育委員会も、いじめ解決のサポートチームを結成し、学校を支援する。教育委員会は、学校をサポートするスキルを高める。
(6)学校は、いじめがあった場合、それを隠すことなく、いじめを受けている当事者のプライバシーや二次被害の防止に配慮しつつ、必ず、学校評議員、学校運営協議会、保護者に報告し、家庭や地域と一体となって、解決に取り組む。学校と保護者との信頼が重要である。また、問題は小さなうち(泣いていたり、寂しそうにしていたり、けんかをしていたりなど)に芽を摘み、悪化するのを未然に防ぐ。<いじめが発生するのは悪い学校ではない。いじめを解決するのがいい学校との認識を徹底する。いじめやクラス・マネジメントへの取り組みを学校評価、教員評価にも盛り込む>
(7)いじめを生まない素地をつくり、いじめの解決を図るには、家庭の責任も重大である。保護者は、子どもにしっかりと向き合わなければならない。日々の生活の中で、ほめる、励ます、しかるなど親としての責任を果たす。おじいちゃんやおばあちゃん、地域の人たちも子どもたちに声をかけ、子どもの表情や変化を見逃さず、気付いた点を学校に知らせるなどサポートを積極的に行う。子供たちには「いじめはいけない」「いじめに負けない」というメッセージを伝えよう。
(8)いじめ問題については、一過性の対応で終わらせず、教育再生会議としてもさらに真剣に取り組むとともに政府が一丸となって取り組む。


2006年11月29日(水曜日)

生花流子育て

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時15分49秒

 昨日は盆栽でしたが、今日は生花を取り上げてみました。

 

 茶の湯の発展と共に生まれた華道は、盆栽と共に日本の代表的な文化のひとつです。

 
 池坊によると、生花をいけるとき、もっとも大切にされるのは花の出生だそうです。出生とは、花木それぞれが本来有している性情、花の個性のことです。明治時代の初め頃、江戸時代後期に成立した生花の花形を基本として、池坊では正風体が整えられました。生花正風体の基本の形式は、一本の草花が大地から気勢をもって立ち伸び、枝葉を繁らせて生育する、生命の営みを真、副、体の三つの役枝をもって象徴的に表すそうです。草花が出生のままに自然の中に生い立つ姿を表現することを根本として、そのあるがままの美を端的に形として表現するのです。その後、生花正風体は端正で優美、品格のあるいけばなとして広まり、今日に至っているそうです。

 

 以前、華道池坊の家元だったと思いますが、ラジオ番組で次のようなことを言っていました。
 「最近は、フラワーアレンジメントが流行ってきているが、生花とフラワーアレンジメントでは考え方が全く反対だ。フラワーアレンジメントは、色々な色の花をたくさん使って華やかに表現するものだが、生花は、より少ない花で、美を表現するものだ。」

 

 なるほどと思いました。すべての子供に華やかな才能や能力があるわけではありません。勉強ができる、スポーツができる等優れた能力を持っている子供はほんの一握りかもしれません。では、能力の無い子はダメなのでしょうか。いいえ、華やかではないかもしれませんが、子供はそれぞれ良い面を持っています。その子が持っている個性を思い切り美しく表現すること、また、あるがままの美を端的に表現することができればそれで幸せなのではないでしょうか。
 親としては、子供に対する要求が年を追うごとに高くなり、華やかさを求めるようになりがちです。生花の良さを子育てに生かしてみませんか。


盆栽型子育て

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時09分07秒

 盆栽は、室町時代後期に茶と共に発展した、世界に誇れる生きた芸術文化です。

 

 良い盆栽には、一幹・二枝・三根張り(最初に幹を見て、次に枝、根張りを見るということ。)といわれる基本がありますが、名品と呼ばれるものには、それに該当しないものも多くあります。それは、その盆栽の長所が欠点を上回っているからだそうです。

 

 ヴェルサイユ宮殿に代表されるような欧米に見られる幾何学的なデザインの庭園とは、大きく異なる風情が日本の盆栽の中には見られます。欧米の庭園や植樹は、左右対称できれいに整ったデザインになっていますが、日本の盆栽には、その木が本来持っている風格やすごみ、わびなどが生かされているのです。

 

 私たちが子供を育てるとき、日本独特の芸術である盆栽の思想を生かしてはどうでしょう。きれいに形が整っていないかもしれないし、左右対称ではないかもしれません。でも、それぞれの子供が本来持っている良い面をうまく生かして育てることができたら、素晴らしいのではないでしょうか。欠点は色々とあるかもしれませんが、盆栽の長所が欠点を上回り、立派な木になっていくように、立派な人が育っていくのではないでしょうか。


2006年11月28日(火曜日)

長生き

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時17分47秒

 長生きするためには、ゆっくりと生きることが必要である。
            キケロ(古代ローマの哲学者)

 

 自ら其の心を静かにすれば寿命を延ばし、
 物を求むることなければ精神を長ず。
            白居易(中庸の詩人)

 

 ため息を1回つくと3歳老ける。
 1日3回感動すると若くいられるのよ。
            加藤シズエ(元衆参両議院議員)

 

 老いた者には知恵があり、
 命の長い者には悟りがある。
            旧約聖書

 


2006年11月25日(土曜日)

自分はダメな人間?

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時43分24秒

 人に好かれたいと思っていながら、自分では、自分のことを人に好かれるに値しない人間だという自己評価をしている人はいないでしょうか。

 

 好かれたいと思っていても、自分をダメだと思っている限り、人に良く思われることは難しいでしょう。
 自分をダメな人間だと思っていると、それが表情や行動に表れてしまい、相手にもダメな人間と捉えられてしまうのです。自分では、頭が悪いと思っていながら、人から頭が悪いと言われると腹が立ってしまう人、自分では、不細工だと思っていながら、人にブスだとかかっこ悪いとか言われると頭にきてしまう人がいます。自分で思っていることであっても、人から言われるのは嫌なのです。

 

 
 自分に自信を持って行動をしていると、相手も信頼してくれます。自分を好きになると、相手も好きになってくれるのです。

 

 
 自分に自信を持てと言われても、人に自慢できるようなところは何も無いという人も多いでしょう。そんな人は、「自分の良い所探し」をしてみてください。どんなに小さなことでもかまいません。人と比べる必要もありません。小さな小さな自信がだんだん大きな自信になっていくのですから。


2006年11月24日(金曜日)

傘屋と草履屋の話−2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時32分18秒

「いえいえ、聞いてください。わたしのふたりの娘のことです。一人は傘屋に嫁に行き、もう一人は草履屋に嫁に行きました。雨が降れば、草履屋がもうからない。良い天気になれば、傘屋はもうからない。そう考えると、毎日が心配で心配で・・・・」

 

 そう言って、母親はまた涙を流しました。
「なあんだ、おかみさん、あんたの考えは反対だ。こう考えればいいんだよ。
 雨が降ったら、今日は傘屋がもうかるぞ。傘屋に行ったあの子が喜ぶ。良い天気になったら、今日は草履屋がもうかるぞ。草履屋に行ったあの子が喜ぶ、とな。」

 

 すると、母親は大きくうなずいて、こう言いました。

 

「なるほどなるほど、そう考えりゃ、毎日喜んでいられたわけだ。わたしゃ、なんてばかだったんだろうね。」

                                「お母さんの宝物」福音社より

 

物事の暗い面ばかりを考えて失望したり悲しんだりしないで、明るい見方をし、喜べることを見つけ出して、それを感謝できるようになりたいものですね。


傘屋と草履屋の話−1

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時46分01秒

 勤労感謝の日の今日、全国どこもすっきりしない天気だったようです。せっかくの休日なのに、なんで雨なんか・・・・、と天気を恨んだ方もいることでしょう。

 

 
今日は、面白い話をご紹介しましょう。

 

  「傘屋と草履屋」

 

 あるところに、二人の女の子を持った母親がおりました。子供たちはだんだん大きくなって、やがて美しい娘になりました。
 そして、姉は傘屋に、妹は草履屋に、それぞれお嫁に行きました。

 

 ところが、それからというもの、この母親は毎日毎日泣いてばかりいるのです。
 二人の娘が急にいなくなったので、寂しいのだろうと、近所の人たちはうわさをしておりました。
 しかし、半月たち、一ヶ月たち、やがて半年たちましたが、母親の顔はますます暗くなるばかりでした。

 

 朝、目が覚めると、ガラガラと雨戸を開けて、
「ああ、今日は雨か。」
と、涙を流し、次の日はからりと晴れたと思えば、
「ああ、今日は良い天気か。」
と、また涙を流すのです。

 

 雨が降ったといっては泣き、良い天気になったと言っては泣き、いったいどうしたというのでしょう。心配した近所の人が、この母親に尋ねました。
「おかみさん、いったいどうしたというのかね。からだの具合でも悪いのかい。」

                                            ・・・・・つづく


2006年11月23日(木曜日)

自分で解決する力

カテゴリー: - matsuzaka @ 11時07分46秒

 昨日、小学生の女の子達が、こんなことを言っていました。

 

女の子「最近、私たちのけんかに先生が口を出してくるんだよね。」
 私 「へー、どんなふうに?」
女の子「けんかはやめなさい、みたいに。」
   「放っておいてほしいよね。」
 私 「どうして?」
女の子「自分たちで自然に仲直りするんだから。」
   「けんかの後、すぐに普通に話したり、次の日の朝には、
    普通におはようって言って、仲直りできるんだから。」
   「先生が入って、仲直りしなさい、みたいに言われても、
    無理やり仲直りさせられているみたいで、かえって
    ぎこちなくなっちゃうよね。」
 私 「最近は、いじめの問題が大きく取り上げられているから、
    先生たちもけんかがいじめに発展しないように
    一生懸命なんじゃない?」
女の子「それもわかるけど、自分たちにまかせてほしいよ。」

 

  ・・・・この後、けんかといじめの違いについて話しました。・・・・・

 

 うーん、なるほど。難しいですね。
 確かに、学校でけんかしていたら、やめさせて、仲良くするように指導するのが先生の役目です。

 

 でも、いつもは仲の良い子供同士が、時にはぶつかり合いながら、自分たちで問題を解決していくことも大切なことです。
 子供の持っている力を信じ、子ども自身が問題を解決できると信じてあげることも大切なことなのです。子供は、少年期に、様々な経験を通して人間関係を学んでいきます。けんかを通して、心の痛みを知り、人とのかかわり方を学んでいきます。これが欠如すると、相手の気持ちのわからない、人間関係の下手な大人になってしまうのです。 いじめは、強者が弱者を一方的に苦しめるのですから、絶対に許してはいけません。しかし、対等な立場での少々のけんかであれば、子供の成長のために口出しせず、見守ることも必要なのではないでしょうか。(もちろん、怪我をするほど激しいものは、やめさせなければいけませんけどね。)

 

 
 教師も親も、それが「いじめ」なのか「けんか」なのか、あるいは、子ども自身が自分で解決できる問題なのかそうでないかを見極め、それに応じた対処をすることが大事なのではないでしょうか。

 


2006年11月21日(火曜日)

幸せは、心の中に

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時02分24秒

こんな詩を見つけたので、ご紹介します。

 

 
    「幸せは、その人の心の中にある」

 
    幸せは、心の中にあるもの。
    つまり、自分が幸せと感じることです。
    どんなに身のまわりに幸せになることがたくさんあっても、
    もし、自分で「ああ、私にはこんなに幸せがある」と感じなかったら、
    それは、結局どうにもならないこと。
    その人は、決して幸せになることはできないのです。

    
    幸せになりたかったら、 
    自分の身のまわりの幸せを自分で感じるような人になることが
    一番大切だということを知ってください。


2006年11月19日(日曜日)

自殺者を運んだこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時44分11秒

 20数年前、東京の病院に勤め、受付業務に携わっていた頃、救急車で自殺を図った女性が運ばれてきた事があります。
 看護婦や救急隊の人たちと一緒に、意識を失った女性を運びました。救急車の中で応急処置はしてあったと思いますが、鋭利な刃物で切られた手首からは依然としておびただしい出血が見られ、看護婦の白衣が真っ赤な血に染まったのを覚えています。初めての体験に大きな衝撃を受けたものでした。
 緊急の手術を受けている間、夫や子供が不安そうに待合室で待っている姿、警察官が病院で家族に事情を聞いている姿が今でも思い出されます。その後、この女性がどうなったのかはわかりません。
 自殺は、家族を含め、様々な人たちにどんなに大きな悲しみと苦悩をもたらすかということを、その時、目の当たりにしました。 

 

 今、中学生の自殺問題が社会的な問題となっていますが、1年間の全年齢の死亡者総数の内、自殺者が約3万人います。
 交通事故死を減らそうと様々な取り組みがなされていますが、年間の死亡者は1万人弱、東京大空襲での死亡者数は10万人、ベトナム戦争での米軍の死亡者数は5万8千人です。
 交通事故での死亡者数を自殺者数と比較してみると、圧倒的に自殺者数の方が多いことがわかります。また、悲惨な戦争での死亡者数と比較してみても、ほんの数年分で自殺者数が戦争で死亡した人の人数を上回ることになります。これほど多くの人が、自殺している今日、子供の自殺を止めることのできるほどの説得力を大人は持っているでしょうか?大人が、社会が良い模範を示さずして、子供の自殺を食い止めるのは難しいのではないでしょうか。

 

 今朝のテレビ番組で、芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久さんが、「みんな、この世は無常だということを忘れている」と言っていました。私はこれまで、「無常」とは、「はかない」という意味だと理解していましたが、「世は常じゃないということ。今の状態がいつまでも続くのではなく、良いときも悪いときもある」という意味だそうです。
 自殺を考える時、人は、今、自分が置かれている状況しか見えなくなっているので、先を見ることが難しくなっています。今の状態がいつまでも続くとしか考えられなくなってしまい、希望を失ってしまうのです。

 

 私たち大人が明るい生き方を子供たちに見せ、人生を楽しんでいる様子を良い模範として子供たちに示していかなくてはならないのではないでしょうか。良いときもあれば、悪いときもある、そして必ず良いときがまた訪れるという考えを子供たちに伝えていかなくてはならないのではないでしょうか。


2006年11月18日(土曜日)

父親不在の家庭

カテゴリー: - matsuzaka @ 14時39分36秒

 まず、「父親不在」というのが、「片親」の家庭を指しているのではないことをあらかじめお断りしておきましょう。たとえ、事情によって母親だけが子供を育てている家庭であっても、母親が父親の役割を果たしているのであれば、今日の問題には含まれません。

 
 戦後、従来の日本的家族制度というのは崩れました。戦前は絶対だった父親の権威は失われ、恐れられることも尊敬されることもなくなってきました。

 職場で朝早くから夜遅くまで働き、家庭を顧みない父親が増えてきました。家庭は、母親が仕切っているので、子供にとっての父親の存在は、薄くなってきています。

 父親の存在がないと、様々な問題が起きてきます。かといって、家庭のために一生懸命、外で働いてくるはずの父親が仕事を疎かにして、いつも家にいるというのは現実的ではないでしょう。
 そんな時、どうやって、父親の存在感を子供に示すかが大事なのです。これは、母親にかかっています。母親が子供に父親のことを語るとき、尊敬と感謝を表現することが大事です。(ちょっと尊敬できないことがあっても、多少、大げさに父親のことをよく言いましょう。)そうすると、物理的に父親が不在であっても、子供は、父親の人間性を感じることができ、安心感と満足感を得ることができるのです。

 
 もし、両親が不仲で、母親が父親の批判ばかりしていたら、どうなるでしょうか。子供にとって、父親は嫌な存在になってしまうのではないでしょうか。父親を嫌い、母親とべったりの子供は、自分の意思で行動することができなくなってしまい、母親に依存してしまうことになります。自立心が育たず、父親のように母親に嫌われないように、母親の顔色ばかりをうかがうような子供になってしまうのです。 


2006年11月17日(金曜日)

いじめによる自殺を防ぐために先生にしてほしいこと−2

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時12分47秒

  子供の自殺が報じられると、必ずと言ってよいほど学校は、「いじめの事実は確認されませんでした。」と、言います。本人が家族に訴えていたり、遺書を残していたとしても、いじめの存在が簡単に認められることはありません。不思議なことです。

 
 いじめられていると感じている子供がいたら、それだけで、問題を取り上げる必要があります。大人から見たら、子供同士の悪ふざけにしか見えないかも知れません。いじめられている子に何らかの原因がある場合もあるかもしれません。このくらいのことはいじめではない・・・もっと強くなってもらわなきゃ困る、思うこともあるかもしれません。しかし、その子自身が辛い思いをしていることは事実なのです。

 

 ですから、まずはいじめられていると感じている子供の心に、共感的な態度で寄り添うことが大事でしょう。いじめに耐えることも必要かもしれません。しかし、その訓練は別の機会に行うべきです。本当に苦しい思いをしているときに必要なのは、訓練ではなく、助けなのですから。

 

 いじめを防ぐためには、いじめが起きている場所や起こりそうな場所を起こりそうな時間帯にきちんと監督する必要があるのではないでしょうか。たとえば、休み時間のトイレや教室、放課後の部室等を計画的に巡回することである程度は未然に防ぐことができるのではないでしょうか。

 

 いじめは、たいてい人目を盗んで行われます。ですから、先生方で協力して子供たちの様子を把握しておくことが大事なのではないでしょうか。もちろん、先生方の人数は限られていますから、すべての子供たちに、いじめの問題に取り組む意識を持たせ、傍観者にならずに積極的にかかわる意識を持たせることが大切です。

 

 いじめている側の保護者とのかかわり方は、非常に難しいですが、いじめの実態に応じて適切な形で協力を要請することは必要でしょう。一人の先生が、問題を抱え込んでしまうのではなく、周りの協力を仰ぐことで、大きな力になっていくのです。

 

 子供たちは、今、先生の力を一番必要としています。すべての子供たちが安心して学校に行けるよう、頑張ってほしいと思います。


2006年11月16日(木曜日)

いじめによる自殺をふせぐために先生にしてほしいこと−1

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時04分44秒

 いじめによる自殺は、連鎖が増すばかりで一向に減る様子が見られません。自殺予告の手紙も日に日に増えています。マスコミの対応に対しても批判が寄せられ、どのように対処すればこの事態を収拾することができるのか暗中模索の状態にあるようです。

 

 文部科学省は、いじめに関する調査を改めて行ったり、各学校にいじめ防止の通達を送ったりしています。しかし、難しい言葉が並べられた通達が学校に届いたからといって、いじめがなくなるわけではありません。行政としてできることには、限界があるのでこれもやむをえないでしょう。

 

 今、いじめによる自殺を防ぐために一番頑張らなければいけないのは、お役所でも教育委員会でもなければ校長でもありません。現場の教師です。現場の教師は、一日中、色々なことをしなければなりません。授業、その準備、生活指導、部活の指導、会議、研修等など、毎日が本当に忙しいです。

 

 でも、一番に考えていただかなければならないのは、子供の「命」です。子供に自分自身の命の大切さを教えることだけでなく、相手の命を大切にすることをまず、教えてほしいものです。教壇に立って、ただ話せばよいと言うのではなく、子供たちの心に響く方法を実態に合わせて考え、実施していただきたいと思います。

