カウンセラー's コラム

2006年12月31日(日曜日)

リセット

カテゴリー: - matsuzaka @ 20時03分42秒

 2006年も残すところ、あとわずかとなりました。

 最近、どうしても人の名前が思い出せないことがあります。そんなときは、「あ」から順に50音順で色々考えます。途中で思い出したときのすっきり感はなんともいえません。

 人間の記憶力には、限りがあるのでしょうか。

 記憶に関して、一つだけ言えることは、「一つ一つの出来事をいつまでも意識して覚えていない」ということです。新しい知識や思い出が頭に入ると、古いものは奥へと追いやられてしまうようです。

 これが私たちの精神衛生に大いに役立っています。嫌なことや辛いことがあっても、数日立てば、忘れてしまうのですから。いや、忘れるというよりは、意識下に隠されてしまうと言った方が良いかもしれません。

 嫌なことや辛いことをいつまでも意識していたのでは、毎日の生活が暗く、重苦しいものになってしまいます。そうならないように、記憶の機能は、うまい具合にできているのですね。

 

 今年一年を振り返ると、嫌なことや辛いことがあったかもしれません。今日ですべてリセットして、明日からまた新たな気持ちで始められたら素晴らしいですね!! 


2006年12月30日(土曜日)

私の幸せ10大ニュース

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時21分36秒

 今年もあと1日・・・・。皆さんにとって、どんな年だったでしょうか。

 

 一年を振り返ってみると、いろいろなことが思い出されます。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったことなど様々でしょう。

 

 その中から、楽しかったことや嬉しかったこと等、幸せな気持ちになれることを思い出してみましょう。すぐには思いつかないという人もいると思いますが、どんなに小さなことでもかまいません。嬉しかったこと等は、嫌なことにくらべるとなかなか思い出せないものですが、よーく考えてみると、たくさんあるはずです。

 

 「私の幸せ10大ニュース」を考えてみてください。

 気持ちよく一年を終わり、新たな新年を迎えられますように・・・・・。


2006年12月29日(金曜日)

愛は寛容である

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時34分23秒

 

 「愛」・・・それは、私たちにとって最も必要なものです。

 結婚式で、「愛」について語られるとき使われる有名な言葉が聖書の中にあります。

 

      愛は寛容であり、愛は情け深い。

 

      また、ねたむことをしない。

 

      愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、

 

      自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。

 

      不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 

 

      そして、すべてを忍び、すべてを信じ、

 

      すべてを望み、すべてを耐える。

 

      愛はいつまでも絶えることがない。

 

      このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。

 

      このうちで最も大いなるものは、愛である。

 

                      「新約聖書」 コリント人への第1の手紙 13章


2006年12月28日(木曜日)

女性のストレス解消法は・・・

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時27分10秒

 先日、面白いニュースを見ましたので、ご紹介します。

 

 米研究によれば、幸せな結婚をしている女性が、ストレスを感じた際に夫の手を握ると、ストレスが即座に解消されることが、脳のスキャンではっきりと示されるという。

 

 研究は、結婚生活が良好と見られる16組のカップルを対象に、神経科学を専門とするバージニア大のジェームズ・コーン博士らが行った。

 

 同博士は、ロイターに対して、夫の手を握るという行為が女性のストレスの程度に与える影響の大きさに驚いたと話す。同博士は「関係が良好であれば、傷が早く癒え、病気になる頻度も低く、長生きすることは、これまでにも分かっていた。しかし、親密な関係が精神面に及ぼす利点を量的に測ったのは、今回の研究が初めてのことだ」としている。 研究は、「サイコロジカル・サイエンス」誌12月号に掲載された。[ニューヨーク 19日 ロイター]

 

 夫の手を握ることで、妻のストレスが解消されるなんて、すごいですね。夫婦の愛は癒しの源なのでしょう。

 ただし、「幸せな結婚をしている女性」「関係が良好であれば」・・・です。

 皆さんのご家庭ではどうですか?


2006年12月27日(水曜日)

賢明なる怒り方4か条

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時40分02秒

       

   「賢明なる怒り方4か条」

 

 1.食事中はもちろん、食前食後も30分は、怒りを見合わせること。

   

   身体に毒だから ― 。

 

 1.怒った時に書いた手紙は、翌日読み直した後でポストに入れよ。

 

 1.このことははたしてムキになって怒るほど、我が人生の重大事かと考えよ。

 

 1.怒っている時の自分の顔を鏡で3分間見つめること。

 

                  千代崎秀雄著 「生活の処方箋」 より


2006年12月26日(火曜日)

友達関係の距離

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分16秒

 

 友達関係のトラブルや友達ができないという悩みを持っている人がいます。どうして、うまくいかないのでしょう。

 

 友達関係には、適度な距離が必要です。しかも、対等な関係であることが前提です。

 

