カウンセラー's コラム

2007年3月31日(土曜日)

老後の友人づくりのために4

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時42分08秒

 ・・・昨日のつづき

 

 面倒と思いながら聴くのでもなく、またいい加減に相槌を打ちながら聴くのでもない。それは一生懸命に関心を示しながら、「いったい何がこの人の悩みなのでろうか」「どうして彼は私にそのようなことを話すのだろうか」などと自問しながら、また、ときには、「それであなたはどのようにされたいのですか」というような積極的な関心を示しながら聴くという姿勢である。自分について話そうなどとは考えないで、相手の人が話したいうれしい話や苦しい体験などを明るく気持ちよく聴くことである。

 

 そうすると、たいがいの人は、あなたはとても良い人で親切だという印象を持つであろう。あなたはそういう方々のいろいろな話を積極的に聴いているうちに、人間が抱えるいろいろな問題を知り、洞察力も深まり、自分の問題よりももっと大きな悩みを多くの人が持っているということが分かってくる。その方の悩みや苦しみの経験を聴くというかかわりの中で、その人が問題からの解決に向けて努力していることに感動させられる。  ・・・つづく

  

                          田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月30日(金曜日)

老後の友人づくりのために3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時23分57秒

・・・昨日のつづき

 そこで、年をとってからの友達づくりに役立つカウンセリング・マインドを考えてみよう。それは、アクティブ・リスニング(active listening)すなわち「積極的聴き方」という心の姿勢である。この言葉にはいろいろな定義はあるが、一言で言うと、自分の話を聞いてもらうのではなく、自分の近くにいる人で私に話しかけてくる人の話を積極的に聴く態度を身につけるということである。  ・・・つづく
                   
                            田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月28日(水曜日)

老後の友人づくりのために2

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時00分44秒

 昨日の続き・・・・

 
 一般に年をとってからの友人作りは難しいと考えられている。中学や高校時代の友人との間には数年にわたる共通の体験がある。また、死線を越えた戦友なども強烈な共通体験をもっている。その友情は同じ釜の飯を食べたという一体感に支えられている。

 

 だが、職場からも離れてしまったし、これからはあのような仲間や友人はもうできないと考えてしまいやすい。事実、年をとってからの友人作りは容易なことではないだろう。若い人と友達になることも考えられるが、自分にはもう無理だと思ってしまう。

 

 友達を作るには年齢や社会経験が自分に似ていればお互いの話が通じやすい。となると、選択の余地は極めて狭いものになる。自分にはわがままなところがあるし、習慣も固定しているので、友達はなかなか見つからないと諦めてしまいやすい。  ・・・続く

 

 

                             田淵昭三「もっと楽〜に生きるために12章」より


2007年3月27日(火曜日)

老後の友人づくりのために1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分35秒

 年をとり、親友や伴侶など安心して会話ができる人がだんだん少なくなっていくと、なにか寂しさや孤独感が強まってくる。

 だが、数は少なくても心を開き、安心して話せるという関係があれば、お互いに充実感を味わうことともできる。その相手が親友であれば、時間の経つのも忘れてしまうこともあるだろう。

 それだけに、自分の周りからそのような親しい人が去っていくとき、自分に閉じこもってしまう人もあるかもしれない。たとえ昔の親友のような関係にならなくとも、言葉を交わし、笑顔を見ることができるようなつきあいを求めるのは、人間として当然のことである。・・・つづく

 

                            田淵昭三「もっと楽〜に生きるための12章」より


2007年3月26日(月曜日)

なりたい姿を演じる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分52秒

 春は、別れの季節であると共に、新しい出会いの季節です。
 今までの人間関係に別れを告げ、新しい人間関係を築くチャンスでもあるのです。

 

 あなたは、どのような人になりたいですか?こんな人になりたいとか、あの人のようになりたいという理想像はないでしょうか。自分を変え、新しい自分に生まれ変われるチャンスが今です。
 自分の性格や内面は、なかなか変えることはできませんが、行動を変えることはできます。本当の自分の姿ではないかもしれませんが、理想とする姿を演じているうちに少しずつ、それが自分の中に定着してきます。(自分の正直な気持ちを隠して、仮面をかぶることではありませんよ。)
 今まで人間関係で悩んでいた人は、自分の行動を少し振り返ってみましょう。自分の行動を変えれば、相手の自分に対するイメージも変わり、良い関係を築くことができるようになるものです。