 

 もし、いじめられた子供が、その被害を訴えてきたとき、その子供が不利になるような対処をしないでいただきたいと思います。いじめを受けた子供が、「先生には言いたくない」と、言います。それは、告げ口のようなかたちになり、その後、さらにいじめがエスカレートすることがわかっているからです。先生に訴えたことによって、いじめがなくなるという安心感がなければ、相談には来ないでしょう。しばらく様子を見るとか、いじめている子を呼び出して一度注意して終わるということでは、だめです。それなら、教師ではなくても誰にでもできます。

 

 教師は、教育の専門家として、受け持っている年齢の子供たちの心の動きを理解しなくてはならないのではないでしょうか。いじめられている子の気持ちはもちろんのこと、いじめている側の心の状態を知り、適切な対応をする必要があるのではないでしょうか。相談を受けた一人の教師が、その責任を負うことは難しいと思います。一人の目では、子供たちの様子を十分把握することができないからです。複数の教師で、連携を取り、今、不安を抱えている子供たちの心に寄り添うことが、今、一番求められていることではないでしょうか。

 

 忙しい中、大変だと思いますが、先生、よろしくお願いします。       ・・・つづく

 

 


2006年11月15日(水曜日)

しつけ−(4) 年齢に応じてしつける

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時04分40秒

  しつけは、年齢に応じて工夫する必要があります。

 
 ちまたでは、子供が小さい頃は、可愛い可愛いと、甘やかして何でも許し、大きくなって大変になるにつれて、厳しく叱るようになる、という母親を良く見かけます。

 
 小さい頃、甘やかされて育った子供は、そのまま大きくなり、様々な問題行動を起こすようになります。その時になってはじめて、親は叱り、注意するのですが、効き目はまったくありません。子供は甘やかされていることに慣れ、わがままになっているのですから、今さら、ああでもない、こうでもないと言われても聞けるわけが無いのです。親が大きな声で怒鳴ろうが、引っ叩こうができないのです。特に小学校高学年から思春期にかけての子供は、親に反抗的になってきますからなおさらです。「うるせーな!」「てめえのことなんか、聞いてられるか!」という具合になり、とうとう、親の手に負えない子供ということになってしまうのです。

 
 「三つ子の魂百まで」と、言われるように、幼少期のしつけは非常に大切です。幼少期に親に従うことや善悪の区別など、しつけの基本となることをきちんと教えておけば、後が楽です。後で大きな声で叱ることなど、ほとんどなくなるでしょう。もし、体で覚えさせる必要のあることがあるなら、記憶の残らないほど小さい時が良いでしょう。叩かれた記憶等が残ると、後で嫌な記憶として心の奥に残ってしまいますから。

 

 小さい時にしっかりしつけ、大きくなるにつれて子供を信頼し、自主性を持たせるようにする、という順序が子供を育てる上で大切なのです。


2006年11月14日(火曜日)

いじめによる自殺の連鎖

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時04分46秒

 今日は、しつけの問題はお休みにします。

 

 ここ数日、いじめによる自殺の予告が相次ぎ、中学生の自殺が増えてきています。また、さらに命の大切さを教えるべき校長の自殺のニュースまで飛び込んで来ました。じつに悲しく、辛いニュースです。

 

 なぜ、こんなに増えてきたのでしょうか?

 

 いろいろな原因があると思いますが、マスコミの取り上げ方にも一因があるのではないでしょうか。社会心理学の言葉に「集団ヒステリー」というものがあります。社会心理学用語辞典(北大路書房)によると、「集合的な状況のもとで、人々が相互に刺激し合い、情緒的に共振して、ある種の反応を異常に高める社会現象」であるとされています。自殺に走る子供たちは、直接、物理的にひとつの場所に集合している集団ではありませんが、マスメディアを通してつながり合っているひとつの集団と見ることができ、広い意味では「集団ヒステリー」の状態にあるといえるのではないでしょうか。「その原因としては、事態に関する情報が乏しいこと、不安や恐怖から事態の認識が十分にできなくなること、多数の他者と共通運命にあるとの認識に基づいて自我が拡大し大胆になること、多数の他者に行動責任が分散される認識を持つことなどが考えられ」ます。

 

 マスコミが取り上げるのは、自殺者の側のことと学校や教育委員会の責任問題、批判ばかりです。いじめている側(加害者)の問題は、一切出てきません。いじめている側へのプライバシー配慮や未成年であること、直接犯罪を犯したわけではないという理由で取り上げられないのでしょう。いじめ被害者の自殺によって、加害者やその家族は、どう感じているのか、どのような対応をしたのか、その後、どのような生き方になるのか等、まだまだ、見えない部分がたくさんあります。また、学校の責任を問うばかりでなく、保護者の責任も問われなくてはならないでしょう。加害者側の問題も積極的に取り上げ、いじめをやめさせなければならないのではないでしょうか。今あるいじめがなくならない限り、いじめられている子供にとっては何も変わりません。

 

 このように、「事態に関する情報」をもっと多くの角度から取り上げ、すべての大人が前向きに対処することで、一人でも多くの子供たちの命が救われることを願っています。


2006年11月12日(日曜日)

しつけ−(3) ほめる

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時29分22秒

 昨日は、叱ることについて書きました。しつけをする際、叱ってばかりだと子供は自信をなくしてしまいます。自分は、いつも叱られてばかりでダメな子だと、感じてしまうのです。

 

 叱ったら、その後、良いことをした時に、倍ぐらいほめて上げましょう。ほめられると、子供はそのような行動を繰り返しすることに喜びを感じるようになります。

 

 ほめるときは、スキンシップが効果を倍増させます。もちろん子供の年齢にもよりますので、同じような方法が良いとは限りません。小学校高学年の女の子などは、スキンシップを嫌がるようになっているかもしれませんが、男の子であれば意外と高学年までスキンシップを喜ぶこともあります。

 

 幼少期であれば、あるほどスキンシップは大切です。ほめるときに頭をなでてあげたり、抱きしめたり、膝の間に入れて座るなどのスキンシップは、子供の心を安定させます。子供の心に緊張や不安、恐れがあると、どんなことを教えても効果はありません。親子のつながりを確認し安心するためにスキンシップは大切なのです。
 


2006年11月11日(土曜日)

しつけ−(2)叱り方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時44分25秒

 叱ることと怒ることは違います。叱ることは子供の成長のため、怒ることは自分の感情処理のためです。
 「しつけ」と称して体罰を加え、それが虐待になっている例が最近は非常に多くなっていますが、これはしつけでも何でもありません。子供が成長するための助けになっていなければ、しつけの意味は無いのです。
 小さいお子さんをお持ちの方は、一日何度位叱っているでしょうか?どのような叱り方をしているでしょうか?そして、その効果はあるでしょうか?

 朝から晩まで、叱り続けても、効き目が無ければ何のために叱っているかわかりません。
 

 では、どんな叱り方が効果的なのでしょうか。

 まず第1に、叱るタイミングが問題です。後から思い出したように叱るのではなく、子供が悪いことをしたその後すぐに叱らなければなりません。後で言われても、子供はピンとこないのです。

 

 第2に、なぜ悪いのか、何で叱られているのかを子供がわかるように叱らなければなりません。ただ、怒っているだけだと、怒られるから止める、見ていなければするというように他律的な子供になってしまいます。自分で善悪の判断ができるような自律的な子供に育てるためには、叱られている理由をはっきり説明してあげる必要があるのです。

 

 第3に、子供がした行為そのものについて叱るということです。子供の人格そのものを否定するような叱り方は、ダメです。「何をやってもダメな子ね。」とか、「お父さんに似て、嫌な子ね。」「あなたなんか嫌いよ。」なんていう叱り方は、もっともよくありません。子供のことを愛しているということが伝わらなければ、子供はいじけたり、自信を失ってしまったりしますから、気をつけなければなりません。

 
 第4に、兄弟がいる場合は、兄弟と比較して叱ってはいけません。「お兄ちゃんに比べて、あなたは・・・」という言い方は、避けましょう。

 

 第5に、自分の責任で叱ることです。「お父さんに言いつけるわよ。」という言い方をしていると、お母さんの威厳がなくなり、効き目がなくなってしまいます。

 

 第6に、くどくどと叱らないということです。長くてくどい説教は、逆効果です。長い話を、子供は聞いていません。短く簡潔に叱りましょう。
 


2006年11月10日(金曜日)

しつけ−(1)

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時15分06秒

 私たちの生活している社会には、道徳やしきたりがあり、それらにしたがって望ましい行動と望ましくない行動が決められています。社会の一員として生きていくためには、これらを身につけなければなりません。親は、今所属している社会の規範にしたがって望ましい行動の仕方を子供の身につけさせなければならないのです。

 

 しつけというと、子供を叱ったり、褒めたり、教えたりすることだと考えられますが、実は、それより大切なことがあります。

 

 親自身がお手本であるということです。しつけの仕方について考える前に、まず、自分自身の日常の行動を振り返って見ましょう。子供は、見ていないようでいろいろなことをよく見ています。大きくなったら、毎日見ているお手本のようになろうという気持ちが子供の心に自動的に刷り込まれます。アダルトチルドレンに代表されるように、こんな親のような大人にはなりたくないと思いながらも、同じような道をたどって行くということもあります。自分の意思とは別に、心の奥に親のお手本が刷り込まれてしまうのです。
 お手本が悪ければ、いくらしつけようとしても良い子が育つわけがありません。親自身の日常生活がしつけの第一歩であることを忘れないようにしましょう。


2006年11月9日(木曜日)

小さなこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時59分34秒

    普段軽くみてしまいがちな小さなこと。

                 でも、それこそが大切なのです。

 

   

   人間はどんな小さなことから運が開け、

   どんな短い出会いから新しい道が見つかるか

   わかりません。

          秋山さと子(心理学者)

 

   私たちに偉大なことはできません。

   偉大な愛で小さなことをするだけです。

           マザー・テレサ(ノーベル平和賞受賞した修道女)

 

   日の光を借りて照る大いなる月たらんよりは、

   自ら光を放つ小さき燈火たれ。

           森鴎外(軍医・小説家)

 


2006年11月8日(水曜日)

初対面の人と話す

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時26分17秒

初対面の人と話す時、自分のテリトリーに相手を引き込むのではなく、相手に合わせるようにしていくと良いでしょう。

 
 まず、相手の好きな話題を探して、見つかったらそれを取り上げることです。相手が話に乗ってこないような話題は避け、共通の話題が見つかるまで、いろいろな話題を取り上げていくと良いのです。相手の好きな話題について自分が詳しくないときは、知ったかぶりをして話をし続けるのではなく、その話題に興味を示して教えてもらうようにすると良いでしょう。

 
 自分の好きな話題だけを取り上げて、延々と話し続けることは、もっとも避けなければなりません。また、自慢話をしたり、相手の話の腰を折るように、「いや、それは違うよ・・。それはこうだよ・・・。」というのはだめです。相手が心地よく感じると、話しもスムーズに進むようになるのです。

 
 また、相手が心を開いて話せるようになるためには、表情やしぐさも大事です。ただ、うなずくだけではなく、相手の話を共感して聞いているという態度を示すことが大切なのです。 


口下手は、聞き下手

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時04分25秒

 口下手で思うように会話が続かない、と思っている人はいませんか?
 何か話そうと思えば思うほど、頭の中が真っ白になり、言葉が出なくなってしまったという経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

 

 人と話すのが苦手という人の多くは、話すことに自信が無いから、次に何を話そうかと一生懸命考えています。相手が話している間も、次に話すことを考えているため、相手の話を聞く余裕がありません。相手の話を聞いていないのに、自分の思ったことを話そうとするから、ちぐはぐな会話になったり、会話が長続きしなくなってしまうのです。

 

 口下手だと思っている人は、まず、相手の話を良く聞くように心がけてみましょう。相手の話をちゃんと聞いて、その話に対して思ったことを率直に話してみるのです。相手の話に対して、「はい」「いいえ」という返答だけでは、会話が続きません。感じたことや疑問に思ったことを相手に投げかけると、それに対して、また答えが返ってくるというように、言葉のキャッチボールが続くようになるのです。

 

 リラックスして、相手の言葉に耳を傾けてみましょう。


2006年11月7日(火曜日)

私って人嫌い?

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時00分10秒

私は、人が大勢集まる研修会などが苦手です。もっとも、研修が終わるころには色々な人との出会いを楽しむことができるようになり、行って良かったなと思うのですが、はじめはいつも億劫です。
 研修の場に行くと、知り合い同士のような人たちがたくさんいて、懐かしそうに、また、楽しそうに盛り上がっていますが、そんな中でぽつんといるのが嫌なのです。かといって、自分から積極的に初対面の人に話しかけていくのもなかなかできることではありません。

 

 自己分析してみると、そのような場が苦手な理由がいくつか考えられます。
 まず、孤独感を味わいたくないということ。
 次に、気を使って話すのが疲れるということ。
 そして、大勢の初対面の人がいる場で自己開示するのが苦手ということです。何も飾る必要がないのに、ありのままの自分をさらけ出すことに抵抗を感じるのです。

 
 それでも、研修会に自ら進んで参加したり、人とかかわる仕事が好きで、しているのですから不思議なものですね。


2006年11月5日(日曜日)

笑顔を作ろう

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時50分50秒

人は、笑える状態の時に笑います。笑いたい気持ちの時に笑います。
 悲しい時や怒っている時には笑えません。

 
 そんな時、笑顔を作ってみてください。無理にでも良いから笑顔を作ってみてください。作り笑いなんかしてもしょうがないと思うでしょう。でも、その作った笑顔が心に笑いを促すのです。
 しかめっ面をして、心で笑うということができるでしょうか?しかめっ面をしていると心までしかめっ面をしてきますよね。だんだん、暗い気持ちになってきますよね。 :sad:
 笑顔の場合もそれと同じです。笑顔を作ると、次第に顔の筋肉が緩み、少しずつ心もほぐれてくるのです。そして、だんだん心が笑えるようになってくるのです。

 
 日々の生活の中で、辛いことや悲しいことがあるかもしれません。そんな時は、逆に笑顔を作りましょう。笑えるように工夫すれば、笑えるようになってくるのです。笑えれば、嫌なことも忘れ、暗い心も晴れてくるでしょう。 :smile:

 

 今、これを読んでいるあなたは、どんな顔をしていますか?眉間にしわが寄っていませんか?口がへの字になっていませんか?眉間のしわを伸ばし、口元を上げるだけで、気分がちょっとかわりませんか?

 
 毎日が笑顔だと、人間関係も良くなりますよ。


2006年11月4日(土曜日)

愛の種類

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時58分58秒

今まで何度か「愛」について、書きました。「愛」、これはわかっているようで難しい言葉です。

 

 キリスト教の聖書の中には、「愛」という言葉が何度も出てきます。日本語で「愛」という言葉は一つですが、新約聖書が書かれたギリシャ語には、いくつかの「愛」という言葉があります。

 
 まず、第1が「エロース」です。日本語にもなっていますが、決していかがわしい愛の言葉ではありません。男女の愛を表していますが、これは人間のもつ自然的・価値追求的な愛のことです。すなわち、相手が自分にとって価値があるから愛するという愛です。

 第2は、「フィリヤ」です。これは、友達の愛、兄弟愛を表しています。まわりの人を愛する愛は、これにあたります。

 第3は、「ストルゲー」です。これは、親子の愛です。親が子供を愛する愛は、どの愛にも勝って強いものです。人間が持ちうる最高の愛は、これでしょう。

 第4は、「アガペー」です。これは、自己否定的で喜んで自己を他に与える愛です。聖書では、「神の愛」を表すときに使われています。

 

 私たちは、どうしても自己中心的になってしまい、相手を愛する価値があるから愛するというレベルにとどまりがちです。親子であっても、子供は思い通りに育ってくれれば可愛いとか、親を大事にしてくれれば可愛い等と思うこともあります。何か見返りがあるから愛するというのが、一般的な愛です。これを裏返すと、愛してくれないなら愛さない、ということにもなります。
 「アガペー」の愛は、無条件の愛です。自分を愛してくれない相手をも愛すること。自分への見返りが何も無いような相手であっても愛すること。これが「アガペー」の愛です。この愛を持つことは大変難しいことですが、この愛を目指して行きたいものです。

 

 日々の生活を送っていると、様々な人間関係があり、嫌いな人や憎い人の一人や二人はいるものです。より高次の愛で人を愛することができるようになると、問題は少しずつ解決していくのではないでしょうか。


2006年11月3日(金曜日)

教師

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時03分49秒

今、世間を騒がせている様々な教育問題がありますが、今日は、「教師」について述べられている言葉を集めてみました。

 

   凡庸(ぼんよう)な教師は教える。
   良い教師は説明する。
   優秀な教師は例を示す。
   偉大な教師はインスピレーションを与える。
      ウィリアム・アーサー・ウォード(アメリカの作家)

 

   教師はすべてを知っているのではなく、むしろ
   知らない部分についての、より多くの自覚を
   持っている者なのである。
      田中美知太郎(哲学者)

 

   貴と無く賎と無く、長と無く少と無く、
   道の存する所は、師の存する所なり。
      韓愈(中国、中庸の文人)
   
    ― 身分、年齢のいかんにかかわらず、
      道理をわきまえた人物こそが
      師となるのだ。


2006年11月2日(木曜日)

いじめ−自殺3

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時07分26秒

 子供がいじめを克服できるように親としてできることの二つ目は、長い目で広い視野でまわりを見ることができるように示唆することです。
 いじめを受け、辛い状況にある子供は、冷静にまわりを見ることができず、逃れる道はただひとつ、「死」であるかのように考えてしまうのです。
 もちろん、いじめる側や教師の責任は大きいです。いじめをなくすことは必要なことです。しかし、学校は社会の縮図です。実際の社会にもいろいろな人がいて、様々な人間関係があります。辛いことがあるたびに「死」を選ぼうとするのではなく、もう1つの別の道を見つけることができれば、楽に生きていくことができるようになるでしょう。
 親として、小さい頃から進む方向を1つの道に限定するのではなく、いくつかの道を示し、「こちらがだめなら、あちらがあるじゃない」と、柔軟な対応ができるよう教えていくことが大事なのではないでしょうか。
 八方塞のように見えてもどこかに逃げ道があるはずです。それを自分の力で発見できるような柔軟性を身に付けさせてあげることが必要なのではないでしょうか。


2006年10月31日(火曜日)

いじめ−自殺2

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時18分01秒

子供がいじめに負けないために、親には何ができるでしょうか。
 まず、第一に何でも話しやすい環境を作ってあげることです。普段は、親を鬱陶しがっている思春期の子供であっても、最後に頼れるのは親だけなのですから、どんなことがあっても味方になってあげなければなりません。
 話しやすい環境というのは、親が根掘り葉掘り聞く事ではありません。「今日はどうだった?」「いじめられなかった?」「何!○○にいじめられた?よし、言いに行ってやる!!」というような聞き方ではありません。子供は、このような対応を望んでいるのではなく、自分の辛さや痛みを聞いて欲しい、分かって欲しい、支えて欲しいという気持ちなのですから。その気持ちをそっと受け止め、共感することが大事なのです。親がカッとして、子供と一心同体になって行動するのではなく、冷静に対処法を考える余裕が必要です。本音を聞いてもらえた子供は、気持ちが落ち着いてきます。