 学生時代に、友達は多かったのに、主婦になってからは友達ができない、職場で友達がいないという人がいるでしょう。主婦の場合は、子供を通してのかかわりや夫の社会的な地位が主婦同士の関係に影響を与えることもあり、本当の友達と呼べるような友達を作ることが難しいのかもしれません。また、職場においても、上下関係がやライバル関係があるため、友達作りは難しいのでしょう。

 

 学生時代は、利害関係のない対等な立場を作りやすいので、友達が多くできますが、社会人になると様々な利害関係が生じることから、友達作りが難しくなるのです。

 

 どちらか一方だけが得をするような関係や損得がかかわってくるような関係が友達関係に持ち込まれてしまうと、関係がギクシャクしてしまい、うまくいかなくなってしまいます。長続きする友達関係を築くためには、相手に対する配慮を忘れず、対等な関係を持つことが必要となってきます。

 

 お互いに利害や上下関係のない、対等な関係で適度な距離を保つことが、良い友達関係を築く秘訣なのです。

 


2006年12月25日(月曜日)

メリークリスマス3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分17秒

 

・・・昨日のつづき

 

 その日の夜、教会に人が集まると、例のクロスの素晴らしさが明らかになりました。それはろうそくの光の中で最も美しく見えるよう、巧みにデザインされていたのです。

 礼拝後、牧師は戸口に立って人々を見送っていました。テーブルクロスは大好評でしたが、地元の時計修理工の男性だけが一人、当惑した顔をしていました。

 「不思議なものです」

 彼は軽いなまりで言いました。

 「何年も前に、家内と私も、あんなクロスを持っていたんです。ウィーンの我が家で、家内はこれをテーブルに掛けたものでした。主教様が食事に来られるときだけね。」

 牧師は興奮して、その日教会に来ていた女性のことを話しました。びっくりした彼は、牧師の腕をつかみました。

 「そんなことが・・・・。彼女は生きているんですか?」

 二人は牧師の車で彼女の住む街に向かいました。そして、悲しみのクリスマスを長く別々に過ごしてきたこの男性とその妻は、ついに再会したのです。

                             J・L・ウィラー編「わが心のクリスマス」3巻(レビュー&ヘラルド社)より

 

 

  本当にあったクリスマスの奇跡・・・・皆さんは、幸せなクリスマスをお過ごしになりましたか?

 


2006年12月24日(日曜日)

メリークリスマス2

カテゴリー: - matsuzaka @ 21時22分29秒

 

・・・昨日のつづき

 

 「バスが来るまであと40分ありますよ!」
 彼はそう声をかけると、暖をとってもらうため、その女性を教会の中に招き入れました。彼女は、家庭教師の仕事を得るための面接を受けに、他の町から来ていたのでした。面接はうまくいかなかった、と彼女は言いました。戦争難民だという彼女の英語は不完全だったのです。
 その女性は教会の席に腰掛け、手をこすって暖めながら休んでいました。しばらくすると、頭をたれて祈りました。しかし、牧師が穴の上の金色と象牙色のクロスの位置を調節し始めると、目を上げ、急に立ち上がって牧師の方へやってきました。テーブルクロスを見つめる彼女に、牧師はにっこり笑って、嵐の被害について話し始めました。けれども彼女はうわのそらで、そのクロスを手に取りました。

 
 「これは私のです! 私のお客様用のクロスだわ」
 彼女はクロスの角を持って、驚いている牧師に自分のイニシャルがデザインされているのを見せました。
 「夫がブリュッセルで、私のために特別に作らせたものです。同じものがあるはずはありません。」
 それから何分か、その女性と牧師は興奮して話し合いました。彼女はウィーン生まれで、ナチスを逃れて国を出てきたのだと説明しました。彼女とその夫は別々に出国することにし、夫は彼女をスイス行きの汽車に乗せました。夫は家財道具を輸送する手はずを整え次第、彼女と合流することになっていました。
 しかし、彼女はそれ以来、夫と会うことはなかったのです。のちに、強制収容所で死んだといううわさを聞きました。
 「こんなことになったのは自分のせいだと、ずっと思ってきました。私一人で逃げ出すなんて。こうやって何年もさまよっているのは、それに対する罰かもしれません」
 牧師は彼女を慰めようと、そのクロスを持っていくよう熱心に勧めました。けれども、彼女はそれを断りました。そして、行ってしまいました。        ・・・・・つづく
                          


2006年12月23日(土曜日)

メリークリスマス1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時46分30秒

  明日は、クリスマスイブです。

 クリスマスにちなんだ心温まるお話を読みましたので、ご紹介しましょう。あまりにもできすぎていますが、本当にあった話なのです。

 