 

 さあ、新しい自分を創ってみましょう。


2007年3月25日(日曜日)

人間関係を築くための気配り

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時32分57秒

 私達は日常生活の中で様々な人とのお付き合いをします。
 職場、近所、子ども関係など、多くの人達とかかわり、人間関係を築いています。うまくいけば、楽しいのが人間関係ですが、それがなかなか難しいのではないでしょうか。

 相手とうまくコミュニケーションをとり、良い関係を築くためには、相手に対する「気配り」が必要です。
 相手の気持ちやまわりの状況を上手につかみ、自然な形で気配りができるようになると、人間関係はスムーズになります。
 時々、「場の空気を読めない人」がいます。これでは、良い人間関係を築けません。相手が不快に思うような言動を避け、相手を喜ばせるような気持ちで接することができるようになると、良いのではないでしょうか。

 相手が、「この人といると楽しい。この人ともっと話したい。」と思えるような人になりたいものです。


2007年3月23日(金曜日)

新しい生活

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時54分14秒

 3月も第4週に入ります。
 卒業や入学、就職や転勤で新しい生活を始められる方も多くいらっしゃることでしょう。
 新しい生活が夢と希望、平和で満たされますように・・・。

 

  どんな生活でも新しい生活には意味があり、
  希望がある。
            田山花袋(小説家)

 

  気持ちよい生活を作ろうと思ったら
  すんだことをくよくよせぬこと
  めったに腹をたてぬこと
  いつも現在を楽しむこと
  とりわけ人を憎まぬこと
  未来を神にまかせること
            ゲーテ(ドイツの作家)


2007年3月22日(木曜日)

自立心を育てるいたずら

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時48分59秒

 子どもにとって、「いたずら」は大事なことです。

 子どもは、ハイハイする頃になると、いろいろないたずらをし始めますが、この「いたずら」が、子どもが自立する上で大変重要なことなのです。
 はじめて見る物に興味を持ち、自分の手で何かをしてみたくなります。自分で実際に触れ、自分の意志で好奇心を満たすため、子どもは様々ないたずらをします。水たまりがあれば、水たまりにびちゃびちゃ入るでしょう。草原があれば転げまわるでしょう。泥があれば泥団子を作るでしょう。洋服が汚れるので「やめなさい!」と、言ってしまう親が今は多いようですが、このようないたずらが自発性や自立心を育てるのです。
 いたずらをしない、おりこうな子は、育てやすい良い子のような気がしますが、実は反対です。いたずら一つできない子は、親の言いなりになる指示待ち人間になりかねないからです。
 皆さんは、近所の柿の実をこっそり採って来たことや、人の家の呼び鈴を鳴らして走って逃げてきたこと等はありませんか。これらは、「悪」ではなく、ゆるせる「いたずら」です。今の社会では、様々なことが厳格になり、「・・しては、いけません!」というようなことがあまりにも多いような気がします。
 数十年前の社会では、いたずらの犯人をみつけた大人は、「こらー!」とは言うけれど、それで終わり。子どもがいたずらをするのをゆるす余裕を持っていました。
 何がいたずらで何が悪いことなのか、何をゆるし、何をゆるしてはいけないのか、今一度、考えてみる必要があるのではないでしょうか。


2007年3月21日(水曜日)

通知表の見方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分00秒

 各学校は、もうすぐ終業式です。子どもたちは、学校から「通知表」を持って帰ってくるでしょう。
 お子さんの「通知表」を見て、みなさんは、どのような点に注目し、どのような言葉を発するでしょうか?

 

 「どうして、○○の成績が下がったの!」
 「いつも勉強していないから、こんな成績をとるんでしょう!何度言ったら分かるの・・・!」
 「となりの△△ちゃんは、オール5だそうよ。いいわねえ・・・。」
 「今度、こんな成績をとったら家に入れませんからね!」
 「お兄ちゃんに比べてあなたは・・・」などと言っている人はいませんか?