 家庭が、傷ついた子供の避難場所になることができれば、子供は安心できます。タレントだったケント・デリカットは、子供時代にメガネのことでよくいじめられたそうです。そんな時、母親がぎゅっと抱きしめ、「誰がなんと言っても、おまえは私の大事な大事な宝物だからね。」と、言ったそうです。このお母さんの言葉があったから、ケントはいじめを乗り越えることができました。

 いじめられている子は、一般的に自己評価が低く、自分に自信が持てないため、自分は必要のない人間だ、消えてしまえばいいなどと考えてしまいがちです。そんな時、「そのままでいいんだよ」と、子供のありのままの姿を認め、存在価値があるのだということを伝えることが大切です。   ・・・・つづく
 


2006年10月30日(月曜日)

いじめと自殺1

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時02分38秒

先日、某テレビ局のイブニングニュースから電話がありました。山梨の高2女子生徒がブログへ中傷を書き込まれるいじめを受け、自殺を図った問題について、「このようないじめを受けた場合、彼女たちはどこへ相談を持っていくのでしょうか」との問い合わせでした。
 最近、中学生・高校生のいじめによる自殺が相次いでいます。
 福岡の中2男子生徒の自殺に続き、岐阜の中2女子生徒の自殺、長崎の高1女子生徒の自殺未遂など、痛ましく悲しいニュースが連日、放送されています。
 思春期を迎えた中学生・高校生たちは、苦しいとき、辛いとき、誰に相談するのでしょう?学校では、「何かあったら先生に相談しなさい」と言いますが、先生に相談するといじめの相手を呼び出して注意する等の方法をとるため、かえっていじめがひどくなると思い、先生には相談しません。先生に相談するのは、よっぽど信頼関係ができているか、あるいは最後の危機的な時と考えて良いでしょう。
 親は、どうでしょう。この頃の子ども達は、大人になろうともがいている最中で、親に弱みを見せて相談することはなかなかできません。さらに、いじめられる子は優しいことが多いので、親に余計な心配や迷惑はかけないようにしようと思い、相談できずにいるのです。
 思春期の子供が一番相談しやすいのは、友達です。しかし、いじめられている子には、信頼して何でも話せるような友達が少ないので、友達にもなかなか相談できません。
 結局、誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまうので、自殺へと向かってしまうのです。どんなに悩んでいたかということは、後になって残された遺書を見てはじめてわかるのです。
 
 子ども達は、苦しんでいる時、必ずSOSのサインを出しています。普段と様子が違っていたら注意して見なければいけません。どこかに傷があったり、物がなくなっていたりしませんか。うつむき加減だったり、親の顔を避けたり、逆にみょうに甘えてきたりしていませんか。こんなことがあったら、何かのサインだと思い、気をつけて見なくてはなりません。
 今日のお子さんの様子、変わったことはありませんか?
                                   ・・・・つづく
 


2006年10月29日(日曜日)

不老心

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時08分54秒

 山本良樹さんの詩より

    不老心

 みんな持っていた少女の心
 みんな持っていた少年の心
 大人ぶって隠していた 若者の心
 
 神様がくれた宝物

 年を重ねて捨てた人
 年を重ねて忘れた人
 体に合わせて歳をとらせて

 神様がくれた宝物
 心は歳をとらないのに

私たちも以前は、少年・少女でした。少年・少女だった頃の純粋な心をいつまでも忘れないようにしたいものですね。


2006年10月28日(土曜日)

いじめに加担した教師はクビ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分54秒

ここ数日の間、教育に関する様々な問題がニュースで取り上げられています。
 一番、大きな問題として取り上げられているのが、高校の必修科目未履修問題でしょう。受験制度による教育の歪み、実態にそぐわない学習指導要領の問題など、いくつかの原因はありますが、やはり問われるのは、教育者の倫理や姿勢ではないでしょうか。学校教育の役割は、受験のテクニックを教えることではなく、これからの社会を担っていく「人間」を育てることなのですから。

 もう一つ、私が注目したニュースは、「いじめを苦にした児童、生徒の自殺が相次いだ問題を受けて、東京都教育委員会は26日、生徒を自らいじめたり、生徒間のいじめに加担・助長した教員に対し、悪質な場合には免職を含む懲戒処分にすることを決めた。」(産経新聞)というものです。
 都教委によると、生徒をいじめたり、いじめに加担・助長した教員は「減給、戒告」に、内容が悪質だったり、生徒が欠席や不登校になるなど重い苦痛を与えた場合や、隠蔽(いんぺい)や常習性がある場合などでは「免職、停職」にするということです。都教委は「教員を委縮(いしゅく)させたり処分するのが目的ではなく、生徒の心を傷つけないよう戒めを求めるのが目的」と説明しているそうです。

 このニュースには驚きました。いじめるのは、いけないことだということは、誰でも知っていることです。
 ところが、都教委は先生方に「生徒をいじめてはいけない」「いじめに加担してはいけない」等と指示を出しているのです。こんなあたりまえのことを教育の専門家である先生に教えなければいけないなんて、いったいどうなっているのでしょう?もちろん、これでいじめがなくなれば良いのですが・・・・・なんか不思議なニュースでした??????


2006年10月27日(金曜日)

14歳の母

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時17分51秒

今週も「14歳の母」を見ました。いろいろ考えてしまいますねー。

  母親が14歳の未希に言った言葉。
  「お母さんは、未希のことが一番大事。」
  これに対して、未希は驚いた表情で、
  「こんなにありえないことしているのに?」
  母親は、
  「そうよ。」
  未希は、もう一度尋ねます。
  「こんなに迷惑かけているのに?」
  母親は、
  「そうよ。」

 小学校高学年から中学・高校生にかけての思春期、子供は親に反抗します。親のありがたみを心の奥で感じていてもそれを表には出さず、親を批判し、否定します。また、それと同時に、自分自身を見つめ直し、様々な悩みや葛藤が起きてくるものです。きっと、皆さんも経験があるでしょう。
 一人でもがき、苦しんでいる時に、本当に自分を大事にしてくれ、愛情を注いでくれているのが親だということに気づくことができたらどんなに幸せでしょう。最近は、子供を大事にしない親もいるようですが、本来、親は子供のすべてを愛しているものです。どんなに、迷惑をかけようが、どんなに反抗しようが、親はその存在すべてをありのまま受け入れ愛しているものです。(・・・最近のニュースで見る親子関係のトラブルは、その愛情をうまく伝えられなかったり、間違った形で愛情を表現しているため、ということが多いようです。)

 もし、お子さんがいるようでしたら、無条件にお子さんを愛する気持ちを持っているかどうか再確認してみましょう。

 


2006年10月26日(木曜日)

対人恐怖と行動の価値基準

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時49分18秒

 社会が複雑化するにつれて、「対人恐怖」や「社会恐怖」を感じる人が増えてきたように思います。目と目を合わせて人と話すことができない、周りの人が自分のことを笑っている、自分だけ他の人とは違うので仲間には入れない等など・・・・。
 
 最近、読んだ本に日本の文化の特徴を欧米の文化と比較して書いてあるものがありました。ルース・ベネディクトは、『菊と刀』の中で「真の罪の文化が内面的な罪の自覚に基づいて善を行うのに対して、真の恥の文化は外面的強制力に基づいて善行を行う」と言っています。
 欧米のキリスト教的文化の中で、人は「その行為が正しいかどうか」という内面的な面を行動の基準として考えるのに対して、日本の儒教的文化の中では、「恥かどうか」という外面的な面を行動の基準としているというのです。
 確かに私たちは、子どもの頃から「そんなこと、恥ずかしいからやめなさい!」「ほら、恥ずかしいでしょ・・・。」という言葉を聞きながら育ってきたような気がします。
 日本人にとっては、社会の「和」が最も大事なことです。状況への適合と秩序への調和が重視されるのです。
 わたしたちは、「仲間」との「和」を大事にし、その中で恥ずかしいことをするのは避けようとします。そのため、自分の考えや価値基準は、心の中にしまいこんで、「仲間」との調和を図ろうとするのです。
 本当の自分の姿や本音を隠し、まわりに合わせようとする生き方では疲れてしまいます。自分の心に正直に従って生きようとすると楽になるのではないでしょうか。・・・・日本に住んでいるとなかなか難しいんですけどね・・・・・。


2006年10月24日(火曜日)

発想の転換4

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時06分37秒

・・・・昨日の続き

 そして、けろけろけろっとした顔をして、
「もう、わしの病気はなおった。百年も、二百年も、長生きができるわい。」
と、にこにこわらいました。
 こうして、おじいさんは、すっかり元気になり、おばあさんと二人なかよく、幸せに長生きしたということです。
 ところで、三年とうげのぬるでの木のかげで、
「えいやら えいやら えいやらや。
 一ぺん転べば 三年で、
 十ぺん転べば 三十年、
 百ぺん転べば 三百年。
 こけて 転んで ひざついて、
 しりもちついて でんぐり返り、
 長生きするとは、こりゃ めでたい。」
と歌ったのは、だれだったのでしょうね。

                                       おわり


発想の転換3

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時18分07秒

・・・・・昨日のつづき

 おじいさんは、しばらく考えていましたが、うなずきました。
「うん、なるほど、なるほど。」
 そして、ふとんからはね起きると、三年とうげに行き、わざとひっくり返り、転びました。
 このときです。ぬるでの木のかげから、おもしろい歌が聞こえてきました。
「えいやら えいやら えいやらや。
 一ぺん転べば 三年で、
 十ぺん転べば 三十年、
 百ぺん転べば 三百年。
 こけて 転んで ひざついて、
 しりもちついて でんぐり返り、
 長生きするとは、こりゃ めでたい。」
 
 おじいさんは、すっかりうれしくなりました。
 ころりん、ころりん、すってんころり、
 ぺったんころりん、ひょいころ、ころりんと、転びました。あんまりうれしくなったので、しまいに、とうげからふもとまで、ころころころりんと、転がり落ちてしまいました。

                                                     ・・・・つづく


2006年10月22日(日曜日)

発想の転換2

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時45分12秒

昨日の続き・・・・・

 家にすっとんでいき、おばあさんにしがみつき、おいおいなきました。
「ああ、どうしよう、どうしよう。わしのじゅみょうは、あと三年じゃ。三年しか生きられぬのじゃあ。」
 その日から、おじいさんは、ごはんも食べずに、ふとんにもぐりこみ、とうとう病気になってしまいました。お医者をよぶやら、薬を飲ませるやら、おばあさんはつきっきりでかん病しました。けれども、おじいさんの病気はどんどん重くなるばかり。村の人たちもみんな心配しました。
 そんなある日のこと、水車屋のトルトリが、見まいに来ました。
「おいらの言うとおりにすれば、おじいさんの病気はきっとなおるよ。」
「どうすればなおるんじゃ。」
 おじいさんは、ふとんから顔を出しました。
「なおるとも。三年とうげで、もう一度転ぶんだよ。」
「ばかな。わしに、もっと早く死ねと言うのか。」
「そうじゃないんだよ。一度転ぶと、三年生きるんだろ。二度転べば六年、三度転べば九年、四度転べば十二年。このように、何度も転べば、ううんと長生きできるはずだよ。」

                                                       ・・・・つづく


発想の転換1

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時36分23秒

私たちは、悩み始めると、どうしても悪いほうへ悪いほうへと物事を考えてしまいがちです。発想の転換をし、物事をプラスに捉えることができるようになると、楽になります。(これが難しいんですけどね。)
 今日から、数回、おもしろいお話をご紹介しましょう。

      「三年とうげ」  李錦玉(リクムオギ)作

 ある所に、三年とうげとよばれるとうげがありました。あまり高くない、なだらかなとうげでした。
 春には、すみれ、たんぽぽ、ふでりんどう。とうげからふもとまでさきみだれました。れんげつつじのさくころは、だれだってため息の出るほど、よいながめでした。
 秋には、かえで、がまずみ、ぬるでの葉。とうげからふもとまで美しく色づきました。白いすすきの光るころは、だれだってため息の出るほど、よいながめでした。
 三年とうげには、昔からこんな言いつたえがありました。

「三年とうげで 転ぶでない。。
 三年とうげで 転んだならば、
 3年きりしか 生きられぬ。
 長生きしたけりゃ、
 転ぶでないぞ。
 三年とうげで 転んだならば、
 長生きしたくも 生きられぬ。」

 ですから、三年とうげをこえるときは、みんな、転ばないように、おそるおそる歩きました。
 ある秋の日のことでした。一人のおじいさんが、となり村へ、反物を売りに行きました。そして、帰り道、三年とうげにさしかかりました。白いすすきの光るころでした。おじいさんは、こしを下してひと息入れながら、美しいながめにうっとりしていました。しばらくして、
「こうしちゃおれぬ。日がくれる。」
おじいさんは、あわてて立ち上がると、
「三年とうげで 転ぶでないぞ。
 三年とうげで 転んだならば
 三年きりしか 生きられぬ。」
と、足を急がせました。
 お日さまが西にかたむき、夕やけ空がだんだん暗くなりました。
 ところがたいへん。あんなに気をつけて歩いていたのに、おじいさんは、石につまずいて転んでしまいました。おじいさんは真っ青になり、がたがたふるえました。

                                         ・・・・つづく 


2006年10月21日(土曜日)

14歳の母

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時51分24秒

 最近始まったドラマの一つに「14歳の母」というドラマがあります。中学生である14歳の少女が妊娠してしまうというドラマです。どんなものかと思い、初回から見てみました。
 小学生と見間違うほど可愛らしい14歳の少女が妊娠するというストーリーも衝撃的なのですが、この少女の相手である中学3年の男子生徒と室井滋扮する母親の関係が現代の親子関係の問題を指摘しているような気がして、今後どのように展開していくのか興味を持って見ています。
 少年の母親は、女手ひとつで一人息子を育ててきました。母親は、会社の社長となり、息子が何不自由なく暮らせるよう働き、息子を有名高校に進学させ、立派に育て上げることを目標としています。朝から豪華な朝食を用意し、立派な車で名門中学まで送り迎えをし、お小遣いは数万円・・・・、息子は喜んでいるでしょうか?いいえ、息子の表情は暗く、目が生きていません。お小遣いとしてもらった大金には目もくれません。なぜでしょう?母親は、お金やその他多くの物を与えることによって、息子に愛情を示そうとしています。しかし、息子にとってそれらは子守の道具に過ぎないのです。
 息子の日頃の表情に気付かない母親は、「あら、髪が伸びてきたわね。美容院を予約しておくから明日切ってらっしゃい。」と言って、数万円を渡します。そして、「あなたは、立派な人になるのよ。」と言います。それに対して、息子はさめた表情で、「僕は立派になんかなれないよ。だって、今まで何一つ自分の考えでやったことがないじゃないか・・・髪を切ることすら、自分で決めたことがないのに、立派なことができるわけないじゃないか!」と言うのです。
 
 この言葉を聞いて、ドキッとしました。親がすべてお膳立てし、必要なものはすべて与える・・・子供にとって幸せのように思いますが、そうではないのです。物があふれている今の世の中で、子ども達は昔に比べて幸せでしょうか?
 
 子供は「物」では育ちません。親からの真の愛情が伝わる必要があるのです。
 また、すべて与えられるのではなく、自分で考え、試行錯誤し、失敗しながら様々なことを学び、成長していくのです。親としては、ハラハラすることもあるでしょう。代わりにやってあげたくなることもあるでしょう。でも、そんな時は心を鬼にして、子供に任せてみましょう。子供が成長し、自立するために必要な経験なのですから。
 


2006年10月18日(水曜日)

自分のこと、大切にしていますか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時56分27秒

 

 自分こと、大切にしていますか?

 主婦は、とかく夫のため、子供のため、家族のためというように、自分を犠牲にしてみんなの幸せを願うものの考え方や行動をする傾向があります。心から、みんなのためを思ってしていることが多いと思いますが、時には、恩着せがましく「なんで私ばっかりみんなのためにやらなきゃいけないの!みんなのためにしてやっているのに!!」という感情が生まれてくることもあるでしょう。
 自分を抜きにして、みんなのためばかりを考えて行動し、まわりがそれに応えてくれないと、「自分が今までしてきた事は、いったいなんだったの!?」という、虚しさがやってきます。
 私たちは、自分より不幸な人に対しては、心から同情し、親身になって考えてあげることができますが、自分より幸福な人に対しては、心から喜んであげることが難しいのではないでしょうか。自分を大切にできないと、どうしても自分を卑下してしまうため、幸せな人を見ると、嫉妬心に駆られてしまうのです。
 「みんなのため」は、もちろん大事なことですが、それ以前に「自分」を大切にすることが大事です。

 「自分」のためにちょっとした何かを買ってみる、「自分」へのご褒美として美味しいケーキをプレゼントなど、「自分」がうれしくなることを、まず、してみませんか。


2006年10月16日(月曜日)

魂の奥底から真実で正しい人

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時41分52秒

 福岡のいじめ自殺問題で、いじめのきっかけを作ったのは担任教師だとの話が明らかになってきました。人間として何が正しくて何が間違っているかを教えなくてはいけない立場にある教師の言動が、いじめの一因になっていたとは大変残念なことです。
 今、一番必要とされているのは次のような人でしょう。
 

 世界で最も欠乏しているものは人物である。
 それは、売買されない人、魂の奥底から真実で、正直な人、
 罪を罪とよぶのに恐れない人、
 磁石の針が南北を指示して変わらないように、良心が義務に忠実な人、
 天が落ちかかろうとも正しいことのために立つ人、
 ― そういう人である。    
             E・G・ホワイト著「教育」福音社 より


2006年10月15日(日曜日)

いじめ−自殺

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時38分04秒

 福岡・筑前町で中学2年の男子生徒(13)がいじめを苦にして自殺をしました。
 なぜ、いじめが起きるのでしょう。いじめには、様々な理由があると思いますが、まず、いじめを悪いことだと思っていないという精神的幼児性があるのではないでしょうか。幼児期から小学校低学年にかけての子供は、自己中心の世界に生きています。友達と遊んでいるように見えても、その集団は実は、一人遊びの集合体と言ってもよいほどです。まわりが見えていないので、自分の好きなように振舞おうとするわけです。自分さえ楽しければいい、他人をいじめても自分には関係のないことと考えてしまうのです。他人の辛さなど考えず、ただなんとなくいじめてしまう、そしてそれを特別問題とも感じないのです。
 思い返すと、私も小学生の頃、クラス内の一人の女の子を「○○菌」と言って敬遠し、彼女が私たちの持ち物をさわると「○○菌がついた」と言って、その菌を他の人につけたものです。付けられた人はまた別の人につける・・・その繰り返しです。その間、彼女は一人寂しく自分の机に向かっていました。いったいどんな気持ちだったのでしょう。今、振り返ってみると、なんと可哀想なこと、本当に申し訳ないことをしたと思います。その頃の自分は、彼女の事を特に理由があって嫌っていたわけでも何でもありません。ただ、みんながやっているから、悪いとも思わず、自然の流れでやっていたのです。その後、彼女はどうなったでしょうか。今、彼女はどうしているでしょうか。元気で明るく生きていることを願っています。まわりを見ることのできる年齢(4年生頃)になると、他人とのつながりで物を見ることができるようになり社会性が身についてくるわけですが、それが十分育たないと、いつまでも自己中心的な考えしか持つことのできない精神的に未熟な人となってしまうのです。