 第二次世界大戦が終わってからずいぶん年月が経ってのこと・・・・。

 ある町に若い牧師がいました。彼の教会はとても古く、かなりいたんでいました。かつては有名な説教者が教えを説き、金持ちも貧しい人も等しく礼拝した美しい教会でしたが、その栄光もすでに過去のもの。けれども、若い牧師と彼の妻は、この古い教会の価値を信じていました。

 ところが、12月下旬に嵐がやってきました。そして、最悪の暴風が、この小さな教会を襲ったのです。雨のしみこんだしっくいの巨大な塊が、聖餐台の真後ろの壁から剥がれ落ちました。散乱したものは掃き出されましたが、壁の穴は隠すことができません。あと二日でクリスマスなのに・・・・。

 その日の午後、意気消沈した牧師と妻は、青年会の資金集めのための競売に出かけました。競売人が箱を開け、取り出したのは、金色と象げ色をした立派なレースのテーブルクロスでした。それは極上のクロスで、4,5メートルもの長さがありました。

 周りの客はあまり気乗りしない様子でしたが、牧師はその時素晴らしいことを思いついたのです。彼はそのテーブルクロスを6ドル50セントで競い落としました。

 彼はそれを教会に持って帰り、聖餐台の後ろの壁に留めました。それは穴を完璧に隠しました。そしてそのかすかに光る手工芸品の非凡な美しさは、聖餐台の回りに申し分のないクリスマス気分を放ってくれたのです。牧師は満足して、クリスマス説教の準備にかかりました。

 クリスマスイブのお昼前、牧師が教会の扉を開けようとしていると、一人の女性が寒さの中、バス停に立っているのに気づきました。

                                                    ・・・・・つづく


2006年12月22日(金曜日)

「14才の母」を見て

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時32分25秒

 ドラマ「14才の母」が最終回を迎え、とうとう終わってしまいました。

 

 以前にも、書きましたが、色々と考えさせられるドラマだったと思います。

 

 まず、なんといっても、「命の重さ」「命の尊さ」について考えさせられました。命が簡単に捨てられたり、残酷に奪われたりする今日にあって、赤ちゃんの命という小さな小さな命を例に、一度「生」を受けた者の命がどんなに小さくても、いかに大切なものであるかを教えられました。もちろん、14才の少女が男子生徒と関係を持つことや出産をするということについては、賛否両論あるでしょうし、簡単に結論を出すことのできない大きな問題であると思います。ここでは、その是非や善悪を論じるつもりはありません。ただ、一度宿った命の重さがどんなに重いものであるかということを改めて考えさせられたのです。

 

 また、赤ちゃんには、望まれて生まれてくる赤ちゃんと、誰にも望まれていないのに生まれてくる赤ちゃんがいること、そして、望まれて生まれてくる赤ちゃんは幸せだということを教えられたような気がします。昨今、親から虐待を受けた子どものニュースをよく見ます。望まれずにできちゃって生まれてきた子どもの中には、親からの愛情を十分に受けることができない子どもがいます。親から、「いなくてもよかった」、あるいは、「いない方がよかった」と思われる子どもは、どんなに辛いことでしょう。

 子どもは、親の愛情をたっぷり受けてはじめて幸せに育つことができるのですから、子どもの誕生を心から願い、小さな命を大切に思う親のところに生まれてくる赤ちゃんは、それだけで幸せではないでしょうか。

 

 これから出産を控えているお母さん。今、子育てを一生懸命頑張っているお母さん。あとで後悔することのないように、お子さんの小さな命を大切に大切に育ててくださいね。


2006年12月21日(木曜日)

おのれを知る3

カテゴリー: - matsuzaka @ 16時53分25秒

昨日の続き・・・・

 といえば、これは明らかに循環論証ではないか、と思えるからもしれない。人間はなぜ経験に学ぶことができないのか、と問うて、それは人間が正しい自己認識を持たないためだ、といい、では、なにゆえ、人間は性格に自分を知ることができないのか、という問いに、経験を充分に生かすことが不得手だから、と答えたのでは、たしかにどうどうめぐりとしか思えまい。しかし、じつをいうと、人間はつぎのように、このどうどうめぐりのなかに生きているのだ。

 

 すなわち、人間はまず経験 ― 赤ん坊が父を吸うのも経験である ― によって自分の意識を持ち始め、ついで、形づくられた自己意識をさらに経験によって修正し、あるいは確認し、あるいは変質させていく。そして、その自我認識がふたたび経験による学び方を向上させる、というふうに、自分を知ることと、経験を生かすこととは、不即不離の関係を保っているのだ。

 

 だから、「汝自身を知れ!」というデルポイの箴言と、「イソップ物語」とは、表裏一体をなしているといっていいであろう。イソップが説いたのは、まさしく、おのれの正体をはっきり見定めよ、という忠告であり、同時に、何より経験をしっかりと学べ、という戒めであった。