 

 子どもは、なかなか親の期待通りにはいきません。そんな時、子どもがやる気を失うような言葉をかけていないでしょうか。
 上記のような言葉を言われて、子どものやる気は起きるでしょうか?皆さんが子どもだったらどうでしょう。やる気が起きますか?やる気が起きるのだったらどんどん言えばいいのですが、実際はそうではありません。
 多くの場合、子どもたちのやる気は失われ、「どうせわたしなんか・・・・」と、いじけてしまいます。「自分は何をやってもダメなんだ、こんな自分は親から愛されなくて当然だ・・・。」と思うようになってしまうのです。

 

 通知表を持って帰ってきたら、まずは、ほめてあげられるところを探してみましょう。勉強面で無理だったら、活動面でも何でもいいです。どんな小さなことでも良いのでほめてあげましょう。ほめられた子どもは、次は頑張ろうという気持ちになります。
 今すぐ、結果が出なくても、子どもの頑張りを認めてあげることで、子どもは必ず伸びるようになります。(もちろん、親の思い通りに、というわけにはいかないと思います。無理な要求をするのではなく、子どもの現実を把握し、客観的に捉えることが大事でしょう。)

 

 さあ、通知表を見る心の準備はできましたか・・・?


ほめる

カテゴリー: - matsuzaka @ 00時15分18秒

   「惜しみなくほめよ」

 

 ホメ惜しみは、ホネ惜しみよりも悪い。

 
 人のうちにある良いものを引き出して
 それを伸ばす秘訣は、
 ほめることである。

 

 その気になって探せば、
 どんな人にもほめる材料はある。

 

 忠告のワサビを適当にまぜてほめよ。

 

       千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年3月19日(月曜日)

人間を知る2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時03分48秒

 ・・・昨日のつづき

 

 例えば、君たちが喜んで聴いている音楽を、もし大人がやかましいと文句を言ったとしたら、そういう大人の気持ちが君には分からないかもしれません。また、大人のほうも、今の若者や子どもはわからない、などと言ったりするでしょう。

 これでは、人間のことが分からなくなるだけではなく、いろいろと困ったことになります。自分のことや、自分に似た人や、自分の気に入った人のことだけはわかったようなつもりでいて、気に入らない人のことはわかろうとしない。― そういう人間だけがいたら、どういうことになるでしょうか。人間が自分勝手になるだけで、対立がひどくなるばかりです。

 たしかに、人間は複雑でわかりにくいものです。しかし、わかろうとしない、という態度を捨てるだけで、ずいぶんと分かりやすくなるはずです。

 

                         千葉康則「人間を知るために」より


2007年3月18日(日曜日)

人間を知る

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時53分19秒

 人間の中には自分も含まれていますから、人間を知るためには他人のことがわからなければなりません。

 そして、他人のことがわからなければ、自分のこともほんとうにはわからないのです。

 ところが、人間は、自分に似ている人間や気に入った人間のことはわかったような気がしますが、自分の気に入らない人間のことはわかりたがらないものです。

 わからないのではなく、わかろうとしないのです。・・・つづく

 

                                       千葉康則「人間を知るために」より


2007年3月17日(土曜日)

子どもの成長

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時46分07秒

 

  親は、我が子の成長を願っています。
 しかし、多くの場合、「子どもの成長」とは、知的な面での成長を指しているのではないでしょうか。「ひらがなが読めるようになった。」「足し算ができるようになった。」「算数で100点をとれるようになった。」「・・・ができるようになった。」というようにです。
 知的な側面での成長は大事ですが、別の側面での成長があることを忘れてはなりません。
 それは、心の成長です。豊かな感情、社会性、思いやりなど、人間として生きていく上で大切な心の成長をないがしろにしてはいないでしょうか。

 
 心の成長は、将来、子どもが一人前の社会人として立派に生きていくことができるようになるために、知的な側面以上に大事なことなのです。


2007年3月15日(木曜日)

心の冬は春へと変わる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時25分20秒

 以前、札幌に住んでいたことがあるということを何度か書いたことがありますが、北国の春は、大変感動的でした。
 植物の名前や季節にうとい私にでさえ、北国の植物が運んでくる春は分かりました。

 
 私にとって、北国の春を感じさせる植物の代表的なものは、「ふきのとう」でした。数十センチも積もった雪の下の凍った土の中でじっと春を待っていたふきのとうは、気温がプラスになり、雪が解けて土が見え始める頃に、顔を出します。今まで、暗く冷たい土の中でじっと我慢していたからでしょうか、明るく暖かい空気に触れたとたん、生き生きと輝き始めるのです。植物など、とても生きていられないと思えるような雪の下で雪解けをじっと待っている「ふきのとう」は、私たちに一つのことを教えてくれます。
 どんなに暗く、冷たく、苦しい中にあっても、必ず春が訪れるということ。そして、今、置かれている状況の中で、精一杯生き続けた結果、いつかは芽が出て立派に成長することができるということ。

 

 今、人生の冬の真っ只中にある人がいるかもしれませんが、まもなく雪が解けて春が来ることを信じて待ちましょうね!!