 もう一つの理由は、相手の痛みに鈍感だということではないでしょうか。小さい頃から傷つくような経験をすることなく育ち、自分の痛みに鈍感だと、相手の痛みを察することができなくなります。子ども達が外で思い切り野山を駆け回って遊んでいた頃は、様々な痛みを体験していました。擦り傷、切り傷、打撲はあたりまえ、友達と喧嘩して心身共に傷つくけどいつの間にか仲直りしている、そんな関係がありました。今は、そのような体験をする機会がほとんどありません。痛みを経験すると、相手の痛みを想像し、いたわることができるようになります。今の子ども達は、大きな痛みを突然味わうと、折れてしまう弱さを持っています。ですから、幼少期から、少しずつ味わう経験を与え、相手の痛みを察して思いやる心を育てていかなければならないのではないでしょうか。


2006年10月14日(土曜日)

ほがらかおじさん

カテゴリー: - matsuzaka @ 08時23分44秒

 以前、札幌に住んでいたことがありました。

 札幌の地下鉄大通り駅の前には、三越デパートの入り口があります。

 休日ともなると、大勢の人々で賑わうこの地下街でおもしろい格好をした人が歌を歌っていました。白雪姫のようなドレスを着て手には花を飾ったかごを持ち、もう片方の手にはマイクを持って、踊りながら歌を歌っている中年男性です。この奇妙な光景に人々は足を止め、あっという間に人だかりができたものです。この人のパフォーマンスは、次第に派手になり、人々の見ている前で、着替えるようになりました。かつらを取り替え、ドレスを着替え、化粧を直し、次の歌を歌うのでした。この人の周りには、面白いことに愛や平和に関するたくさんの標語や名言が書いてある短冊がならべられていました。自分を「ほがらかおじさん」と称するこの人は、着替えながら面白いことを言っていました。「みんなは、自分の体におできができたらどうする?手術して取ってしまいますか?切ってとってしまうのは、簡単なことです。でも、薬を塗って、上から撫でてあげ、それが消えるまで辛抱強く待つことが大事じゃないかな。自分の体の一部なんだから。世の中には、悪人と言われる人がいる。その人を排除してしまうのは、簡単だ。でも、その人たちを温かく包み込んで平和な世界をつくれたら一番良いんじゃないかな。」と。
 なるほどと思いました。実際には、かなり難しいことだとは思いますが、自分の嫌いな人、自分に合わない人を排除してしまうのではなく、逆に温かく接することでよい関係をつくっていけるということです。
 努力しよう・・・。


2006年10月12日(木曜日)

感情をコントロールする

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時33分40秒

 私たちは、多くの人とのかかわりを持ちながら毎日生活しています。
 ストレスにも色々ありますが、その中でも、人間関係や人とのコミュニケーションから来るストレスが最も多いのではないでしょうか。自分の思い通りにならないことや理不尽なことが私たちを苦しめます。心の中に「怒り」の感情が生まれたとき、それを発散するのではなく、心の中にためこんで良い人を演じているということはないでしょうか。
 あの人が悪いけど、自分が我慢すれば事を荒立てないで済むと考え、不満を抱き続けることが多いのではないでしょうか。これでは、ストレスをためこんでいくばかりです。
 良い人を演じようとせず、思ったことを上手に表現することができると、気持ちは楽になるものです。人間関係を保とうとするあまり、我慢を続けると、ストレスによって心身が疲れてしまいますし、我慢が限界に来たとき、爆発してしまい思わぬ事態を引き起こしてしまうことにもなりかねないのです。
 自分の感情を冷静に相手に伝えることは、大事なことです。このとき、気をつけなければいけないのは、相手を批判したり、怒りの感情をあらわにしたりしてはいけないということです。あくまでも、「私は・・・と感じている。」とか、「私はこうして欲しい・・・。」というように、自分の気持ちを素直に上手に相手に伝えることが大事です。
 自分の感情にきちんと向き合い、ごまかさずに対処することが、心の健康を保つ上で、大変大切なことなのです。


2006年10月11日(水曜日)

早くできる子が優秀な子?

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時55分25秒

 先日、「早くしなさい!」をテーマに記事を書いたところ、これをお読みになったお母様から、「1日に100回位、早くしなさいと言ってます。早くしなさいと言わなければ、何もしないんです。どうしたらよいのでしょう。」と言われました。多くの母親は、きっと同じことを思っているのではないかと思い、またまた、「早く・・・」をテーマに書かせていただきます。
 
 競争社会を勝ち抜き、「負け組」ではなく「勝ち組」に子供をさせるべく、幼児教室、いやいや胎児の時期から英才教育を施している親が何と多いことでしょうか。立派な子供になってほしい、良い子になってほしいとの願いや焦りから「早く、早く」と言ってしまいますが、この言葉は子ども達に様々な影響を与えてしまうのです。幼児期から小学校低学年の子ども達は、ゆっくり自分のペースで物事を覚えていきます。また、なんでも自分の手でやりたがり、やることによって成功感を味わっていくのです。そんな子ども達の発達段階を無視し、親が先回りして次から次へと指示すすると、言われたことはできるが、自分の意思で行動できない子供ができてしまいます。
 指示され、いやいやしたことは、たとえできたとしてもうれしくもなんともありません。大人でもそうですよね。自分の手で何かを成し遂げたときに、達成感があり、次の行動への動機付けが出来上がるのではないでしょうか。
 上手にする方法をあらかじめ教えておいたり、日課と時間の目安を教えておいたり(ひと目でわかるように掲示しておく等の工夫をする)すると、子供は自分なりに工夫をして、やろうとするようになります。自分の力でできるよう励ますと共に責任を持たせ、失敗の責任も自分でとらせるようにしましょう。失敗をしても責めてはいけません。「残念だったね。今度はどうしたらいいかな?」と言って、次の行動への希望を持たせましょう。
 子供は、何でもすぐにできるようになるわけではありません。試行錯誤し、失敗しながら自分の力で歩んでいく練習をしているのです。子供が自信を持てるように親は長い目でおおらかな心で子供を見ていくことが大事です。自分に自信を持て、積極的に行動できる子供はあとで大きく成長しますよ。


2006年10月9日(月曜日)

ピンチの裏側

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時27分09秒

山本良樹さんの詩から 

 

   ピンチの裏側

 「神様は決して

  ピンチだけをお与えに

  ならない

  ピンチの裏側に必ず

  ピンチと同じ大きさのチャンスを

  用意して下さっている

  愚痴をこぼしたりヤケを起こすと

  チャンスを見つける目が曇り

  ピンチを切り抜けるエネルギー

  さえ失せてしまう

  ピンチはチャンス

  どっしりかまえて

  ピンチの裏側に用意されてる

  チャンスを見つけよう」

 

 ピンチの時には、なかなか裏側まで見えないものですよね。ピンチをチャンスに変えることができたら、どんなに素晴らしいことでしょう!!


2006年10月8日(日曜日)

うつ病【7】治すために心掛ける事

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時35分07秒

 うつ病を治すためには、次のようなことを心掛けましょう。

 自分が「うつ病」になったことを受け入れるのはなかなか難しいものです。「どうして、自分ばっかり・・・」、と悲観的になってしまい、自分の状態を冷静に見ることが難しくなります。また、精神科等に行くことに抵抗を感じるため、受診が遅れることがあります。 うつ病について正しい知識を持ち、治る病気であることを信じて治療を受けるようにしましょう。
 何でも自分でやろうとせず、家族や仲間に甘えましょう。今までいろいろなことを頑張ってきたのですから、あせらず、ゆっくり休養をとるようにしましょう。睡眠は十分にとりましょう。
 自分を責め、自殺するようなことは決してしてはいけません。今は、まわりが暗闇に包まれていて、先が見えないかもしれませんが、その先には必ず光があります。それを信じて乗り越えましょう。
 重大な決断は避けましょう。うつ状態のときは、マイナス思考になりがちです。後で後悔することのないように大事な問題については治ってから結論を出しましょう。

 家族は、次のようなことを心掛けましょう。

 うつ病を正しく理解して接しましょう。患者さんが無気力で休んでばかりいる姿を見て、怠けているなどと責めてはいけません。本人は一生懸命頑張ろうとしても病気のため、できないのですから。家族で協力し、ゆっくり休める環境をつくってあげましょう。  
 うつ病の患者さんに対して、「がんばれ」というような励ましの言葉をかけたりしてはいけません。自責の念にかられ、悲観的になっているところに励ましの言葉をかけると、さらに精神的な負担を強いることになってしまい、逆効果です。最悪の場合は、自殺に追い込んでしまうことにもなりかねません。
 うつ病になると、わけもなく悲しくなったり、孤独感を感じてしまったりします。家族は、じっくり話を聞いてあげ、安心させてあげましょう。「こうすればいいんだ」とか「それがいけない」というように説教することは避けましょう。
 うつ病患者は、死んでしまいたい、消えてしまいたいと思ってしまうことがあります。患者さんが自殺をしないよう、様子の変化に十分気をつけましょう。特に回復期には、行動を起こしやすくなるので、注意しましょう。
 気晴らしをさせようとして、無理に連れ出すのは避けましょう。環境の変化に耐えられず、精神的な負担となってしまうからです。
 

 うつ病は、本人にとっても家族にとっても大変なことのように感じられますが、正しい理解に基づき、適切な治療をすることで必ず治ると信じて病気と闘っていきましょう!
 「うつ病」についてのお話は、今日でおしまいです。


2006年10月7日(土曜日)

うつ病【6】治す方法

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時27分18秒

 「うつ病」の疑いがある場合は、まず病院に行って医師の診察を受けてください。うつ病は、気持ちの持ちようで治るものではありません。心療内科、精神科、精神神経科、メンタルクリニックなどを受診し、適切な治療を受けることをお勧めします。
 精神症状は現れず、身体症状のみが現れている場合を仮面うつ病と呼ぶことがあります。仮面うつは、内科等で診察してもどこにも異常が見られず「しばらく様子を見てください。」と言われて終わってしまいます。うつ病の身体症状に当てはまる症状が続き、一向に回復しない場合は、うつ病を疑ってみてください。

 うつ病を治すためには、休養が第一です。仕事や家事から離れ、のんびりと心身を休めることが大事です。うつ病になりやすい人は、真面目な性格の人に多いので、ついつい頑張りすぎてしまいます。周囲から、怠けているんじゃないかと思われるのが嫌で無理をしてしまいがちですが、ゆっくり休んで治療に専念しましょう。治療が進んで、回復してきても決して無理をしてはいけません。できるだけ手を抜いて、わがままになり、無用なストレスがかからないようにしましょう。(休めといわれても、そう簡単に休めるものではないですよね。でも、無理してでも休まなければいけないのです。)

 病院では、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬が処方されます。抗うつ薬は、脳内の神経伝達物質の働きを改善させる働きがあります。また、抗うつ薬には、化学構造によって「三環系」「四環系」「SSRI]等、数種類の薬があります。それぞれ、人によって副作用や効き目の違いがありますので、合う薬を早く見つけられると良いでしょう。医師との信頼関係も大事です。自分の気持ちを素直に表現できるような医師にかかりましょう。
 薬の効果で昼間でも眠くなることがあります。そんな時は、無理せずゆっくり身体を休めましょう。

 治りにくいうつ病の治療法として、電気ショック療法や断眠療法、光療法等があります。
 また、最近、クライエントさんから紹介していただいた治療法でサプリメント療法というものがあります。これは、「精神障害と診断された患者さんの中には栄養障害の患者さんがいる」との新宿溝口クリニックの溝口徹院長の考えにより、不足している栄養素を補うことによってうつ病のような症状が改善されるというものです。関心のある方は、新宿溝口クリニックのホームページhttp://www.shinjuku-clinic.jpをご覧ください。

 適切な薬を用いて、神経伝達の働きを回復させると共に、十分な休養をとることやカウンセリングを受けてストレスを軽減することがもっとも大事なことでしょう。
・・・・・・つづく


2006年10月6日(金曜日)

うつ病【5】きっかけ

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時55分03秒

 うつ病は、精神的なストレスがきっかけとなって発病します。昨日、うつ病になりやすい性格について書きましたが、このような性格の人は、柔軟性や適応力に欠ける面があり、ストレスに対応できず、うつ病になりやすいのです。
 ストレスにも色々ありますが、特に「環境的な変化」や「身体的な変化」が発病のきっかけになることが多く見られます。次に、男女別のきっかけについてみてみましょう。

 男性の場合:リストラ、左遷、転勤、失業。職場の方針や仕事内容の変化。上司からの圧力、いじめ。ノルマの未達成。不本意な仕事。仕事の失敗。単身赴任。先行きへの不安。
 女性の場合:結婚、離婚、産後。家庭の不和。家族に関わる問題。専業主婦の孤立感。近所との関わり。子供に関わる問題。子供の自立。引越し。更年期障害。近親者との死別。

 このような、生活上の変化や辛く悲しい出来事、喪失感などが知らず知らずのうちにストレスとなり、うつ病を発症させるのです。
 私たちは、社会生活を営んでいる以上、ストレスを避けて生活をしていくことはできません。ですから、どのようなストレスをどのくらい受けたら、どうなるかということを自覚しておくことが大事です。(私は、胃腸に来てしまいますね。・・・最近は、だいぶ上手に付き合えるようになりましたが。)
 そして、自分なりのストレス解消方法を見つけておくことが大切なことではないでしょうか。(私は、サッカーを見たり、したりすることかなあ。最近は忙しくて全然できません・・・・。)

 ・・・・・つづく


2006年10月5日(木曜日)

うつ病【4】原因

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時15分30秒

 「うつ病」は、気分の病気ではありません。ですから、気の持ちようで回復するというようなものではありません。

 うつ病になりやすい性格というのは確かにあるようですが、うつ病には「生物学的な原因」があるということを忘れてはなりません。脳内には、思考や感情をコントロールする神経細胞がたくさんあり、神経細胞のシナプスから放出された神経伝達物質セロトニン、ノルアドレナリンなどが次のシナプスへと情報を伝達しています。現在は、この神経伝達の異常により、うつ病が起きると考えられています。情報の伝達に異常をきたす為、思考や感情のコントロールがきかなくなるというのです。他の多くの病気と同じように、気持ちではなく生物学的な原因で起こる身体の病気と考えて良いのです。
 うつ病になりやすい性格は、メランコリー親和型性格といわれます。
 特徴・・・・生真面目、几帳面、責任感が強い、律儀、正直、綿密、仕事好き、他人との円満な関係を尊ぶ、人と争えない、献身的、頼まれると嫌とはいえない。
 日本の社会では、尊ばれる模範的な性格と言ってよいでしょう。このような性格の人たちにうつ病が多いのです。
 今、述べたようにうつ病になりやすい性格というのは存在しますが、その性格の人がすべてうつ病になっているわけではありません。また、性格が原因だと考えてしまうと、変えることのできない自分の性格に対して悲観的になってしまうかもしれません。性格は、うつ病になるきっかけのひとつと考え、深刻に考えないようにしなければいけません。

 では、次回、うつ病になるきっかけについて考えてみたいと思います。・・・・つづく


2006年10月4日(水曜日)

うつ病【3】身体症状

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時53分26秒

 今日は、「うつ病」の身体症状について考えて見ましょう。
 「うつ病」には、精神症状のほかに様々な身体の異常がみられるのが特徴です。

 まず、ほとんどのうつ病の人に見られるのが「睡眠障害」の一つである「不眠」です。
 不眠には、入眠障害(寝つきが悪い)・熟眠障害(眠りが浅く熟睡感がない)・早朝覚醒(早朝に目覚めてしまう)などがあります。不眠になると朝の目覚めが悪く、疲労感が残ってしまいます。また、眠れない苦しみから、あれこれ悩み、すべてを放り出してしまいたいとさえ思ってしまいます。不眠の辛さは、他の人になかなかわかってもらえず、夜中に一人で悩むことになってしまうのです。

 全身の倦怠感も現れます。何かをしようとしても、自分の体ではないかのように自由がきかなくなります。電話の受話器さえも持っていることが困難になることがあります。他の人からは、怠けているように見えてしまうこともありますが、動かそう、働こうとしてもそれができないのです。また、これに伴い、めまい、頭痛、頻脈、過呼吸などの症状が現れることがあります。

 食欲不振も大きな特徴の一つです。食べることに興味を失い、食べようと思っても、喉を通らなくなります。無理して食べると嘔吐してしまうこともあります。食欲不振による体重の減少も見られます。胃部不快感、腹痛、下痢などの症状が現れることがありますが、胃腸の検査をしても異常が見られず、辛いまま長い時間が経過してしまうこともあります。

 このほか、耳鳴り、味覚異常、しびれ感、性欲減退など様々な身体症状が現れるのがうつ病の特徴です。昨日の「精神症状」とあわせてこれらの「身体症状」がみられたら、心療内科や精神神経科を受診なさることをお勧めします。・・・・・・つづく 


2006年10月3日(火曜日)

うつ病【2】精神症状

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時17分10秒

 「うつ病」の症状には、「精神症状」と「身体症状」があります。今日は、「精神症状」について考えてみましょう。

 精神症状とは、意欲面、感情面、思考面に現れるうつ病特有の症状です。
【意欲面】
 すべてに無気力になり、何をするにもおっくうになってしまいます。この「おっくう」が意欲面の中心的な特徴です。今まで普通にできていた仕事をする気がなくなる、家事をしようという気が起こらなくなる、しようとしても行動に移せなくなるなど、意欲が低下してしまいます。また、集中力が低下したり、根気がなくなったり、人と話したりすることが面倒になったりします。なまけているように見えますが、そうではありません。
【感情面】
 なんとなく気が晴れない、理由もなく悲しくなり涙が出てくる、一人でいると寂しい、テレビや新聞・本などに興味がなくなる、自分の状態や将来を悲観するなど、不安感や憂鬱感、焦燥感が起こります。また、自分が無価値な人間だと考え、消えてしまいたいと考えるようになることもあります。このような抑うつ気分は、午前中に掛けて特に強くなり、夕方ごろから調子がよくなってくるのが一般的です。
【思考面】
 思考力が低下し、考えがまとまらなくなります。判断力や記憶力も低下します。主婦であれば、今まであたりまえにできていた食事の献立を考えることができなくなり、買い物さえできなくなるのです。また、思考が抑制されるので、話し方が遅くなり、言語表現が乏しくなってくるのです。・・・・・・つづく 


2006年10月1日(日曜日)