 

                                 森本哲郎著 「続 生き方の研究」より

 


2006年12月20日(水曜日)

おのれを知る2

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時59分17秒

 

 昨日のつづき・・・・

 

 自分の力を過信していたオリーブの木が、嵐に立ち向かって折れてしまい、風になびいていたアシは生き残ったという話。ワシのまねをして羊に襲いかかったカラスが、逆に羊の巻き毛に爪をとられて、羊番の子どもにつかまってしまう話・・・・・。

 

 イソップが笑うのは、自分を正しく認識できない者、おのれについて錯覚しか持ち得ぬ者の愚かな行動なのである。

 

 では、人間はどうして自分について正しい認識が持てないのか。

 

 じつは、経験を十分に学ばないからなのだ。そもそも、自分を知るということは、経験を通じて知る以外にない。人生とは無数の経験の集積といってよいが、そうした日々の経験、そして他人の経験を見聞することから、人間はそれぞれに、自分についての意識を形成していくのである。だとすれば、その経験を、どのように「自分」のなかに取り入れるか、によって、とうぜん自己認識は変わってこよう。つまり、経験を充分に生かすことのできない人間は、けっして正確な自分の姿をつかめないことになる。

 

                                  森本哲郎著 「続 生き方の研究」より


2006年12月19日(火曜日)

おのれを知る1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時40分39秒

 「イソップ寓話集」とは、自分を知らざる者の悲喜劇、といってもよい。おのれを知らなければ、どうして経験を生かすことができようか。経験という学校で学ぶ者は、ほかならぬ自分なのであるから。

 

 じっさい、「イソップ物語」は、おのれを知らざる者の顛末集である。自分の”分”を心得ぬ者の破滅集である。どのページを開いても、その悲喜劇が語られている。たとえば、百獣の王ライオンの鼻を刺し、散々苦しめて降参させて得意になった蚊が、クモの巣にひっかかって、はじめて自分のほんとうの姿を思い知る話。キリギリスのようにきれいな声で歌いたいと思ったロバが ― ロバの鳴き声は聞くに耐えないのである。キリギリスと同じ食物をとれば、いい声になると思い、露ばかりすすったあげく、とうとう死んでしまったという話。      ・・・・・つづく

                                  森本哲郎著「続 生き方の研究」より


2006年12月18日(月曜日)

楽観主義

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分43秒

 

 悲観主義者は、オポチュニティー(機会)の中に、難しさを探す。
 楽観主義者は、難しさの中に、オポチュニティーを見出す。
              チャーチル(英国首相1874〜1965)

 

 

 いかに悲観的な状況にあろうとも、そこから脱却することは可能です。
 問題はそう思えるかどうか、この一点にかかっています。
              ジョセフ・マーフィー(アメリカの著作家)

 

 
 楽観は、自分だけではなく、他人をも明るくする。
              ユダヤの格言

 

 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと
 共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、わたしたちは
 知っている。
              新約聖書 ローマの信徒への手紙
 


2006年12月17日(日曜日)

公立教員の病気休職者増加

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時21分45秒

 昨年度中に、病気で休職処分を受けた公立学校の教員は7017人で、12年連続で過去最高を更新したことが15日、文部科学省のまとめでわかりました。
 このうち6割にあたる4178人は、うつ病やストレスによる神経症などの精神疾患と診断されています。この数値も過去最多になっています。

 文科省によると、病気休職者は93年度の3364人から年々増え続け、このうちの精神疾患も92年度の1111人から増え続けており、4倍近くとなりました。

 文科省は理由について、「上司、同僚との人間関係や、保護者らとの対応など職場を取り巻く環境が厳しくなっている」としています。

 また、このほか、児童・生徒を殴ったり蹴ったりして、鼓膜損傷や骨折などを負わせる等の体罰での処分は6%増の447人。児童買春やセクハラなどのわいせつ行為は15%減って142人。半数は勤務先の児童・生徒・卒業生に対するものだったそうです。(参考:朝日新聞)

 
 忙しい中、朝から晩まで一生懸命頑張っている先生方のご苦労は、私にもよくわかります・・・。先生を批判するのは簡単ですが、じゃあ、代わりにやってみろと言われてそう簡単にできるものではありません。教科を教えるだけではなく、様々な事を考え、様々な問題に対処する等多くのことをしていかなくてはならないのです。本当に大変な仕事だと思います。(多くの先生方は、大変だけど、子どもたちの笑顔や成長の姿を見るのがうれしくて教師を続けていられるのでしょう。)
 