2007年3月14日(水曜日)

ホワイトデー

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時10分40秒

 今日は、ホワイトデーです。

 
 学校や職場はホワイトデーの贈り物で賑わったでしょうか。
 バレンタインデーやホワイトデーは、日本独特の習慣のようです。義理チョコの場合はともかく、恥ずかしがり屋の日本人の文化の中で、自分の気持ちを相手に面と向かって伝える良い機会なのでしょうね。

 

 人を愛すること。これは、簡単なようで難しいことです。
 「相手」を愛しているようで、実は「自分」を愛している場合が多いからです。言い方を変えれば、「相手」のための「自分」ではなく「自分」のために「相手」が必要ということです。
 「自分」中心ですから、「自分」を好きになってくれなければ、嫌いになるとか、「自分」に尽くしてくれなければ、大事にしない、ということが起きてくるのです。

 
 愛を返してくれるから愛するのではなく、相手の存在そのものを愛することができるようになれたら素晴らしいですね。

 
 今日、「愛」を返してもらえなかった方・・・、ここでくじけずに愛し続けましょう


2007年3月13日(火曜日)

卒業

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時54分35秒

 昨日、一人の女子学生が「無事に高校を卒業した」との報告をしに来てくれました。
 彼女は、私立の中学校でいじめや人間関係に悩み、そのまま一貫校である高校へ進学するのをやめて通信制の高校へ進学しました。
 通信制の高校は4年間かかるのが普通だそうですが、彼女は3年間で無事に卒業できたというのです。週1、2回のスクーリングの他は家庭で独学ですから、最後までやり通した努力は並大抵のことではないと思います。本当に良くがんばりました。
 彼女が通信制に進むと聞いたとき、ただでさえうまくいかない人間関係がさらに下手になってしまうのではないかとの心配がありましたが、昨日の表情や見せてくれた写真からそれが間違いだったことが分かりました。
 スクーリングで会う生徒たちと友達になることができたのです。
 彼女は、言っていました。「通信制の高校で色々な人にめぐり合えてよかった。様々な境遇の人や年上の人がいて、いろいろ教えられた。今、中学校に戻ることができたら、もう少し人と上手にできるかもしれない。大学に行って、また色々な人と出会うのが楽しみ。」と。

 
 道は、一つではありません。
  うまくいかないからといってそこで挫折してしまうのではなく、自分に最も合った道を見つけて、そこで新たな成長をすることができれば幸せですね。

 

 今春、卒業のみなさん、おめでとう!!


2007年3月11日(日曜日)

すべり台

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時53分39秒

 

 「すべり台」

 

 きもちが一直線に
 すべり台してしまったら
 両手をあげて
 心地よく すべりましょう
 泣き笑いしながら
 ワーッと すべることを
 楽しみましょう

 

 どんどん どんどん
 すべっていって
 ポン と 地上に足がついたら

 

 ゆっくり 立ち上がり

 
 手をさしのべる空にむかって
 また
 歩き出せばいいんだから

 

     服部ひでこ「リ・ラ・ク・ゼ・ム」より


2007年3月10日(土曜日)

叱られた君に

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時01分14秒

  「叱られた君に」

 

  磨き粉があるから
  物が光る

 

  磨いてくれる人がいるから
  人間が光る

  
  嫌な人は
  みーんな磨き粉

 

  だから磨き粉に
  ありがとう

 

      山本良樹さんの詩より


2007年3月9日(金曜日)

話すことが苦手な人へ

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時19分19秒

 人とかかわるのが苦手な人の中には、何を話してよいか分からない人というがいるでしょう。
 話すのが得意な人は、考えるよりも先に言葉が口から出ているように見えます。お笑い芸能人などがそうですね。
 私自身は、ぺらぺらしゃべるのが得意な方ではありませんでした。数名と雑談をしている時など、何を話そうかと考えているうちに、周りのみんなは次の話題に移ってしまうということがよくありました。