うつ病【1】

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時30分25秒

 最近、「うつ病」を患っている方からの問い合わせが多くなってきましたので、今日から数回、「うつ病」について書いていきたいと思います。
 NHKの特集番組や新聞の連載記事などでも「うつ病」が頻繁に取り上げられるようになってきました。それだけ、「うつ病」で苦しんでいる方が急増しているということでしょう。近年、「うつ病」は「心の風邪」とも言われるようになり、誰でもかかる可能性がある、ありふれた病気と言われるようになってきました。
 しかし、実際にかかってみると、風邪とは比べ物にならないくらい、つらい病気であるとともに、「うつ病」が精神疾患であることから偏見の目で見られるという苦しみを味わうこともあるのです。
 さて、「うつ病」とは、どういう病気なのでしょうか。なんとなく気分がすぐれないとか、落ち込んで何もする気がしないという憂うつな気分になることは誰にでもあるでしょう。これを「抑うつ気分」と呼びます。正常な場合は、これが一時的であり、しばらくすると元気を取り戻して今までどおりの活動ができるようになりますが、「うつ病」では「抑うつ気分」の状態が数週間から数ヶ月間続き、日常生活に支障をきたすようになってしまいます。
 よく、「うつ状態」という言葉を聞きますが、「うつ状態」イコール「うつ病」ではありません。「うつ状態」は、他の神経症や精神疾患、身体的な疾患、薬剤の副作用などによっても起こりますが、「うつ病」は、「抑うつ気分」だけではなく、「うつ病」特有の他の症状が見られるのです。・・・・・つづく 

※ うつ病のため、仕事を続けることができなくなってしまい経済的に苦しい、という方からの問い合わせメールを多数いただいています。経済的に苦しい方でもメールカウンセリングを利用しやすいよう、割引キャンペーンを行うことにしましたので、ぜひこの機会にご利用ください。うつ病は、カウンセリングだけで治るものではありませんが、発病のきっかけとなったストレスから心が解放されるというのは、とても重要なことだと思います。薬物による治療と並行してご利用ください。 


幸せをつかむ方法

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時39分53秒

 私たちの毎日は、楽しいことばかりではありません。
 嫌な事やつらい事、悲しい事が必ずあります。そして、それは誰にでもあります。
 原因がわかっていることならまだしも、理不尽な問題や解決不可能に思えるような難題が次から次へと迫ってくることがあります。
 そんな時、あなたはどうしますか?
 お酒を飲んだり、カラオケを歌ったり、スポーツをしたりと様々な方法で気晴らしを試みるでしょう。しかし、それで本当に気分が晴れるでしょうか?その時は、現実から逃れることができ、楽しい気分になりますが、われに返るとまた現実の世界に引き戻され、憂うつな気分になってしまうのではないでしょうか。
 パスカルは、『パンセ』の中で「人々は死を、みじめさや無知をいやすことができないので、自己を幸福にするために、そういうのも考えずにいようとした」と言っています。
 現実から目を背け、逃れようとしているだけでは、何の解決にもなりません。幸せに生きようとするなら、どんな現実であっても真正面から嫌な事を受け止めた上でそれを乗り越えていかなくてはならないのです。

 誰にでも不幸と思えるようなことはあります。それをどう受け止め、どのようにして乗り越えていくかによって、その後、楽しく幸せな気持ちで生きていけるかどうかが決まってくるのです。
 自分の心を自由にしてみましょう。不安な気持ち、つらい気持ち、悲しみの気持ちを心の奥にしまいこんでしまうのではなく、子供の時のように素直に感情を表現してみましょう。悲しい時は、泣き、涙と共に悲しみを流してしまいましょう。一人で自分の心を解放するのが難しいときは、誰かにそっと話してみるのもいいでしょう。
 このようにして、表面だけではなく心の奥から気分の転換が上手にできるようになることが、幸せをつかむ方法なのです。


2006年9月29日(金曜日)

生と死

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時26分04秒

   

 

 あたかもよく過ごした一日が安らかな眠りを与えるように、
 よく用いられた一生は安らかな死を与える。
     レオナルド・ダ・ヴィンチ(イタリアの画家、建築家、彫刻家 1452〜1519)

 

 

 人は何のために生きているかをいつも考えねばなりません。
 この問題が解決されるとき、その人は死について
 あまり考えなくなります。
     キング(アメリカの黒人牧師、ノーベル平和賞受賞 1929〜1968)

 

 

 いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。
                   『論語』

 

 

 天(あめ)が下のすべての事には季節があり、
 すべてのわざには時がある。
 生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
 神のなされることは皆その時にかなって美しい。
       『旧約聖書』(イスラエルの王ソロモンの言葉)


2006年9月28日(木曜日)

早くしなさい!

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時45分53秒

 「早くしなさい!」
 お母さんが、子供に対して、一番よく言う言葉ではないでしょうか?
 「早く起きなさい!」「早く着替えなさい!」「早く顔を洗いなさい!」「早く食べなさい!」「早くお風呂に入りなさい!」「早く寝なさい!」・・・・・子ども達は、一日中、早く早くと急がされているのです。
 また、このほかにも、「何度言えばわかるの!」「何を聞いているの!」「どうしてやらなかったの!」など、繰り返しガミガミ言っているのではないでしょうか。
 もちろん、これらの言葉に効果があり、子ども達が「できる」ようになれば良いのですが、なかなかそうはいきません。たとえお母さんの思うとおりにやったとしてもその時だけです。その時は、言われたとおりにするけど、翌日は言われるまでやらない。この繰り返しです。だから、繰り返し毎日言うのでしょうけど。
 ガミガミ言うお母さんの子供は、どちらかと言うと自立心が育ちにくく、言われたことはできるけど、自分からは進んでできないという子供に成長する傾向があります。
 ガミガミ言う前に、用意をする時間を十分に与え(子供のペースは大人のペーストは違います。)、本人の責任で取り組ませると良いでしょう。早くしないとどうなるかという結果をあらかじめ話しておき、後は、本人に任せるのです。最初は、寝坊したり、遅刻をしたりすることがあるかもしれません。でも、それが良い経験になるのです。何回か失敗しているうちに、少しずつ、自分でできるようになってきます。できたら、ちょっと大げさにほめる事も忘れないでください。

 ガミガミ言うことが少なくなれば、お母さんも子供も楽になりますよ。


2006年9月27日(水曜日)

人に好かれる

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時37分04秒

 あなたは、人から好かれていますか?

 人には、好感を持たれる人とそうでない人がいます。もちろん、人によって好みのタイプは違いますし、自分の本質を理解してもらえないために好かれない等ということもあるでしょう。
 しかし、好かれない理由が自分の方にある場合も多いのではないでしょうか。
 人から好かれたいと思っていながら、こちらから相手に対して打ち解けるような態度を見せない。
 人に対する関心を見せることがなく、自分のまわりに冷たい壁をつくっている。
 「人からどう思われるか」ということばかりを気にして、不自然な言動をとってしまう。

 好感を持たれるためには、自分から心を開いて、ありのままの自分の姿を表現することが大切です。心を開いて自分から相手に近づいて行く時、相手も心を開いてくれるのです。
 ・・・・・自分のありのままの姿を見せる自信がないですか?では、そのテーマについては、また後日、考えましょう。


真っ黒な海

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時57分12秒

 今から20年ほど前の春、札幌に転勤するようにとの辞令を受け、東京から札幌へ行くことになりました。
 「スキーはできますか?」との甘い言葉に誘われ、一人、札幌に向かうことになったのです。車を持っていかなくてはならないので、飛行機ではなくフェリーで行くことにしました。北海道行きのフェリーは、いくつかの港から出ていますが、新潟港から小樽港への航路を選び、高速道路で新潟まで向かいました。そして、新潟港から期待と不安の入り混じった複雑な気持ちで船に乗り込みました。
 船の長旅は、初めてでした。北海道も初めてでした。最初は、日本海を眺めながら、明るい気分で船に乗っていましたが、日が暮れ始め、次第にあたりが暗くなると、だんだん気持ちが暗くなってきました。甲板に出て、風に当たり、ウォークマンで音楽を聴きながらまわりを見ると、あたりは見渡す限り真っ黒な海、どちらを見ても真っ黒な海、海、海・・・。 これからどんなところに行くのだろう・・・、孤独と不安な気持ちで押しつぶされそうになりました。
 朝になると、小樽の陸地が見えてきました。東京では、桜が満開でお花見をしてきたのに、船から見える小樽はまだまだ雪が残っていて全く違う景色でした。初めての北海道の春は、色とりどりの花が咲き乱れる素晴らしいものでした。そして、5月にはもう一度お花見ができ、すっかり北海道での生活が気に入るようになったのです。
 それから、札幌で過ごしている7年の間に、結婚もし、子供も生まれました。美しく魅力的な札幌での生活は、大変楽しいものになりました。

 今、真っ黒な海の中を不安な気持ちを抱きながら進んでいる人はいませんか?どちらを向いても真っ黒な海ばかりで、他には何も見えない・・・、陸地さえも見えない・・・、そんな中をひとり孤独と戦っている人はいませんか?
 でも、信じてください。必ず朝が来ます。必ず陸地に到着します。今は、まわりが真っ暗で見えないかもしれませんが、陸地はあるのです。暗闇の先には幸せが待っていると信じましょう!


2006年9月25日(月曜日)

好かれる上司と嫌われる上司(2)

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時22分58秒

昨日のつづき・・・

 まず第1の「疲れた人」は、職場に、そして人生に疲れている。家庭のことでも疲れている。言い換えれば、ストレスの処理がうまくいっていない人だ。職場にそういう疲れを持ち込んでいる人は「やる気のない人」に見えてくる。こういうタイプの上司や部下にはあまり魅力が感じられない。企業の生き残りには邪魔になっても助けにはならない人だ。
 第2の「疲れさせる人」は国の内外を問わず嫌われ、いろいろな欲求不満を抱えているせいか、苦情や批判が多い人である。特に上司や組織に対する批判が多い。もっともらしいことを言うので支持もあるが、全体のイメージは暗く消極的である。
 第3の「引退した人」は、現役ではあるが気持ちの上ではすでに引退しているような姿勢を持った人だ。職場での新しい企画などに対する積極的な関心や好奇心をすでに失っている。職業人として新しいアイディアを生み出したり、新しいことに挑戦していくという明るい姿勢は見出せない。
 第4の「疲れを知らない人」は、体が頑丈で健康だということだけではない。人生に積極的に取り組む姿勢を持っている。関心が自分にだけではなく、外に向かっていて、困難なことにも挑戦的な姿勢で立ち向かっている人である。だから肉体的に疲れることはあっても、いやいや仕事をしたり、自分の現状に不満をもっていないので、「疲れを感じさせない」、また「疲れを知らない」人である。周囲の人にも明るさをもたらしてくれる。
 上司は部下に対して「お疲れさま」と言うだけでは十分ではない。カウンセリング・マインドのある上司は、「あんな難しい仕事をよくやったね」などと言って仕事の中身をきちんと評価する。このような上司はプロとして尊敬されるだけでなく、人の気持ちのわかる「疲れを忘れさせる」上司として人望を集めるだろう。

             田渕昭三著「もっと楽ーに生きるための12章」福音社より


2006年9月24日(日曜日)

好かれる上司と嫌われる上司(1)

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時08分16秒

 日本の職場では、相手の人に声をかけるとき、よく「お疲れ様」とか「ご苦労様」と言って、お互いにねぎらいの言葉を使う。これは外国にはない習慣なので、私の外国の友人たちはそれをとても良い習慣だと言っている。アメリカでは先に帰るときなどは「あまり働きすぎないように」(Don’t work too hard)とか、「ではまた」(See you again)などと声をかける。「疲れ」というより、「働く」ということが表に出ている。アメリカ人は出張や旅から帰ってきたとき、「お疲れになりましたか」とは言わないが、「楽しい時を持ちましたか」と尋ねるのが普通である。
 日本人の生活の場や職場では「疲れ」という言葉が多い。日本は人口が密集しているので何かと疲れがたまりやすいのではないかと思う。カウンセリングにこられる方も、人間関係の疲れが原因の人が多い。欧米社会のように、自立、独立、自己の責任ということが尊重されている社会では、むしろカウンセリングにこられる方には孤独とか寂しさに対する問題が多い。これも文化の違いかもしれない。
 そこで、職場で働く態度に関連して、「疲れる」という意味の含まれている4つの言葉を紹介しながら、日本の職場、また、海外の職場での上司のあり方について考えてみたい。
 第1に「疲れた人」(tired)、第2に「疲れさせる人」(tiresome)、第3に「引退した人」(retired)、第4に「疲れを知らない人」(tireless)という単語で、いずれの言葉の中にも「疲れ」という言葉があるところを見ると、欧米も結構「疲れ」という言葉にこだわりをもっていることが分かる。  ・・・・・つづく

                 田渕昭三著 「もっと楽ーに生きるための12章」 福音社 より


知恵ある悪魔

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時32分23秒

 玉川大学工学部の玄関の壁面に次のような言葉が書いてあります。(今でもあるかどうか分かりませんが。)

 

 「神なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」

 

 誰の言葉か分かりませんが、強く印象に残っています。
 どのような意味の言葉なのでしょうか。私には、2つの意味があるように感じました。
 一つ目は、「神」を「心」と入れ替えて読んでみると分かります。「心なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」・・・今の教育は、心を育てることをおろそかにしているように思います。優れた学力・知識があり、学歴が十分あっても、素晴らしい人とは限りません。優秀な知恵を使って巧みな悪事を働く人は後を絶ちません。頭脳ばかりが優秀でも、人間性が育っていないため、その能力を正しく活用することが出来ないのです。そろそろ、トータルで「人」を育てる教育をしなければいけない時期に来ているのではないでしょうか。
 二つ目は、「自分を超えた存在」のことです。玉川大学は、キリスト教の精神を取り入れている大学なので、この「神」という言葉は、キリスト教の「神」を指しているのだと思いますが、この部分を神道の「神」、仏教の「仏」と入れ替えて考えても良いでしょう。また、「something great」(偉大な何か)と考えても良いでしょう。「金さえあれば何でもできる」「金で買えないものはない」と豪語した社長がいましたね。自分の力がすべてで、あたかも自分の力で生きているかのように考えている人が今の日本には多くいます。しかし、本当にそうでしょうか?自分の命は、自分で造り、自分でコントロールしているのでしょうか?何でも自分の思い通りにいくのでしょうか?自分の力の及ばないことが数多くあるのではないでしょうか?「神なき教育は、・・・」は、傲慢な心を捨て、謙虚な心を持って生きていくことを示唆しているのではないかと思います。私は、自分の力だけで生きているのではなく、「something great」や周りの多くの人々に支えられて生きていると考えています。


2006年9月22日(金曜日)

自分ばかり見つめない

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時46分25秒

 先日、「自分を見つめる」ことの大切さを賢人の言葉を通して考えてみました。
 しかし、自分を見つめていると、自分の欠点や弱い面ばかりがどんどん出てきてしまい、落ち込んでしまうこともあります。自己を肯定しようとすればするほど、劣等感や罪悪感ばかりが出てきてしまい、立ち直れなくなってしまうこともあります。
 自分を見つめることは大事なことですが、自分だけを見つめていると嫌な面ばかりが気になってしまうのです。

 自転車に乗って一本の白線の上をまっすぐに進もうとしたことはありますか?足元の線ばかり見つめていてもふらつくばかりで、まっすぐ前に進めませんよね。グラウンドに石灰でラインを引くときも同じです。目の前を一生懸命見ても、あるいは、後ろを振り返って、「まっすぐに引けているかな」と気にしながら引いてもまっすぐには引けません。自転車もライン引きも、ちょっと遠くに視線をやり、目標とするところを目指して進むとまっすぐに進めるものです。

 自分を見つめた後は、ちょっと遠くを見てみましょう。今まで目に入らなかった何かを新たに発見できるかもしれません!


2006年9月21日(木曜日)

生きている意味

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時47分47秒

 イギリスのある大学で、教授がひとりの優等生に尋ねました。
教授 「あなたは、卒業したらどうしますか?」
学生 「弁護士になりたいと思います。」
教授 「それは、すばらしいですね。では、それからどうしますか?」
学生 「それから、結婚をして幸福な家庭を築き、大会社の顧問弁護士として豊かな生活をしたいですね。」
教授 「それもいいですね。・・・それからどうしますか?」
学生 「それからですか?そうですね、60歳くらいで仕事をやめ、静かな田舎でのんびり暮らしましょうか。」
教授 「ますますいいですね。・・・それからどうしますか?」
 何度も何度も聞かれるので学生はイライラしながら、答えます。
学生 「それから、それからって、いい加減にしてください。もうそれからは死ぬことしか残っていませんよ!」
 さらに教授は、尋ねます。
教授 「それからどうしますか?」

 私たちが生きている意味、人生の目的は何でしょう?
 学歴でしょうか。幸福な結婚でしょうか。大会社に勤めることでしょうか。のんびり裕福に暮らすことでしょうか・・・・。
 これらが何もない人は、生きていてもしょうがないのでしょうか。
 人生の計画は必ずしも予定通りにいくとは限りません。途中でどんな困難が待ち受けているか分かりません。そこで躓いてしまわないように自分が生きている意味、人生の目標をもう一度見つめ直してみましょう。


2006年9月20日(水曜日)

親子間の距離

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時40分21秒

 先日、非常勤をしている小学校の子ども達と「鴨川シーワールド」(千葉県鴨川市)に行って来ました。
 シーワールドには、青や黄色など色とりどりの魚や様々な水生動物がいます。子ども達と綺麗な魚を見たり、ショーを見たりして、楽しい時を過ごすことができましたが、その中でも私の印象に強く残ったのは、ここで生まれた赤ちゃんたちの姿です。

 8月に生まれたオウサマペンギンのひな2羽、7月に生まれたバンドウイルカの赤ちゃん(母親「ビーナ」から産まれたオス。現在、体長約40cm、体重約40kg)、5月に生まれたカマイルカの赤ちゃんキララ(体長約130cm、体重約35kg)、そして全国的にも珍しいシャチの赤ちゃんラン(体重約400kg)等です。
 どの赤ちゃんたちも、ぴたりとお母さんのそばに寄り添い、安心しているような姿が印象的でした。
 シャチやイルカの赤ちゃんたちは、とても活発で、お母さんの少し後ろを泳いでいたかと思うと、ちょっと離れて水面に出てジャンプ!また、戻ってきてお母さんにくっついて泳いでいたかと思うと、また離れてジャンプ!・・・お母さんがそばにいてくれるので、安心しているのでしょうか。赤ちゃんたちは思い切りはしゃいでいるようでした。
 お母さんと赤ちゃんの距離・・・これが絶妙だなあと思いました。ずっと、べったりではなく時々離れていく赤ちゃん、また、それを見守っているお母さん。
 赤ちゃんシャチや赤ちゃんイルカはお母さんの保護のもとで、安心して活発に泳ぎ回り、少しずつ自立していくのです。

 私たち人間の親子間の距離は、どうでしょうか? 