 先生方が元気で生き生きとしていなければ、良い教育はできません。ですから、何とか先生方には元気で頑張ってもらいたいと思います。
 現場の先生方への負担を増やすような改革ではなく、日本の教育を根本から考え直していかなければならない時にきているのではないでしょうか。
 これからの日本の教育は、どうなっていくのかちょっと心配になってきますね。


2006年12月16日(土曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ3

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時31分15秒

 

 昔から、ビタミンはA,B,C・・・などのほかにビタミンアイ(愛)が必要だと言われてきました。

 そのことは、今も変わっていません。

 

 食事には、お母さんの愛情が必要です。昔は、愛情さえあればと言われましたが、現代は盲目的愛情でなく、少しの知識とルールを含めた愛情であるべきと言われます。

 

 普通の食事をベースに、不足している栄養素を牛乳や野菜で補う、そうした知識が大切です。

 

         「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より


2006年12月15日(金曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時49分05秒

 

  体内の鉄の50〜60%は血中ヘモグロビンをつくっていて、酸素を運搬する大切な役目を持っています。鉄不足では、酸素が十分に運搬できないため、すぐ息切れしたり、頭痛がして、十分に大脳が働きません。

 

 もちろんほかにも様々な微量栄養素の不足を生じ、思わぬところで、神経を苛立たせたり、興奮を抑えられなかったりします。

 

 第2次大戦中、ヨーロッパのお母さんたちが食料不足から、さまざまな栄養欠乏を起こし、子どもをいじめるという訴えが増加したという記録が残っています。軍隊ばかりでなく、家庭の人々の栄養の大切さが認識されました。

 

 日本人の食生活は平均的に見れば、世界で一級レベルにあります。それは、家庭の食事がよくできているからです。最近は、手抜きの食事やテイクアウトの食事、外食などが増加して、すべてが家庭での手作りの食事とはいえなくなりました。もちろん、手作りの食事が良いに決まっていますが、忙しい主婦にとっては無理なことですし、いったん便利なものに慣れてしまうと、すべて手作りというのも面倒になってきます。

 

 すべて手作りにする必要は必ずしもありませんが、やはり食べ方の知識やルールを心得ておきましょう。おやつも甘いお菓子より、まず牛乳やくだもの、その後で甘味を一つ。テイクアウトやインスタント食品には、不足する野菜を加えるといった心遣いが欲しくなります。 ・・・つづく

 

         「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より
     


2006年12月14日(木曜日)

情緒不安定な子供と食生活の乱れ1

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分24秒

 キレる子供たちの食事は、偏った食事のためといわれますが、それは過剰な甘味やインスタント食品を指しているようです。適度の甘味は子どもにとって必要ですし、インスタント食品もすべて悪いとは決められません。

 

 しかし、こうした食品が過剰になると、ビタミンやカルシウム、鉄などの不足を来たします。これらの栄養素は、子どもの健康に欠かせませんから、やはり偏った食事は、キレやすい子どもの原因ともなるでしょう。さらに栄養素は不足だけではなく、摂り過ぎ、特にリンの過剰摂取は次に述べるカルシウム不足を来します。

 

 カルシウムは骨や歯の主な成分ですが、それだけでなく、私たちに血液や体液の中に溶け込んでいて、生理作用と深いかかわりを持っています。その作用のひとつに筋肉の働きを正常に保つ働きがあり、カルシウム欠乏では、弛緩した状態を起こすのです。そのほか、体液を中性(厳密には微アルカリ性)に保つので、不足するとほかのミネラルの作用もあって酸性に傾きます。  ・・・・・つづく

 

                      「くらしの豆知識2001」  千葉市消費生活センター発行 より

                                     


2006年12月13日(水曜日)

正しいことの伝え方

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時32分23秒

 正当論を主張しているのに、相手に快く受け取ってもらえないことがあります。

 

 「正しいこと」を相手に伝える場合、その伝え方に気をつけないと批判と受け取られかねません。

 特に、自分が間違っていることを自覚し、反省している時にもっともらしいことを言われると、批判されたと感じ、素直に受け止めることができないのです。

 人には理性だけではなく、感情があります。理性では十分理解できることも、感情的には受け入れることができないということが良くあります。正しい言葉だとわかっていても、その言葉を聞いて、怒ったり、傷ついたりしてしまうことがあります。頭では理解しようとしても、気持ちがついていかないのです。

 

 夫婦や親子、職場などでの人間関係において、どのように伝えれば相手にうまく伝わるかを考えて言葉を発しなければなりません。たとえ正しいことであっても、そのままストレートに投げつけるのではなく、相手の気持ちに配慮した投げかけ方をしなければならないのです。


2006年12月12日(火曜日)