 

 では、人とどんな話を話をしたら良いのでしょうか。
 自分の不幸なことを訴えたり、病気の話や生活の暗い話ばかりをしていたのでは、嫌がられてしまいます。悲観的なことを話しても、真の友人でない限り、なかなか本当の同情を得ることは難しいでしょう。
 反対に、自分だけがうれしい思いをしたことを大喜びで語っても、本気で喜んでもらうことはできません。特に、彼氏とのデートの話等のろけ話を長々と聞かされる事ほど、面白くないことはありませんね。
 そう考えると、ますます何を話してよいか分からなくなってきます。

 
 相手が楽しんでくれる話とは、自分の不幸や幸福を語ることではないのです。場の空気を読んで、相手や周りを和やかにする話題を取り上げることが大切です。
 一方的に自分だけがしゃべるのではなく、言葉のキャッチボールができると、相手も満足感が得られます。
 どんな話題が出ても、楽しく話せるように普段から様々なところにアンテナを張って、教養を深めておくことも大事なことかもしれませんね。


2007年3月8日(木曜日)

「学ぶ意欲」の低い日本の子どもたち

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時18分38秒

 <学習意識調査>日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い

 

 日本の小学生は中国や韓国の小学生よりも「学ぶ意欲」が低い――。財団法人「日本青少年研究所」(千石保理事長、東京都新宿区)の調査で、学習を巡る子供の意識に日中韓で大きな差があることが分かった。近年、日本の子供たちの学力低下が取りざたされているが、中韓両国に比べ「学力」以前の「意欲」の低さが浮き彫りになった形だ。
 調査は昨年10〜11月、3カ国の首都に住む小学4〜6年生計5249人を対象に通学先の学校を通じて実施、全員から回答を得た。対象は東京1576人▽北京1553人▽ソウル2120人。
 目指す人間像の一つとして「勉強のできる子になりたいか」と質問したところ、「そう思う」と答えたのは東京が43.1%だったのに対し、北京78.2%▽ソウル78.1%といずれも7割を超えた。「将来のためにも、今がんばりたい」と考える小学生も、東京48.0%▽北京74.8%▽ソウル72.1%で、日本は将来の夢に向けた学ぶ意欲が低くなっている。
 また、「先生に好かれる子になりたい」と答えたのは、北京60.0%▽ソウル47.8%に対し、日本はわずか10.4%。教師への関心や尊敬の念も薄れているようだ。
 生活習慣では「テレビを見ながら食事をする」のは東京46.0%▽北京11.8%▽ソウル11.7%。「言われなくても宿題をする」と答えたのは北京が82.7%と最も多く、東京42.1%▽ソウル37.1%と続いた。【高山純二】
 ▽佐藤学・東京大教授(教育学)の話 高度経済成長期にはリンクしていた「勉強をすれば、いい仕事に就ける」という関係が、低成長時代の今は崩れてしまった。(学ぶ意欲の低下について)約10年前から「学びからの逃走」と指摘してきたが、それが小学校段階でも表れた調査結果と言える。また、大人への信頼や権威が崩れ、大人たちが子供のモデルになっていないため、目標を見失い、さまよっているのではないか。    3月7日 毎日新聞より

 

 学力向上を目指して、ゆとり教育を見直す動きがありますが、授業時間を増やしたり、教科書を厚くしたりしても、一部の子どもを除いて、ほとんどの子どもたちの学力は、伸びないと思います。今の学習内容ですら、十分身に着いていないのですから、これ以上増えたら、ますます落ちこぼれる子が増えてくるでしょう。この調査の結果分かったように、「学習意欲」の欠如が一番大きな問題なのではないでしょうか。将来に対する夢や希望、学ぶ意義や意欲(学習に対するモティベーション)を持たずして、学力が伸びるわけはありません。
 子どもたちが「学習意欲」を持ったときにはじめて、真の学力向上が図れるのではないでしょうか。


2007年3月7日(水曜日)

自分に合う人を見つける

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時30分58秒

 人間関係がうまくいかない人は、なんとかみんなに好かれたい、みんなとうまくできるようになりたいと思うでしょう。
 しかし、すべての人に好かれるのは無理です。

 