自分を見つめる

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時00分55秒

 

自分に足りないものは何かを、じっくり考えてみましょう・・・。

 

 

自分の弱さを心から知り得た時、人は真から強くなる。

真の自分を見出す。     

        北原白秋(詩人・歌人 1885〜1942)

 

私たちは、まず自己を肯定するところから出発したほうがいいようです。

自己を肯定し、自己を認めてやり、自己をはげまし、喜ばせること。

それが必要ではないか。

         五木寛之(作家 1932〜 )

 

自分に何ができるかは、自分以外のものにはわからない。

いや、自分でもやってみるまではわからないものだ。

         ラルフ・エマーソン(アメリカの思想家・詩人 1803〜1882)

 

人を知る者は智、自らを知る者は明

 ―   人を知るより、自分を知ることのほうが難しい。

         老子(中国 春秋戦国時代の思想家)

 

 


2006年9月19日(火曜日)

私にはまだ3本の指がある

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時04分04秒

 20数年前、東京の病院に勤めていたた頃、病院で職員向けの講演会がありました。講師は、田原米子さんでした。何度か米子さんの生き方を取り上げた映画を見たことがあったので、どのような方か楽しみにしていました。体が不自由だと聞いていたので、誰かに付き添われ、車椅子で来るのだとばかり思っていたのですが、ドアを開けて現れたのは、元気よく歩いてくる一人のおばさんでした。これが、あの米子さん・・・と大変驚いたものです。

 米子さんは、18歳の時、母親の死にショックを受け、小田急線の新宿駅で列車に飛び込み、自殺を図りました。一命は取りとめましたが、気がつくと、両足と左手を切断、残る右手も小指と中指が切断されていたのです。「どうして、死なせてくれなかったの」と、まわりの人を恨み、病院で服毒自殺を図りますが、助けられ、知人を通して訪れた2人の人クリスチャンを通して、生き方が劇的に変わったのです。そのうちの1人は後に牧師となり米子さんと結婚する田原昭肥さんでした。

 それまでは、「どうして自分だけが不幸なの」という否定的な考え方だったのが、「私にはまだ3本の指がある!」という感謝の気持ちに変わったのです。彼女は、3本の指だけで2人の娘を育て、料理、洗濯など家事をこなしました。そして、喜びと希望、生きる素晴らしさを、日本全国や海外での講演会を通して語り続け、2005年4月に67歳で亡くなりました。

 米子さんの明るい口調、輝いた表情に圧倒されながら、本当に自殺を図った人なのだろうかと考えさせられながら講演を聴いたことを思い出します。

 作家の三浦綾子さんの『ナナカマドの街から』の中に次のような一文があります。「自分で自分の人生に見切りをつけた時、その人生は貧しくなる。しかし希望をもった時、実に豊かに生き得るのだ。全国のどれだけ多くの人が、田原さんの生き方に力づけられたことだろう」

 「私には、・・・がある!」と、「ある」ことを感謝し、希望を持って生きていけるようになりたいものです。


2006年9月17日(日曜日)

シーソー

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時07分19秒

 山本良樹さんの詩から

   「シーソー」

 バタコン   もうだめ

 ギッコン   あきらめないで

 バタコン   自信をなくしちゃった

 ギッコン   いい時も悪い時もいろいろあるよ

         生きてるんだもの

 ギッコン   上がったり 

   バタコン   下がったり

 今度はギッコン

 元気を出して

 さあ


好かれるに値する人

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時05分52秒

 人に好かれようと、媚びるように付きまとう人。あれこれ探るように尋ね、余計なお節介をする人。・・・このような人は、人に好かれないでしょう。

 相手になんの関係もない話をくどくどとする人。自慢話を得意そうに話す人。不平や愚痴を言って、同情を求める人。・・・このような人の話を喜んで聞きたいと思う人はいないでしょう。

 今、これを読んで、周りにいる誰かの顔が浮かんだ人もいるのではないでしょうか。身近なところに一人や二人そのような人がいるものです。・・・・では、自分の顔は浮かびましたか?ちょっと、振り返ってみると良いでしょう。

 相手と自分との間には、適度な距離間や言葉のキャッチボールが必要です。人に好かれようという思いから一生懸命になり、自分のペースで物事を運ぼうとすると人間関係はうまくいかないものです。

 人に好かれようと思わず、好かれるに値する人間として生きることが大事なのではないでしょうか。


2006年9月16日(土曜日)

いじわるの育つ畑

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時03分22秒

 以前にもご紹介した「生活の処方箋」(千代崎秀雄著)より・・・。

 

  「隣人の欠点について」

 

 人の欠点を、せめて3つまでは忍んであげる寛容さを持ちなさい。
  なぜなら
 ,△覆深身にも、まだ直すことができていない欠点が、少なくとも3つはあるであろうから。
 △△覆燭砲箸辰討呂修凌佑侶臈世隼廚錣譴襪海箸任癲公平な立場から見れば、かえって彼の長所かもしれないから。
  そうすれば
 人を憎んだり、嫌ったりせずに生活できる。

 

  「いじわるの育つ畑」

 

 「いじわる」の木は日当たりの良い土地では育たない。
  栽培法
 愛の日光の不足する畑で、「欲求不満」という肥料をほどこしてやると、りっぱな「いじわる」の実がなる。
  そこで
 あなたのまわりにいじわるな人がいたら、なぜ彼がそうなったかを考えよ。そうすれば嫌悪の念は同情に変わる。


2006年9月14日(木曜日)

小学生の暴力

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時37分30秒

 05年に公立の小学校内で児童が起こした暴力行為の件数は、過去最多の2018件になったそうです。最も多かったのは、子供同士の暴力で951件、次いで器物損壊が582件、対教師暴力が464件でした。
 私が住んでいる千葉県は、児童・生徒千人あたりのいじめの発生が、全国で2番目。いじめの発生件数そのものでも全国3番目。暴力行為も4年連続で増加しているそうです。

 ふだん問題行動のない普通の子ども達が衝動的に暴力行為に走ってしまうというのが、最近の傾向のようです。

 いろいろな原因が考えられますが、まず第1に、自分の感情をコントロールできない子ども達が増えているということです。親の感情のままに怒鳴り散らされたり、甘やかされたりしている子供は、感情を上手にコントロールできなくなります。親の都合によって子供は振り回され、感情をコントロールする力を養われなかった子供は、湧き上がってくる負の感情を抑えることができなくなるのです。

 第2に、人間関係力が不足しているということです。野山を駆け回り、友達との遊びの中で、自分の気持ちを表現する方法を自然に身につけていた時代とは異なり、今の子ども達は、面と向かって言葉で気持ちを表現することや相手の気持ちを察することが苦手です。これは、ゲーム機の影響でしょうか。もっともっと、人間同士の生の係わり合いが必要な気がしますがどうでしょうか?

 第3に、ストレスを抱える子供の低年齢化があげられます。親に過度の期待をかけられている子供は、親の前では良い子になり、ストレスを溜め込む傾向にあります。少子化により、一人ひとりの子供にかけられる期待はますます大きくなってきています。親としては、子供の今の姿を受け留め、すべてを受容してあげることが大切なのではないでしょうか。


2006年9月13日(水曜日)

人は幸せになるために生まれてきた

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時52分53秒

 研修で面白いことを学んできましたのでご紹介します。

 「人は幸せになるために生まれてきた」

 これを科学的に証明するために行われた「赤毛ザルの実験」というものがあります。
 2匹のサルに実験台になってもらい、一方は快い刺激をたくさん与えて幸せを感じるように育て、もう一方は不幸を感じるように育てました。その後、サルの脳を調べると、左目の奥にある神経細胞のニューロンに違いがあることがわかりました。
 幸せを感じていたサルの方は、幸せなニューロンと呼ばれる「スピンドルニューロン」が伸び、不幸を感じていたサルの方は「スピンドルニューロン」が伸びていなかったそうです。ここでおもしろいのは、不幸を感じていても、「スピンドルニューロン」が短くなったり、不幸なニューロンが伸びたりしていないということです。現状維持ということです。しかも、不幸なニューロンというもの自体が存在していないらしいのです。

 人間の脳には、約100億個のニューロンがあります。「楽しい」とか「うれしい」というような幸せを感じると、「スピンドルニューロン」は4kmも伸びるそうです。そして、伸びたニューロンが脳の他の細胞を刺激し、活性化するのです。幸せを感じることによって伸びるニューロンのみが存在するということは、「幸せ」なことですね。

 宝くじでも当たらない限り、大きな幸せを見つけることは難しいかもしれませんが、日常の生活の中から、小さな幸せを見つける習慣をつけ、「スピンドルニューロン」をグングン伸ばしてみませんか。


2006年9月12日(火曜日)

ストレスに負けない

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時47分04秒

 心と体は別々のものではなく、心で生じたことは体に影響を与え、体で生じたことは、心に影響を与えます。ストレスに強く、ストレスを上手に解消している人は、脳が活性化し、心身の抵抗力が増加しているため、病気にかかりにくいといわれています。

 ストレスを解消するためには、「気持ちのいいこと」をするとよいでしょう。お風呂やマッサージによって、なんともいえないリラックス感が生じますが、それが良いのです。(私は、温泉が好きですね・・・)

 人間の体には、交感神経と副交感神経があります。仕事をしたり、緊張した状態が続くなど、交感神経が働いている状態では、脳内で興奮系のホルモンが分泌され、体も心もスイッチが入った状態になっています。元気が出て、活動的になれますが、これが、続くと体も心も疲れてしまいます。そのため、体にはスイッチを切る働きをする副交感神経も備わっているのです。副交感神経が働くと、心身の緊張が解け、ストレスから解放されるのです。「気持ちのいいこと」をすると、副交感神経が働いて、スイッチを切るので、リラックスできるのです。

 自分にとって、「気持ちのいいこと」をみつけることが、ストレス解消の第一歩です。


2006年9月9日(土曜日)

こちらから好きになろう

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時19分09秒

 人に好かれたいと思ったら、自分からも好きになるよう努めなければなりません。人を嫌っていて人に好かれるということはありません。自分から愛情を持って接してくれる人を拒む人はいません。最初は、相手にしてくれないような人でも、こちらから愛情を持って好意を示していくと、無関心ではいられなくなってくるのです。
 作家の三浦綾子さんが講演で「たとえ、好きでない相手でも愛しなさい。」と、言いました。聴衆の一人は、「それは、偽善ではありませんか。」と、言いました。三浦さんは、それに対して、「偽善で何がいけないのですか。愛そうとしなければ、嫌いな人を好きになることはできません。」と、言いました。人には、それぞれ性格があり、すべての人をはじめから好きになれるわけではありません。愛そうとすることによって、相手の中に愛すべき点を見出すことができるようになるのです。
 相手の嫌な面ばかり見るのではなく、愛すべき点、親しむべき点を見つけ、こちらから好きになるよう努力すれば、相手の心も変わってくるのです。


母子関係の大切さ

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時41分43秒

 最近、寄せられる相談の中には、原因をただせば幼少時代の親子関係、特に母子関係が大きく影響を及ぼしていると考えられるものが多くあります。人間関係、夫婦関係、自分に対する自尊心の低さ、自信のなさ等、様々な問題の大きな要因になっていると考えられるのです。

 母親からの愛情を感じることのできなかった子供は、自分に自信が持てないばかりか自分を好きになることすらできません。また、自分を好きになれないのですから、他人を好きになること等もっと難しいことです。愛情を受けて初めて、人を愛することができるようになるからです。(これを読んでいる方の中には、親の愛情を十分受けてこなかったという方もいらっしゃると思いますが、手遅れだと思わないでください。乗り越えることはできますから・・・。)

 「イエスタデイ・ワンス・モア」等で有名な歌手カーペンターズの妹カレンは、1983年、32歳の若さで心不全のため亡くなりました。カレンは、拒食症を患っていました。亡くなる直前、病床で母親に「お母さん、私だけのお母さんでいてね・・・。」と言ったそうです。カレンは、両親からの愛情を感じていませんでした。小さい頃から厳しく育てられ、がんばってもがんばっても、どんなに成功しても親から認められず、愛されていないと感じていたのです。その結果、拒食症になり、亡くなってしまったのです。最期の最期になって、やっと、お母さんに愛されていると感じることができたのかもしれません。

 どんな子供であろうと、母親として子供のすべてを常に受容し、密接で温かい関係を築くことが大変重要なことなのです。そこから、基本的信頼感や安心感を持つことができるようになり、後に大きく羽ばたいていくことができるようになるのです。


2006年9月8日(金曜日)

おまえが悪い

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時09分52秒

   山本良樹さんの詩から

 

     おまえが悪い

 「おまえが悪い と指を差しさしたら

  残りの3本の指は自分にむいているだろう

  人のせいより 自分のせいが多いんだよ」

  って兄弟げんかをする子に言ったら

 「おまえが悪い」って5本の指を全部私に向けてきた

 「なるほど・・・」

 

 自分のことは、よくわからないものです。人の失敗はすぐに気付くのに、自分が同じ失敗をしていることに気付かない。人の言葉によって傷ついているのに、自分の言葉で人を傷つけていることに気付かない。相手に優しくしてもらうことばかり望んでいるのに、自分は相手に優しくしていない。「おまえが悪い」と言う前に自分を見つめたいものですね。反省・・・。


2006年9月6日(水曜日)

灰色の人生をバラ色に

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時51分17秒

 あなたの人生は、バラ色ですか?
 最近、印象に残った文章がありましたのでご紹介します。

 

 人生のひとつの岐路は、理屈抜きのおもしろさを味わえるかどうかにある。ところが「くだらない」という考え方をしていると、この理屈抜きの喜びの体験を回避することになる。「くだらない」という無意味感をもつことによって、自分からこのような機会を拒絶してしまうのである。
 おいしいものを食べることなども大切なことであろう。「食べる」ことなどといって軽く見てはならない。そしてこれがまた大切なことなのだが、おいしいものを味わう能力があっておいしさを楽しめるのではない。おいしいものを食べているうちに、舌がこえてくるのである。そして、舌がこえてくると「食べる」ということが楽しみになる。すると遠くにまであるものを食べに行くようになり、そこから人生が明るくなるということもある。食通になってから、という考え方をすると、人生は味気なく、むなしく、不安と心配におそわれてくる。まずいろいろ食べることなのである。
 自分の感情が低調になってしまうのは、基本的に元気になったら活動しようという考え方で生きているからである。活動するから元気になるので、その逆ではないということを忘れてはならない。スポーツをしながらよく”ファイト!ファイト!”と声を出すのは、元気だからではなく、逆に声を出すことで元気になろうとしているのである。元気だから歌うのではなく、歌うから元気になることを忘れてならない。
 歌うことも食べることも、決して「くだらない」ことではない。生きることがなんとなくつまらないという人、精神的活動の低調な人は、何事も決して「くだらない」という前提に立って行動してはならない。そのように生きることで、いよいよそのくだらないという前提は自分の中に強化されてくるのだから。
 灰色の人生をバラ色に変えるためには、まずその灰色の前提に立って生きることをやめることである。逆に人生はすばらしいという前提に立って生きることである。
                              加藤締三「行動すること」より


2006年9月5日(火曜日)

3分間・・・。

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時45分51秒

 3分間・・・・・3分間とは、どんな時間でしょう?

 カップヌードルにお湯を注いでから食べられるようになるまでの時間・・・。ウルトラマンが地球上で戦える時間・・・。(残り時間が少なくなると、カラータイマーが点滅しますね。)・・・その他、色々あるでしょう。

 先日、参加したカウンセラー研修で、「人の話は、3分間聞きなさい。」というお話がありました。人は、話すことが好きです。相手の話を聞いている途中に相手の話を遮って、話してしまうこともよくあるものです。

 例えば、夫が妻の話を1分間しか聞かずに、「それは、こうした方がいいよ・・・。」等と言ってしまうと、妻は言いいたいことも言えず、心の中にもやもやがたまり、場合によっては1時間以上もの夫婦喧嘩になってしまいます。夫が妻の話を3分間じっくり聞いてあげると、妻は満足し、「うちの夫は、なんて私の気持ちがわかってくれるのだろう・・・。」ということになるのです。

 人間関係を円滑にするためには、「聞き上手」になることが大事です。相手の言うことに対して、反論したり、説教したり、あるいは余計なアドバイスをすることは、相手の心を閉ざすことにつながることがあるのです。本当の「聞き上手」は、まず、相手の話を素直な気持ちでよく聞いてあげる人です。自分の話に耳を傾け、気持ちを理解してくれる人には心を開きます。そして、その人の話は、素直に聞いてくれるようになるものです。

 3分間、一生懸命、聞く練習をしてみましょう。・・・「聞き方」については、また、後日。


2006年9月4日(月曜日)

星になった少年

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時57分23秒

 昨年、上映された映画「星になった少年」をご存知でしょうか?ご覧になった方も多いのではないかと思いますが、日本で初めてのゾウ使いの少年が志半ばで事故死をしてしまうという実話に基づいた映画です。

 今日、その舞台となった「市原ぞうの国」に行って来ました。そこで、本物のランディをはじめミニスターや他の様々な俳優動物たちに会って来ました。そこには、映画の主人公「哲夢」の弟や妹達がいます。小学校時代の私の教え子なのですが、20代になり、立派に動物園・プロダクションの仕事をしている様子を見ることができ、うれしく思いました。

 弟のたっ君は、次のような言葉を言っていました。

 「動物のことは、本で見たり、読んだりするだけじゃなく、実際に本物を目で見て確かめて欲しい。」

 もしかすると、本物は本に書いてあるものと違うかもしれない、というのです。ゲームやパソコンが日常生活であたりまえになった今日、バーチャルな世界、仮想の世界があたかも現実であるかのような錯覚をもたらしています。そして、最近、仮想と現実の区別がつかない子供や若者が増えてきています。

 本物の動物に触れるとその感触や温もり、臭いを感じます。また、じっと見つめる目からは、命の尊さを感じます。これらは、机の上やバーチャルな世界では感じることのできないものです。

 動物に限らず、子ども達には「本物」に触れる機会をたくさん与え、生き生きとした感性を身につけさせたいものです。


2006年9月3日(日曜日)

心の病が30代に急増

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時55分48秒

 社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所が全国の上場企業に行ったアンケート調査の結果、「心の病」が多い年齢層は「30代」で全体の61.0%を占めていることがわかりました。02年は、41.8%だったのですから、いかに「30代」で急増しているかがわかります。また、「3年間で心の病が増加傾向」と答えた企業は、61.5%を占めるということです。さらに、「心の病」で1ヶ月以上休んでいる社員のいる企業は7割を超え、これも増え続けているそうです。

 その原因として考えられることはいくつかありますが、その一つが管理職の若返りです。30代会社員が中間管理職になり、業務が集中しているためだというのです。

 HOYAグループ総括産業医の小林祐一医師は「30代前半は、テレビゲーム世代で、対人関係が不得意な傾向がある」と見ています。また、カウンセラーの松本圭樹さんも「仕事で疲れ帰宅しても、気分転換にゲームをやり、就寝時間が遅くなる。その結果、睡眠障害や心を病むことにつながっているのではないか」とゲームの影響を指摘しています。(2006.8.21付朝日新聞より)

 これらの言葉から、対人関係の未熟さ・ゲームではストレスが十分に解消されていないこと・睡眠時間の不足が「心の病」の大きな原因になっていると推測することができます。

 この3つの中で最も心身の健康に影響を与えるのが睡眠であると思います。睡眠を十分にとらないと脳内の神経伝達物質であるセロトニンの働きに異常をきたしてしまいます。それが様々な「心の病」を引き起こすのです。詳しくは、またその内・・・。とにかく、規則正しい睡眠を取り、ストレスを解消することが心身の健康にとって大事なことですね。


2006年9月2日(土曜日)

なぜ生きていたいの?