自信を持って行動する

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時39分28秒

 自信満々で、知ったかぶりをするような人は、人に好かれません。

 しかし、ある程度自信を持った態度というのは必要なものです。

 自信のなさそうな弱々しい感じの話し方、相手の目をしっかり見ない落ち着きのない表情、確信のない返事では、相手に信頼されることはできません。

 ナポレオンは、「不可能という語は、ただ愚人の辞書の中にあるだけだ。」と言い、自分のやることに確信を持っていました。その態度に多くの人がひきつけられたのです。もちろん、ナポレオンにも不可能なことはありました。でも、彼の自信のある態度が人々に安心感を与え、ナポレオンなら本当に何でもやってくれるに違いないと思わせるようになったのです。彼は、多くの人の信頼を勝ち取りました。

 人に何かを聞かれたとき、「たぶん・・・だと思いますが・・・。」と言うのと、「それは・・・・です」と断言するのでは、どちらが信頼を得ることができるでしょう? きっと、自信をもって「それは・・・です」と言ってくれる人でしょう。

 それほど自信がなくても、自信のあるような言動、態度をすることによって、人に信頼されるようになり、本当の確信が生まれてきます。

 自信を持って行動している人は、たのもしく見えて人をひきつけるようになるものなのです。

 

 


2006年12月11日(月曜日)

休息

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時43分08秒

   「 休 息 」

 

 
 休息とは快復であり、何もしないことではない
       ダニエル・W・ジョセリン(作家)

 

 怠け者は休息を楽しむ術を知らない。
       ルボック(イギリスの銀行家、科学者)

 

 ほどよい怠けは、生活に風味を添える。
       梶井基次郎(小説家)

 

 寝床につくとき、翌朝起きることを
 楽しみにしている人は幸福である。
       カール・ヒルティ(スイスの法学者・哲学者)

 

 疑う余地のない純粋な喜悦のひとつは、
 勤労のあとの休息である。
       カント(ドイツの哲学者)

 

 
 


2006年12月10日(日曜日)

いじめは悪い事だと知りながら・・・

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時52分19秒

 かつて、いじめをしていたという20代の女性がテレビの番組に出ていました。彼女は、今、全国のフリースクールを回って、いじめに負けないよう話をしているということです。

 

 中学生の頃のことだったと思いますが、彼女は、一人の子をいじめていました。ロッカーにごみを入れておいたり、机に落書きをしたり、クラスのみんなに「帰れ!帰れ!」「死ね!死ね!」等と言わせたりしていたそうです。

 

 その頃の自分を振り返ってみると、自分に自信がなく、誰かをいじめることによって優越感を得ていたそうです。いじめるのは悪いことだと知りながらも、自分の存在を確かめるためにいじめを続けていたということでした。

 

 そんな彼女が変わるきっかけとなったのは、卒業してだいぶ経ってから、いじめていた相手から電話があったことです。相手は、笑いながら、「今でもあのときのことを思い出すと、結構辛いんだ・・・。」というようなことを話していたそうです。これを聞いて、彼女は、はじめて相手の辛い気持ちを実感することができました。その後、すぐにわかりあう事はできませんでしたが、何度か話し合いを続けるうちに、いじめ被害者の気持ちやいじめがどんなにいけないことかがわかってきたそうです。

 

 彼女は、各地のフリースクールで子達と対話していますが、1回や2回では、なかなか理解し合うことは難しいようです。いじめ被害者の心は冷え切ってしまっているのでしょう。元加害者の言葉を受け入れるには時間がかかるようです。彼女は、被害者の子供たちに「あなたたちは、何も悪くないからね・・・・。」と言い、自信をもって生きるよう伝えて歩いているのです。


2006年12月9日(土曜日)

なれあい学級

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時50分51秒

 先日の朝日新聞に次のような記事が載っていました。

 

「なれあい学級 いじめの一因」

 

 教師が子どもに合わせ過ぎ、集団のルールが守られていない「なれあい型」学級は、ルールを守り子供同士が主体的に活動している「満足型」学級に比べ、いじめの発生率が約2〜4倍高いという調査結果を、都留文科大の河村茂雄教授(心理学)がまとめた。

 河村教授は約10年前から、全国の児童生徒にクラスの満足度を聞くアンケートを実施。学級のタイプを「なれあい型」「満足型」のほか、教師の厳しい指導でルールを形成している「管理型」などに分類している。

 この分類手法を用いて、04年、05年両年の冬に小中学生各3200人から得た「いじめ」アンケートの回答を分析。その結果、いじめ発生率は「満足型」を1とすると、「なれあい型」は小学校で3.6、中学校で2.1。「管理型」はやや低く、小学校で2.5、中学校で1.7だった。

 

 

 最近の学級崩壊の原因も、児童生徒が教師の言う事を聞かない「反抗」から「なれあい」に変わってきているといいます。高いところから権力を振りかざして子供に指示をする教師では、子供は萎縮するばかりで自律することはできませんし、子供の目線まで下がり過ぎて子供と同レベルになってしまっても教師としての権威がなくなってしまいます。