 人には、それぞれ個性や考え方の違いがあって、合う人、合わない人がいて当然なのです。過去に大きな働きをした偉人といわれる人であっても、すべての人に認められ、好かれていたわけではありません。必ず、反対の立場をとる人がいたのです。
 
 みんなに好かれたいという理想を掲げることは大事ですが、到達できないとがっかりしてしまいます。ですから、高い理想を一つ掲げるのではなく、「まあ、このくらいでいいか・・・。」と言えるような心のゆとりをもつと、楽になります。

 

 自分と合う人、自分を好きになってくれる人が少しでもいることに喜びを感じることができるようになると良いですね。


2007年3月6日(火曜日)

人間関係のこつ

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時32分11秒

 

 すべての人間は、他人の中に鏡を持っている。

           ショーペンハウエル(ドイツの哲学者)

 

 

 人のことをよく言う習慣を養成しなさい。
 交わっている友人のよい特質に留意し、
 その過失や欠点はできるかぎり見ないようにし、
 ・・・その人の生活や品性のどこかをほめなさい。

           エレン・G・ホワイト(アメリカの宗教家)

 

 

 世の中はいわば一つの鏡のようなもので、
 笑顔をもって向かえば笑顔が返され、
 しかめ面をもって向かえばしかめ面が返される。
           石橋正二郎(元ブリジストンタイヤ会長)


2007年3月5日(月曜日)

親子関係の希薄化

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分44秒

昨日、気になったニュースがありましたので、ご紹介します。

 

 

 <少年意識調査>父親の4分の1、平日の接触ほとんどない

 

 内閣府は3日、小中学生とその親を対象にした「低年齢少年の生活と意識に関する調査」の結果を発表した。子どもとの平日の接触について、父親の約4分の1が「ほとんどない」と回答し、中学生の約7割が進学や友人関係などで悩んでいたのに、悩みを知っている父親は約3割にとどまった。平日に子どもの顔をほとんど見ない父親は00年の前回調査より10ポイント近く増えており、父子関係の希薄化が進んでいた。
 調査は昨年3月、全国の小学4年〜中学3年の男女3600人を対象に面接方式で実施し、2143人が回答(回収率59.5%)。答えた子どもの父母にも郵送回収方式で調査し、2734人から回答を得た。
 子どもに「悩みや心配」があるかを複数回答で聞いたところ、58%が九つの選択肢から当てはまる悩みを挙げ、中学生では同一の質問をした前回調査(95年)より15ポイント多い71%が悩みを挙げた。中学生で最も多かったのは「勉学や進学」の61%、次いで「友達や仲間」20%、「性格」19%などの順だった。
 一方、子どもの悩みについて親に尋ねると、母親は65%が「知っている」「まあ知っている」と答えたのに対し、父親は同様の回答が31%。子どもとの平日の接触時間では、父母とも「1時間くらい」がそれぞれ24%、29%と最多だったが、「ほとんどない」は父親23%(00年より9ポイント増)、母親4%(同2ポイント増)と大きな差があった。
 1時間以上の接触も母親75%に対し父親39%と差があった。ただ、2時間、3時間と長時間接する母親は減っており、父母ともに子どもとの関係が薄れる傾向にあった。
 親子の関係希薄化について、内閣府で青少年育成を担当する大塚幸寛参事官は、仕事優先の親の姿勢に加え、子どもへのパソコンや携帯電話の普及も影響しているのではないかと指摘している。調査では、小学生の15%、中学生の52%が携帯電話を保有し、毎月の利用料金が5000円以上の小学生は19%、中学生は46%だった。【渡辺創】 3月3日 毎日新聞より

 

 みなさんのご家庭はいかがでしょうか?
 様々な心の問題を訴えてこられる方々の中には、幼少時あるいは思春期の親子関係に原因がある方が多いように思われます。子どもの成長にとって、温かい親子関係は、何よりも大切なものなのではないでしょうか。
 私も、反省です!