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時58分07秒

 あなたは、なぜ明日生きていたいのですか?

 

 19世紀のスコットランドの神学者ヘンリー・ドラモンドは、「人はなぜ明日生きていたいかというと、誰かを愛しており、また、誰かから愛されているからだ。」と言いました。

 

 もし誰も愛する人がいなければ・・・、もし私を愛してくれる人が誰もいなければ・・・人は孤独になり、生きていくことができません。この「愛」という言葉からは、男女の愛をを連想してしまいますが、「愛」という言葉には親子の愛・兄弟の愛・友人の愛・そして、もっと広い意味での「愛」が含まれています。

 

 立派な老人ホームで、老女が自殺しました。彼女は、「誰も訪ねてくれない。どこからも電話がこない。・・・」と書き残していました。物質的に恵まれていても、孤独の寂しさには耐えられないのです。

 

 ドラモンドは、「愛は人生のエネルギーである」と言いました。愛が人々を支え、苦しみを乗り越えていく力を与えてくれるというのです。

 

 「私は、誰からも愛されていない」と感じている人は、まず、自分から愛してみましょう。


2006年9月1日(金曜日)

バタ足のふと軽くなる一瞬

カテゴリー: - matsuzaka @ 19時50分25秒

 最近、ちょっと考えさせられた文章がありましたので、ご紹介します。

 

     バタ足の ふと軽くなる一瞬あり

     水は静かにわたしを 恕す(ゆるす)          佐藤きよみ

      (注)恕=相手を思いやること。ゆるすこと。

 

 バタ足の慣れないうちは、前に進むことよりも水をバシャバシャ打つほうに、エネルギーをとられるような感じだ。それが、ふとしたコツを会得することによって、変わる瞬間がある。それまでは、人間の体に抵抗していたかのように思われる水が、急に優しくなって体を前進させてくれるものとなる。その変化の感じを「水は静かにわたしを恕す」と作者はとらえた。全身で水と対話した人でなくては、生まれない表現だなあと思う。

 水泳の体験が、感受性豊かな一首にまとめられたというだけでも、読みごたえのある歌だが、さらに全体が、人生の比喩のようにも感じられる。一人よがりにもがいていた時には、障害だったものも、ちょっとした視点の切り替えや考え方の変化によって、思いがけなく自分を支えてくれるものになる・・・そんな解釈も可能ではないだろうか。いかにもという押しつけではなく、さりげなくそういう広がりを見せてくれるところが、またこの歌の魅力だろう。

                    〈俵 万智「三十一文字のパレット2」より〉


2006年8月31日(木曜日)

おとなしい良い子

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時03分39秒

 ここ数日、少年による殺人事件が多いような気がします。

 しかも、実の親など身近な人を殺害するという事件が立て続けに起こっています。事件を起こした少年たちは、いったいどんな少年だったのでしょう。テレビ局の取材により、見えてくる人物像は、「おとなしくて、良い子」が多いようです。

 なぜ、「おとなしくて、良い子」が凶悪な事件を起こすのでしょうか。

 彼らは、我慢に我慢を重ねて「良い子」を演じています。親やまわりの大人からの期待に応えようと一生懸命に生きてきました。そのため、自分の不完全な部分を隠してきたのです。不完全な自分の姿を含めた「ありのままの姿」を否定し、ありのまま生きることを恐れ、「良い子」になってきたのです。このような自己肯定感のない子供は他者を信頼し肯定的に捉える事ができなくなります。自分で生きたい、自分を取り戻したいという欲求が強くなり、そして、我慢の限界が来たときに爆発してしまうのです。

 現代社会は、科学の進歩と共に不可能を可能にしてきました。このような時代に育った子ども達の中には、何でも思い通りにならないと気がすまない、という子ども達も増えてきているのです。失敗を恐れ、思い通りにならないことに耐える力を持たない子ども達は、些細なことで(大人から見て)無力感を感じ、傷つき、自暴自棄になってしまうのです。

 失敗や挫折の経験をすること、失敗しても許されるという経験をすること、これが今の子育てで欠けていることではないでしょうか?


2006年8月27日(日曜日)

中学3年生の男子生徒との会話

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時01分43秒

私 「お父さんは、学校の先生なんでしょ。どんなお父さん?」

彼 「お父さんのことは、嫌いです!」

私 「色々、優しく教えてくれるんじゃない?」

彼 「叩かれました・・・。数学の成績が悪かったら、『お父さんが教えてやるから聞きに来い』と言われ、行ったら、『何で、こんなのも分からないんだ!』と言われ、叩かれました。だから、お父さんのことは嫌いです。」

私 「お父さんは、君に期待しているんじゃない?」

彼 「兄や妹は、そんなに厳しくされません。僕だけです・・・。そのことをお父さんに言ったら、『そんなことあるわけないだろ!』と言って、また、怒られました。 だから、お父さんとは口をききません・・・。」

 

 この子に対する、お父さんの本当の気持ちは分かりません。しかし、少なくとも子供に親の愛情が伝わっていないことは確かです。

 言葉を発する前に、ちょっとだけ子供の気持ちになって考えてみませんか?


2006年8月20日(日曜日)

犬のトラウマ

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時12分47秒

 先日、テレビ番組に「動物と話ができる人」が出演していました。どこにでもいる普通のアメリカ人女性でした。ごらんになった方もいらっしゃると思いますが、彼女は、動物と話してその気持ちが分かるというのです。

 視聴者のある家庭で犬が家族に噛み付いて困ると言うので、その方が行って犬の様子を見てみることにしました。その犬は、小さい子どもの頃から家族の一員として可愛がって育てられたのですが、数年前から凶暴になり、家族に吠え、噛み付くということでした。テレビに映し出されるその犬は、まるで狂犬のように歯を剥き出し、目を吊り上げて吠え続けていました。

 動物と話ができるという彼女が近づき、犬の気持ちを読み取ると、次のように言いました。

 「犬は、おばあさんを怖がっています。おばあさんが数年前、長い棒のようなもので犬を脅したので、それ以来、おばあさんやおばあさんと仲良くする家族を怖がるようになったのです。」

 おばあさんを犬のそばに連れてくると、確かに気が狂ったかのように吠えていました。おばあさんは、数年前、庭をほうきで掃いていたときの事を思い出しました。おばあさんがほうきで掃いていると、犬が足元でじゃれてきました。なかなか掃除が進まなくて困ったおばあさんは、ほうきで地面をとんとんと叩き、犬を足元から追い払ったのです。おばあさんとしては全く悪気はなかったのですが、これが、犬のトラウマとなり、恐怖心から虚勢を張るようになったというのです。

 この事情を知った家族、特におばあさんは、犬に謝り、優しく接するよう心掛けるようになりました。その結果、数ヵ月後には元通りの、優しい可愛らしい犬に戻り、家族になつくようになったのでした。

 人間の世界でも、ちょっとしたことで相手を傷つけてしまうこと、また、その結果、相手が誤解したり、逆恨みをしたりして関係がこじれてしまうということがあるのではないでしょうか。知らず知らずのうちに相手を傷つけてしまっていることがないか、自分自身を振り返り、反省させられました。

 おばあさんは、犬との関係を回復するため、自分の非を認め、温かく、優しく接しました。これを見て、人間も関係回復のためにできることは、同じじゃないかなと感じました。相手のことを本当に思っているという気持ちを表して、接していくうちに、冷たく閉ざされていた心が溶かされていくのではないでしょうか。

 どうして、この女性に犬の気持ちがわかったのか、最後まで、大変不思議でしたが、犬の気持ちを人間に置き換えて、いろいろ考えてみることのできる大変興味深い番組でした。


2006年8月16日(水曜日)

子どものためのルールブック

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時26分29秒

 最近、礼儀や作法の常識、社会や教室でのルールを守れない子どもが増えてきています。昔は、家庭や地域社会が常識、ルール等を教える役目をしていましたが、今の忙しい家庭や地域社会は十分にその役目を果たしているとはいえません。どんなルールを子どもに教えたら良いか、大人自身が迷っていることも少なくないのではないでしょうか。

 今日は、子どもにどんなルールを教えたら良いかを分かりやすく書いてある2冊の本をご紹介します。

ロン・クラーク著「あたりまえだけど、とても大切なこと―子どものためのルールブック」草思社(大人用)

ロン・クラーク著「みんなのためのルールブック―あたりまえだけど、とても大切なこと」草思社(子供用)

「教育困難学級をうけもった小学校教師が、祖母から教わった礼儀作法をルールにして生徒たちに教えたところ、教室が劇的に変わり、学業成績も州のトップクラスになりました。「大人の質問には礼儀正しく答えよう」「相手の目を見て話そう」「誰かがすばらしいことをしたら拍手しよう」「勝っても自慢しない、負けても怒ったりしない」「誰かとぶつかったらあやまろう」「口をふさいで咳をしよう」… 一見あたりまえのことばかりですが、いま、子どもたちの多くが誰からも教わっていません。他者を尊重する心、自分を大切にする心を育てる、大人にも通じる基本ルール集です。著者は2001年に「全米最優秀教師賞」を受賞。」(出版社/著者からの内容紹介)

 子どもをルールで縛るというのではありません。礼儀作法や決まりについて親子で考えることは、子ども自身が良い人間関係、良い友達関係を作っていく上で大切なことですよね。おもしろいので、ぜひ、読んでみてください。


2006年8月9日(水曜日)

定年離婚

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時55分41秒

 離婚した場合、夫婦の合意があれば、結婚期間中の夫の厚生年金について、妻が分割して受け取れる年金分割制度が2007年4月からスタートします。 日本の離婚率は、近年上昇を続け、2002年には人口千人あたり2.30人となっていましたが、2004年には、2.12人と低下しています。これは、年金分割制度の施行を待つ多くの熟年夫婦(どちらかといえば妻が待っている?)が離婚を控えているからだと言われています。熟年離婚の嵐の前の静けさということでしょうか。 

 熟年離婚・定年離婚とは、数十年連れ添った夫婦が定年等をきっかけに「ある日突然、離婚」というものです。定年を迎えた夫が、「さあ、これから夫婦で残りの人生を楽しもう。」と思っているのとは裏腹に、妻は、「長い間、夫に尽くしてがんばってきたのだから、残りの人生は悔いのないように楽しみましょう。」と言って、離婚の準備を進めているのです。結婚生活において、夫婦の間に生ずる様々な感情の衝突やすれ違いが、大きな溝を生み、ついに修復できないところまで拡大してしまうのです。 

 夫婦は、血縁関係ではなく、あくまで他人です。テレビのワイドショーでタレントの離婚会見などを見ていると、まるで結婚していたのが嘘だったかのようにさめた表情で相手のことを語っているのを見ることがあります。(結婚の時もワイドショーでは大きく取り上げ、幸せ一杯の2人を写したりしていますが・・・) 

 他人同士が一つ屋根の下で暮らすわけですから、少なくとも最低限の心遣い、思いやりは必要です。夫婦のどちらか一方(両方?)が我慢を強いられ、自分らしく生きることができないようであれば、こんなに苦しい結婚生活はありません。 夫婦がお互いの気持ちを理解し、円満な夫婦生活を続けていくためには、夫婦のコミュニケーションが大事です。まずは、相手がどう感じ、どう考えているかを知ろうとすることが大切ですね。


2006年7月19日(水曜日)

欠点を生かす

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時40分13秒

人に好かれ、人間関係がうまくいく人とはどういう人でしょう。何でもできる優秀で品行方正な人が必ずしも人に好かれるとは限りません。

「まじめでこんなに努力しているのに、どうしてみんなとうまくいかないの・・・。」と、悩んでいるあなた。もう一度、自分自身を振り返ってみましょう。あなたのまわりで、人に好かれ、誰とでもうまくやっている人はどんな人でしょう。以外にも、あなたとは反対で不真面目なだらしのない人が好かれていたりしませんか?いつもばかばかしいことばかりやって、みんなからしょうがないやつだと思われていながら、案外好かれている人がいるものです。(子どもの頃のクラスを思い出してください。ほら、いたでしょ。そんな子が1人や2人・・・)

このような人には、親しみやすさがあるからです。

品行方正で優秀な人の中には、隙を見せないように分厚い鎧で自分を覆っている人がいます。そのような人とは気楽に話すことができません。こんなことを話すと馬鹿にされてしまうかもしれない、等と考えてしまい、その人と話すことを敬遠してしまうからです。それに比べて、欠点は欠点として隠さず、自分のありのままの姿を正直に出せる人は、相手の気持ちを楽にすることができます。

ロシュフコーという人の言葉に「人と交わる場合、長所より短所によって喜ばれることが多い。」というのがあります。肩の力を抜いて、自分らしさを表現してみましょう。たとえ欠点だらけであったとしても、相手の気持ちをやわらげることができるでしょう。親しみやすい話し方や態度は多くの人の心をくつろがせるのです。


2006年6月30日(金曜日)

すばらしい一日

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時25分02秒

本を整理していたら、おもしろい本が出てきました。「生活の処方箋」(千代崎秀雄著)という本です。

 1968年初版発行の小冊子で、当時定価50円で販売されていました。この本には、様々な教訓が分かりやすく書いてあり、読むたびにいろいろ教えられたものでした。この中から、いくつかご紹介いたしましょう。

 

 

 「不幸になりたい人へ」

 不幸になりたいと望む人は、次のことを守れ。

  1.自分ほどエライ人間はないと、いつも考えること。

  1.他の人が自分のためにもっと何かしてくれていいはずだと考えよ。

  1.ひとの罪あやまちを決してゆるさないこと。

  1.「昔はよかった」と考えること。

 

「感謝倍増案」

 本当に幸福な人とは、財産ではなく感謝の心に富む人である。

  感謝の増す秘訣

      「してくれるのが当たり前」と思っていたことを、もう一度見直すこと。

  カラを破れ

      「親だカラ」「妻だカラ」「金を払っているのだカラ」などというカラを除くと、

        「当たり前」が消えて感謝が生まれる。

 

 「もし転んだら」

   また転ぶのがいやだから、起き上がらない。      ズルズルベッタリ族

   せっかく転んだのから何かを拾って起きる。       チャッカリガッチリ族

   なぜ転んだかを反省して、再び転ばぬようにする。   あなたはこれであれ

 

 「すばらしい一日」

   毎朝、「今日はスバラシイ日だ」と心に言い聞かせ、大切に有益にその日を用いよ。

   なぜなら今日という日はあなたの一生に再び来ないから。

   これを守る人はすばらしい一生を送ること保証つき。


2006年6月13日(火曜日)

子育て(3)愛情

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時21分30秒

 「夫の2人に1人が出産に立ち会っている・・・、」(厚生労働省研究班の出産に関する全国調査)このようなニュースが新聞(平成18年6月13日付朝日新聞)に載っていました。分娩室で、医療関係者以外で出産に立ち会った人は、夫が52.6%と最も多く、「父親としての実感が深まる」「妊婦が安心できる」などを理由にあげ、増えているそうです。これから生まれてくる赤ちゃんを夫婦で温かく迎えようとしているのでしょう。

 赤ちゃん誕生の瞬間、親はどのようなことを考えるのでしょう。多くの親は、子どもの誕生を素直に喜び、子どもが健やかで幸せに育って欲しいと願うのではないでしょうか。

 ところが、いつの間にかその時の気持ちを忘れてしまい、「もっと良い点数を・・・」「もっと良い学校へ・・・」「どうしてそんなこともできないの・・・」というように、子どもに対する要求が多くなってしまうのです。もちろん、子どもの将来の幸せを願ってのことではあると思いますが、今ここにいる子どもの幸せを忘れてしまっていることもあるのではないでしょうか。

 また、たとえ子どもへの愛情があったとしても、それが伝わっていなければ子どもは幸せではないのです。

 他の動物とは異なり、人間の子どもは長い期間、親の保護が必要です。これには、物質的なものばかりではなく精神的なものも含まれます。親の愛情をたっぷり受けていると感じている子どもは、心が安定し、様々な面で力を発揮するようになります。そして、安心して親元を離れ、自立していくことができるようになるのです。 


2006年6月4日(日曜日)

子育て(2)いたずら

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時58分33秒

 子育ての目標はなんでしょう。どのような子どもを育てると、子育ては成功したといえるのでしょうか?