 教師にとって、この辺のさじ加減が難しいんですよね。教師として、権力ではなく、権威を持って指導し、児童生徒との信頼関係を上手に築くことができれば、良いんですけど・・・・・。

 


2006年12月8日(金曜日)

喜ぶこと

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時47分51秒

  「生活の処方箋」千代崎秀雄著 より

 

 
   「喜ぶことは無税です」

 

 
 喜んでいる人は、水銀灯よりも明るく周囲を照らす

 
 喜んでいる人は、病気にかかっても早く治る

 

 喜んでいる人からは、不運逆境も張り合いがなくて逃げ出す

 

 「常に喜べ、絶えず祈れ、すべてのこと感謝せよ。」新約聖書

 

 


2006年12月7日(木曜日)

子は親の鏡

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時48分58秒

  

                「子は親の鏡」

 

 けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる
 とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる 
 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる 
 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる 
 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる
 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる 
 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
 励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
 広い心で接すれば、キレる子にはならない
 誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ
 愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ 
 認めてあげれば、子どもは自分が好きになる 
 見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる 
 分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ
 親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
 子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ
 やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ 
 守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
 和気あいあいとした家庭で育てば、
 子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

 

 「子どもが育つ魔法の言葉」より
(ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス共著、PHP研究所)

          

 

 親の良いところが似てくれると良いのですが、なかなかそう簡単にはいかないものです。
 子供に良い影響を与える親でありたいですね。


2006年12月6日(水曜日)

老人福祉の現場で

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時45分07秒

 今日は、小学校低学年の子供達と特別養護老人ホームを訪問してきました。ボランティア教育の一環として、お年寄りの前で劇を披露してくるのです。

 

 重度の痴呆老人が多く入所しているホームですが、子供たちの姿を見て、みんな喜んでくださいました。ご自分の孫を思い出すのか、はたまた、ご自分の少年少女時代を思い出すのか、わかりませんが、子供たちの一挙手一投足に注目し、手を叩いて喜んでくださいました。

 

 「かわいいねえ・・・」「じょうずだよ・・・」等と言いながら、喜んでくださっている姿を見て、子供たちにとっても、大きな励みになったようです。

 

 現代社会は、少子高齢化社会になってきているにもかかわらず、核家族化が進み、人生の大先輩であるお年寄りと触れ合う機会が少なくなってきています。

 

 このような機会を通して、お年寄りを敬う気持ち、お年寄りをいたわる気持ち、お年寄りを大切にする気持ちが、子供たちの心の中に芽生えてくれると、うれしいですね。


2006年12月5日(火曜日)

人の温かさに触れる

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時42分48秒

 今日は、小学生の「歳末助け合い街頭募金活動」に引率してきました。(社会福祉協議会・共同募金会協賛)

 街頭で募金をお願いしていると、様々な人に出会い、様々な経験をすることができます。

 「寒いでしょう」と言って、ホッカイロを買いに行って下さる方。

 何のためらいもなくさっと募金をしてくださる、ちょっと怖そうなお兄さん。

 こんな時間にどうして街を歩いているのかわからないけど、優しい声をかけて募金してくれる高校生。

 「お前たちは、募金したのか!こっちが募金してもらいたいぐらいだ!」などと、絡んでくる酔っ払い。

 街頭で売っている売り物のみかんを一人に一個ずつ下さる果物屋のおじさん。

 「こんなことやっていないで、学校に帰って勉強しろ!」という、おじさん。

 お札を束にして入れてくださる足の不自由なおじいさん。

 

 街頭募金では、色々な方に出会う経験をし、多くの人の温かさに触れることができました。また、それと同時に、人は外見で判断してはいけないということをつくづく感じました。 


2006年12月4日(月曜日)

眉毛で表情を作る

カテゴリー: - matsuzaka @ 23時52分01秒

  感じのよい人とは、どんな人でしょう?

 自分の話を真剣に聞いて、反応してくれる人ではないでしょうか。

 
 相手の話を真剣に聞いているということを表現する方法は、言葉による反応だけではありません。言葉と同じくらい大切なのは、顔の表情です。
 その中でも、目と眉毛は感情を表すのに重要な役目を果たしています。もし、あなたが誰かに喜びや悲しみを伝えたとしましょう。それを聞いた相手の目や眉毛の動きに変化がなく、ただ口元だけが動いたとしたらどうでしょう。まるで無表情のようで、感情を十分に受け止めてもらったとは思えないのではないでしょうか。

 
 眉毛を自由に動かせますか?鏡を見て、眉毛と目で表情を作ってみてください。意外と難しいものです。
 いつも眉間にしわを寄せている人がいますが、眉間にしわを寄せていると、怒りや悲しみの表情になってしまいます。相手に不愉快な印象を与えかねないので気をつけましょう。