2007年3月4日(日曜日)

積極的に行動する

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時57分41秒

 昨日、参加した集まりの中で、「何かが起きたとき、人はそこから逃げるか、黙って傍観しているか、積極的にチャレンジしていくか、その3つの内どれかである」というような話を聞きました。
 同じひとつの出来事に対する事であっても、それをどう受けとめ、どのように行動するかは、人によって違うのです。

 

 以前、札幌に住んでいたときのことですが、冬になり道路に雪が積もると、タイヤが埋まったり、滑って動けなくなったりしました。雪国の人たちは慣れているので、そんなときは車のトランクからスコップを出して、雪をかき、見ず知らずの人なのに協力して車を動かす手伝いをしてくれました。

 

 ある日、一人で雪道を歩いていると、動けなくなった車が1台いました。ドライバーは一人で雪をかき、車を出そうと試みていましたが、なかなか出そうにもありません。
 いつも、いろいろな人に助けられている私は、「こんな時こそ、手伝わなくては・・・」と思いながらも、行動を起こす勇気がありませんでした。「今、徒歩だから、道具を何も持っていない。手伝おうと思っても、何もできない。」と自分に言い聞かせるようにしながら、その場を通り過ぎてしまいました。ちょっと声をかけて、車を押してあげるだけで良いのに、なぜか、その時はその勇気が出なかったのです。
 もうだいぶ前の出来事なのですが、今でも覚えているところをみると、ずいぶん、心の中での葛藤があり、すっきりしない思いがあったのだろうと思います。

 

 必要なときに、積極的に行動することのできる勇気をもてるようになりたいものです。


2007年3月3日(土曜日)

生きている

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時37分29秒

     

       生きている

 

 「生きている」ということは、
 よく考えればそれだけですでに、
 不平を言う余地はないほど素晴らしいことである。

 

 けれども、ただ単に「生存している」
 というだけの生き方で、
 意義も目的も内容もなければ、
 みすぼらしいことである。

 

         千代崎秀雄「生活の処方箋」より


2007年3月2日(金曜日)

「最後の晩餐」ユダのモデル

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時13分09秒

 

 ・・・・・昨日のつづき

 

 ある日、下町の酒場をのぞこうとしていると、一人の酔っ払いにぶつかりました。はっと顔を上げ、その酔っ払いの顔を見たとたん、ダビンチの足はすくみました。冷酷で地獄から抜け出してきたかと思われるような恐ろしい顔だったのです。
 彼は、その瞬間、これこそ捜し求めていたユダの顔だと気づきました。ダビンチは、多額の謝礼を約束して彼をモデルにユダの顔を描き始めました。
 顔の輪郭をスケッチし終わったとき、ダビンチは急に筆をおき、酔っ払いに向かって叫びました。
「君!君はいったい誰なんだ!君の名前は!」
酔っ払いは、にやりと笑って答えました。
「俺か?俺はピエトロ・パンジネルリというんだ!」
「ピエトロ・パンジネルリ!?」
ダビンチは、驚きの声をあげました。そうです。数年前にキリストのモデルとなったあの青年と、今、目の前にいる恐ろしい顔の男とは同じ人物だったのです。顔の輪郭や鼻筋、口元などは全然変わっていませんが、あのときの清らかな美しさは跡形もなく、恐ろしく醜い形相となっていたのです。

 

 私たちの顔形は、そうそう変わるものではありません。しかし、内面の様子や生き方が外に表れます。内面の状態によって、外見は美しくも醜くもなるのです。
 年を重ねた者は、自分の顔に責任を持たなくてはなりません。さて、私の顔はどんな顔でしょう?


2007年3月1日(木曜日)

ダビンチの「最後の晩餐」

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時30分19秒

 

昨年、話題になったレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」という名画について、つぎのようなエピソードがあります。

 
 ダビンチは、最初にキリストの絵を描こうと思い、そのモデルさがしを始めました。神々しいキリストの面影を彷彿とさせているような青年はなかなか見つかりません。そこで、ダビンチは、長い年月をかけて旅をし、あちらこちらの町を探し歩きました。
 ある日、イタリアの田舎町の教会でひざまずいて祈っている若者を見たダビンチは、その若者の顔を見たとき、彼こそキリストのイメージにピッタリだと思いました。
 こうして、ダビンチは、ピエトロ・パンジネルリという美しく清らかな顔立ちをした若者をモデルにして見事なキリストの姿を描くことができました。

 

 その後、11人の弟子たちの顔を次々に描き、最後にユダの顔だけが残りました。ユダとは、キリストを裏切って銀貨30枚でキリストを敵に売り渡した弟子です。
 ダビンチは、このユダの顔は、思い切り醜く描こうと思い、醜い顔のモデルを探し始めました。   ・・・つづく


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