 多くの親は、子どもを「良い子」に育てたいと考えます。大人から見た「良い子」とは、多くの場合、親や大人の言いつけに素直に従う子どもではないでしょうか。このような子どもを持つと親は楽です。親の命令や要求には口答えせず服従するのですから、こんなに育てやすい子どもはいません。もちろん、幼少期に親への服従を教えることは大切なことです。守らなければいけない決まりを教えることも大事なことです。しかし、それだけでは子どもの自主性や自立心は育ちません。大きくなった時、大人に成長した時に自分で考えて目の前の様々な困難に立ち向かう力が育っていかないのです。親は、いつまでも子どものそばにいてあげることはできません。いつの日か子どもは自分の足で自分の人生を歩んでいかなくてはならない時が来るのです。その時のために自分の足で生きていく力を養わなくてはならないのです。

 子どもは、様々ないたずらをします。時には、大人には思いつかないようなとんでもないいたずらをしでかすのです。乳幼児期には、ティッシュペーパーを1枚1枚全部抜いてしまったり、壁に落書きをしたり、お母さんの化粧道具を全部出してしまったりすること等がよくあります。そんな時、親はどうしたらよいのでしょう。「どうしてそんなことをするの!」「やめなさい!」「何度言ったらわかるの!」というようなお決まりの言葉で叱り、時には躾と称して叩いてしまうこともあるのではないでしょうか。これでは、子どもの自主性や自立心は育ちません。子どもは、初めて出会う様々な物に興味を示し、色々考えながら自らの意思で行動しているのですが、せっかく出てきたその芽を大人は摘んでしまいかねないのです。大人にとっての「良い子」がじつは、自主性や自立心の乏しい子どもである場合が多いのです。

 親は、子どものしているいたずらが「悪いこと」なのかどうかよく考えて対処しなければなりません。本当に「悪いこと」をしていたら、よく言い聞かせ、注意しなければなりませんが、多くの場合、ちょっと工夫するだけで親も困らず、子どもの好奇心を阻害しないような方法を見つけることができます。例えば、先程のティッシュペーパーのいたずらの場合、あらかじめ、いたずら用のティッシュペーパーを数箱用意し、気が済むまで抜き出させてあげるとよいでしょう。抜き出したペーパーは、再度利用することもできますし、このようないたずらはいつまでもつづくものではありませんから。また、落書きの場合、本当に壁に描かれては大変ですが、子どもは、お絵かき帳ではなく大きなキャンバスに思いっきり描きたいこともあるのです。そんな時は、大きな模造紙等を壁や床に貼り、気の済むまで描かせてあげましょう。我が家では子どもが小さかった頃、食事の支度をしている母親の足元に来て、しゃもじやお玉、鍋等を全部出して遊んでいたものです。包丁など危険なものは手の届かないところに置き、あとは好きなだけ触らせていました。

 このようないたずらは発達の段階に応じてしなくなり、次の段階へと進んでいくのです。大人になるまで、ずっとティッシュペーパーを抜き続けたり、台所用品を全部出して遊んでいる人はいないでしょう。子どもの好奇心が満たされれば、そのいたずらはおしまいになるのです。ですから、親はできるだけ広い心で子どものいたずらを見て、本当に「悪いこと」かどうかを判断することが出来るようになると良いでしょう。一工夫することで親も子どもも満足できれば良いのですから。

 毎日、忙しく子育てをしていると、大人の基準で「良い子」にしていないと怒りたくなってしまうことがありますが、ちょっと立ち止まって考えてみてください。本当に怒らなければいけないことかどうかを。


2006年5月22日(月曜日)

子育て(1)

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時17分30秒

 どうやって子どもを育てれば良いか・・・これは、学校では習いません。

 私たちは学校で、数学や英語、国語や社会、理科といった勉強をし、社会に出て行くために必要な多くのことを学んできました。しかし、多くの人々が携わるであろう子育ての方法については、学ぶ機会がありませんでした。一人の大切な人間を育て上げるという非常に重要な働きのはずなのに、その方法を学ぶ機会はほとんどないのです。(私たちが学校で勉強をしなければならない生徒・学生時代、、私たちはまだ子どもだったのですから、子どもが子育ての勉強をしてもどのくらい理解し、身につけることができるかどうかはわかりませんが。)

 さあ、子どもが生まれるという時になって、育児書や教育書を買い求めて勉強する方、そして、実際に生まれた子どもにマニュアルどおりの対処をし、本に書いてある通りの育ち方をしていないと、「うちの子は、どこかおかしいんじゃないだろうか?」と悩んでしまう方も多いのではないでしょうか。また、育児書などを買い求めず、自分の感覚に頼って子育てをしている場合、自分が親に育てられてきたとおりに、子育てをしているという方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。いずれにしても、今、ここにいる自分の子どもに対して最も適切な子育て法ができているのかどうか自信がないという方は多いのではないでしょうか。

 子どもは、生きものです。マニュアルどおりに行かないことや自分が育てられてきた方法でやってもうまくいかないことは、たくさんあります。そこで、どのような方法(マニュアルではありませんよ)で子育てをしていけばよいか、これから数回にわたって考えていきましょう。

 山本良樹さんという方の日めくり詩集を見ていたら、おもしろい詩があったのでご紹介します。

    「アフリカの母」

    子供が転んだとき

    日本の母は

      抱き起こすという

    アメリカの母は

      黙って見ているそうだ

    アフリカの母はというと

      自分も転んで起き上

      がって見せるという

    そんな話が本当か嘘か

    でも・・・なんとなく

    なんとなく

 この詩を読んで、どのようにお感じになりますか?

 「日本の母」の様子は、今の日本に多くいる過保護な親の姿を表し、「アメリカの母」の様子は、自立のため突き放す親の姿を表しています。「アフリカの母」はどうでしょうか。自分も転んで起き上がって見せるという親、これは、子供と同じ目線まで下がって見本を見せ、子供が自力で起き上がることができるよう、その方法を教えている親の姿を表しています。

 親が同じ目線まで下がってくれることで、子供は、親に対する信頼感と安心感を持ちます。その親が見せてくれている見本をまねて、子供は生き方の方法を学び、自分の力で生きていく事ができるようになるのです。

 


2006年5月18日(木曜日)

ドラえもんのタイムマシンがあったら・・・。

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時03分33秒

 「人間て、悲しい生き物ですね。生きているうちに何を残せるのかな?何のために生きているのかな?って思います。何も考えずに生きている虫や鳥のほうが楽なんじゃないかなって思います。ドラえもんのタイムマシンがあったら、楽しかった小学校時代に戻りたいです。・・・・でも、楽しいこともあれば、つらいこともありますよね。・・・だから、今の時を大切に生きたいなあと思います。後悔は、したくないから。」

 これは、20代前半の男性から届いたメールの一文です。(掲載承諾済)

 人間関係や今の職業に対する適性について悩み、さらに、知り合いの死に直面して生きることの難しさを感じていた彼は、何も考えずにただ毎日遊び、親の保護の下で楽しく生活していればよかった小学校時代を振り返り、その時代に戻れたらどんなに楽だろう、と言っているのです。いや、そればかりか虫や鳥のほうが楽なんじゃないかとまで言っているのです。

 自分は何のためにここに存在しているのか?どうやって生きていけばよいのか?・・・これは多くの人たちが思春期以降、一度は直面する悩みでしょう。子ども時代に戻れたら、どんなに楽だろう、と思ったことのある人は、少なくないことと思います。

 人間は、一人で生きていくことはできません。他者との関係に於いて、自分の存在価値を確認し、自尊心が満たされてはじめて生きていく力が湧いてくるのです。

 彼は、その後、福祉関係の資格を取得し、老人福祉の場で活躍しています。

 「動けず、会話もできない人でも、毎日話しかけたりすると笑ってくれたりします。その時は本当にうれしいですよ。やっていてよかったって思う瞬間の一つです。・・・良い職場の仲間に出会えました!みんなで助け合ってます。」

 これが最近届いたメールです。彼は、悩んだ末、老人福祉という仕事につきました。体力的には大変なことも多い職業だと思いますが、自分の働きかけによってお年寄りが喜んでくれることを知り、自分が役立っている喜びを感じているのです。自分の存在価値を知ることは、生きていく力を生み出します。

 自分には何の価値もないと考えているあなた。今、この時、この場所に存在しているあなたは、価値ある大切な一人のあなたなのです。今の時を大切に生きてみませんか。


2006年5月6日(土曜日)

カウンセリング・マインドのある人

カテゴリー: - matsuzaka @ 18時20分20秒

   大学に入学してきたある女子学生は、とても明るい性格だった。その学生があるとき、「先生、私の母は週に何回か私に短い便りをくれるのです。母は、『もしあなたが家にいたら、食事や洗濯やいろいろなことで時間をとられるのだから、遠くで寮生活をしているあなたにはせめて便りを書いてあげなければね』と言って手紙をくれるのです。」と話してくれたことがある。

子どもが遠くにいても自分自身のことのように感じ取ることができる。これが愛するということであって、「これを着なさい」「あれを食べなさい」「これをしてはいけない」などとうるさく言うことは、たとえ自分では子どもを愛しているからと思って言ったことであっても、必ずしも子どもを愛していることにはならないのである。この共感的理解というカウンセラーの姿勢がこの母親にはあった。

  家庭内暴力は、通常、登校拒否にも関係がある。また、学校におけるいじめにも無関係ではない。そして親としてもっと憂慮しなければならないのは、こうした状態が長く続いていくということである。成人した後も社会に適応できないままでいる子どもを抱えることになる。子どもをかばうのでもなく、自分の見栄を張るのでもなく、まずこの種の問題の根本は両親の子どもに対する態度がカウンセリングを通して変えられ、子どもに対する見方が変わってこなければならないということに早く気がつくことである。

                      顧問カウンセラー 田渕昭三著 「もっと楽〜に生きるための12章」(福音社)より


2006年5月5日(金曜日)

カウンセリング・マインドのない人

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時03分49秒

 「この子は、小学生のときは本当におとなしくて、親の言うことをよく聞く子どもでした。」家庭内暴力で悩んでいるお母さんたちが相談に来て言う言葉である。「でも、今ではあのおとなしかった子どもが、気に入らないことがあると私に向かって、“このクソばばあ。こんな俺にしたのはてめえだぞ”と、私を打ったり蹴ったりするのです。いったいこの子はどうなるのでしょうか」と私に哀願するようにその理由を聞こうとする。

この母親にはカウンセリング・マインドの特徴である人間関係を大事にする姿勢や自分や子どもを理解しようとする態度が弱く、いわゆる防衛機制といわれる自分を弁解したり、問題から逃避しようとしたりする姿勢が強い。ではいったいどこに問題があるのかを考えてみることにしよう。

まず、子どもが幼いとき、おとなしく母親の言うことを聞いていたということだが、親が自分の思い通りに教育しようとしていたことが相談中にわかってきた。次に、その子の友人がよくできる子なので、自分の息子が負けていることがお母さんのプライドを少々傷つけていたという事実もわかってきた。父親が単身赴任で、子どもの教育は「すべておまえにまかす」という夫の言葉もあって頑張ってきたが、たまにしか帰ってこない夫への不満や寂しさもあって、一人っ子の息子に多くの関心が向けられたようだった。

母親は夫への不満や寂しさが交じり合った複雑な気持ちを抱えていたので、父親の不在や母親の自分に対する過剰なまでの介入によるストレスを抱えている子どもの立場に立って理解するゆとりはなかった。これは、この子どもにとって大変不幸な状況であった。

このような母親にさせた理由の一つは、父親の家庭に対する無関心であった。たとえ数ヶ月に一度の帰宅であったとしても、妻や子どもへの感謝と思いやりが十分に夫から表現されていれば、子どもをここまで苦しめなくてもよかったであろう。要は交流の質が重要なのである。子どもが時々父親について、「親父なんかいなくたっていいんだ。おふくろを放ったらかしにしやがって」と言っているという母親の報告からも推測できる。カウンセリング・マインドにとって重要なキーワードである「共感的理解」の家庭内での不在は伝播するのである。

      顧問カウンセラー 田渕昭三著「もっと楽〜に生きるための12」(福音社)より


2006年4月18日(火曜日)

あまり深刻に考えないことが長生きの秘訣

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時14分06秒

初めて医者にかかる人のほぼ85%が、ストレスに起因した病気を持っている。これほど多くの人が抗うつ薬に依存している時代はかつてはなかった。ストレスは免疫系統に致命的な影響を与えることがわかっている。カリフォルニア・ロマリンダ大学公衆衛生学部準教授リー・バーク博士はこのように言う。ますますストレスが増えている社会にあって、私たちは何をすべきか。笑うことである。それはおかしい、とあなたは言うかもしれない。しかし、様々な研究によって、それが決して笑いごとでないことがわかってきた。バーク博士によれば、笑うことは生体内変化によって健康に有益な物質を作り出すからである。人間の免疫系統に非常に有益な働きをしている血液成分のひとつにNK(ナチュラル・キラー)細胞がある。人が笑うと、このNK細胞の働きが活発になる。NK細胞はウイルスに感染した細胞やある種の悪性細胞を捜し出し、殺してくれる。「精神と肉体の間には非常に密接な関係があり、一つが侵されると他もそれに伴う。精神状態が健康に及ぼす影響は、多くの人が認識しているよりもはるかに大きいのである。人間が苦しむ病気の多くは、心の消沈によるものである。・・・・・希望、同情、愛は健康を増進し、生命を延ばす。満足した気持ち、快活な精神は肉体を健康にし、精神を強める。『喜びを抱く心はからだを養う』」(E・G・ホワイト著 ミニストリー・オブ・ヒーリング)これは世界的に応用可能である。笑いが世界共通語だからである。バーク博士は言う。「私たちがジョギングをするのは健康のためにほかなりません。それなら、健康のために笑ってみてはいかがでしょう。」                       Adventist News Network より


2006年4月17日(月曜日)

幸せを感じていますか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時12分55秒

 日本人は、たくさんの便利なものに囲まれて何不自由のない生活をしています。物質的に、こんなに恵まれた国は世界中にあまりないでしょう。では、みなさんは幸せですか?幸せについて質問した多くのアンケートによると、収入が多い人はみんな幸せと感じているかというと、そうでもないことがわかります。私たちの周りでは様々なことが起こります。それらの出来事をどのように受け止めるかによって、幸せ度が変わってくるのです。たとえば、「今日は、雨が降って嫌だなー」と嘆くのか、「花壇の植物が潤うので、雨でよかった。」と喜ぶかです。人間関係においても同じです。人の短所を見て不平不満を言い、自分が今このような状況にあるのはあの人のせいだと人を責める人もいれば、人の良い面を見てどんな人とでも上手に接することができる人もいます。このように、同じ現実に対する受け止め方の違いが幸、不幸を分けてしまうのです。物事をプラスに捉え、「今は、幸せだ。」と考えることができる人は、幸せになれるのです。「あれがそろえば幸せになれる。」「こうなったら幸せになれる。」というように、幸せの条件が整うまで待っていては、幸せになることはできません。何事にも感謝し、幸せと思えるようになると、自分ばかりか周りの人も幸せになってくるのです。幸せを感じてみませんか!


先生、疲れていませんか!

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時11分52秒

 近年、ストレスを抱えている教員が増えています。多忙な教育活動のほか、児童・生徒、保護者との人間関係あるいは職場の上司・同僚との人間関係がストレスとなり、心身の燃え尽き症候群(バーンアウト)になる教員、精神性疾患等により病気休職する教員が増えているのです。 平成17年度学校基本調査によると平成16年度の教員の病気休職者数は次のようになっています。在職者数          921,600人病気休職者数          6,308人うち精神疾患による休職者数   3,559人 平成7年度の精神疾患による休職者数が1,240人だったのに対して、平成16年度は約3倍の3,559人に増加しています。 教員は、数十名の児童・生徒に対してじつに多くの責任を負っています。休む間も無く熱心に取り組めば取り組むほど精神的なゆとりがなくなり、多くのストレスを抱えることになってしまうのです。 児童・生徒に温かく接するためには、先生の心にもゆとりが必要です。自分の仕事内容や仕事量、自分の能力等を見直してみましょう。 先生は、大切な子ども達を預かる職業です。そのためにも、先生の心は健康でなくてはいけませんね。


2006年4月16日(日曜日)

自分のこと、好きですか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時14分46秒

 あなたは、自分のことが好きですか? まわりの人と比べて、「わたしには何の取得もない。」「あの人はいいなあ。それに比べてわたしは・・・。」「わたしは、ダメな人間なんだ・・・。」と思ってはいませんか。自分に自信が持てず、自分のことを嫌いになってはいませんか。 中国の賢者老子は、「人を知る者は智、自らを知るものは明」と言っています。これは、人を知るより、自分を知ることのほうが難しいという意味です。自分の弱さを認めるのが難しい人もいれば、その逆で、自分の良いところを認めることができない人もいます。自分のありのままの姿を知り、それを受け入れることができる人は、自分を好きになることができます。そして、まわりの人を受け入れることができるようになるのです。 作家の五木寛之さんは、次のように言っています。「私たちは、まず自己を肯定するところから出発したほうがいいようです。自己を肯定し、自己を認めてやり、自己をはげまし、よろこばせること。それが必要ではないか。」と。 そんなことを言ったって、自分には何の価値もないのだから、自分を認めることなんてできない、と思っている人がいるかもしれません。 長年にわたり、インドの路上でひとり寂しく死を待つ人々のそばに寄り添い続けたマザー・テレサは、「すべての存在はそこにあるだけで宇宙に受け入れられているのです。そこに最大の価値があります。」と言いました。 今のあなたには、分からないかもしれませんが、あなたはそこにいるだけで価値があるのです。今いちど、自分を見つめ直してみませんか。


あなたの心の居場所はありますか?

カテゴリー: - matsuzaka @ 02時13分29秒

このページを開いたあなたは、ちょっと心が疲れているのかもしれませんね。仕事のこと、家庭のこと、学校のこと、恋愛のこと、夫婦の関係、友達との関係、将来の不安、自分の容姿、自分の能力・・・等など、数え切れないほどその原因はあります。あなたの問題は何ですか?一人で悩んでいると解決の糸口はなかなか見つからず、心のバランスを崩してしまうということがあります。「平成16年人口動態統計月報年計(概数)の概況」(厚生労働省)によると、20代〜30代の死因の第1位は自殺です。また、全年齢の死亡者総数の内、自殺者は30,227人もいるのです。心のバランスを崩してしまったために、自ら死を選んでしまう人がこんなに多いのです。「生きていれば何とかなるのだから死んではダメ」・・・言うのは簡単ですが、真剣に悩み、心のバランスを崩している人の心には、なかなか届かないでしょう。自分が生きている意味、自分の存在価値が分からなくなったとき、人は「生」を捨ててしまうのです。今、心が疲れているあなたには、自分の心がホッとする場所、心の居場所はありますか?あなたは、自分が無価値な人間だと考えていませんか?今のあなたには分からないかもしれないけど、あなたは大切な一人の人です。あなたの命、そしてあなたの人生を大切にしてください。


2006年4月15日(土曜日)

聞こえていますか - 子どもからのSOS

カテゴリー: - matsuzaka @ 01時49分03秒

 「大切に育ててきたはずのわが子がどうして・・・。」 「あんなに良い子だったのに・・・・。」こんな気持ちになったことはありませんか。子どもにかかわる問題(不登校やいじめ、暴力等)は、一時期に比べると減少傾向にはありますが、依然として多く発生しています。文部科学省が発表した平成17年度の学校基本調査の統計によると平成16年度における問題行動等の発生件数は、次のようになっています。1.暴力行為の発生件数 (公立の小・中・高等学校)学校内:30,022件 学校外:4,000件 2.いじめの発生件数 (公立の小・中・高等学校及び特殊教育諸学校)21,671件3.不登校児童生徒数 (国公私立の小・中学校)123,317人4.高等学校における不登校生徒数 (国公私立の高等学校)67,500人5.高等学校中途退学者数 (公・私立の高等学校)77,897人 6.児童生徒の自殺者数 (公立の小・中・高等学校)125人  子どもを取り巻く環境は年々複雑になり、数十年前には考えられなかったような多くの問題が起きてきています。また、これらに付随して心身に何らかの影響が表れてくる子どももいます。 子どもにかかわるこれらの問題の原因は様々あり、一概に「これが原因であり、これを取り除けば問題は解決する」というものではありません。たとえば不登校の場合、学校や担任、友達との関係に原因がある場合もあり、学校の責任を追及することによって、解決を求めることもありますが、それだけでは不十分なのです。もちろん、学校に対応を求めて子どもにとってより良い環境を作ってあげることは大切なことでしょう。でも、それだけでは解決にならないことも多いのです。子どもの問題行動が起きる前には、子どもからSOSのサインがあるはずです。SOSは様々なかたちで発せられています。突然、幼児語をしゃべるようになる、お母さんの膝に乗ってくる、まばたきを頻繁に繰り返すようになる、髪の毛を抜き始める等など、いろいろなサインがあります。そのサインに気付き、子どもの気持ちを正面から受け止めてあげることが大切なことなのです。子どもが誰に何を求めているのかということに気付いてあげることが解決への第一歩です。あなたには、SOSの叫びが聞こえていますか?


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