 

 額に少ししわが寄るくらい眉毛を上げると、目が大きく開かれ、目に力が入ります。とろ〜んとした目で、ぼんやり見るのではなく、力のある生き生きとした目で相手を見ることは、目で豊かな感情表現を作り出すことになり効果的です。

 

 顔の筋肉は、日頃使っていないと、なかなか自由に動くものではありませんから、鏡の前でちょっと大げさに練習してみるとよいでしょう。


2006年12月3日(日曜日)

夢の中の私

カテゴリー: - matsuzaka @ 22時54分58秒

 先日、夢の中に私が出てきたと、教えてくださった方がいました。
 人様の夢に登場させていただけるなんて、何て光栄なことかと思う反面、いったいどんな役割で登場していたのだろうと、ちょっと心配(!?)でした。

 

 伺ってみると、なんとロック歌手としてステージで歌っていたそうです。歌っているのは、ビートルズの曲だったそうです。曲名は、忘れてしまいました。・・・・本当に私が歌っていたわけではないので覚えているわけないか・・・・。
 あまり変な役で出演したわけではないのでホッとしましたが、私がロック歌手とは、思わず笑ってしまいました。

 

 真面目そうに見える(?)私が、どんな衣装を着て歌を歌っていたのかわかりませんが、現実とのギャップが相当あったでしょうね。

 

 「私」とは、こういうものだという自己像が人にはそれぞれあります。ロック歌手とは、私の自己像の中には全くない役割ですが、そんな自分がいても面白かったかもしれません。
 自己像では、知らず知らずのうちに「私はこうあるべきである」「これは私の本当の姿ではない」等と、自分で「自分」をひとつの枠に入れて考えてしまいます。この枠に捕らわれてしまうために苦しくなってしまうこともあります。

 

 この枠を柔軟に使うことができると、人生は楽でしょうね。「これも自分」「あれも自分」というように、自分の気持ちに正直に、ありのままの姿を受け入れ、広い心で自分を見ることができるようになると、新しい発見ができるかもしれません。


2006年12月2日(土曜日)

こんな心を持っていたい

カテゴリー: - matsuzaka @ 17時08分30秒

 

  「おはようございます」という 明るい心

 

  「はい」という 素直な心

 

  「すみません」という 反省の心

 

  「おかげさまで」という 謙虚な心

 

  「私がします」という 奉仕の心

 

  「ありがとう」という 感謝の心

 

  
      こんな心をいつも持っていたいものです・・・。


2006年12月1日(金曜日)

「いじめ問題への緊急提言」に思う 2

カテゴリー: - matsuzaka @ 15時19分56秒

 昨日の文章では、ちょっと言葉が足りなかったようで、誤解を招いてしまったようです。読んでくださった方からご意見をいただきました。お返事を返したのですが、昨日の文章を読んで同じように思われた方もいらっしゃるかもしれませんので、お返事と同じ文章を掲載し、補足させていただきたいと思います。

 

 私は、いじめる側に責任がないといっているわけではありませんし、いじめられている側を全面的に救済する必要はあると思っています。
成人であれば犯罪となるような行為をしているわけですから、それなりの責任の取らせ方は必要であると思います。今の青少年の傾向として、一人では何もできず、やったことに対して責任をとろうとしない子が多いように思います。社会のルールをしっかり理解させることは大変重要なことだと思います。

 

 その上で、思うことなのですが、いかに法律があろうと、取締りが厳しかろうと、さらには死刑制度があろうと犯罪はなくなっていないのが現状です。テレビで「警察24時」のような番組がありますが、警察がいくら頑張っていても、いたちごっこを繰り返しているようなことも多いように思います。(法律による処罰や死刑を否定しているわけではありませんので誤解しないでください。)それどころか、凶悪犯罪はますます増えてきています。罰があるならやめておこうというような犯罪者は少ないです。社会的に地位のある裕福な老人による万引きや警察官による犯罪などは、この典型的な例でしょう。犯罪は、様々な社会のひずみや犯罪者を取り巻く環境が生み出していると考えられます。

 
 このように考えると、いじめ問題においても、罰を与えればいじめが起きないようになるかというと、そうではないように思うのです。体格の良い体育会系の教員ばかりを揃えた学校でもいじめ等の問題はあります。校則の厳しい私立の学校でもあります。

 

 悪いことをすれば、それに対する罰も必要でしょう。でも、本当の解決のためには、ひとつの方向からだけではなく、いじめる側の心理を含めた様々な方向からいじめ問題の本質に迫っていく必要があるのではないかと思います。
 子供たちの心がなぜそうなっているのかを探り、教育の構造を改革する必要に迫られているのではないかと思います。そうしないと、いじめはなくならないのではないかと思います。


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